2010年2月19日金曜日

小学校説明会始まる①

 8月最後の土曜日。この日は朝から慌しかった。
 まず午前中には公立の小学校説明会が、区役所近くの区民公会堂で行われる。
 そして午後は銀座の先生からふたり揃って進学すると言われていたG大附属T小の学校説明会もあるのだ。
 いや、正確にいえばG大附属T小の学校説明会は、午前9時、午前11時、午後1時からの3部構成になっていて、そのうちのどれかに行けばいいのだ。
 あいにく午前中は公立の説明会と重なっているので、否応なく午後の部を選択せざるをえない。

 この日は1日、娘のクラスメイトの陽太(仮名)ママことお受験仲間のみっちゃん(仮名)と行動を共にすることに。
 まずは公立の説明会だ。
 最初に思ったのは、説明会を一箇所で1回しか行わないので、そんなんでだいじょうぶなのか?ということだ。
 たぶん上にお兄ちゃんやお姉さんがいる親は来ないだろうけど、それにしても会場が人でいっぱいに溢れてしまわないか?

 ところが行ってみて拍子抜けした。なんと会場が人もまばらでガラガラなのだ。
 ええ?? いいの? 説明会って出席しなくても!?
 挙句、前もって下の子がいる場合はお預かりしますという告知がされていたのにも関わらず、小さな子どもがいっぱいいて、うるさいことうるさいこと。
まあ私もそうだけど、保護者の服装はもちろんTシャツとジーンズといった普段着だ。
 
カジュアルめだけど一応スーツに身を固めているみっちゃんを会場内で見つけ出し、教育委員会の方々のお話を拝聴する。
 最初に挨拶に出てきたのは、教育長だ。

 私は教育委員会と仕事で接点があるのでわかるのだが、教育長というのはものすごくエライ人で、雲の上の人だ。ふつうは会えない人なので、滅多にお顔を拝見することなんかはないのだが、説明会に教育長自らが出張ってきていて、丁寧に区の教育方針なんかをお話してくれている。
 しかし小さい子どもの叫び声とか、保護者の私語が多くて何を話しているのかさっぱり聞こえない。
 隣のふたり組の母親たちなんて、私語をコソコソと小声で話すどころか、普通の声のトーンでベラベラと世間話をしている。
 おいおい、こういうのってありなわけ?
 教育長ですよ、教育長! お母さん方、この人はエライ人なんですよ~。

2010年2月18日木曜日

タイの占い師の予言が的中!

 「おねえさん(←私のこと)。銀座の先生のところに行きたいので、連絡先を教えてください。うふふふ。ついに結婚が決まりました! 銀座の先生には彼との相性とか診てもらいたいです♪」

 突然送られてきたメールの差出人は前の会社の後輩・山木。
 彼女は会社を辞めたあと、大学院で商標などの勉強をし、ベンチャー企業を中心に管理職として何社かを渡り歩いている。

 以前、すい臓ガンで急逝してしまった先輩須崎さん(仮名)たちとタイ旅行に行ったときに、現地の超有名な占い師に診てもらったらしく、そこで38歳で結婚すると予言された話は10月のブログでもお伝えしていた通り。

 そして山木は現在38歳。占い的中だ!

速攻で山木に電話をして、結婚おめでとうとともにダンナのことを質問攻めにし、ようやく銀座の先生の連絡先を教えた私。
 「電話したときに私の名前を出せばいいから」
 そう言いながら、私のウェディングのとき、ブーケトスでブーケが当たったのは、山木だったことを思い出す。あの日から7年以上経ってる。
 ようやくブーケの効果が現れたのかとつい感慨に耽ってしまう。

 「わあ、助かります。ありがとうございます。あ、そうだ。おねえさん、そういえばAちゃんの受験ってどうなったんでしたっけ?」
とすっかり忘れていた(←おいっ)受験話を思い出させてくれる山木。

 「記念でいいって言われてたから、何も準備してないけど、それってバカ?」
 「まあ占いの検証ブログやってますからね。そういう意味では自然体でいるのがいいんじゃないですかねえ」
 「それもそうかもね」
 「私も行ったら絶対に報告しますから、楽しみにしててくださいね」
と山木もついに銀座の先生の洗礼を受けることになった。

 ところがそれがとんでもない事態を引き起こすことになるとは、このときは誰も思いもしていなかったのであった。

小説の行方は? その2

 早紀ちゃん(仮名)と私たちのアイディアを有岡さん(仮名)たちに披露したあとは、末弟が家族で上京してきたので、泊りがけでディズニー・ランドとシーを満喫したり、子どもたちをサマーキャンプに送り込み、初めて子どもたちのいない日々を夫とふたりでラブラブしながら過ごしたりと、夏の日々を楽しんだのも、つかの間のある日の午後、T書店の本田くん(仮名)から携帯に連絡が入る。
 きっと例の仕事ができるというフリーの編集者が私の書いたものを読んで感想なり意見なりを伝えてきたという内容に違いない。

「例の編集の人から連絡がきましたよ」
と本田くん。予想的中だ。
「メールで感想を送ってきたので、そのまま転送しますよ。読んだら電話ください」
 感想を書いてきたというのはその編集者なりにちゃんと読んだってことなんだろう。

 送られてきたメールを読む。
 ……内容は辛口だ。

 要点をまとめると、
・ 文章はテンポよく読みやすい
・ 主人公に共感できない
・ 何が言いたいのかわからない
・ 恋愛の心模様が上っ面
・ 純愛なのかプレイガール日記がどちらかに特化すれば、まだ可能性はあるかも
・ ただ本人が可愛かったら写真をつけて売るという方法もありかも

といったところか。
 しかしまた出たよ。主人公に共感できないという意見。
 ほんと、思うにイチイチ主人公に共感できないといけないのかね?
 それって説得力ってことかい?

 あと何が言いたいのかということや心模様が上っ面というのは、この読み手がそう感じたんだったら、それはそれで仕方がない。

 それよりもムカっ腹が立つのは、可愛ければ写真もつけて・・・というくだりだ。
 本田くん(仮名)が先方に先入観を与えないようにということで、私の年齢とかプロフィールとかは全部伏せられてたわけだけど、それにしてもなんだよ。結局人は見た目かよっ!
 
 こっちとくりゃあ、40歳超えてるんじゃあ。
 喧嘩売ってるのか。われは!!
 可愛くなければ、恋愛話は書くなってか?
 顔出しできるぐらいじゃないと、男とヤる話は書くなってか?
 わりゃ~、舐めとんのか、こりゃあ~!!

とムカムカと腹が立ってくる。なんていうのかね、本質的な感じじゃないわけよ。うーん、それよりも男性原理主義者的なんってーの? 男の論理?みたいな? 
 なんかそういうのってムカつくよな。
 可愛かったらって、マガジンハウスにおける椎名桜子かよっ!(←なつかしいわ)
 それとも初エッセイの発売記念の会見で、「エッセイの読みどころは?」と聞かれて、「まだ読んでいないんでわかりません」とナイスなボケをかましてくれた松本伊代みたいなものを期待してるのかね?

 うーん、うーん、こういうのって気分悪いよな。

 あまりにムカつくので、こっそり浅井さん(仮名)を呼びつけ、「ちょっとどーよ?」と無理やり意見を求めると、私が期待したより0.5秒ほど早く、
「なんすかねえ~、これキモイ意見ですね!」
とあっさり切り捨ててくれた。
 これでこそクール・ビューティー浅井。
「なんかセンスない意見ですよね。アホか、お前って感じ。こんなしょーもない意見しか言えへんオッサンの言うことなんて気にすることないですよ。まあ、聞く価値もないし」
とボロクソだ。
 うーん、ありがとう。浅井さん。

 誤解のないように言っておくが、私は批判されたことにムカついているわけじゃないのだ。もちろん正当な批判なら受けて立つし、聞く耳だってあるのに。
結局はよくわからないということなんじゃないだろうか?   
 それをよりにもよって著者が可愛かったら売れるかもみたいなもの言いが気に食わない。
 もし私が男の著者だったら絶対に言われないことなのに・・・。

 「どうです? 読みました?」
と携帯に電話をかけてきた本田くん。
「まあ、彼もこう言ってますし、やっぱりT書店じゃむつかしいかな。まあ気を落とさずまた次も書いてくださいよ」
と気を遣いながら話しているのがよくわかる。

 いや、もう次はないね。しかし世の中にはアホほど本が出版されているのに、なんで私の書いたものはダメなんだろう。
 一冊ぐらい余計に出版してくれても良さそうなのにね。
それにしても、銀座の先生が言うように何冊も本を出版するような日がやってくるのか?
あ~あ、本当に私の未来はどうなっていくんだろうか? 
誰か教えて。

2010年2月17日水曜日

決戦は月曜日!?②

 乾杯のあと、私と早紀ちゃん(仮名)は今、それぞれ何をやっているのかという話になり、そこから今の英語産業の話、教育の話、公教育における英語必修化などの話の流れになっていった。
 そこで具体的に業界の売上の推移やその理由などを説明すると、志木さん(仮名)が、「清永、お前、変わったなあ~。そんなマーケティング的な話ができるようになったとは。さすがに転職すると違うなあ~」
と冗談だも本気だともつかない口調で感心してみせる。
「なぜそんな数字的な裏づけをモロッコ音楽とか作ってるときにできなかった?って言いたいんでしょ?」
とちょっと拗ねた口調で言うと、有岡さん(仮名)なんかは大ウケして爆笑してる。

 そのあと早紀ちゃんがまた例によって細かい教材の話とか始めて、みんなの頭に?マークがいっぱい浮かび始めたのを見て、

「とにかくね、私も早紀ちゃんも根がエンターテイメント系だから、そちらに寄ったことがしたいんだけど、きっと組むならすでにダンスやタレントスクールを持っているA社に話を持ちかけるのが早いに決まっていても、どうしてもS社が好きでどうせやるならS社でってことで、一致してるの。それで何ができるのかってことをふたりで一生懸命考えて、それで思いついたのが、“ひとりでも多くの石川遼くんを育てる”ってことだったんだよね」

と一気にまくしたてると、「石川遼?」と志木さんが怪訝な顔をし、
「要は世界に通用するアーティストを育てたいってこと。それはレコード会社ならではの新規事業だと思う。今、CDとかって売れないわけだし、何か他のことを考えないといけない時期でしょ?」

という私の言葉に真っ先に反応したのは、有岡さんで、
「まったく清永の言う通りでさ、なんかやんないといけないわけよ。うちもA社に抜かれてさ、このままじゃジリ貧なんだから。しかも話もおもしろそうだし、いいと思うよ」
と昔から変わらぬ業界人らしい軽いノリで言う。

「実はね、私、今ダンサーたちと関わっていて、あの子たちってすごく上手くても国内じゃ、ゴールがないんですよね。たとえば歌の上手い子ならプロになってCDデビューしか、スタイルのいい子ならモデルになるとかっていう道筋があるのに、ヒップポップなんかのストリート系のダンスを踊っているような子たちっていうのは、行き場がないから。だから今、その話を聞いて、そんな子たちにも活躍できる場があるんじゃないかって気がしてきましたよ」
と田町(仮名)がダンサーたちの例を挙げて、今のダンスシーンの話をいろいろと教えてくれる。

 「目指すは世界か。おもしろいよな。これ絶対にいいと思うよ」
と志木さんもうれしそうに言い、トオル(仮名)も、
 「元々、僕もうちの会社が幼稚園とかやったらオモロイんちゃうかって、有岡さんにも話してたんですよ。僕もぜひ一枚この話に噛ませてください」
とのんびりとした関西弁で言った。

 「よし、じゃあ、このメンバーでいろいろと考えることにするか。トオルは俺の右腕だから、話はトオルにしてくれれば、バッチリだから」
と有岡さんが言い、志木さんと田町は途中で帰ってしまったが、あとのメンバーで次の店に行くことにした。

 80年代風テイスト溢れるパブで、有岡さんがキープしているスコッチのボトルを出してもらい、水割りを飲みながら、話はさっきから変わり、今のS社のことになった。
 有岡さんやトオルが言うには、私や早紀ちゃんがいた頃の会社とは大きく変わってしまい、今では自由でオープンでみんなイケイケだった社風はすっかり影を潜め、ことなかれ主義、前例主義が幅をきかせ、すっかりみんな萎縮してしまい、社内に充満する閉塞感がすごいのだという。
 それは前にまだS社に残っている三原(仮名)や森重さん(仮名)からも聞いていたので、初めて聞く話ではないけど、みんなが揃って同じことを言うということは、心底、S社は私たちがいた頃から変わってしまったんだろう。

「だから今日さ、久しぶりにお前たちと飲んで、会社の愚痴以外の話を飲んでる席でするのは何年かぶりだったんだよ。昔は飲んでは、あんなこともできる、こんなこともできるって、おもしろいクリエイティブな話ばかりみんなしてたのに、いつのまにか、社内でそういう話をするヤツがいなくなっていって、みんな社内政治ばかり嬉々と語るようになってさ。だからうれしかったよ。ほんと、なんとかしたいよな。この話。トオルもさ、そう思うだろ?」
「ほんまですよ。僕もいろいろと考えさせてもらいます」

 とまあこんな具合に、いい感じでこの日の話は終了したのである。
 そしてあることに気づいた。

 2010年の4月から、「先生」と呼ばれる仕事をするようになる。
 会話の多い仕事で大勢の人たちと仕事をしているのが見える。

 クリエイティブな仕事と並んで、銀座の先生から私が始めると言われていた仕事だ。
もしかしたら、「先生」と呼ばれる仕事はこのプロジェクトのことなんだろうか?
 もしそうだとしたら・・・・。
 真夏日なのに、何かあまりにも話ができすぎているような気がしてゾクリと背筋に冷たい汗を掻いたのであった。

決戦は月曜日!?①

 都内の某駅の駅ビルに入っているカフェで早紀ちゃん(仮名)と待ち合わせる。
 この駅は私たちが前にいた会社のある駅だ。8年間ほど、私はこの場所に通い続けた。

初めてこの駅に降り立ったのは1989年の夏。
当時大学4年生だった私はこの会社に入りたくて入りたくて、わざわざ住んでいた京都から上京して、会社案内の資料を取りにきたのだった。
あれから丸20年も経っている。
この日も20年前のあの日のように、暑くてうだるような真夏日だった。

あまりにも暑かったので、私たちはコーヒーの代わりにミントを使ったさっぱりとしたカクテル・モヒートを頼んだ。
けど所詮駅ビルのカフェのモヒートはそれなりのもので、わざわざそんなことを口に出して言わなくてもいいのに、早紀ちゃんは、「なんだよっ、ここのモヒート、全然ダメじゃん!」と言いながら全部飲み干していた。

そこで私たちは話を切り出す手順だとか、具体的な数字だとかを確認して、今では人事部の次長になっている志木さん(仮名)の指定してきた魚がおいしいという割烹へと歩いて向かった。

その途中、私たちの前を歩いている異様に痩せた女性の存在に気づいた。半袖のシャツから伸びている腕は楽勝で片手で掴めそうなほど細く、二の腕デブの私の腕の3分の1ぐらいしかない。
ピッタリとしたジーンズの腰周りはヴィヴィアン・リーばりに細く(←見たことないけど)、両足は私の両腕ぐらいの細さ。
彼女の穿いているジーンズなんて、もし私が穿いたら、足首の辺りで引っかっちゃうんだろうなあと思っていると、なんとその女性は久しぶりに再会する田町(仮名)だった。

彼女は私の一期下で前はあんなに痩せてなかった。病気でもしたのかなと思い、早紀ちゃんにその旨を伝えると、
「あれ? そうだったっけ? そんな痩せたっけ?」
とあれで痩せてなかったら、世の中の人は全員肥満だぞと思わず突っ込んだぐらい、人のことを見ていない早紀ちゃん。
しかし田町は私たちに気づく前にコンビニに入ってしまったので、道端でバッタリ会って「よっ! 久しぶり」という具合にはならなかった。

私と早紀ちゃんが割烹に入ると、すでに田町以外のメンバーは揃っていた。
有岡さん(仮名)はたまに地下鉄とかでいっしょになることもあって、それほど久しぶりではないので別段変わったところはないが、トオル(仮名)と志木さんはやはり会わなかった年月の分だけオジサン化していた。

「おう、清永、久しぶり。お前全然変わってないじゃん!」
と志木さん。
 「そんなことないよ。12キロも太ったんだから!」
 「マジかよ。そんなのわかんないけどな」
 「まあ清永も今や二児の母だからね。仕方ないよ」
と有岡さん。
 
 そこへ「お待たせしましたっ!」と息を切らしながら飛び込んできたのが、どうやらコンビニに寄ってたらしい田町。
 うわ~! 正面から見ても痩せてる~!

「久しぶり! どうした? ずいぶん痩せたね~! デブになった私的にはめっちゃ、うらやましいよ」
と言うと、田町は少し顔を歪ませて、
 「どこがですか。私、脱いだらすごいですよ。相当肉ついてますよ」
と冗談めかして言う。
 まさか! 脱いだところで、どこにそのガリガリな体に肉がつくというのだ! 
ちょっと病的なものを感じ、それ以上その話題に触れるのはやめた。

 まあ、それはさておき肝心なプロジェクトの話をこの人たちにもわかってもらわねば!

 

2010年2月16日火曜日

天啓閃く②

 早紀ちゃん(仮名)は細かいアイディアがいっぱいあるらしく、教材がどうだとか、フォニックスがどうだとあれこれ語るが、正直私にはおもしろくない。
 私がおもしろくなければ、教育に関してまったくの予備知識のない彼らにとっては、もっとわけのわからないつまらない話になってしまうだろう。

 早紀ちゃんの話を聞きながら、ではその教材だとかフォニックスだとかって、なんのために作るのだろう? 誰のために作るのだろう?と思う。
 教材だって英語のクラスだって教育目標が必要だ。
 教育目標というと大仰な感じがするが、要はいったいどういう子ども(だけとは限らないが)を育てたいかに尽きる。

英語をはじめとする語学を使ったエデュテイメントでどういう人材に育ってほしいのか?

それは世界に通用するアーティストを育成するというのがレコード会社と組むにはふさわしいのじゃないか?
今、インターネットの出現で世界への壁は低くなっている。田舎のバンドが東京ではなく、いきなり海外を目指し、世界進出するってことも珍しくなくなってきているのだ。
それに拍車をかけたのがYOUTUBEの出現だ。

自分たちの手で世界で通用するアーティストを育成する。

なんてやりがいのありそうな仕事なんだろう。
何もアーティストに限定しなくても、ゴルフの世界の石川遼くんや、フィギアの浅田真央ちゃんなどスポーツの世界ではいくらでも例がある。

そうだ。コンセプトは“ひとりでも多くの石川遼を育てる”だ。

それを私が前にいたレコード会社(の親会社)のブランドと知名度を使ってやればインパクトがあるし、意義もある。

 折りしも教育最大手のBN(←おおっと、今では夫の会社の親会社の親会社だ)も、いきなりハーバード大を筆頭とする世界の有名大学を目指す高校生のためのコースを開設したところだ。

日本に市場がなければ海外を目指せばいいのだ。
一部の公文みたいなところを除いて、言葉の問題もあるからなのか、海外に進出している教育産業は少ない。
そもそも「世界に通用するアーティスト」を育成するスクールなんて、ゆくゆくは成長著しい中国やインドで展開したっていいのだ。

そういったアイディアが頭上に次から次へと降り下りてくる。そのアイディアたちはまるでキラキラと降り注ぐ砂金のように輝き煌いている。

うん、これならみんなノッてくれる!

なぜならそれは天が私にお与えになった使命だからだ。
もうその後は何かに憑依されたが如くしゃべりまくる私。
早紀ちゃんもうーむとずっと唸っている。
さあ、いくらでも唸るがいい。

いつもは電話口で鼻くそをほじくりながら、「それで~ぇ?」と投げやりに早紀ちゃんの話を一方的に聞いているだけの私だが、今回は天啓なのだから、もうどうにもとまらない。

「っつーか、お前、やっとやる気になったな」
そう切り返す早紀ちゃん。
「おう、あたぼうよ。やるときゃやるよ。あたいも」
なぜか70年代の大映テレビドラマのスケバンみたいな口調になる私。

「よし、じゃあ来週の月曜日、みんなに会う直前にお互い資料を持ち寄って、事前打合せしようぜ」
「あいよ!」
そう言って電話を切った私はその後もテンションが下がらず、夫相手にも大いに熱弁をふるい、自説を展開したのであった。

2010年2月15日月曜日

天啓閃く!①

 このところ、早紀ちゃん(仮名)からの電話がやけに多い。
 また早紀ちゃんの行きつけの飲み屋はうちの近所にあるから、子どもたちが寝静まったあと、夫に留守を頼み、合流したりすることも。

 私たちが話している内容は、ずばり、エデュケーションとエンターテインメントを融合させたエデュテイメントを自分たちの手で作り上げられないかということだ。
 行動の早い早紀ちゃんは、組むなら前の会社がいいと、今では人事部の次長になっている志木さん(仮名)に電話をして、新しいプロジェクトを始めるには、社内の誰と誰に話せばいいのか?というアドバイスを求めた。

前の会社は今では何十と細かく分社化されてしまい、誰がどこにいて何をしているのかさっぱりわからなくなってしまっている。
そういった意味で志木さんにアドバイスを求めたのは賢明だと言えよう。

志木さんのアドバイスによれば、そういった場合の王道手段は、(通常業務以外の)新規プロジェクトの発案者となるのは社内のマーケティング会社で、現場担当者は田町(仮名)という女性だという。
マーケティング部門が頭だとすると、手足となる実働部隊は有岡さん(仮名)が実質トップの販売会社DS(仮名)が担い、その現場担当者は山田透(仮名)ことトオルになるとのこと。

 っていうか、全員知り合いなんですけど・・・・。

 早紀ちゃんにとってもそれは同様だったらしく、
「なんだよ~。蓋開けりゃあ~、全員お前かよっ!ってメンツじゃん!」
と拍子抜けの様子。
「それだけ話しやすいってことじゃん」
「まあ、そういうことだな」
ということで、さっそく全員集合して飲むことに。

 志木さんは私がモロッコ音楽を作っていた頃に、ちょうど原版管理をやっていて、何度か相談に乗ってもらったことがある。
田町は販推(販売推進)にいたので営業所への根回しをお願いしたり、トオルは音楽雑誌の編集者だったときに広告担当だったので、やりたいアーティストがあるときはよくそのアーティストの広告をピンポイントで押さえてもらったりしたものだ。
有岡さんにいたっては3度も上司になったことのある非常に縁の深い人である。結婚パーティのときだってちゃんと駆けつけてくれた。
 
 そのメンバーが全員揃って飲むなんてなんかうれしいなあ~と能天気に楽しみにしていたら、早紀ちゃんがガンガン電話をしてきて、みんなに会うまでに自分たちのプロジェクトのアイディアをまとめたいという。
 ふう~ん。プロジェクトのアイディアねえ~。