私と早紀ちゃんが並んで座り、テーブルを挟んで向かい側に有岡さんたちが座る。
会社を辞めた人間VSまだいる人間って感じ?
「このキッズプロジェクトの担当窓口はトオルだったんだけど、知ってのとおりトオルは異動になったので新しい担当を紹介するよ」
と口火を切ったのは有岡さんだ。
「彼はうちの本部長の鈴木(仮名)」と紹介されたのが見覚えのあるほうで、「プロデューサーの中田(仮名)ね」と言われたほうが見知らぬほうだった。
「中田は2年前にB社から転職してきたばかりなので、ふたりは面識ないだろうけど。鈴木は早紀と清永知ってる?」
と有岡さんが尋ね、早紀ちゃんが「僕は存じ上げてます」と答えると、鈴木さんは眉間に皺を寄せて「うーん。見覚えないな」とあっさり切り返した。
けどその後、鈴木さんが「でも清永さんのほうは見覚えありますよ。なんでかはわかんないけど」と言うので、有岡さんが「まあ、清永はケバイ(←うわっ、こんなの言われるの久しぶりっ!)からなあ。あとモロッコ音楽とかわけわかんないのやってたのもあるかもなあ」と言ったのを受けて、「ああ~。モロッコですか。あれね。ふう~ん。なるほど。彼女があのときの。ふう~ん」と鈴木さんは私の顔をジロジロと眺め、なんだかものすごく含みありげにニヤニヤ笑う。
あんなに売れなかった音楽を孤軍奮闘して作っただけなんだけど、「あれね、ふう~ん」と今でも言われるほどのインパクトを人に与えてたのかしら?
ま、それにしてもこの鈴木さんってちょっと感じ悪い。
早紀ちゃんと合同で作った資料を配ったのだが、事前の話を有岡さんは全然してくれていなかったようなので、一から今回のプロジェクトの趣旨を説明することになった。
まず早紀ちゃんから口火を切ったのだが、隣で聞いていても早紀ちゃんの話は要領を得ず、話が枝葉の部分で堂々巡りしている。
ある程度の背景を資料でまとめてあったので、そちらにみんな目を走らせていて、早紀ちゃんの話が通り抜けてしまっているようだった。
鈴木さんに至ってはあきらかに不快な表情を隠そうともしていない。
気の長い有岡さんですら、
「あの、悪いんだけどもっとわかりやすく説明してくれないかな」
と言い出す始末。
仕方がないので途中から私にバトンタッチし、資料に沿って話を噛み砕いて説明する。
話の趣旨自体はそれで理解してもらえたようだったけど、有岡さんやトオルからは当たり前だけど夜、飲んで話をしたときのような「それ、おもしろいよねっ!」といったノリが感じられない。
鈴木さんも中田さんも現在の教育状況について質問をしてくるのだけど、どうもズレている。
やっぱり異業種の世界を理解するのはむつかしいんだろうか。
そういう意味ではエンターテインメント界と教育界の両方知っている私と早紀ちゃんって強いよなと、密かに自画自賛してしまうのであった。
取り立てて進展のないミーティングが終わって、ドッと疲れた。S社ではこのプロジェクトの芽はないな、と思う。
企画の良し悪しとかそういうのではなく、今回久しぶりにこの会社を訪れてみて、「なんだかわからないけどおもしろそうだからやってみよう!」という昔は溢れていたチャレンジ精神のようなものがどこからも感じられなかったのが最大の原因だ。
何か冷めたあきらめがそこにいる人たちの自由な感性を奪っていて、身動きがとれなくなっているようだった。
憧れて憧れて入社したS社。内定をもらったときはそれこそ人生で一番うれしいと思ったほどだった。
入社してみたらやっぱりワクワクすることや楽しいことがたくさんあって、そこにいるだけでなんでもできそうな気になれた。
会社のグルーヴ感も大好きだった。辞めるときは本当に苦しかった。元上司たち(有岡さんも含む)からも「お前は本当にこの会社に向いているから絶対に辞めるな」と言われた。
辞めて今の会社に転職してからもしばらくは心の中でS社と比べては、やっぱり自分はS社に向いた人間だから今の会社は合わないとずっと思ってきた。
未練がそれこそ溢れるほどあったからこそ、会社に近づくことが12年もできなかったのだ。
でも実際に会社を訪れてみて、すでに私が知っている場所ではなかった。そこにいても落ち着かなくいたたまれなかった。
あれほど外様気分にさせられ合わないと思い続けた今の会社だったけど、そのあと会社に戻ったら、なんだかすごくホッとした。今の自分の居場所はここなのだと改めて思う。
考えたらS社にいた年数を超えていた。
会社も変わるけど、人間も変わるのね、と改めて思い知らされた日であった。
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