半年ほど前に私の大好きな姉妹ユニット「黒百合姉妹」と久しぶりの再会を果たしたお話を書いた回があったのだか、覚えておいでだろうか?
「12月末にライブがあるから来て」とJURIとLISAの姉妹から言われていたのだが、お受験でバタバタしているところにふたりからメールが入っていた。
なんでも絵本つきのCDを出すのでその英文をチェックしてほしいとのこと。
黒百合姉妹のためならなんでもやりますよと安請負し、その文章を受け取るとガーン! 何これ!? 英文チェックだというので軽く考えていたら、あーた、全部日本語じゃないの! ってことはこれ、英訳しろってやつですか?
ここでばらしちゃいますけど、国際結婚していて横文字のけれんみたっぷりの苗字になっただけあって、「英語がペラペラ」な人だと誤解されているようだけど(←自ら誤解されるようにしているという説もある!)、それがそうでもないんだな。
だって私、海外留学の経験もなければ住んだ経験もないんだもん~。てっへ。
まあもちろんまったくしゃべれないとか聞き取れないということはないが、翻訳家だとか通訳だとか英語力を前面に出すような仕事をするレベルではないということだ。
友人などを通してそういった頼まれ仕事をしたこともあるのだが、それはネイティブの夫という最強のヘルプがあるからだ。
まあ友人たちもそれを見越して、私にということではなくその背後に控えている夫に依頼していたという側面もあったはず。
そういう夫も日本語からいきなり英語に訳せるわけではないので、結局はふたりで力を合わせてなんぼだという世界だ。
まず私が日本語から英語にざっと訳し、細かいニュアンスを夫に伝える。私の粗い英文を夫がネイティブの英文に訳し直すというのが、日本語から英語に訳すときのやり方で、その逆の英語から日本語に訳すときはまず私が日本語にざっと訳し、細かいニュアンスを夫に聞く。それでネイティブの日本文に訳し直すという段取りを取っている。
このときにすんなりと訳せればいいんだけど、細かいニュアンスを巡って夫婦喧嘩に発展することもしばしば。
で久しぶりの英語仕事なのである。仕事といっても黒百合姉妹からお金は取れないので、したがってボランティアである。
そこではたと思い出した。銀座の先生から2009年の5月、7月、9月と何か頼まれごとをし、それはボランティアであってもやるべきだと言われたことだ。
今年はボランティアでもそれが将来の仕事に結びつく。そう銀座の先生は私に言った。
その5月、7月、9月のボランティアはてっきり早紀ちゃん(仮名)とのプロジェクトだと思い込んでいたが、私たちの古巣S社のあの煮え切らない態度を見る限り可能性はあまりなさそうだ。
ということは思いっきり時期はずれこんでしまったが、もしかして将来の仕事に結びつくボランティアとは黒百合姉妹の英語仕事なのか!?
しかも相手は黒百合姉妹! 歌詞世界も独特で摩訶不思議。神秘の世界である。この微妙なニュアンス、世界観を夫に伝える困難さよ。
しかし相手は黒百合姉妹! 便利に使われていたとしてもファン冥利に尽きるではないか。
私ったら意外と尽くすタイプなのね。
久しぶりにクリエイティビティ溢れる活動をした瞬間なのであった。
2010年8月6日金曜日
2010年7月5日月曜日
12年ぶりのS社!②
私と早紀ちゃんが並んで座り、テーブルを挟んで向かい側に有岡さんたちが座る。
会社を辞めた人間VSまだいる人間って感じ?
「このキッズプロジェクトの担当窓口はトオルだったんだけど、知ってのとおりトオルは異動になったので新しい担当を紹介するよ」
と口火を切ったのは有岡さんだ。
「彼はうちの本部長の鈴木(仮名)」と紹介されたのが見覚えのあるほうで、「プロデューサーの中田(仮名)ね」と言われたほうが見知らぬほうだった。
「中田は2年前にB社から転職してきたばかりなので、ふたりは面識ないだろうけど。鈴木は早紀と清永知ってる?」
と有岡さんが尋ね、早紀ちゃんが「僕は存じ上げてます」と答えると、鈴木さんは眉間に皺を寄せて「うーん。見覚えないな」とあっさり切り返した。
けどその後、鈴木さんが「でも清永さんのほうは見覚えありますよ。なんでかはわかんないけど」と言うので、有岡さんが「まあ、清永はケバイ(←うわっ、こんなの言われるの久しぶりっ!)からなあ。あとモロッコ音楽とかわけわかんないのやってたのもあるかもなあ」と言ったのを受けて、「ああ~。モロッコですか。あれね。ふう~ん。なるほど。彼女があのときの。ふう~ん」と鈴木さんは私の顔をジロジロと眺め、なんだかものすごく含みありげにニヤニヤ笑う。
あんなに売れなかった音楽を孤軍奮闘して作っただけなんだけど、「あれね、ふう~ん」と今でも言われるほどのインパクトを人に与えてたのかしら?
ま、それにしてもこの鈴木さんってちょっと感じ悪い。
早紀ちゃんと合同で作った資料を配ったのだが、事前の話を有岡さんは全然してくれていなかったようなので、一から今回のプロジェクトの趣旨を説明することになった。
まず早紀ちゃんから口火を切ったのだが、隣で聞いていても早紀ちゃんの話は要領を得ず、話が枝葉の部分で堂々巡りしている。
ある程度の背景を資料でまとめてあったので、そちらにみんな目を走らせていて、早紀ちゃんの話が通り抜けてしまっているようだった。
鈴木さんに至ってはあきらかに不快な表情を隠そうともしていない。
気の長い有岡さんですら、
「あの、悪いんだけどもっとわかりやすく説明してくれないかな」
と言い出す始末。
仕方がないので途中から私にバトンタッチし、資料に沿って話を噛み砕いて説明する。
話の趣旨自体はそれで理解してもらえたようだったけど、有岡さんやトオルからは当たり前だけど夜、飲んで話をしたときのような「それ、おもしろいよねっ!」といったノリが感じられない。
鈴木さんも中田さんも現在の教育状況について質問をしてくるのだけど、どうもズレている。
やっぱり異業種の世界を理解するのはむつかしいんだろうか。
そういう意味ではエンターテインメント界と教育界の両方知っている私と早紀ちゃんって強いよなと、密かに自画自賛してしまうのであった。
取り立てて進展のないミーティングが終わって、ドッと疲れた。S社ではこのプロジェクトの芽はないな、と思う。
企画の良し悪しとかそういうのではなく、今回久しぶりにこの会社を訪れてみて、「なんだかわからないけどおもしろそうだからやってみよう!」という昔は溢れていたチャレンジ精神のようなものがどこからも感じられなかったのが最大の原因だ。
何か冷めたあきらめがそこにいる人たちの自由な感性を奪っていて、身動きがとれなくなっているようだった。
憧れて憧れて入社したS社。内定をもらったときはそれこそ人生で一番うれしいと思ったほどだった。
入社してみたらやっぱりワクワクすることや楽しいことがたくさんあって、そこにいるだけでなんでもできそうな気になれた。
会社のグルーヴ感も大好きだった。辞めるときは本当に苦しかった。元上司たち(有岡さんも含む)からも「お前は本当にこの会社に向いているから絶対に辞めるな」と言われた。
辞めて今の会社に転職してからもしばらくは心の中でS社と比べては、やっぱり自分はS社に向いた人間だから今の会社は合わないとずっと思ってきた。
未練がそれこそ溢れるほどあったからこそ、会社に近づくことが12年もできなかったのだ。
でも実際に会社を訪れてみて、すでに私が知っている場所ではなかった。そこにいても落ち着かなくいたたまれなかった。
あれほど外様気分にさせられ合わないと思い続けた今の会社だったけど、そのあと会社に戻ったら、なんだかすごくホッとした。今の自分の居場所はここなのだと改めて思う。
考えたらS社にいた年数を超えていた。
会社も変わるけど、人間も変わるのね、と改めて思い知らされた日であった。
会社を辞めた人間VSまだいる人間って感じ?
「このキッズプロジェクトの担当窓口はトオルだったんだけど、知ってのとおりトオルは異動になったので新しい担当を紹介するよ」
と口火を切ったのは有岡さんだ。
「彼はうちの本部長の鈴木(仮名)」と紹介されたのが見覚えのあるほうで、「プロデューサーの中田(仮名)ね」と言われたほうが見知らぬほうだった。
「中田は2年前にB社から転職してきたばかりなので、ふたりは面識ないだろうけど。鈴木は早紀と清永知ってる?」
と有岡さんが尋ね、早紀ちゃんが「僕は存じ上げてます」と答えると、鈴木さんは眉間に皺を寄せて「うーん。見覚えないな」とあっさり切り返した。
けどその後、鈴木さんが「でも清永さんのほうは見覚えありますよ。なんでかはわかんないけど」と言うので、有岡さんが「まあ、清永はケバイ(←うわっ、こんなの言われるの久しぶりっ!)からなあ。あとモロッコ音楽とかわけわかんないのやってたのもあるかもなあ」と言ったのを受けて、「ああ~。モロッコですか。あれね。ふう~ん。なるほど。彼女があのときの。ふう~ん」と鈴木さんは私の顔をジロジロと眺め、なんだかものすごく含みありげにニヤニヤ笑う。
あんなに売れなかった音楽を孤軍奮闘して作っただけなんだけど、「あれね、ふう~ん」と今でも言われるほどのインパクトを人に与えてたのかしら?
ま、それにしてもこの鈴木さんってちょっと感じ悪い。
早紀ちゃんと合同で作った資料を配ったのだが、事前の話を有岡さんは全然してくれていなかったようなので、一から今回のプロジェクトの趣旨を説明することになった。
まず早紀ちゃんから口火を切ったのだが、隣で聞いていても早紀ちゃんの話は要領を得ず、話が枝葉の部分で堂々巡りしている。
ある程度の背景を資料でまとめてあったので、そちらにみんな目を走らせていて、早紀ちゃんの話が通り抜けてしまっているようだった。
鈴木さんに至ってはあきらかに不快な表情を隠そうともしていない。
気の長い有岡さんですら、
「あの、悪いんだけどもっとわかりやすく説明してくれないかな」
と言い出す始末。
仕方がないので途中から私にバトンタッチし、資料に沿って話を噛み砕いて説明する。
話の趣旨自体はそれで理解してもらえたようだったけど、有岡さんやトオルからは当たり前だけど夜、飲んで話をしたときのような「それ、おもしろいよねっ!」といったノリが感じられない。
鈴木さんも中田さんも現在の教育状況について質問をしてくるのだけど、どうもズレている。
やっぱり異業種の世界を理解するのはむつかしいんだろうか。
そういう意味ではエンターテインメント界と教育界の両方知っている私と早紀ちゃんって強いよなと、密かに自画自賛してしまうのであった。
取り立てて進展のないミーティングが終わって、ドッと疲れた。S社ではこのプロジェクトの芽はないな、と思う。
企画の良し悪しとかそういうのではなく、今回久しぶりにこの会社を訪れてみて、「なんだかわからないけどおもしろそうだからやってみよう!」という昔は溢れていたチャレンジ精神のようなものがどこからも感じられなかったのが最大の原因だ。
何か冷めたあきらめがそこにいる人たちの自由な感性を奪っていて、身動きがとれなくなっているようだった。
憧れて憧れて入社したS社。内定をもらったときはそれこそ人生で一番うれしいと思ったほどだった。
入社してみたらやっぱりワクワクすることや楽しいことがたくさんあって、そこにいるだけでなんでもできそうな気になれた。
会社のグルーヴ感も大好きだった。辞めるときは本当に苦しかった。元上司たち(有岡さんも含む)からも「お前は本当にこの会社に向いているから絶対に辞めるな」と言われた。
辞めて今の会社に転職してからもしばらくは心の中でS社と比べては、やっぱり自分はS社に向いた人間だから今の会社は合わないとずっと思ってきた。
未練がそれこそ溢れるほどあったからこそ、会社に近づくことが12年もできなかったのだ。
でも実際に会社を訪れてみて、すでに私が知っている場所ではなかった。そこにいても落ち着かなくいたたまれなかった。
あれほど外様気分にさせられ合わないと思い続けた今の会社だったけど、そのあと会社に戻ったら、なんだかすごくホッとした。今の自分の居場所はここなのだと改めて思う。
考えたらS社にいた年数を超えていた。
会社も変わるけど、人間も変わるのね、と改めて思い知らされた日であった。
2010年7月1日木曜日
12年ぶりのS社!①
ここしばらくすっかりお受験にエネルギーを取られてしまっていたが、前の会社の先輩・早紀ちゃん(仮名)と鋭意企画中の“世界に通用するキッズ・プロジェクト(アーティスト編)”(←みなさん、すっかりこんな話忘れてるでしょ? だって本人もすっかり忘れてたんだもん。てへっ。詳しくは今年の2月の「決戦は月曜日」参照のこと)の話を詰めるために、元上司の有岡さん(仮名)率いる事業部に足を踏み入れた。
有岡さんは何度か上司になったり、上司じゃなくても近い部署にいたりした関係もあって、前の会社のエライ人の中では一番とっつきやすい人である。
夏の飲み会以後、何度かメールでのやりとりはしたが、会うのはそれ以来だ。
そのときトオル(仮名)を2軒目に行ったバーで、
「こいつは俺の右腕だからさ、なんかあったらなんでもこいつに言ってよ」
と言っていたくせに、その1ヶ月後トオルから、「異動になりました(涙)」というメールが来たのには心底驚いた。
おいっ、右腕をそんなにあっさりと手放すか? 有岡さんったら意外と二枚舌?と思わず人間不信になりかけたが、いやいや、もしかしたらトオルは引き抜かれ、有岡さんは引き抜いた相手にしてやられただけなのでは?とも思いなおすが、はてトオルって引き抜かれるほど優秀だったっけ?という身もふたもない疑問にもぶち当たり、めんどくさくなって考えるのをやめた。
このプロジェクトの窓口はトオルだったが、あえなく異動してしまったということで引継ぎを兼ねた打ち合わせということで会社にお邪魔することになったのだ。
私は用もないのに以前いた部署や会社に行く趣味はまったく持ち合わせていない。
用があれば訪ねて行くこともやぶさかではないが、我ながらあっさりしているというか、過去いたところなど興味はないのだ。
もうひとつの理由は以前いたところに「未練」があると思われるのが心外だというのもある。
こういう感覚はわかる人にはわかってもらえるものだと思う。
そんなこんなで辞めてから初めて訪れるS社。気がついたら12年も経っていたのだ。
月日の流れるのって早いのね~。
有岡さんの事業部は本社内にあった。
しかも本社が移転していて新社屋は足を踏み入れること自体初めてなので、なつかしさは感じられない。
初めての場所とはいえ10年近くいた会社である。その会社の受付で外部者扱いされ「訪問者」と書かれたバッジをつけさせられるのも感慨深いものがある。
早めに行き受付でトオルを呼び出すと、トオルは「せっかくやからあっちこっち行ってみますか」といろんなフロアーに連れて行ってくれた。
当然のことながらほとんどの知らない人ばかりだが、中には知った顔もちらほらあったりする。
「おお~っ! 久しぶりじゃん! どうした?」
と声をかけてくる人もいれば、ごく普通に「よお!」と声をかけていく人もいる。
そうした人はあまりにも普通なので、もしかしたら私が辞めたことを知らないのでは?と錯覚しそうなほどである。
売り出し中のミュージシャンのポスターやCDのサンプル版など音楽業界っぽいアイテムはそこらにたくさん散らばってはいるものの、以前いたころに溢れていた活気だとか、楽しげな雰囲気がいまひとつ感じられない。
働いている人たちは相変わらず自由な服装で、今の会社の人たちと比べれば数倍もスマートで垢抜けているけど、何か覇気がないような気がする。
なんなんだろうなあ~。なんか落ち着かないなあとそわそわしていたら、時間になったので、指定されていた会議室にトオルに連れられて行く。
早紀ちゃんもほどなくして到着し、有岡さんも他にふたりの男性を従えて会議室に入ってきた。
そのうちのひとりは見覚えがあり、あとのひとりはまったくの初対面だった。
有岡さんは何度か上司になったり、上司じゃなくても近い部署にいたりした関係もあって、前の会社のエライ人の中では一番とっつきやすい人である。
夏の飲み会以後、何度かメールでのやりとりはしたが、会うのはそれ以来だ。
そのときトオル(仮名)を2軒目に行ったバーで、
「こいつは俺の右腕だからさ、なんかあったらなんでもこいつに言ってよ」
と言っていたくせに、その1ヶ月後トオルから、「異動になりました(涙)」というメールが来たのには心底驚いた。
おいっ、右腕をそんなにあっさりと手放すか? 有岡さんったら意外と二枚舌?と思わず人間不信になりかけたが、いやいや、もしかしたらトオルは引き抜かれ、有岡さんは引き抜いた相手にしてやられただけなのでは?とも思いなおすが、はてトオルって引き抜かれるほど優秀だったっけ?という身もふたもない疑問にもぶち当たり、めんどくさくなって考えるのをやめた。
このプロジェクトの窓口はトオルだったが、あえなく異動してしまったということで引継ぎを兼ねた打ち合わせということで会社にお邪魔することになったのだ。
私は用もないのに以前いた部署や会社に行く趣味はまったく持ち合わせていない。
用があれば訪ねて行くこともやぶさかではないが、我ながらあっさりしているというか、過去いたところなど興味はないのだ。
もうひとつの理由は以前いたところに「未練」があると思われるのが心外だというのもある。
こういう感覚はわかる人にはわかってもらえるものだと思う。
そんなこんなで辞めてから初めて訪れるS社。気がついたら12年も経っていたのだ。
月日の流れるのって早いのね~。
有岡さんの事業部は本社内にあった。
しかも本社が移転していて新社屋は足を踏み入れること自体初めてなので、なつかしさは感じられない。
初めての場所とはいえ10年近くいた会社である。その会社の受付で外部者扱いされ「訪問者」と書かれたバッジをつけさせられるのも感慨深いものがある。
早めに行き受付でトオルを呼び出すと、トオルは「せっかくやからあっちこっち行ってみますか」といろんなフロアーに連れて行ってくれた。
当然のことながらほとんどの知らない人ばかりだが、中には知った顔もちらほらあったりする。
「おお~っ! 久しぶりじゃん! どうした?」
と声をかけてくる人もいれば、ごく普通に「よお!」と声をかけていく人もいる。
そうした人はあまりにも普通なので、もしかしたら私が辞めたことを知らないのでは?と錯覚しそうなほどである。
売り出し中のミュージシャンのポスターやCDのサンプル版など音楽業界っぽいアイテムはそこらにたくさん散らばってはいるものの、以前いたころに溢れていた活気だとか、楽しげな雰囲気がいまひとつ感じられない。
働いている人たちは相変わらず自由な服装で、今の会社の人たちと比べれば数倍もスマートで垢抜けているけど、何か覇気がないような気がする。
なんなんだろうなあ~。なんか落ち着かないなあとそわそわしていたら、時間になったので、指定されていた会議室にトオルに連れられて行く。
早紀ちゃんもほどなくして到着し、有岡さんも他にふたりの男性を従えて会議室に入ってきた。
そのうちのひとりは見覚えがあり、あとのひとりはまったくの初対面だった。
2010年5月5日水曜日
計算ミス①
前の会社の後輩で新婚ほやほやの山木(仮名)から電話があった。
そういえばそろそろ銀座の先生のところに行ってきたはずだった。夏に予約をしてから3ヵ月ほど待たされていた山木は、「結果は必ず報告しますね」と楽しみにしていた。
案の定、山木の第一声は、「今日ね、行ってきたんですよ。銀座に」だった。
「で、お姐さんのアドバイス通りに忘れないうちに言われたこと箇条書きにしなきゃって思って、そのまま近くのカフェに飛び込んで。今そこから電話しているというわけです」
「おお~、どうだった? 何占ってもらったの?」
「まあ基本はダンナとの相性とか、家庭生活ですよね。あとは仕事とか」
「で、当たってた?」
「う~ん。えええ???っていうのはなかったんですけど、へえ~、そうなんだぁ~、なるほどねえ~っていうのはいっぱいありましたよ」
「たとえば?」
「子どもは将来できるとか、いろいろあったんですけど。・・・実はね、私、発見しちゃったんです」
急に声を落とす山木。
「生年月日のところを足していって最終的に先生、数字を出すじゃないですか。この数式自体は単純だから、どうってことないんですけど、もらった紙をじっと見てたら、なんとダンナの生年月日を計算した表のところ、間違ってるんですよ!」
「間違ってるって何が?」
「だから計算がですよ! 私、計算間違いされたんですよ!」
「はあ!?」
目の前が暗くなる私。占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦っていうけど、いいことばかり言われていた私は懸命に信じようとしていた。実際にそうなるといいなって表立って考えていなかったようなことでも、もしかしたら深層心理では望んでいたことだったのかもしれない。
そういう願望を刺激されていた私は、すでに「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という心境ではなくなってきている。
ご神託はそうなるべき未来として私の中で定着している。
だからこそ、自分以外の人が占われたこともご神託の通りになっていてくれないと、私の未来まで揺らいでしまう。
その前提のひとつである計算が間違っていた?
「それ本当なの?」
「私も信じられなくて何度も計算し直したんです。けど何度やっても計算間違いがあるんですよ。結局占ってもらったことの8割がダンナに関係あることなんで、結果も全然違うものになってしまうと思うんですけど、こういうのってどうしたらいいと思います?」
「そりゃ、2万円も払ってるんだから、放っておくことないよ。電話してみたら?」
「そうですよねぇ~」
「そうだよ。ただ先生の占いって霊感みたいなものあるから、生年月日はすべてじゃないとは思うけど。考えられるのは、①計算が違っていても占い結果は変わらない ②一部変わるところもある ③全然変わってしまう・・・のうちのどれかだよね。まず、それを確認しなよ。そのうえで占い直してもらうとかしないと。だって2万円だからね」
「そっか、まずは結果がどれくらい変わるかですよね。ありがとうございました。じゃあ、今から連絡してみます」
「また結果教えてね」
「はいはい。お姐さんのブログ的にはおいしいネタですもんね(←なので今、取り上げている!)」
さすがは山木。わかってるぜっ!
そういえばそろそろ銀座の先生のところに行ってきたはずだった。夏に予約をしてから3ヵ月ほど待たされていた山木は、「結果は必ず報告しますね」と楽しみにしていた。
案の定、山木の第一声は、「今日ね、行ってきたんですよ。銀座に」だった。
「で、お姐さんのアドバイス通りに忘れないうちに言われたこと箇条書きにしなきゃって思って、そのまま近くのカフェに飛び込んで。今そこから電話しているというわけです」
「おお~、どうだった? 何占ってもらったの?」
「まあ基本はダンナとの相性とか、家庭生活ですよね。あとは仕事とか」
「で、当たってた?」
「う~ん。えええ???っていうのはなかったんですけど、へえ~、そうなんだぁ~、なるほどねえ~っていうのはいっぱいありましたよ」
「たとえば?」
「子どもは将来できるとか、いろいろあったんですけど。・・・実はね、私、発見しちゃったんです」
急に声を落とす山木。
「生年月日のところを足していって最終的に先生、数字を出すじゃないですか。この数式自体は単純だから、どうってことないんですけど、もらった紙をじっと見てたら、なんとダンナの生年月日を計算した表のところ、間違ってるんですよ!」
「間違ってるって何が?」
「だから計算がですよ! 私、計算間違いされたんですよ!」
「はあ!?」
目の前が暗くなる私。占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦っていうけど、いいことばかり言われていた私は懸命に信じようとしていた。実際にそうなるといいなって表立って考えていなかったようなことでも、もしかしたら深層心理では望んでいたことだったのかもしれない。
そういう願望を刺激されていた私は、すでに「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という心境ではなくなってきている。
ご神託はそうなるべき未来として私の中で定着している。
だからこそ、自分以外の人が占われたこともご神託の通りになっていてくれないと、私の未来まで揺らいでしまう。
その前提のひとつである計算が間違っていた?
「それ本当なの?」
「私も信じられなくて何度も計算し直したんです。けど何度やっても計算間違いがあるんですよ。結局占ってもらったことの8割がダンナに関係あることなんで、結果も全然違うものになってしまうと思うんですけど、こういうのってどうしたらいいと思います?」
「そりゃ、2万円も払ってるんだから、放っておくことないよ。電話してみたら?」
「そうですよねぇ~」
「そうだよ。ただ先生の占いって霊感みたいなものあるから、生年月日はすべてじゃないとは思うけど。考えられるのは、①計算が違っていても占い結果は変わらない ②一部変わるところもある ③全然変わってしまう・・・のうちのどれかだよね。まず、それを確認しなよ。そのうえで占い直してもらうとかしないと。だって2万円だからね」
「そっか、まずは結果がどれくらい変わるかですよね。ありがとうございました。じゃあ、今から連絡してみます」
「また結果教えてね」
「はいはい。お姐さんのブログ的にはおいしいネタですもんね(←なので今、取り上げている!)」
さすがは山木。わかってるぜっ!
2010年2月18日木曜日
タイの占い師の予言が的中!
「おねえさん(←私のこと)。銀座の先生のところに行きたいので、連絡先を教えてください。うふふふ。ついに結婚が決まりました! 銀座の先生には彼との相性とか診てもらいたいです♪」
突然送られてきたメールの差出人は前の会社の後輩・山木。
彼女は会社を辞めたあと、大学院で商標などの勉強をし、ベンチャー企業を中心に管理職として何社かを渡り歩いている。
以前、すい臓ガンで急逝してしまった先輩須崎さん(仮名)たちとタイ旅行に行ったときに、現地の超有名な占い師に診てもらったらしく、そこで38歳で結婚すると予言された話は10月のブログでもお伝えしていた通り。
そして山木は現在38歳。占い的中だ!
速攻で山木に電話をして、結婚おめでとうとともにダンナのことを質問攻めにし、ようやく銀座の先生の連絡先を教えた私。
「電話したときに私の名前を出せばいいから」
そう言いながら、私のウェディングのとき、ブーケトスでブーケが当たったのは、山木だったことを思い出す。あの日から7年以上経ってる。
ようやくブーケの効果が現れたのかとつい感慨に耽ってしまう。
「わあ、助かります。ありがとうございます。あ、そうだ。おねえさん、そういえばAちゃんの受験ってどうなったんでしたっけ?」
とすっかり忘れていた(←おいっ)受験話を思い出させてくれる山木。
「記念でいいって言われてたから、何も準備してないけど、それってバカ?」
「まあ占いの検証ブログやってますからね。そういう意味では自然体でいるのがいいんじゃないですかねえ」
「それもそうかもね」
「私も行ったら絶対に報告しますから、楽しみにしててくださいね」
と山木もついに銀座の先生の洗礼を受けることになった。
ところがそれがとんでもない事態を引き起こすことになるとは、このときは誰も思いもしていなかったのであった。
突然送られてきたメールの差出人は前の会社の後輩・山木。
彼女は会社を辞めたあと、大学院で商標などの勉強をし、ベンチャー企業を中心に管理職として何社かを渡り歩いている。
以前、すい臓ガンで急逝してしまった先輩須崎さん(仮名)たちとタイ旅行に行ったときに、現地の超有名な占い師に診てもらったらしく、そこで38歳で結婚すると予言された話は10月のブログでもお伝えしていた通り。
そして山木は現在38歳。占い的中だ!
速攻で山木に電話をして、結婚おめでとうとともにダンナのことを質問攻めにし、ようやく銀座の先生の連絡先を教えた私。
「電話したときに私の名前を出せばいいから」
そう言いながら、私のウェディングのとき、ブーケトスでブーケが当たったのは、山木だったことを思い出す。あの日から7年以上経ってる。
ようやくブーケの効果が現れたのかとつい感慨に耽ってしまう。
「わあ、助かります。ありがとうございます。あ、そうだ。おねえさん、そういえばAちゃんの受験ってどうなったんでしたっけ?」
とすっかり忘れていた(←おいっ)受験話を思い出させてくれる山木。
「記念でいいって言われてたから、何も準備してないけど、それってバカ?」
「まあ占いの検証ブログやってますからね。そういう意味では自然体でいるのがいいんじゃないですかねえ」
「それもそうかもね」
「私も行ったら絶対に報告しますから、楽しみにしててくださいね」
と山木もついに銀座の先生の洗礼を受けることになった。
ところがそれがとんでもない事態を引き起こすことになるとは、このときは誰も思いもしていなかったのであった。
小説の行方は? その2
早紀ちゃん(仮名)と私たちのアイディアを有岡さん(仮名)たちに披露したあとは、末弟が家族で上京してきたので、泊りがけでディズニー・ランドとシーを満喫したり、子どもたちをサマーキャンプに送り込み、初めて子どもたちのいない日々を夫とふたりでラブラブしながら過ごしたりと、夏の日々を楽しんだのも、つかの間のある日の午後、T書店の本田くん(仮名)から携帯に連絡が入る。
きっと例の仕事ができるというフリーの編集者が私の書いたものを読んで感想なり意見なりを伝えてきたという内容に違いない。
「例の編集の人から連絡がきましたよ」
と本田くん。予想的中だ。
「メールで感想を送ってきたので、そのまま転送しますよ。読んだら電話ください」
感想を書いてきたというのはその編集者なりにちゃんと読んだってことなんだろう。
送られてきたメールを読む。
……内容は辛口だ。
要点をまとめると、
・ 文章はテンポよく読みやすい
・ 主人公に共感できない
・ 何が言いたいのかわからない
・ 恋愛の心模様が上っ面
・ 純愛なのかプレイガール日記がどちらかに特化すれば、まだ可能性はあるかも
・ ただ本人が可愛かったら写真をつけて売るという方法もありかも
といったところか。
しかしまた出たよ。主人公に共感できないという意見。
ほんと、思うにイチイチ主人公に共感できないといけないのかね?
それって説得力ってことかい?
あと何が言いたいのかということや心模様が上っ面というのは、この読み手がそう感じたんだったら、それはそれで仕方がない。
それよりもムカっ腹が立つのは、可愛ければ写真もつけて・・・というくだりだ。
本田くん(仮名)が先方に先入観を与えないようにということで、私の年齢とかプロフィールとかは全部伏せられてたわけだけど、それにしてもなんだよ。結局人は見た目かよっ!
こっちとくりゃあ、40歳超えてるんじゃあ。
喧嘩売ってるのか。われは!!
可愛くなければ、恋愛話は書くなってか?
顔出しできるぐらいじゃないと、男とヤる話は書くなってか?
わりゃ~、舐めとんのか、こりゃあ~!!
とムカムカと腹が立ってくる。なんていうのかね、本質的な感じじゃないわけよ。うーん、それよりも男性原理主義者的なんってーの? 男の論理?みたいな?
なんかそういうのってムカつくよな。
可愛かったらって、マガジンハウスにおける椎名桜子かよっ!(←なつかしいわ)
それとも初エッセイの発売記念の会見で、「エッセイの読みどころは?」と聞かれて、「まだ読んでいないんでわかりません」とナイスなボケをかましてくれた松本伊代みたいなものを期待してるのかね?
うーん、うーん、こういうのって気分悪いよな。
あまりにムカつくので、こっそり浅井さん(仮名)を呼びつけ、「ちょっとどーよ?」と無理やり意見を求めると、私が期待したより0.5秒ほど早く、
「なんすかねえ~、これキモイ意見ですね!」
とあっさり切り捨ててくれた。
これでこそクール・ビューティー浅井。
「なんかセンスない意見ですよね。アホか、お前って感じ。こんなしょーもない意見しか言えへんオッサンの言うことなんて気にすることないですよ。まあ、聞く価値もないし」
とボロクソだ。
うーん、ありがとう。浅井さん。
誤解のないように言っておくが、私は批判されたことにムカついているわけじゃないのだ。もちろん正当な批判なら受けて立つし、聞く耳だってあるのに。
結局はよくわからないということなんじゃないだろうか?
それをよりにもよって著者が可愛かったら売れるかもみたいなもの言いが気に食わない。
もし私が男の著者だったら絶対に言われないことなのに・・・。
「どうです? 読みました?」
と携帯に電話をかけてきた本田くん。
「まあ、彼もこう言ってますし、やっぱりT書店じゃむつかしいかな。まあ気を落とさずまた次も書いてくださいよ」
と気を遣いながら話しているのがよくわかる。
いや、もう次はないね。しかし世の中にはアホほど本が出版されているのに、なんで私の書いたものはダメなんだろう。
一冊ぐらい余計に出版してくれても良さそうなのにね。
それにしても、銀座の先生が言うように何冊も本を出版するような日がやってくるのか?
あ~あ、本当に私の未来はどうなっていくんだろうか?
誰か教えて。
きっと例の仕事ができるというフリーの編集者が私の書いたものを読んで感想なり意見なりを伝えてきたという内容に違いない。
「例の編集の人から連絡がきましたよ」
と本田くん。予想的中だ。
「メールで感想を送ってきたので、そのまま転送しますよ。読んだら電話ください」
感想を書いてきたというのはその編集者なりにちゃんと読んだってことなんだろう。
送られてきたメールを読む。
……内容は辛口だ。
要点をまとめると、
・ 文章はテンポよく読みやすい
・ 主人公に共感できない
・ 何が言いたいのかわからない
・ 恋愛の心模様が上っ面
・ 純愛なのかプレイガール日記がどちらかに特化すれば、まだ可能性はあるかも
・ ただ本人が可愛かったら写真をつけて売るという方法もありかも
といったところか。
しかしまた出たよ。主人公に共感できないという意見。
ほんと、思うにイチイチ主人公に共感できないといけないのかね?
それって説得力ってことかい?
あと何が言いたいのかということや心模様が上っ面というのは、この読み手がそう感じたんだったら、それはそれで仕方がない。
それよりもムカっ腹が立つのは、可愛ければ写真もつけて・・・というくだりだ。
本田くん(仮名)が先方に先入観を与えないようにということで、私の年齢とかプロフィールとかは全部伏せられてたわけだけど、それにしてもなんだよ。結局人は見た目かよっ!
こっちとくりゃあ、40歳超えてるんじゃあ。
喧嘩売ってるのか。われは!!
可愛くなければ、恋愛話は書くなってか?
顔出しできるぐらいじゃないと、男とヤる話は書くなってか?
わりゃ~、舐めとんのか、こりゃあ~!!
とムカムカと腹が立ってくる。なんていうのかね、本質的な感じじゃないわけよ。うーん、それよりも男性原理主義者的なんってーの? 男の論理?みたいな?
なんかそういうのってムカつくよな。
可愛かったらって、マガジンハウスにおける椎名桜子かよっ!(←なつかしいわ)
それとも初エッセイの発売記念の会見で、「エッセイの読みどころは?」と聞かれて、「まだ読んでいないんでわかりません」とナイスなボケをかましてくれた松本伊代みたいなものを期待してるのかね?
うーん、うーん、こういうのって気分悪いよな。
あまりにムカつくので、こっそり浅井さん(仮名)を呼びつけ、「ちょっとどーよ?」と無理やり意見を求めると、私が期待したより0.5秒ほど早く、
「なんすかねえ~、これキモイ意見ですね!」
とあっさり切り捨ててくれた。
これでこそクール・ビューティー浅井。
「なんかセンスない意見ですよね。アホか、お前って感じ。こんなしょーもない意見しか言えへんオッサンの言うことなんて気にすることないですよ。まあ、聞く価値もないし」
とボロクソだ。
うーん、ありがとう。浅井さん。
誤解のないように言っておくが、私は批判されたことにムカついているわけじゃないのだ。もちろん正当な批判なら受けて立つし、聞く耳だってあるのに。
結局はよくわからないということなんじゃないだろうか?
それをよりにもよって著者が可愛かったら売れるかもみたいなもの言いが気に食わない。
もし私が男の著者だったら絶対に言われないことなのに・・・。
「どうです? 読みました?」
と携帯に電話をかけてきた本田くん。
「まあ、彼もこう言ってますし、やっぱりT書店じゃむつかしいかな。まあ気を落とさずまた次も書いてくださいよ」
と気を遣いながら話しているのがよくわかる。
いや、もう次はないね。しかし世の中にはアホほど本が出版されているのに、なんで私の書いたものはダメなんだろう。
一冊ぐらい余計に出版してくれても良さそうなのにね。
それにしても、銀座の先生が言うように何冊も本を出版するような日がやってくるのか?
あ~あ、本当に私の未来はどうなっていくんだろうか?
誰か教えて。
2010年2月17日水曜日
決戦は月曜日!?②
乾杯のあと、私と早紀ちゃん(仮名)は今、それぞれ何をやっているのかという話になり、そこから今の英語産業の話、教育の話、公教育における英語必修化などの話の流れになっていった。
そこで具体的に業界の売上の推移やその理由などを説明すると、志木さん(仮名)が、「清永、お前、変わったなあ~。そんなマーケティング的な話ができるようになったとは。さすがに転職すると違うなあ~」
と冗談だも本気だともつかない口調で感心してみせる。
「なぜそんな数字的な裏づけをモロッコ音楽とか作ってるときにできなかった?って言いたいんでしょ?」
とちょっと拗ねた口調で言うと、有岡さん(仮名)なんかは大ウケして爆笑してる。
そのあと早紀ちゃんがまた例によって細かい教材の話とか始めて、みんなの頭に?マークがいっぱい浮かび始めたのを見て、
「とにかくね、私も早紀ちゃんも根がエンターテイメント系だから、そちらに寄ったことがしたいんだけど、きっと組むならすでにダンスやタレントスクールを持っているA社に話を持ちかけるのが早いに決まっていても、どうしてもS社が好きでどうせやるならS社でってことで、一致してるの。それで何ができるのかってことをふたりで一生懸命考えて、それで思いついたのが、“ひとりでも多くの石川遼くんを育てる”ってことだったんだよね」
と一気にまくしたてると、「石川遼?」と志木さんが怪訝な顔をし、
「要は世界に通用するアーティストを育てたいってこと。それはレコード会社ならではの新規事業だと思う。今、CDとかって売れないわけだし、何か他のことを考えないといけない時期でしょ?」
という私の言葉に真っ先に反応したのは、有岡さんで、
「まったく清永の言う通りでさ、なんかやんないといけないわけよ。うちもA社に抜かれてさ、このままじゃジリ貧なんだから。しかも話もおもしろそうだし、いいと思うよ」
と昔から変わらぬ業界人らしい軽いノリで言う。
「実はね、私、今ダンサーたちと関わっていて、あの子たちってすごく上手くても国内じゃ、ゴールがないんですよね。たとえば歌の上手い子ならプロになってCDデビューしか、スタイルのいい子ならモデルになるとかっていう道筋があるのに、ヒップポップなんかのストリート系のダンスを踊っているような子たちっていうのは、行き場がないから。だから今、その話を聞いて、そんな子たちにも活躍できる場があるんじゃないかって気がしてきましたよ」
と田町(仮名)がダンサーたちの例を挙げて、今のダンスシーンの話をいろいろと教えてくれる。
「目指すは世界か。おもしろいよな。これ絶対にいいと思うよ」
と志木さんもうれしそうに言い、トオル(仮名)も、
「元々、僕もうちの会社が幼稚園とかやったらオモロイんちゃうかって、有岡さんにも話してたんですよ。僕もぜひ一枚この話に噛ませてください」
とのんびりとした関西弁で言った。
「よし、じゃあ、このメンバーでいろいろと考えることにするか。トオルは俺の右腕だから、話はトオルにしてくれれば、バッチリだから」
と有岡さんが言い、志木さんと田町は途中で帰ってしまったが、あとのメンバーで次の店に行くことにした。
80年代風テイスト溢れるパブで、有岡さんがキープしているスコッチのボトルを出してもらい、水割りを飲みながら、話はさっきから変わり、今のS社のことになった。
有岡さんやトオルが言うには、私や早紀ちゃんがいた頃の会社とは大きく変わってしまい、今では自由でオープンでみんなイケイケだった社風はすっかり影を潜め、ことなかれ主義、前例主義が幅をきかせ、すっかりみんな萎縮してしまい、社内に充満する閉塞感がすごいのだという。
それは前にまだS社に残っている三原(仮名)や森重さん(仮名)からも聞いていたので、初めて聞く話ではないけど、みんなが揃って同じことを言うということは、心底、S社は私たちがいた頃から変わってしまったんだろう。
「だから今日さ、久しぶりにお前たちと飲んで、会社の愚痴以外の話を飲んでる席でするのは何年かぶりだったんだよ。昔は飲んでは、あんなこともできる、こんなこともできるって、おもしろいクリエイティブな話ばかりみんなしてたのに、いつのまにか、社内でそういう話をするヤツがいなくなっていって、みんな社内政治ばかり嬉々と語るようになってさ。だからうれしかったよ。ほんと、なんとかしたいよな。この話。トオルもさ、そう思うだろ?」
「ほんまですよ。僕もいろいろと考えさせてもらいます」
とまあこんな具合に、いい感じでこの日の話は終了したのである。
そしてあることに気づいた。
2010年の4月から、「先生」と呼ばれる仕事をするようになる。
会話の多い仕事で大勢の人たちと仕事をしているのが見える。
クリエイティブな仕事と並んで、銀座の先生から私が始めると言われていた仕事だ。
もしかしたら、「先生」と呼ばれる仕事はこのプロジェクトのことなんだろうか?
もしそうだとしたら・・・・。
真夏日なのに、何かあまりにも話ができすぎているような気がしてゾクリと背筋に冷たい汗を掻いたのであった。
そこで具体的に業界の売上の推移やその理由などを説明すると、志木さん(仮名)が、「清永、お前、変わったなあ~。そんなマーケティング的な話ができるようになったとは。さすがに転職すると違うなあ~」
と冗談だも本気だともつかない口調で感心してみせる。
「なぜそんな数字的な裏づけをモロッコ音楽とか作ってるときにできなかった?って言いたいんでしょ?」
とちょっと拗ねた口調で言うと、有岡さん(仮名)なんかは大ウケして爆笑してる。
そのあと早紀ちゃんがまた例によって細かい教材の話とか始めて、みんなの頭に?マークがいっぱい浮かび始めたのを見て、
「とにかくね、私も早紀ちゃんも根がエンターテイメント系だから、そちらに寄ったことがしたいんだけど、きっと組むならすでにダンスやタレントスクールを持っているA社に話を持ちかけるのが早いに決まっていても、どうしてもS社が好きでどうせやるならS社でってことで、一致してるの。それで何ができるのかってことをふたりで一生懸命考えて、それで思いついたのが、“ひとりでも多くの石川遼くんを育てる”ってことだったんだよね」
と一気にまくしたてると、「石川遼?」と志木さんが怪訝な顔をし、
「要は世界に通用するアーティストを育てたいってこと。それはレコード会社ならではの新規事業だと思う。今、CDとかって売れないわけだし、何か他のことを考えないといけない時期でしょ?」
という私の言葉に真っ先に反応したのは、有岡さんで、
「まったく清永の言う通りでさ、なんかやんないといけないわけよ。うちもA社に抜かれてさ、このままじゃジリ貧なんだから。しかも話もおもしろそうだし、いいと思うよ」
と昔から変わらぬ業界人らしい軽いノリで言う。
「実はね、私、今ダンサーたちと関わっていて、あの子たちってすごく上手くても国内じゃ、ゴールがないんですよね。たとえば歌の上手い子ならプロになってCDデビューしか、スタイルのいい子ならモデルになるとかっていう道筋があるのに、ヒップポップなんかのストリート系のダンスを踊っているような子たちっていうのは、行き場がないから。だから今、その話を聞いて、そんな子たちにも活躍できる場があるんじゃないかって気がしてきましたよ」
と田町(仮名)がダンサーたちの例を挙げて、今のダンスシーンの話をいろいろと教えてくれる。
「目指すは世界か。おもしろいよな。これ絶対にいいと思うよ」
と志木さんもうれしそうに言い、トオル(仮名)も、
「元々、僕もうちの会社が幼稚園とかやったらオモロイんちゃうかって、有岡さんにも話してたんですよ。僕もぜひ一枚この話に噛ませてください」
とのんびりとした関西弁で言った。
「よし、じゃあ、このメンバーでいろいろと考えることにするか。トオルは俺の右腕だから、話はトオルにしてくれれば、バッチリだから」
と有岡さんが言い、志木さんと田町は途中で帰ってしまったが、あとのメンバーで次の店に行くことにした。
80年代風テイスト溢れるパブで、有岡さんがキープしているスコッチのボトルを出してもらい、水割りを飲みながら、話はさっきから変わり、今のS社のことになった。
有岡さんやトオルが言うには、私や早紀ちゃんがいた頃の会社とは大きく変わってしまい、今では自由でオープンでみんなイケイケだった社風はすっかり影を潜め、ことなかれ主義、前例主義が幅をきかせ、すっかりみんな萎縮してしまい、社内に充満する閉塞感がすごいのだという。
それは前にまだS社に残っている三原(仮名)や森重さん(仮名)からも聞いていたので、初めて聞く話ではないけど、みんなが揃って同じことを言うということは、心底、S社は私たちがいた頃から変わってしまったんだろう。
「だから今日さ、久しぶりにお前たちと飲んで、会社の愚痴以外の話を飲んでる席でするのは何年かぶりだったんだよ。昔は飲んでは、あんなこともできる、こんなこともできるって、おもしろいクリエイティブな話ばかりみんなしてたのに、いつのまにか、社内でそういう話をするヤツがいなくなっていって、みんな社内政治ばかり嬉々と語るようになってさ。だからうれしかったよ。ほんと、なんとかしたいよな。この話。トオルもさ、そう思うだろ?」
「ほんまですよ。僕もいろいろと考えさせてもらいます」
とまあこんな具合に、いい感じでこの日の話は終了したのである。
そしてあることに気づいた。
2010年の4月から、「先生」と呼ばれる仕事をするようになる。
会話の多い仕事で大勢の人たちと仕事をしているのが見える。
クリエイティブな仕事と並んで、銀座の先生から私が始めると言われていた仕事だ。
もしかしたら、「先生」と呼ばれる仕事はこのプロジェクトのことなんだろうか?
もしそうだとしたら・・・・。
真夏日なのに、何かあまりにも話ができすぎているような気がしてゾクリと背筋に冷たい汗を掻いたのであった。
決戦は月曜日!?①
都内の某駅の駅ビルに入っているカフェで早紀ちゃん(仮名)と待ち合わせる。
この駅は私たちが前にいた会社のある駅だ。8年間ほど、私はこの場所に通い続けた。
初めてこの駅に降り立ったのは1989年の夏。
当時大学4年生だった私はこの会社に入りたくて入りたくて、わざわざ住んでいた京都から上京して、会社案内の資料を取りにきたのだった。
あれから丸20年も経っている。
この日も20年前のあの日のように、暑くてうだるような真夏日だった。
あまりにも暑かったので、私たちはコーヒーの代わりにミントを使ったさっぱりとしたカクテル・モヒートを頼んだ。
けど所詮駅ビルのカフェのモヒートはそれなりのもので、わざわざそんなことを口に出して言わなくてもいいのに、早紀ちゃんは、「なんだよっ、ここのモヒート、全然ダメじゃん!」と言いながら全部飲み干していた。
そこで私たちは話を切り出す手順だとか、具体的な数字だとかを確認して、今では人事部の次長になっている志木さん(仮名)の指定してきた魚がおいしいという割烹へと歩いて向かった。
その途中、私たちの前を歩いている異様に痩せた女性の存在に気づいた。半袖のシャツから伸びている腕は楽勝で片手で掴めそうなほど細く、二の腕デブの私の腕の3分の1ぐらいしかない。
ピッタリとしたジーンズの腰周りはヴィヴィアン・リーばりに細く(←見たことないけど)、両足は私の両腕ぐらいの細さ。
彼女の穿いているジーンズなんて、もし私が穿いたら、足首の辺りで引っかっちゃうんだろうなあと思っていると、なんとその女性は久しぶりに再会する田町(仮名)だった。
彼女は私の一期下で前はあんなに痩せてなかった。病気でもしたのかなと思い、早紀ちゃんにその旨を伝えると、
「あれ? そうだったっけ? そんな痩せたっけ?」
とあれで痩せてなかったら、世の中の人は全員肥満だぞと思わず突っ込んだぐらい、人のことを見ていない早紀ちゃん。
しかし田町は私たちに気づく前にコンビニに入ってしまったので、道端でバッタリ会って「よっ! 久しぶり」という具合にはならなかった。
私と早紀ちゃんが割烹に入ると、すでに田町以外のメンバーは揃っていた。
有岡さん(仮名)はたまに地下鉄とかでいっしょになることもあって、それほど久しぶりではないので別段変わったところはないが、トオル(仮名)と志木さんはやはり会わなかった年月の分だけオジサン化していた。
「おう、清永、久しぶり。お前全然変わってないじゃん!」
と志木さん。
「そんなことないよ。12キロも太ったんだから!」
「マジかよ。そんなのわかんないけどな」
「まあ清永も今や二児の母だからね。仕方ないよ」
と有岡さん。
そこへ「お待たせしましたっ!」と息を切らしながら飛び込んできたのが、どうやらコンビニに寄ってたらしい田町。
うわ~! 正面から見ても痩せてる~!
「久しぶり! どうした? ずいぶん痩せたね~! デブになった私的にはめっちゃ、うらやましいよ」
と言うと、田町は少し顔を歪ませて、
「どこがですか。私、脱いだらすごいですよ。相当肉ついてますよ」
と冗談めかして言う。
まさか! 脱いだところで、どこにそのガリガリな体に肉がつくというのだ!
ちょっと病的なものを感じ、それ以上その話題に触れるのはやめた。
まあ、それはさておき肝心なプロジェクトの話をこの人たちにもわかってもらわねば!
この駅は私たちが前にいた会社のある駅だ。8年間ほど、私はこの場所に通い続けた。
初めてこの駅に降り立ったのは1989年の夏。
当時大学4年生だった私はこの会社に入りたくて入りたくて、わざわざ住んでいた京都から上京して、会社案内の資料を取りにきたのだった。
あれから丸20年も経っている。
この日も20年前のあの日のように、暑くてうだるような真夏日だった。
あまりにも暑かったので、私たちはコーヒーの代わりにミントを使ったさっぱりとしたカクテル・モヒートを頼んだ。
けど所詮駅ビルのカフェのモヒートはそれなりのもので、わざわざそんなことを口に出して言わなくてもいいのに、早紀ちゃんは、「なんだよっ、ここのモヒート、全然ダメじゃん!」と言いながら全部飲み干していた。
そこで私たちは話を切り出す手順だとか、具体的な数字だとかを確認して、今では人事部の次長になっている志木さん(仮名)の指定してきた魚がおいしいという割烹へと歩いて向かった。
その途中、私たちの前を歩いている異様に痩せた女性の存在に気づいた。半袖のシャツから伸びている腕は楽勝で片手で掴めそうなほど細く、二の腕デブの私の腕の3分の1ぐらいしかない。
ピッタリとしたジーンズの腰周りはヴィヴィアン・リーばりに細く(←見たことないけど)、両足は私の両腕ぐらいの細さ。
彼女の穿いているジーンズなんて、もし私が穿いたら、足首の辺りで引っかっちゃうんだろうなあと思っていると、なんとその女性は久しぶりに再会する田町(仮名)だった。
彼女は私の一期下で前はあんなに痩せてなかった。病気でもしたのかなと思い、早紀ちゃんにその旨を伝えると、
「あれ? そうだったっけ? そんな痩せたっけ?」
とあれで痩せてなかったら、世の中の人は全員肥満だぞと思わず突っ込んだぐらい、人のことを見ていない早紀ちゃん。
しかし田町は私たちに気づく前にコンビニに入ってしまったので、道端でバッタリ会って「よっ! 久しぶり」という具合にはならなかった。
私と早紀ちゃんが割烹に入ると、すでに田町以外のメンバーは揃っていた。
有岡さん(仮名)はたまに地下鉄とかでいっしょになることもあって、それほど久しぶりではないので別段変わったところはないが、トオル(仮名)と志木さんはやはり会わなかった年月の分だけオジサン化していた。
「おう、清永、久しぶり。お前全然変わってないじゃん!」
と志木さん。
「そんなことないよ。12キロも太ったんだから!」
「マジかよ。そんなのわかんないけどな」
「まあ清永も今や二児の母だからね。仕方ないよ」
と有岡さん。
そこへ「お待たせしましたっ!」と息を切らしながら飛び込んできたのが、どうやらコンビニに寄ってたらしい田町。
うわ~! 正面から見ても痩せてる~!
「久しぶり! どうした? ずいぶん痩せたね~! デブになった私的にはめっちゃ、うらやましいよ」
と言うと、田町は少し顔を歪ませて、
「どこがですか。私、脱いだらすごいですよ。相当肉ついてますよ」
と冗談めかして言う。
まさか! 脱いだところで、どこにそのガリガリな体に肉がつくというのだ!
ちょっと病的なものを感じ、それ以上その話題に触れるのはやめた。
まあ、それはさておき肝心なプロジェクトの話をこの人たちにもわかってもらわねば!
2010年2月15日月曜日
天啓閃く!①
このところ、早紀ちゃん(仮名)からの電話がやけに多い。
また早紀ちゃんの行きつけの飲み屋はうちの近所にあるから、子どもたちが寝静まったあと、夫に留守を頼み、合流したりすることも。
私たちが話している内容は、ずばり、エデュケーションとエンターテインメントを融合させたエデュテイメントを自分たちの手で作り上げられないかということだ。
行動の早い早紀ちゃんは、組むなら前の会社がいいと、今では人事部の次長になっている志木さん(仮名)に電話をして、新しいプロジェクトを始めるには、社内の誰と誰に話せばいいのか?というアドバイスを求めた。
前の会社は今では何十と細かく分社化されてしまい、誰がどこにいて何をしているのかさっぱりわからなくなってしまっている。
そういった意味で志木さんにアドバイスを求めたのは賢明だと言えよう。
志木さんのアドバイスによれば、そういった場合の王道手段は、(通常業務以外の)新規プロジェクトの発案者となるのは社内のマーケティング会社で、現場担当者は田町(仮名)という女性だという。
マーケティング部門が頭だとすると、手足となる実働部隊は有岡さん(仮名)が実質トップの販売会社DS(仮名)が担い、その現場担当者は山田透(仮名)ことトオルになるとのこと。
っていうか、全員知り合いなんですけど・・・・。
早紀ちゃんにとってもそれは同様だったらしく、
「なんだよ~。蓋開けりゃあ~、全員お前かよっ!ってメンツじゃん!」
と拍子抜けの様子。
「それだけ話しやすいってことじゃん」
「まあ、そういうことだな」
ということで、さっそく全員集合して飲むことに。
志木さんは私がモロッコ音楽を作っていた頃に、ちょうど原版管理をやっていて、何度か相談に乗ってもらったことがある。
田町は販推(販売推進)にいたので営業所への根回しをお願いしたり、トオルは音楽雑誌の編集者だったときに広告担当だったので、やりたいアーティストがあるときはよくそのアーティストの広告をピンポイントで押さえてもらったりしたものだ。
有岡さんにいたっては3度も上司になったことのある非常に縁の深い人である。結婚パーティのときだってちゃんと駆けつけてくれた。
そのメンバーが全員揃って飲むなんてなんかうれしいなあ~と能天気に楽しみにしていたら、早紀ちゃんがガンガン電話をしてきて、みんなに会うまでに自分たちのプロジェクトのアイディアをまとめたいという。
ふう~ん。プロジェクトのアイディアねえ~。
また早紀ちゃんの行きつけの飲み屋はうちの近所にあるから、子どもたちが寝静まったあと、夫に留守を頼み、合流したりすることも。
私たちが話している内容は、ずばり、エデュケーションとエンターテインメントを融合させたエデュテイメントを自分たちの手で作り上げられないかということだ。
行動の早い早紀ちゃんは、組むなら前の会社がいいと、今では人事部の次長になっている志木さん(仮名)に電話をして、新しいプロジェクトを始めるには、社内の誰と誰に話せばいいのか?というアドバイスを求めた。
前の会社は今では何十と細かく分社化されてしまい、誰がどこにいて何をしているのかさっぱりわからなくなってしまっている。
そういった意味で志木さんにアドバイスを求めたのは賢明だと言えよう。
志木さんのアドバイスによれば、そういった場合の王道手段は、(通常業務以外の)新規プロジェクトの発案者となるのは社内のマーケティング会社で、現場担当者は田町(仮名)という女性だという。
マーケティング部門が頭だとすると、手足となる実働部隊は有岡さん(仮名)が実質トップの販売会社DS(仮名)が担い、その現場担当者は山田透(仮名)ことトオルになるとのこと。
っていうか、全員知り合いなんですけど・・・・。
早紀ちゃんにとってもそれは同様だったらしく、
「なんだよ~。蓋開けりゃあ~、全員お前かよっ!ってメンツじゃん!」
と拍子抜けの様子。
「それだけ話しやすいってことじゃん」
「まあ、そういうことだな」
ということで、さっそく全員集合して飲むことに。
志木さんは私がモロッコ音楽を作っていた頃に、ちょうど原版管理をやっていて、何度か相談に乗ってもらったことがある。
田町は販推(販売推進)にいたので営業所への根回しをお願いしたり、トオルは音楽雑誌の編集者だったときに広告担当だったので、やりたいアーティストがあるときはよくそのアーティストの広告をピンポイントで押さえてもらったりしたものだ。
有岡さんにいたっては3度も上司になったことのある非常に縁の深い人である。結婚パーティのときだってちゃんと駆けつけてくれた。
そのメンバーが全員揃って飲むなんてなんかうれしいなあ~と能天気に楽しみにしていたら、早紀ちゃんがガンガン電話をしてきて、みんなに会うまでに自分たちのプロジェクトのアイディアをまとめたいという。
ふう~ん。プロジェクトのアイディアねえ~。
2010年2月12日金曜日
夫の会社、買収される!!②
しばらく待遇面で変化はなさそうと言われても、家計を直撃する可能性のある夫の会社の買収劇が気になってしかたない。
そんなときに大学のゼミ仲間・泉水くん(仮名)と会社の近くでランチをすることに。
泉水くんの会社とうちの会社は歩いて5分ぐらいのところにある。
し・か・も・なんと泉水くん、夫の会社の買収先Bの親会社BNの社員で、現在はその子会社で部長として働いているのだ。
何か新情報とか裏情報とか聞けるかも…、そんな下心も胸に秘め、泉水くんと向かったのは、某有名カレー店。
泉水くんはチキンカレー、私はシーフードカレーを頬張りつつ、お互いの仕事の話とか、ゼミのメンバーの話とか、会社近辺のおいしいお店の話などをポツリポツリしながら、カレーライスも一通り食べ終わったころに、夫の会社の話を切り出した。
すると泉水くんは「うーん」と「うーん、マンダ~ム」とやるときのチャールズ・ブロンソンばりにアゴに指を添え、
「いやあ~。全然知らんかったわ。俺、会社の事情にめっちゃ弱いねん」
と言った。
ってあんた、部長やろ!
「なんかな、会社もいっぱいグループ会社があって、増えたりとかしてるから、ようわからんのよ」
「そういうもんなんや?」
「そうそう」
とまあ、まったく成果なしである。
一応、泉水くんにはその買収についてのニュースレターを添付して送ると、
『やっぱ、なんもわからんな』
というメッセージとともに、
『せやけど、うちもBも元々教育の会社やから、教育的な見地から、従業員は大切にする気風はあると思うから、そのへんは安心してええんとちゃうかなあ』
と泉水くんらしい返信メールがきた。
そうだといいんだけどね、本当に・・・・。
そんなときに大学のゼミ仲間・泉水くん(仮名)と会社の近くでランチをすることに。
泉水くんの会社とうちの会社は歩いて5分ぐらいのところにある。
し・か・も・なんと泉水くん、夫の会社の買収先Bの親会社BNの社員で、現在はその子会社で部長として働いているのだ。
何か新情報とか裏情報とか聞けるかも…、そんな下心も胸に秘め、泉水くんと向かったのは、某有名カレー店。
泉水くんはチキンカレー、私はシーフードカレーを頬張りつつ、お互いの仕事の話とか、ゼミのメンバーの話とか、会社近辺のおいしいお店の話などをポツリポツリしながら、カレーライスも一通り食べ終わったころに、夫の会社の話を切り出した。
すると泉水くんは「うーん」と「うーん、マンダ~ム」とやるときのチャールズ・ブロンソンばりにアゴに指を添え、
「いやあ~。全然知らんかったわ。俺、会社の事情にめっちゃ弱いねん」
と言った。
ってあんた、部長やろ!
「なんかな、会社もいっぱいグループ会社があって、増えたりとかしてるから、ようわからんのよ」
「そういうもんなんや?」
「そうそう」
とまあ、まったく成果なしである。
一応、泉水くんにはその買収についてのニュースレターを添付して送ると、
『やっぱ、なんもわからんな』
というメッセージとともに、
『せやけど、うちもBも元々教育の会社やから、教育的な見地から、従業員は大切にする気風はあると思うから、そのへんは安心してええんとちゃうかなあ』
と泉水くんらしい返信メールがきた。
そうだといいんだけどね、本当に・・・・。
夫の会社、買収される!!①
ずーっと社長と反りが合わず転職したがっている夫。
しかし人事の管理職というのはなかなか募集がないのと、彼の日本語能力も中途半端なので、日本人相手の人事をやるのが難しいこともあり、チャンスが巡ってこない。
たまにチャンスがあるのだが、なぜか最終で落とされてしまう。
しかし、それが災い転じて福となったことは前にも書いたとおり。
どれも最終で落とされたところは、あのリーマンブラザーズだったり、AIG生命だったり、名前は忘れたけど倒産したIT企業だったりと、結果的に落としてくれてありがとうというところばかりだったからだ。
しかし4月頃から夫の会社の雰囲気がきな臭くなり、外国人内勤スタッフは全員社会保険への加入が義務付けられ、日本の社会保険制度にまったくメリットを感じていない夫はそれだけで勤労意欲も大いに削がれ、ついでに手取りも大いに削がれ、我が家の財政悪化に結びついたのだった。
オー・マイ・ガァッー・まさに右肩下がり!
こんなときに私も働いていて良かったとつくづく思う。手取り減は痛いが、共働きの分、致命傷ではない。
しかし、その後にサラリーカットもあるという2番底にも耐えなければいけない。
実は我が家は結婚したばかりのときに役職者の夫は20%のサラリーカットをされたことがあり(←けど2年後ぐらいに元に戻った。けど夫はそのことをさらに2年ぐらい私に内緒にしてた)、サラリーカットの恐怖は初めてではない。
この平成の大不況の中、夫の会社の業績悪化もいたしかたないが、きな臭い空気の原因は社長が自分の持ち株の売り先を探すことに奔走しているところから発生している。
自分の会社なのに少しでも高く買ってくれるところがあれば、トットと売り払ってしまう、その見上げたアングロサクソン魂。
エゲツないぜ。アングロサクソン。
まあ夫もアングロサクソンだが。一応。
けど知能犯的でないところが、まるで根暗なアメリカ人とか、手先が不器用な日本人とか(←っていうか、それって私)、リズム感のないキューバ人とか、カレーを食べないインド人みたいに、“らしくない”。
そんなこんなで夫からメールが!
なんと英会話の大手Bが夫の会社を買収したとのこと。
そのBの親会社は教育業界最大手のBN!!
おお~、うちの会社の教育部門のライバル企業(←けどBNはこれっぽっちもそんなこと思っていないと思う)ではないか!!
アングロサクソン流経済策略に踊らされて、しらないうちに私たちは夫婦でありながらライバルの仲に!!
それよか、待遇とかどうなわけよ?
夫が言うには買収されたからクビになるとか、お給料が減らされるとか、降格されるとかはないということだが、今後はわからない。
外国人スタッフにも社会保険の加入を強制していたのは、日本企業に売る魂胆があって、その条件整備の一貫だったというわけだ。
まったくアングロサクソンのやるこたぁあよぉ~!!
けど考えようによってはイチ中小企業に過ぎなかった夫の会社が、これを機会に大企業のグループ会社として生まれ変わったわけでもある。
これって転職みたいなもの?
銀座の先生は今年の春にも転職運があるって言ってたけど、時期はハズしてるが、このことを言っていたのか?
ああ~、謎は深まるばかり・・・。
しかし人事の管理職というのはなかなか募集がないのと、彼の日本語能力も中途半端なので、日本人相手の人事をやるのが難しいこともあり、チャンスが巡ってこない。
たまにチャンスがあるのだが、なぜか最終で落とされてしまう。
しかし、それが災い転じて福となったことは前にも書いたとおり。
どれも最終で落とされたところは、あのリーマンブラザーズだったり、AIG生命だったり、名前は忘れたけど倒産したIT企業だったりと、結果的に落としてくれてありがとうというところばかりだったからだ。
しかし4月頃から夫の会社の雰囲気がきな臭くなり、外国人内勤スタッフは全員社会保険への加入が義務付けられ、日本の社会保険制度にまったくメリットを感じていない夫はそれだけで勤労意欲も大いに削がれ、ついでに手取りも大いに削がれ、我が家の財政悪化に結びついたのだった。
オー・マイ・ガァッー・まさに右肩下がり!
こんなときに私も働いていて良かったとつくづく思う。手取り減は痛いが、共働きの分、致命傷ではない。
しかし、その後にサラリーカットもあるという2番底にも耐えなければいけない。
実は我が家は結婚したばかりのときに役職者の夫は20%のサラリーカットをされたことがあり(←けど2年後ぐらいに元に戻った。けど夫はそのことをさらに2年ぐらい私に内緒にしてた)、サラリーカットの恐怖は初めてではない。
この平成の大不況の中、夫の会社の業績悪化もいたしかたないが、きな臭い空気の原因は社長が自分の持ち株の売り先を探すことに奔走しているところから発生している。
自分の会社なのに少しでも高く買ってくれるところがあれば、トットと売り払ってしまう、その見上げたアングロサクソン魂。
エゲツないぜ。アングロサクソン。
まあ夫もアングロサクソンだが。一応。
けど知能犯的でないところが、まるで根暗なアメリカ人とか、手先が不器用な日本人とか(←っていうか、それって私)、リズム感のないキューバ人とか、カレーを食べないインド人みたいに、“らしくない”。
そんなこんなで夫からメールが!
なんと英会話の大手Bが夫の会社を買収したとのこと。
そのBの親会社は教育業界最大手のBN!!
おお~、うちの会社の教育部門のライバル企業(←けどBNはこれっぽっちもそんなこと思っていないと思う)ではないか!!
アングロサクソン流経済策略に踊らされて、しらないうちに私たちは夫婦でありながらライバルの仲に!!
それよか、待遇とかどうなわけよ?
夫が言うには買収されたからクビになるとか、お給料が減らされるとか、降格されるとかはないということだが、今後はわからない。
外国人スタッフにも社会保険の加入を強制していたのは、日本企業に売る魂胆があって、その条件整備の一貫だったというわけだ。
まったくアングロサクソンのやるこたぁあよぉ~!!
けど考えようによってはイチ中小企業に過ぎなかった夫の会社が、これを機会に大企業のグループ会社として生まれ変わったわけでもある。
これって転職みたいなもの?
銀座の先生は今年の春にも転職運があるって言ってたけど、時期はハズしてるが、このことを言っていたのか?
ああ~、謎は深まるばかり・・・。
2010年2月9日火曜日
実家のリフォームは・・・
2回目に銀座の先生のところに行ったときに、実家のリフォームのことを先生に指摘された話は、8月のブログで紹介したとおり。
実はゴールデンウィークに帰省したときに、新しくなった我が家をこの目で確かめてきているわけだが、報告し忘れてたので、無理やりここで引っ張ってきたというわけだ(←強引)。
「で、お母さん、どうですのん。新しいおうちは」
オバハンに話を向けるのが驚異的に上手いHANAちゃん。
「うん。良うなったよ」
「え? 具体的には?」
と浅井さん。
「まずね、車庫を私ら夫婦の寝室にしたんやけど、今まではリビングの続きの8畳の和室を寝室にしとったもんで、夜遅くまで他の家族が起きとったり、朝早くから洗濯機を回されると寝れぇーへんかったけど、ちゃんと私らの寝室ができたもんで、お互いに気を遣わんでええようになったところが大きいねぇ」
「ほう」
「あとやっぱり店舗やったところもリビングやダイニングの一部になったで、広なったところも全然違うわね」
そうなのだ。オカンの言う通り、リビングダイニング合わせて広くなり、全部で25畳強といったところか。それプラス和室の8畳でぐっと開放感は増したことは確か。
でもせっかくの東向きのリビングの壁にはオカンの食器コレクションの棚が反対側に備え付けられたため、昼間でも全然明るくない。
床もダークブラウンのフローリングのため、汚れが目立つこと目立つこと。
おかげでオカンと嫁は1日中、床を雑巾掛けしている。
私は今ひとつリフォームした実家が気に入らないのだが(←それでも前よりかはいいけど)、まあみんなが満足しているのなら仕方がない。
私が住むわけでもなければ、1円たりとも出しているわけじゃないから。
また銀座の先生が言う通り、外観が大きく変わったのか?
……答えは半々といったところだ。
なぜならば、うちは東北の角地に立っているので、北側と東側が表に面しているわけだが、確かに店舗のあった東側は劇的に変わったのだが、キッチンに面した北側は外観をまったくいじっていないので、そっち側だけ見たらまったく変わっていないということになる。
それってまさに先生の占い結果の確率がそのまんまうちの実家の外観にも現れているような……。
「で、お母さん、2月に風邪とか引かはったんですか?」
記憶力のいいHANAちゃん。そう、オカンは先生からリフォーム中の2月にウィルスとかに注意と言われていたのだ。
「それもハズレ。その代わりに4月に孫(一番下の弟の1人息子)が来たときに、風邪をうつされて家族全滅やったわ。あんときはさすがの私もしんどかったわ」
うーん、時期がズレていたということか。
総合的に見て、実家に関していえば、半々の確率で当たっていると考えたら良さそうだ。
実はゴールデンウィークに帰省したときに、新しくなった我が家をこの目で確かめてきているわけだが、報告し忘れてたので、無理やりここで引っ張ってきたというわけだ(←強引)。
「で、お母さん、どうですのん。新しいおうちは」
オバハンに話を向けるのが驚異的に上手いHANAちゃん。
「うん。良うなったよ」
「え? 具体的には?」
と浅井さん。
「まずね、車庫を私ら夫婦の寝室にしたんやけど、今まではリビングの続きの8畳の和室を寝室にしとったもんで、夜遅くまで他の家族が起きとったり、朝早くから洗濯機を回されると寝れぇーへんかったけど、ちゃんと私らの寝室ができたもんで、お互いに気を遣わんでええようになったところが大きいねぇ」
「ほう」
「あとやっぱり店舗やったところもリビングやダイニングの一部になったで、広なったところも全然違うわね」
そうなのだ。オカンの言う通り、リビングダイニング合わせて広くなり、全部で25畳強といったところか。それプラス和室の8畳でぐっと開放感は増したことは確か。
でもせっかくの東向きのリビングの壁にはオカンの食器コレクションの棚が反対側に備え付けられたため、昼間でも全然明るくない。
床もダークブラウンのフローリングのため、汚れが目立つこと目立つこと。
おかげでオカンと嫁は1日中、床を雑巾掛けしている。
私は今ひとつリフォームした実家が気に入らないのだが(←それでも前よりかはいいけど)、まあみんなが満足しているのなら仕方がない。
私が住むわけでもなければ、1円たりとも出しているわけじゃないから。
また銀座の先生が言う通り、外観が大きく変わったのか?
……答えは半々といったところだ。
なぜならば、うちは東北の角地に立っているので、北側と東側が表に面しているわけだが、確かに店舗のあった東側は劇的に変わったのだが、キッチンに面した北側は外観をまったくいじっていないので、そっち側だけ見たらまったく変わっていないということになる。
それってまさに先生の占い結果の確率がそのまんまうちの実家の外観にも現れているような……。
「で、お母さん、2月に風邪とか引かはったんですか?」
記憶力のいいHANAちゃん。そう、オカンは先生からリフォーム中の2月にウィルスとかに注意と言われていたのだ。
「それもハズレ。その代わりに4月に孫(一番下の弟の1人息子)が来たときに、風邪をうつされて家族全滅やったわ。あんときはさすがの私もしんどかったわ」
うーん、時期がズレていたということか。
総合的に見て、実家に関していえば、半々の確率で当たっていると考えたら良さそうだ。
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