初めてWの講習を受けた翌日、いつものようにバレエに行くと娘の保育園のクラスメイトかつバレエ教室もいっしょの朔美ちゃんパパである佐藤さん(仮名)から声をかけられた。
「あのぅ、Aちゃん(←うちの娘)って国立とか受けるんですよねぇ?」
「うん、受けるよ」と答えながら、そういえば前の週に朔美ちゃんママが“うちのパパったらO女が国立ってことも知らなくって、もうなんなの?って感じで驚いたわ~”などと話をしていたことを思い出した。
「実はですね、家で試しにT大附属T小学校の過去問とか買って朔美にやらせてみたら、これが結構できちゃったりするんですよ。で、ダメもとで抽選受けに行ったら受かっちゃってどうしようかと思って・・・。でAちゃんもT大附属T小学校の抽選行ったんですか?」
「うん、うちも雪美ちゃん(仮名)も抽選通ったよ。私たちはBグループだけど、朔美ちゃんは2月生まれだからCグループでしょ?」
「そうなんですよ。ぼくもママもT大附属T小学校なんておこがましくて受けられないってビビッていて、辞退しようかと迷ってるんですよ」
朔美ちゃんパパは気弱な声を出す。
「辞退ですって!?」
「そう、辞退です」
「だめだよ。そんなもったいない。今まで準備を一生懸命してきた人だって抽選に落ちちゃうんだから、せっかく通ったのだったら挑戦しないと!」
「いやあ~、でも自信ないし・・・」
「親が子どもを信じないでどうする! 今からでも遅くない! 準備あるのみ!」
「そ、そんなあ~」
「グズグズ言わず準備準備!」
う~ん。どこかで見たような光景だと思ったら、なんだ。G大附属T小を落ちたときに、すっかりやる気を失くした私に雪美ちゃんママこと由美子さんが叱咤激励した構図そのものではないか。
しかも1ヵ月後に私が叱咤激励する側に回ってるし・・・。
「しかも過去問も解けちゃうわけでしょ?」
「まあまぐれですかねえ~。やらせるとそれなりにやるんですけどね」
ここではたっと思い出した。そうだ。朔美ちゃんはものすごく頭のいい子なのだ。
早生まれだということもあって体はうちの娘なんかと比べると華奢で小さいけれど、大人っぽい冷めた口調で本質をズバズバと突いてくる。批判精神旺盛というか、少し話しただけでも聡明な子だと瞬時にわかる。
そういえばまだ2歳児クラスのときに廊下のロッカーに貼ってあるお友だちの名前を次から次へと読み上げていって、他の親たちを震撼させたっけ。
「そういえば朔美ちゃん、神童じゃん!」
「またまた~。なわけないじゃないですか」
とはにかむ朔美ちゃんパパ。しかしまんざらでもなさそうだぞ。
そしてバレエのレッスンが終わると今後は朔美ちゃんママが迎えに来ていて、「そうそう、抽選の件なんだけど・・・」と話しかけてくる。
ママも同様に「おこがましくって2次試験なんて受けられない」という。
うちと朔美ちゃんの家は歩いて1分とか2分ぐらいの距離だ。
「なんだったら2次試験までの間、いっしょに勉強させる?」
「え!? そんなあ~、うちの子はAちゃんの足ひっぱちゃうよ。きっとレベルが違うから」
「けどうちにも問題集とかあるから持ち寄ってやったりとか、ちぎりなんかは共通して出るからいっしょにやらせたほうが本人たちもいいんじゃない?」
「そうだね。じゃあ来週ぐらいからお願いしようかな」
ということで新たなお受験仲間として朔美ちゃんも加わったのであった。
2010年7月31日土曜日
2010年7月30日金曜日
Wの直前講座
土曜日出勤を終えてWに近い駅まで行くとちょうど娘の直前講座が終わり、みんなも駅近くにいるというので、待ち合わせる。
夫は疲れきった顔をしていて、「話違うね」とブツブツ文句を言っている。どうやら娘を連れて行けばいいだけだと思っていたら(←私もそう思っていた)、子どもたちが講習を受けている間は親たちも講習を受けなければいけないらしく、親たちに対する教育も料金に含まれているのだという。
その間、退屈になった息子が相当グズったり暴れたりしたらしく、そっちをなだめるのが大変だったらしい。
まったくこんなときぐらいおとなしくしてろよな。息子よ。
「じゃあ講習内容を聞くどころじゃなかったでしょ」
うーん、こんなことなら私がやはり直接行くべきだった。うらめしいぜ。こんな時期の土曜日出勤。
「全部じゃないけど半分以上は聞いたよ」
「マジ?」
夫はある程度日本語ができるが、決してデイブ・スペクターやパックン並ではない。1時間半も一方的に日本語の講習を聞き続けるのは苦痛だろうし、ある種専門用語みたいなものもたくさんあっただろうから、はなはだどこまでわかっているかどうかは疑問である。
「ちなみに何言ってた?」
「う~んと、受験写真と試験当日の髪型はいっしょじゃないとダメだとか、試験当日のシャツは半そでのほうがいいって言ってたよ」
「ふ~ん」
「なんかどこのお父さんもお母さんもみんな必死でメモを取っていて、ミーは見ていて怖かったよ。みんなすごすぎ」
「それ以外は?」
「え~と、ちぎりのやり方とか」
「ふ~ん」
「もう疲れたよ。今日の晩御飯は美央のおごりね! 早くビールを飲ませるね」
ということでその辺のチャイニーズ・レストランに入った私たち。
「今日のクイズ大会の練習どうだった?」
と聞くと、「楽しかった」と取り合えず答える娘。
しかし「バッチリくんドリル 基礎編」も後半部分に差し掛かってくると非常にあやふやな理解になってきているのも事実。
このところできないところが出てくるとついヒステリックな声を上げてしまい、それを咎める夫と今度は口論になり、娘がそれを見て「もうやめて!」と泣くということが増えてきている。
一次抽選に通ったということはまだまだそんな日々を続けなければいけないということなのだ。
もう講習にでもなんにでもお金は出すから、スッパっと合格させておくれという気分だ。
夫は疲れきった顔をしていて、「話違うね」とブツブツ文句を言っている。どうやら娘を連れて行けばいいだけだと思っていたら(←私もそう思っていた)、子どもたちが講習を受けている間は親たちも講習を受けなければいけないらしく、親たちに対する教育も料金に含まれているのだという。
その間、退屈になった息子が相当グズったり暴れたりしたらしく、そっちをなだめるのが大変だったらしい。
まったくこんなときぐらいおとなしくしてろよな。息子よ。
「じゃあ講習内容を聞くどころじゃなかったでしょ」
うーん、こんなことなら私がやはり直接行くべきだった。うらめしいぜ。こんな時期の土曜日出勤。
「全部じゃないけど半分以上は聞いたよ」
「マジ?」
夫はある程度日本語ができるが、決してデイブ・スペクターやパックン並ではない。1時間半も一方的に日本語の講習を聞き続けるのは苦痛だろうし、ある種専門用語みたいなものもたくさんあっただろうから、はなはだどこまでわかっているかどうかは疑問である。
「ちなみに何言ってた?」
「う~んと、受験写真と試験当日の髪型はいっしょじゃないとダメだとか、試験当日のシャツは半そでのほうがいいって言ってたよ」
「ふ~ん」
「なんかどこのお父さんもお母さんもみんな必死でメモを取っていて、ミーは見ていて怖かったよ。みんなすごすぎ」
「それ以外は?」
「え~と、ちぎりのやり方とか」
「ふ~ん」
「もう疲れたよ。今日の晩御飯は美央のおごりね! 早くビールを飲ませるね」
ということでその辺のチャイニーズ・レストランに入った私たち。
「今日のクイズ大会の練習どうだった?」
と聞くと、「楽しかった」と取り合えず答える娘。
しかし「バッチリくんドリル 基礎編」も後半部分に差し掛かってくると非常にあやふやな理解になってきているのも事実。
このところできないところが出てくるとついヒステリックな声を上げてしまい、それを咎める夫と今度は口論になり、娘がそれを見て「もうやめて!」と泣くということが増えてきている。
一次抽選に通ったということはまだまだそんな日々を続けなければいけないということなのだ。
もう講習にでもなんにでもお金は出すから、スッパっと合格させておくれという気分だ。
2010年7月29日木曜日
直前講座はどうする?
T大附属T小学校一次抽選合格の一報を会社に向かう地下鉄の中で、夫、オカン、泰子(←そもそも“抽選結果はどうだった?”というメールが3件も入っていた)、沙織、みっちゃん、HANAちゃんに矢継ぎ早に送る。
みんな速攻で返事を送ってくれる。
その中でもさすがにお受験エキスパート泰子のメールは、「絶対に直前講座に行け!」とほとんど脅迫めいたものだった。
家に帰ったあと泰子に電話をすると開口一番、
「S会とかいいんじゃない? 行くなら友だちに頼んで紹介してもらうよ」
と言う。
私も一次抽選に通ってしまえば塾通いも悪くないと思う。だって確実に試験を受けることが確定してるんだから。
「Wとかどうかな?」
奈美子さん(仮名)のところの恵一くんが通っていた国立小に圧倒的な強みを見せるWの名前を挙げてみた。Wはうちから歩ける距離にあるし、これまでWのチラシを相当受け取ってきただけあって、なんとなく刷り込み的に国立小=Wという図式が私の中ではでき上がっていた。
もらったチラシを一通り見てみて、塾の規模や距離や実績を見ればWがいいような気がする。
「Wとかでもいいんじゃない? よく聞くもんね」
と泰子に言われてほっとする。
ちなみに恵一くんは残念ながら抽選にはずれてしまい、地元のM小学校入学が決定した。
Wの“T大附属T小学校特別直前講座”はバリエーションもたくさんあって、選べる日にちも多い。あれこれ迷いながらとりあえず総合コースがいいのかなと電話をかけてみると、なんと一次抽選から2日しか経っていないのに、ほとんどが埋まってしまっていた。
恐るべし! ああいうのは受かったら速攻で講座を申し込むしかないようだ。
それでもなんとか土日で開いているところにねじ込む。
2回分の基礎講習3万円なり、1回分の模擬試験1万円なりである。
たった3日間で4万円!
ぼろい商売よのう~。
それでも電話で対応してくれたスタッフの感じも良く、正直に今まで準備をしていないこと、ここ1ヶ月ぐらい夜プリントを10分ずつぐらいようやく始めたという話をすると、「それだけでもだいぶんと違いますよ」と心強いことを言ってくれる。
あれこれ質問すると“打てば響く”ように返ってくる。
こんなことならもっと前から塾に通っていればよかったよなとちょっぴり後悔。
さっそくその週の土曜日から1回目の講習が始まったのだが、あいにくこの日は土曜日当番にあたってしまっていたため、朝から出社だった。めちゃくちゃ渋る夫に現金を渡し、とにかく娘をWに連れて行ってくれと頼み込む。
やはりその金額に驚く夫。
そうそう試験日の関係でやはり娘の分のロンドン行きの航空券はキャンセルすることになり、出発日をずらしたらその差額7万円なり。
「ユーが全部払うね」
夫から言われ、我が残高をじっと見つめる日々なのであった。
みんな速攻で返事を送ってくれる。
その中でもさすがにお受験エキスパート泰子のメールは、「絶対に直前講座に行け!」とほとんど脅迫めいたものだった。
家に帰ったあと泰子に電話をすると開口一番、
「S会とかいいんじゃない? 行くなら友だちに頼んで紹介してもらうよ」
と言う。
私も一次抽選に通ってしまえば塾通いも悪くないと思う。だって確実に試験を受けることが確定してるんだから。
「Wとかどうかな?」
奈美子さん(仮名)のところの恵一くんが通っていた国立小に圧倒的な強みを見せるWの名前を挙げてみた。Wはうちから歩ける距離にあるし、これまでWのチラシを相当受け取ってきただけあって、なんとなく刷り込み的に国立小=Wという図式が私の中ではでき上がっていた。
もらったチラシを一通り見てみて、塾の規模や距離や実績を見ればWがいいような気がする。
「Wとかでもいいんじゃない? よく聞くもんね」
と泰子に言われてほっとする。
ちなみに恵一くんは残念ながら抽選にはずれてしまい、地元のM小学校入学が決定した。
Wの“T大附属T小学校特別直前講座”はバリエーションもたくさんあって、選べる日にちも多い。あれこれ迷いながらとりあえず総合コースがいいのかなと電話をかけてみると、なんと一次抽選から2日しか経っていないのに、ほとんどが埋まってしまっていた。
恐るべし! ああいうのは受かったら速攻で講座を申し込むしかないようだ。
それでもなんとか土日で開いているところにねじ込む。
2回分の基礎講習3万円なり、1回分の模擬試験1万円なりである。
たった3日間で4万円!
ぼろい商売よのう~。
それでも電話で対応してくれたスタッフの感じも良く、正直に今まで準備をしていないこと、ここ1ヶ月ぐらい夜プリントを10分ずつぐらいようやく始めたという話をすると、「それだけでもだいぶんと違いますよ」と心強いことを言ってくれる。
あれこれ質問すると“打てば響く”ように返ってくる。
こんなことならもっと前から塾に通っていればよかったよなとちょっぴり後悔。
さっそくその週の土曜日から1回目の講習が始まったのだが、あいにくこの日は土曜日当番にあたってしまっていたため、朝から出社だった。めちゃくちゃ渋る夫に現金を渡し、とにかく娘をWに連れて行ってくれと頼み込む。
やはりその金額に驚く夫。
そうそう試験日の関係でやはり娘の分のロンドン行きの航空券はキャンセルすることになり、出発日をずらしたらその差額7万円なり。
「ユーが全部払うね」
夫から言われ、我が残高をじっと見つめる日々なのであった。
2010年7月28日水曜日
まさかの抽選発表!
初めてT大附属T小学校内の中に足を踏み入れる私たち。なんとも重厚な感じというか古めかしい作りである。
抽選会場になっている講堂に足を進めると、例の「国民としての自覚を持つ子」から始まるご大層な教育目標が掲げられている。
ハハァ~、すみませんという感じだ。
気合の入りまくったお父様、お母様でびっしりと埋め尽くされた抽選会場。この回だけでもこんなにたくさん人がいるのに、あと5グループも控えているなんて空恐ろしい。
すっかり気合負けして、自分の場違さ加減にいたたまれない気分になる。
抽選方法の説明があり、保護者の中から2名立会人が無作為に選ばれる。壇上に上がる立会人の保護者たち。
どうせならこんな立会人として当たるんじゃなくて、抽選合格者として当たりたいよな。
Bグループ女子の一次抽選通過率は54%。下二桁の数字を抽選によって54抽出していく。
私の数字は180番。80番という数字が来れば一次通過だということになる。
この数字、なんとなくキリのいいこともあってラッキーな番号のような気がするのは、単なる気のせいか?
厳かな雰囲気の中で粛々と番号が選ばれていく。私の番号も由美子さん(仮名)の番号もなかなか選ばれない。
前もってアナウンスされていたこともあり、当選した保護者たちは小さくガッツポーズを決めるのみ。
確かに仮に当選してもこのピリピリした雰囲気の中では、気を使うよな。
番号がはずれる度に小さな悲鳴をあげる由美子さん。どうせクジ運ないしとハナからあきらめている私ですら胃が痛くなってくる。
半分ぐらい進んだところで由美子さんの番号が出た!
喜びは懸命に抑えているがさっきまでの青白い顔が嘘のように、歓喜で紅潮している。
う~ん、わかりやすい人だなあ~。
「だいじょうぶ。美央さんのところもすぐ番号来るわよ」と小声でささやく由美子さん。ようやく他人のことにも気が回るようになったようだ。
しかしなかなか番号が来ない。やっぱりクジ運ないからしょうがないよなあ~。こうなったら奇跡の一発逆転でO女付属小に決まりか!?などとかなり能天気なことを考えてみる。
そうこうしているうちに残りの番号も少なくなってきた。あと10番ほど残すのみというところで、
きったぁ~!!!!!! 来ましたよ。80番!
隣でうんうんと頷く由美子さん。さすがに先日のG大附属小O小のときはひとりだけ抽選に通って彼女なりに気まずかったのかもしれない。
いっしょに通ってうれしいというよりも、もう一度気まずい思いをしなくてもいいという安堵の気持ちの表われか。
しかし通ってしまうとあとの番号を聞くのはもう余裕のよっちゃんだ。
すべての抽選結果が出揃うとはずれた46%の保護者たちは、直ちにこの場所から退場しなければならない。
そして一次通過者たちは二次試験の手続きのため体育館に向かう。
その体育館でなんと幼児教室でいっしょの澪ちゃん(仮名)のパパを発見! そういえば抽選用の番号をもらいに行ったときにママのほうとすれ違ったりしたもんね。
そしてG大附属小O小の抽選のときにも出くわした果歩ちゃん(仮名)ママこと宮本さん(仮名)も得意げに気取った会釈を送ってくる。
そういえば男子Bグループで受けているはずの恵一くん(仮名)ママこと奈美子さん(仮名)は午後抽選があるはずだ。
受験票の一次試験の欄の上に「合」のハンコを押してもらう。二次の手続きに必要な書類を受け取ると、あとは壁に「志望理由記述用紙」というのもが貼り出されていて用紙のサイズが添えられていた。
なんのことやら意味不明だがとりあえず書き写す。
一通りの手順を経て外に出ると雨はまだまだ降り続いている。
外に出てようやく私と由美子さんは「やったね!」と声を掛け合う。
「私ったら公務員だけあってお国関係のことには強いのかしら」
と由美子さんは変な納得の仕方をしている。頼みますよ。厚生労働省。
駅に向かうために歩き出すと、なんと業者がずら~と並んで「T大附属T小学校一次抽選合格おめでとうごさいます!!!」と大声を張り上げて、私たちが出てくるのを待ち構えている!
もうその業者の数はその他の国立小の比ではない。駅までずら~と続く業者の数は圧巻ですらある。
「過去問の××社でごさいます!」
「国立小ならWにお任せ!」
「やっぱり信頼のSG会」
「きめ細かい指導します。自宅教室○○」
「K会、直前講座開講中」
などなど。うっかりチラシをもらってしまったらなんと厚さ30センチほどになってしまった。
すごい。すごすぎるぜ。小学校お受験業界。
しかし私たち親子の修羅場が始まるのはこれからなのであった。
抽選会場になっている講堂に足を進めると、例の「国民としての自覚を持つ子」から始まるご大層な教育目標が掲げられている。
ハハァ~、すみませんという感じだ。
気合の入りまくったお父様、お母様でびっしりと埋め尽くされた抽選会場。この回だけでもこんなにたくさん人がいるのに、あと5グループも控えているなんて空恐ろしい。
すっかり気合負けして、自分の場違さ加減にいたたまれない気分になる。
抽選方法の説明があり、保護者の中から2名立会人が無作為に選ばれる。壇上に上がる立会人の保護者たち。
どうせならこんな立会人として当たるんじゃなくて、抽選合格者として当たりたいよな。
Bグループ女子の一次抽選通過率は54%。下二桁の数字を抽選によって54抽出していく。
私の数字は180番。80番という数字が来れば一次通過だということになる。
この数字、なんとなくキリのいいこともあってラッキーな番号のような気がするのは、単なる気のせいか?
厳かな雰囲気の中で粛々と番号が選ばれていく。私の番号も由美子さん(仮名)の番号もなかなか選ばれない。
前もってアナウンスされていたこともあり、当選した保護者たちは小さくガッツポーズを決めるのみ。
確かに仮に当選してもこのピリピリした雰囲気の中では、気を使うよな。
番号がはずれる度に小さな悲鳴をあげる由美子さん。どうせクジ運ないしとハナからあきらめている私ですら胃が痛くなってくる。
半分ぐらい進んだところで由美子さんの番号が出た!
喜びは懸命に抑えているがさっきまでの青白い顔が嘘のように、歓喜で紅潮している。
う~ん、わかりやすい人だなあ~。
「だいじょうぶ。美央さんのところもすぐ番号来るわよ」と小声でささやく由美子さん。ようやく他人のことにも気が回るようになったようだ。
しかしなかなか番号が来ない。やっぱりクジ運ないからしょうがないよなあ~。こうなったら奇跡の一発逆転でO女付属小に決まりか!?などとかなり能天気なことを考えてみる。
そうこうしているうちに残りの番号も少なくなってきた。あと10番ほど残すのみというところで、
きったぁ~!!!!!! 来ましたよ。80番!
隣でうんうんと頷く由美子さん。さすがに先日のG大附属小O小のときはひとりだけ抽選に通って彼女なりに気まずかったのかもしれない。
いっしょに通ってうれしいというよりも、もう一度気まずい思いをしなくてもいいという安堵の気持ちの表われか。
しかし通ってしまうとあとの番号を聞くのはもう余裕のよっちゃんだ。
すべての抽選結果が出揃うとはずれた46%の保護者たちは、直ちにこの場所から退場しなければならない。
そして一次通過者たちは二次試験の手続きのため体育館に向かう。
その体育館でなんと幼児教室でいっしょの澪ちゃん(仮名)のパパを発見! そういえば抽選用の番号をもらいに行ったときにママのほうとすれ違ったりしたもんね。
そしてG大附属小O小の抽選のときにも出くわした果歩ちゃん(仮名)ママこと宮本さん(仮名)も得意げに気取った会釈を送ってくる。
そういえば男子Bグループで受けているはずの恵一くん(仮名)ママこと奈美子さん(仮名)は午後抽選があるはずだ。
受験票の一次試験の欄の上に「合」のハンコを押してもらう。二次の手続きに必要な書類を受け取ると、あとは壁に「志望理由記述用紙」というのもが貼り出されていて用紙のサイズが添えられていた。
なんのことやら意味不明だがとりあえず書き写す。
一通りの手順を経て外に出ると雨はまだまだ降り続いている。
外に出てようやく私と由美子さんは「やったね!」と声を掛け合う。
「私ったら公務員だけあってお国関係のことには強いのかしら」
と由美子さんは変な納得の仕方をしている。頼みますよ。厚生労働省。
駅に向かうために歩き出すと、なんと業者がずら~と並んで「T大附属T小学校一次抽選合格おめでとうごさいます!!!」と大声を張り上げて、私たちが出てくるのを待ち構えている!
もうその業者の数はその他の国立小の比ではない。駅までずら~と続く業者の数は圧巻ですらある。
「過去問の××社でごさいます!」
「国立小ならWにお任せ!」
「やっぱり信頼のSG会」
「きめ細かい指導します。自宅教室○○」
「K会、直前講座開講中」
などなど。うっかりチラシをもらってしまったらなんと厚さ30センチほどになってしまった。
すごい。すごすぎるぜ。小学校お受験業界。
しかし私たち親子の修羅場が始まるのはこれからなのであった。
2010年7月8日木曜日
T大附属T小学校 第一次抽選!
S社を訪れた翌週の最大イベントはT大附属T小学校の第一次抽選だった。
クリスマス時期にイギリスに里帰りする飛行機の手配等を考えると、難易度も高く試験結果の遅いT大附属T小学校は落とすなら抽選の時点で落としてほしい最右翼だ。
まあ、ここの抽選が落ちてしまうと、あとは一次抽選に通ること自体奇跡に近いO女大附属しか残らないのだが・・・。
この日は冷たい雨の降る寒い日だった。いつもの時刻のバスに乗ると、土田さん(仮名)親子と同じバスに乗り合わせた。
この時間のバスはG大附属T幼稚園やO女大附属幼稚園に通う親子でいつもごった返している。
土田さんのところの今日子ちゃん(仮名)はG大附属T幼稚園に通っていて、来年からG大附属T小学校に通うことが決まっている。
「この前はG大附属T小の抽選残念だったね。で、今日はどこ行くの?」
と土田さんが優越感を抑えきれない表情を浮かべながら、私の座席の隣に腰を下ろす。
「T大附属T小学校の抽選が今日なんだよね」
「そっかっ! 今日なんだ。そこの抽選を受けるということはかなり準備してるんじゃない?」
「してるわけないじゃん。占いでおたくのところって言われてその気になってあれこれ受けてるだけなんだから」
「けど半分ぐらいは抽選通るらしいからわかんないよぉ~」
などと話しているうちに最寄りのバス停に着いてしまった。
バスから降りるときに「じゃあがんばってねっ!」と土田さんは明るく私に声をかけ、そそくさと同じバスに乗り合わせている他のママ友のもとへと席を移動していた。
コンビニでカイロを購入して、校門に向かうとすでに長蛇の列だ。Bグループ女子だけでもすでにこの行列とは!
T大附属T小学校の試験は誕生日ごとにA、B、Cとグループ分けされていて、難易度がそれぞれ違う。この誕生日別のグループがさらに男女で分かれているので、合計6つのグループになる。
うちの娘は8月生まれなのでBグループに当たる。
由美子さん(仮名)のところの雪美ちゃん(仮名)も同じグループだ。携帯に電話してみるとすぐに見つかっていっしょに列に並ぶ。
由美子さんはG大附属O小のときの抽選と打って変わり、ばっちりお受験スーツに身を包んでいる。気のせいか気合の入りまくった表情をしている。
「悪いけど、今日の私、本気だからね」
と開口一番で言う由美子さん。
「ここは大本命だから、絶対に譲れない」
由美子さんの瞳は燃えている。その瞳を見てたら「アタックナンバー1」のオープニングを思い出してしまった。そうか。がんばっておくれよ。わたしゃ、どっちでもいいよ。
「あれ? みっちゃんからメール来てる」
と由美子さんが言うので私も自分の携帯を見てみたら、私の携帯にもみっちゃんからメッセージが入っていた。
メッセージは以下の通り。
「今日抽選がんばってね。うちもT大附属T小学校受けたかったです。今でも後ろ髪引かれる思いだけど、陽太(仮名)がどうしてもG小以外はいやだというので仕方ないです。私たちの分までファイト!」
「陽太は完全にG小にするんだね」
「そうだね。でもG小だから」
などと話しているうちに列がどんどん進んでいく。
すると別の門の向こう側にもすでに行列ができている。その先頭にいたのがご近所さんのあかねちゃん(仮名)ママこと高田さん(仮名)だ。もうお受験スーツがびしっと決まってる。
あれ、あかねちゃんって確か3月生まれだったよなあ~。ってことはCグループ。え!? Cグループの開始はBグループの3時間後じゃん! なのにもう並んでるの!?
その門を通り過ぎるとき、高田さんも私に気づき、
「Aちゃん(←うちの娘)はBグループだよね。うちは今日、絶対にはずさないからっ!」
と雨音に負けないように声を張り上げていた。
すごいなあ~。みんな気合入ってるなあ~。
「美央さんの知り合い?」
「うん」
「美央さん、知り合い多いね」
「そうかもね」
「しかも気合入った」
「由美子さんほどじゃないよ。みんな」
ということで私たちは講堂に進んでいったのである。
クリスマス時期にイギリスに里帰りする飛行機の手配等を考えると、難易度も高く試験結果の遅いT大附属T小学校は落とすなら抽選の時点で落としてほしい最右翼だ。
まあ、ここの抽選が落ちてしまうと、あとは一次抽選に通ること自体奇跡に近いO女大附属しか残らないのだが・・・。
この日は冷たい雨の降る寒い日だった。いつもの時刻のバスに乗ると、土田さん(仮名)親子と同じバスに乗り合わせた。
この時間のバスはG大附属T幼稚園やO女大附属幼稚園に通う親子でいつもごった返している。
土田さんのところの今日子ちゃん(仮名)はG大附属T幼稚園に通っていて、来年からG大附属T小学校に通うことが決まっている。
「この前はG大附属T小の抽選残念だったね。で、今日はどこ行くの?」
と土田さんが優越感を抑えきれない表情を浮かべながら、私の座席の隣に腰を下ろす。
「T大附属T小学校の抽選が今日なんだよね」
「そっかっ! 今日なんだ。そこの抽選を受けるということはかなり準備してるんじゃない?」
「してるわけないじゃん。占いでおたくのところって言われてその気になってあれこれ受けてるだけなんだから」
「けど半分ぐらいは抽選通るらしいからわかんないよぉ~」
などと話しているうちに最寄りのバス停に着いてしまった。
バスから降りるときに「じゃあがんばってねっ!」と土田さんは明るく私に声をかけ、そそくさと同じバスに乗り合わせている他のママ友のもとへと席を移動していた。
コンビニでカイロを購入して、校門に向かうとすでに長蛇の列だ。Bグループ女子だけでもすでにこの行列とは!
T大附属T小学校の試験は誕生日ごとにA、B、Cとグループ分けされていて、難易度がそれぞれ違う。この誕生日別のグループがさらに男女で分かれているので、合計6つのグループになる。
うちの娘は8月生まれなのでBグループに当たる。
由美子さん(仮名)のところの雪美ちゃん(仮名)も同じグループだ。携帯に電話してみるとすぐに見つかっていっしょに列に並ぶ。
由美子さんはG大附属O小のときの抽選と打って変わり、ばっちりお受験スーツに身を包んでいる。気のせいか気合の入りまくった表情をしている。
「悪いけど、今日の私、本気だからね」
と開口一番で言う由美子さん。
「ここは大本命だから、絶対に譲れない」
由美子さんの瞳は燃えている。その瞳を見てたら「アタックナンバー1」のオープニングを思い出してしまった。そうか。がんばっておくれよ。わたしゃ、どっちでもいいよ。
「あれ? みっちゃんからメール来てる」
と由美子さんが言うので私も自分の携帯を見てみたら、私の携帯にもみっちゃんからメッセージが入っていた。
メッセージは以下の通り。
「今日抽選がんばってね。うちもT大附属T小学校受けたかったです。今でも後ろ髪引かれる思いだけど、陽太(仮名)がどうしてもG小以外はいやだというので仕方ないです。私たちの分までファイト!」
「陽太は完全にG小にするんだね」
「そうだね。でもG小だから」
などと話しているうちに列がどんどん進んでいく。
すると別の門の向こう側にもすでに行列ができている。その先頭にいたのがご近所さんのあかねちゃん(仮名)ママこと高田さん(仮名)だ。もうお受験スーツがびしっと決まってる。
あれ、あかねちゃんって確か3月生まれだったよなあ~。ってことはCグループ。え!? Cグループの開始はBグループの3時間後じゃん! なのにもう並んでるの!?
その門を通り過ぎるとき、高田さんも私に気づき、
「Aちゃん(←うちの娘)はBグループだよね。うちは今日、絶対にはずさないからっ!」
と雨音に負けないように声を張り上げていた。
すごいなあ~。みんな気合入ってるなあ~。
「美央さんの知り合い?」
「うん」
「美央さん、知り合い多いね」
「そうかもね」
「しかも気合入った」
「由美子さんほどじゃないよ。みんな」
ということで私たちは講堂に進んでいったのである。
2010年7月5日月曜日
12年ぶりのS社!②
私と早紀ちゃんが並んで座り、テーブルを挟んで向かい側に有岡さんたちが座る。
会社を辞めた人間VSまだいる人間って感じ?
「このキッズプロジェクトの担当窓口はトオルだったんだけど、知ってのとおりトオルは異動になったので新しい担当を紹介するよ」
と口火を切ったのは有岡さんだ。
「彼はうちの本部長の鈴木(仮名)」と紹介されたのが見覚えのあるほうで、「プロデューサーの中田(仮名)ね」と言われたほうが見知らぬほうだった。
「中田は2年前にB社から転職してきたばかりなので、ふたりは面識ないだろうけど。鈴木は早紀と清永知ってる?」
と有岡さんが尋ね、早紀ちゃんが「僕は存じ上げてます」と答えると、鈴木さんは眉間に皺を寄せて「うーん。見覚えないな」とあっさり切り返した。
けどその後、鈴木さんが「でも清永さんのほうは見覚えありますよ。なんでかはわかんないけど」と言うので、有岡さんが「まあ、清永はケバイ(←うわっ、こんなの言われるの久しぶりっ!)からなあ。あとモロッコ音楽とかわけわかんないのやってたのもあるかもなあ」と言ったのを受けて、「ああ~。モロッコですか。あれね。ふう~ん。なるほど。彼女があのときの。ふう~ん」と鈴木さんは私の顔をジロジロと眺め、なんだかものすごく含みありげにニヤニヤ笑う。
あんなに売れなかった音楽を孤軍奮闘して作っただけなんだけど、「あれね、ふう~ん」と今でも言われるほどのインパクトを人に与えてたのかしら?
ま、それにしてもこの鈴木さんってちょっと感じ悪い。
早紀ちゃんと合同で作った資料を配ったのだが、事前の話を有岡さんは全然してくれていなかったようなので、一から今回のプロジェクトの趣旨を説明することになった。
まず早紀ちゃんから口火を切ったのだが、隣で聞いていても早紀ちゃんの話は要領を得ず、話が枝葉の部分で堂々巡りしている。
ある程度の背景を資料でまとめてあったので、そちらにみんな目を走らせていて、早紀ちゃんの話が通り抜けてしまっているようだった。
鈴木さんに至ってはあきらかに不快な表情を隠そうともしていない。
気の長い有岡さんですら、
「あの、悪いんだけどもっとわかりやすく説明してくれないかな」
と言い出す始末。
仕方がないので途中から私にバトンタッチし、資料に沿って話を噛み砕いて説明する。
話の趣旨自体はそれで理解してもらえたようだったけど、有岡さんやトオルからは当たり前だけど夜、飲んで話をしたときのような「それ、おもしろいよねっ!」といったノリが感じられない。
鈴木さんも中田さんも現在の教育状況について質問をしてくるのだけど、どうもズレている。
やっぱり異業種の世界を理解するのはむつかしいんだろうか。
そういう意味ではエンターテインメント界と教育界の両方知っている私と早紀ちゃんって強いよなと、密かに自画自賛してしまうのであった。
取り立てて進展のないミーティングが終わって、ドッと疲れた。S社ではこのプロジェクトの芽はないな、と思う。
企画の良し悪しとかそういうのではなく、今回久しぶりにこの会社を訪れてみて、「なんだかわからないけどおもしろそうだからやってみよう!」という昔は溢れていたチャレンジ精神のようなものがどこからも感じられなかったのが最大の原因だ。
何か冷めたあきらめがそこにいる人たちの自由な感性を奪っていて、身動きがとれなくなっているようだった。
憧れて憧れて入社したS社。内定をもらったときはそれこそ人生で一番うれしいと思ったほどだった。
入社してみたらやっぱりワクワクすることや楽しいことがたくさんあって、そこにいるだけでなんでもできそうな気になれた。
会社のグルーヴ感も大好きだった。辞めるときは本当に苦しかった。元上司たち(有岡さんも含む)からも「お前は本当にこの会社に向いているから絶対に辞めるな」と言われた。
辞めて今の会社に転職してからもしばらくは心の中でS社と比べては、やっぱり自分はS社に向いた人間だから今の会社は合わないとずっと思ってきた。
未練がそれこそ溢れるほどあったからこそ、会社に近づくことが12年もできなかったのだ。
でも実際に会社を訪れてみて、すでに私が知っている場所ではなかった。そこにいても落ち着かなくいたたまれなかった。
あれほど外様気分にさせられ合わないと思い続けた今の会社だったけど、そのあと会社に戻ったら、なんだかすごくホッとした。今の自分の居場所はここなのだと改めて思う。
考えたらS社にいた年数を超えていた。
会社も変わるけど、人間も変わるのね、と改めて思い知らされた日であった。
会社を辞めた人間VSまだいる人間って感じ?
「このキッズプロジェクトの担当窓口はトオルだったんだけど、知ってのとおりトオルは異動になったので新しい担当を紹介するよ」
と口火を切ったのは有岡さんだ。
「彼はうちの本部長の鈴木(仮名)」と紹介されたのが見覚えのあるほうで、「プロデューサーの中田(仮名)ね」と言われたほうが見知らぬほうだった。
「中田は2年前にB社から転職してきたばかりなので、ふたりは面識ないだろうけど。鈴木は早紀と清永知ってる?」
と有岡さんが尋ね、早紀ちゃんが「僕は存じ上げてます」と答えると、鈴木さんは眉間に皺を寄せて「うーん。見覚えないな」とあっさり切り返した。
けどその後、鈴木さんが「でも清永さんのほうは見覚えありますよ。なんでかはわかんないけど」と言うので、有岡さんが「まあ、清永はケバイ(←うわっ、こんなの言われるの久しぶりっ!)からなあ。あとモロッコ音楽とかわけわかんないのやってたのもあるかもなあ」と言ったのを受けて、「ああ~。モロッコですか。あれね。ふう~ん。なるほど。彼女があのときの。ふう~ん」と鈴木さんは私の顔をジロジロと眺め、なんだかものすごく含みありげにニヤニヤ笑う。
あんなに売れなかった音楽を孤軍奮闘して作っただけなんだけど、「あれね、ふう~ん」と今でも言われるほどのインパクトを人に与えてたのかしら?
ま、それにしてもこの鈴木さんってちょっと感じ悪い。
早紀ちゃんと合同で作った資料を配ったのだが、事前の話を有岡さんは全然してくれていなかったようなので、一から今回のプロジェクトの趣旨を説明することになった。
まず早紀ちゃんから口火を切ったのだが、隣で聞いていても早紀ちゃんの話は要領を得ず、話が枝葉の部分で堂々巡りしている。
ある程度の背景を資料でまとめてあったので、そちらにみんな目を走らせていて、早紀ちゃんの話が通り抜けてしまっているようだった。
鈴木さんに至ってはあきらかに不快な表情を隠そうともしていない。
気の長い有岡さんですら、
「あの、悪いんだけどもっとわかりやすく説明してくれないかな」
と言い出す始末。
仕方がないので途中から私にバトンタッチし、資料に沿って話を噛み砕いて説明する。
話の趣旨自体はそれで理解してもらえたようだったけど、有岡さんやトオルからは当たり前だけど夜、飲んで話をしたときのような「それ、おもしろいよねっ!」といったノリが感じられない。
鈴木さんも中田さんも現在の教育状況について質問をしてくるのだけど、どうもズレている。
やっぱり異業種の世界を理解するのはむつかしいんだろうか。
そういう意味ではエンターテインメント界と教育界の両方知っている私と早紀ちゃんって強いよなと、密かに自画自賛してしまうのであった。
取り立てて進展のないミーティングが終わって、ドッと疲れた。S社ではこのプロジェクトの芽はないな、と思う。
企画の良し悪しとかそういうのではなく、今回久しぶりにこの会社を訪れてみて、「なんだかわからないけどおもしろそうだからやってみよう!」という昔は溢れていたチャレンジ精神のようなものがどこからも感じられなかったのが最大の原因だ。
何か冷めたあきらめがそこにいる人たちの自由な感性を奪っていて、身動きがとれなくなっているようだった。
憧れて憧れて入社したS社。内定をもらったときはそれこそ人生で一番うれしいと思ったほどだった。
入社してみたらやっぱりワクワクすることや楽しいことがたくさんあって、そこにいるだけでなんでもできそうな気になれた。
会社のグルーヴ感も大好きだった。辞めるときは本当に苦しかった。元上司たち(有岡さんも含む)からも「お前は本当にこの会社に向いているから絶対に辞めるな」と言われた。
辞めて今の会社に転職してからもしばらくは心の中でS社と比べては、やっぱり自分はS社に向いた人間だから今の会社は合わないとずっと思ってきた。
未練がそれこそ溢れるほどあったからこそ、会社に近づくことが12年もできなかったのだ。
でも実際に会社を訪れてみて、すでに私が知っている場所ではなかった。そこにいても落ち着かなくいたたまれなかった。
あれほど外様気分にさせられ合わないと思い続けた今の会社だったけど、そのあと会社に戻ったら、なんだかすごくホッとした。今の自分の居場所はここなのだと改めて思う。
考えたらS社にいた年数を超えていた。
会社も変わるけど、人間も変わるのね、と改めて思い知らされた日であった。
2010年7月1日木曜日
12年ぶりのS社!①
ここしばらくすっかりお受験にエネルギーを取られてしまっていたが、前の会社の先輩・早紀ちゃん(仮名)と鋭意企画中の“世界に通用するキッズ・プロジェクト(アーティスト編)”(←みなさん、すっかりこんな話忘れてるでしょ? だって本人もすっかり忘れてたんだもん。てへっ。詳しくは今年の2月の「決戦は月曜日」参照のこと)の話を詰めるために、元上司の有岡さん(仮名)率いる事業部に足を踏み入れた。
有岡さんは何度か上司になったり、上司じゃなくても近い部署にいたりした関係もあって、前の会社のエライ人の中では一番とっつきやすい人である。
夏の飲み会以後、何度かメールでのやりとりはしたが、会うのはそれ以来だ。
そのときトオル(仮名)を2軒目に行ったバーで、
「こいつは俺の右腕だからさ、なんかあったらなんでもこいつに言ってよ」
と言っていたくせに、その1ヶ月後トオルから、「異動になりました(涙)」というメールが来たのには心底驚いた。
おいっ、右腕をそんなにあっさりと手放すか? 有岡さんったら意外と二枚舌?と思わず人間不信になりかけたが、いやいや、もしかしたらトオルは引き抜かれ、有岡さんは引き抜いた相手にしてやられただけなのでは?とも思いなおすが、はてトオルって引き抜かれるほど優秀だったっけ?という身もふたもない疑問にもぶち当たり、めんどくさくなって考えるのをやめた。
このプロジェクトの窓口はトオルだったが、あえなく異動してしまったということで引継ぎを兼ねた打ち合わせということで会社にお邪魔することになったのだ。
私は用もないのに以前いた部署や会社に行く趣味はまったく持ち合わせていない。
用があれば訪ねて行くこともやぶさかではないが、我ながらあっさりしているというか、過去いたところなど興味はないのだ。
もうひとつの理由は以前いたところに「未練」があると思われるのが心外だというのもある。
こういう感覚はわかる人にはわかってもらえるものだと思う。
そんなこんなで辞めてから初めて訪れるS社。気がついたら12年も経っていたのだ。
月日の流れるのって早いのね~。
有岡さんの事業部は本社内にあった。
しかも本社が移転していて新社屋は足を踏み入れること自体初めてなので、なつかしさは感じられない。
初めての場所とはいえ10年近くいた会社である。その会社の受付で外部者扱いされ「訪問者」と書かれたバッジをつけさせられるのも感慨深いものがある。
早めに行き受付でトオルを呼び出すと、トオルは「せっかくやからあっちこっち行ってみますか」といろんなフロアーに連れて行ってくれた。
当然のことながらほとんどの知らない人ばかりだが、中には知った顔もちらほらあったりする。
「おお~っ! 久しぶりじゃん! どうした?」
と声をかけてくる人もいれば、ごく普通に「よお!」と声をかけていく人もいる。
そうした人はあまりにも普通なので、もしかしたら私が辞めたことを知らないのでは?と錯覚しそうなほどである。
売り出し中のミュージシャンのポスターやCDのサンプル版など音楽業界っぽいアイテムはそこらにたくさん散らばってはいるものの、以前いたころに溢れていた活気だとか、楽しげな雰囲気がいまひとつ感じられない。
働いている人たちは相変わらず自由な服装で、今の会社の人たちと比べれば数倍もスマートで垢抜けているけど、何か覇気がないような気がする。
なんなんだろうなあ~。なんか落ち着かないなあとそわそわしていたら、時間になったので、指定されていた会議室にトオルに連れられて行く。
早紀ちゃんもほどなくして到着し、有岡さんも他にふたりの男性を従えて会議室に入ってきた。
そのうちのひとりは見覚えがあり、あとのひとりはまったくの初対面だった。
有岡さんは何度か上司になったり、上司じゃなくても近い部署にいたりした関係もあって、前の会社のエライ人の中では一番とっつきやすい人である。
夏の飲み会以後、何度かメールでのやりとりはしたが、会うのはそれ以来だ。
そのときトオル(仮名)を2軒目に行ったバーで、
「こいつは俺の右腕だからさ、なんかあったらなんでもこいつに言ってよ」
と言っていたくせに、その1ヶ月後トオルから、「異動になりました(涙)」というメールが来たのには心底驚いた。
おいっ、右腕をそんなにあっさりと手放すか? 有岡さんったら意外と二枚舌?と思わず人間不信になりかけたが、いやいや、もしかしたらトオルは引き抜かれ、有岡さんは引き抜いた相手にしてやられただけなのでは?とも思いなおすが、はてトオルって引き抜かれるほど優秀だったっけ?という身もふたもない疑問にもぶち当たり、めんどくさくなって考えるのをやめた。
このプロジェクトの窓口はトオルだったが、あえなく異動してしまったということで引継ぎを兼ねた打ち合わせということで会社にお邪魔することになったのだ。
私は用もないのに以前いた部署や会社に行く趣味はまったく持ち合わせていない。
用があれば訪ねて行くこともやぶさかではないが、我ながらあっさりしているというか、過去いたところなど興味はないのだ。
もうひとつの理由は以前いたところに「未練」があると思われるのが心外だというのもある。
こういう感覚はわかる人にはわかってもらえるものだと思う。
そんなこんなで辞めてから初めて訪れるS社。気がついたら12年も経っていたのだ。
月日の流れるのって早いのね~。
有岡さんの事業部は本社内にあった。
しかも本社が移転していて新社屋は足を踏み入れること自体初めてなので、なつかしさは感じられない。
初めての場所とはいえ10年近くいた会社である。その会社の受付で外部者扱いされ「訪問者」と書かれたバッジをつけさせられるのも感慨深いものがある。
早めに行き受付でトオルを呼び出すと、トオルは「せっかくやからあっちこっち行ってみますか」といろんなフロアーに連れて行ってくれた。
当然のことながらほとんどの知らない人ばかりだが、中には知った顔もちらほらあったりする。
「おお~っ! 久しぶりじゃん! どうした?」
と声をかけてくる人もいれば、ごく普通に「よお!」と声をかけていく人もいる。
そうした人はあまりにも普通なので、もしかしたら私が辞めたことを知らないのでは?と錯覚しそうなほどである。
売り出し中のミュージシャンのポスターやCDのサンプル版など音楽業界っぽいアイテムはそこらにたくさん散らばってはいるものの、以前いたころに溢れていた活気だとか、楽しげな雰囲気がいまひとつ感じられない。
働いている人たちは相変わらず自由な服装で、今の会社の人たちと比べれば数倍もスマートで垢抜けているけど、何か覇気がないような気がする。
なんなんだろうなあ~。なんか落ち着かないなあとそわそわしていたら、時間になったので、指定されていた会議室にトオルに連れられて行く。
早紀ちゃんもほどなくして到着し、有岡さんも他にふたりの男性を従えて会議室に入ってきた。
そのうちのひとりは見覚えがあり、あとのひとりはまったくの初対面だった。
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