「小説ってなんやねん。お前、どんなん書いてんの?」
と超大手広告代理店Hの局長代理田上さん(仮名)がニヤニヤしながら聞いてくる。
「ええっと、恋愛小説」
「恋愛小説!?」
「いや、こいつね、昔会社の金使ってモロッコに出張に行って、現地の男とやりまくっとったんですわ。まあ言ってみればこいつの男遍歴の告白本ですわ。もうエロいしエグイし大変でっせ」
なぜか解説を始める森田(仮名)。そうだ、思い出した。この男にも最初原稿を送ってたんだった。レスポンスの早い本田くん(仮名)とはうってかわり、この男は原稿を送ってもうんともすんとも言ってこない。むむむむ。
「そういえば、あんたに原稿送っとったよなあ。あれ読んだんか?」
「速攻で読んだっちゅうねん」
「あれそうなの?」
「いや、実はおもろかったわ。続きはないんけ? はよ送ったってくれよ」
「そう言ってもあんた、全然レスポンスないやん。本田くんを見てみい。すぐに連絡をくれていろいろと感想やらアドバイスとかくれるで。彼は編集者の鏡やで」
「いや、ほんまや。俺、最低な編集者やなあ。本田は正しい! っていうか、俺は悪いけど、もう編集者やなくて社長やっちゅうねん! 俺は社長業が忙しいねん!」
となぜか私の後頭部をどつくふりをする森田。ひとり漫才である。
「ふう~ん。なんかおもろそうやん」
いつの間にか3杯目のビールを頼んでいる田上さん。
「これね、マジでおもしろいんですよ。清永さんのあんなことやらこんなことやら赤裸々に描かれてますから。これがまたエロいんですよ。文章もね、実はうまいんですよ」
ここでも褒めてくれる本田くん。すばらしい。
「へえ、清永の男遍歴かあ。そいつは読みたいなあ。俺はお前の恋愛関係はほとんど把握しているつもりやったんやけど、まんだいろいろとやっとったんやなあ。っていうか、おまえ、俺のことは書くなよ」
こらこら。やったことないやん! というより私の純恋愛(私的には)小説がなんで、好色一代女みたいな扱いをされているのだ! 遺憾である。
「俺も読みたいなあ。このふたりは読んでるのに、俺だけ読んでへんって、いややん。お前、帰ったら速攻で俺にも送ってくれよ」
「わーい、田上さんも読んでくれるの? じゃあ送る送る」
「おう、楽しみにしてるで」
「うちのグループ本体の社長の西岡さん(仮名)やったら、すぐに映画化やって言いだすやろうけどな」
と森田。
「何よ、映画化って」
「なんかあの人、本読んだらすぐに製作委員会を立ち上げて映画化に話持ってくんよ」
「へえ、映画化かあ」
「いいと思いますよ。モロッコの映像とかきれいそうだし、そうなったら原作はうちで、ノベライズは森田さんのところですかね」
と本田くん。
「それはええねえ。で、西岡さんのところからサントラ盤を出して・・・」
「もちろん、代理店にはうちを噛ませてもらうで」
おおっと田上さんまで参入だ。
みんな飲んだくれている席で適当なことを言っているだけの状態をはいえ、スケールの大きな仕事をしている森田や田上さんも加わると、与太話もでっかくなってくる。その後は版権がどうこうとか分配がどうだとか業界用語が飛び交いだす。
そうかあ。映画化かあ。考えたこともなかったよなあ。
その日はその後もガンガン、ビールを飲み、もう何の話をしていたのか途中からどうでもよくなりわからなくなってしまったが、単純な私は夢を見た。
それは私が書いた小説が映画化されて、みんなでロケ地であるモロッコのエッサウィラに行くのだけど、どうもそこは私が知っているエッサウィラではないのだ。
海外には間違いないんだけど、都内の私の住んでいる部屋とつながっていたりして、距離的な感覚もめちゃくちゃだし、ハリウッドスターやら日本の芸能人やら、なぜか小学生の時の同級生やらが、同じ場所にいて映画作りに参加しているのだ。
もちろんありえない設定だ。
で、肝心な私は何をしてたかといえば、飲んだくれたあげく、ハンモックに揺られながら、夫はなぜかジュード・ロウに変身していて(←それ、絶対にいい! ジュード・ロウかっこよすぎ♡)、ジュードにハンモックをもっと激しく揺すられて、気持ち悪いよなあ、けど彼はかっこいいし、揺らされると気持ち悪いんだけど、美しい彼の顔をもっと近くでみていたいしと激しく葛藤した揚句、身悶えていたのである。
ついでに洋服がイマイチでいやだなあと夢の中までウジウジと考えていたことを追加しておく。
翌朝ひどい二日酔いだったのは言うまでもない。
2009年5月27日水曜日
2009年5月26日火曜日
2008年6月のある日の夜④
「で、実際、あの小説に書かれていることは何パーセントぐらい本当のことなんですか?」
唐突に切り出すT書店の本田くん(仮名)。
「うーん、50%ぐらいかなあ」(←嘘。本当は70%ぐらい)
「50%かあ。そうかあ。清永さん、かなりやりまくってますね」
「そ、そうかあ?」
「そうです。相当です。けどいいんですよ。こうやって作品に昇華させましょう。いや、あれはすばらしい。あの短い文体もいいです。才能ありますよ、まさか清永さんにこういう才能があったとは。これ絶対どこかでやりましょう!」
本田くん、酔っぱらってる? もう褒め殺しである。褒められると弱い私である。よーし、書いて書いて書きまくるぞ! ああ、もっと褒めて褒めて!
思えば子供のころからあまり褒められたことのない私である。
運動もだめ、手先も不器用、理数系が致命的に弱い。文章だって作文と読書感想文はどうも苦手だったのだ。
なので褒められるととってもうれしい。夫もたくさん褒めてくれる人だけど、いかんせん、外国人である。私の書いたものは読めないし、内容的にもあまり配偶者に読ませるようなものではない。
本田くんもそれを思うのか、
「ダンナさんとかにも読ませてるんですか?」
と心配げに聞いてくる。
「読んでもあまりわかんないだろうし、わかんなさそうだから書けるというのもあるし、でも一応、こういうものを書いてるとは伝えてあるよ」
「そうすっか」
「あと何度も言うようにあれはあくまでも小説ですからね」
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
本田くんに軽くあしらわれる私である。
「お、そろそろ田上さん(仮名)と森田さん(仮名)も合流してくる頃ですよ。河岸を変えましょう」
神楽坂の炉端焼きで2時間ほど飲んだのち、本田くんの行きつけの護国寺の串揚げやにタクシーで向かう。
先に着いて本田くんとふたりでビールを飲んでいると、10分ほどして、
「よお、お待たせ」
と田上さんが到着した。田上さんは超大手広告代理店Hの最年少部長就任記録を樹立した猛者である。
田上さんが現れるとなんだか空気がピリッと引き締まる感じがする。
「よっ! 部長!」
私と本田くんがそう呼びかけると、
「お前らなあ~」
と田上さんはのんびりとした口調で言い、
「実はもう部長ちゃうんよ」
と頭を掻いた。
「ええ!?」
「ほれ、これ新しい名刺」
田上さんの新しい名刺を見ると、なんと肩書きが「局長代理」になっていた。
「局長代理ってめっちゃすごいんちゃうの?」
田上さん相手だとすっかり関西弁になる私である。
「まあどうなんやろうなあ」
「清永さん、何言ってるんっすか。田上さんですよ。俺が男と見込んだ方ですよ。すごいに決まってるじゃないですか」
田上さん相手にすっかり目がハートになっている本田くん。
「よお、みんなお待たせ」
そこへやってきた恰幅のいい男。夜なのに微妙な色合いのサングラスをかけた怪しい男。誰がどう見ても業界のわかりやすすぎるフィクサー然とした男。
そう、それが森田という男である。
「誰が局長代理にならはったんですか?」
「田上さんに決まってるやん」
と私。
「それはおめでとうございます」
「いやあ、君の場合はなんて言っても社長やからなあ。社長にはかなわんよ」
と田上さん。
「いやいや会社の規模っちゅうもんが全然違いますやん。そりゃあHで局長代理っちゅうんはごっついですわ」
「何をおっしゃいますやら。君んところの大元はなんていっても天下のSやからなあ。まあ、それはそれはグローバルなことやろう」
ちょっといやらしい展開である。その流れを強引に打破したのは、マスコミOB会きっての切り込み隊長、本田くんである。
「いや、おふたりともそんなことよりも、清永さんが小説を書いているんですよ」
「なんやって? 俺、そんな話は聞いてへんで」
と田上さん。
「なんやそれ? お前、もっと詳しい話、聞かせてくれよ」
田上さんがビシバシと突っ込んでくる。
あらあら、意外な展開になってきたわ。
唐突に切り出すT書店の本田くん(仮名)。
「うーん、50%ぐらいかなあ」(←嘘。本当は70%ぐらい)
「50%かあ。そうかあ。清永さん、かなりやりまくってますね」
「そ、そうかあ?」
「そうです。相当です。けどいいんですよ。こうやって作品に昇華させましょう。いや、あれはすばらしい。あの短い文体もいいです。才能ありますよ、まさか清永さんにこういう才能があったとは。これ絶対どこかでやりましょう!」
本田くん、酔っぱらってる? もう褒め殺しである。褒められると弱い私である。よーし、書いて書いて書きまくるぞ! ああ、もっと褒めて褒めて!
思えば子供のころからあまり褒められたことのない私である。
運動もだめ、手先も不器用、理数系が致命的に弱い。文章だって作文と読書感想文はどうも苦手だったのだ。
なので褒められるととってもうれしい。夫もたくさん褒めてくれる人だけど、いかんせん、外国人である。私の書いたものは読めないし、内容的にもあまり配偶者に読ませるようなものではない。
本田くんもそれを思うのか、
「ダンナさんとかにも読ませてるんですか?」
と心配げに聞いてくる。
「読んでもあまりわかんないだろうし、わかんなさそうだから書けるというのもあるし、でも一応、こういうものを書いてるとは伝えてあるよ」
「そうすっか」
「あと何度も言うようにあれはあくまでも小説ですからね」
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
本田くんに軽くあしらわれる私である。
「お、そろそろ田上さん(仮名)と森田さん(仮名)も合流してくる頃ですよ。河岸を変えましょう」
神楽坂の炉端焼きで2時間ほど飲んだのち、本田くんの行きつけの護国寺の串揚げやにタクシーで向かう。
先に着いて本田くんとふたりでビールを飲んでいると、10分ほどして、
「よお、お待たせ」
と田上さんが到着した。田上さんは超大手広告代理店Hの最年少部長就任記録を樹立した猛者である。
田上さんが現れるとなんだか空気がピリッと引き締まる感じがする。
「よっ! 部長!」
私と本田くんがそう呼びかけると、
「お前らなあ~」
と田上さんはのんびりとした口調で言い、
「実はもう部長ちゃうんよ」
と頭を掻いた。
「ええ!?」
「ほれ、これ新しい名刺」
田上さんの新しい名刺を見ると、なんと肩書きが「局長代理」になっていた。
「局長代理ってめっちゃすごいんちゃうの?」
田上さん相手だとすっかり関西弁になる私である。
「まあどうなんやろうなあ」
「清永さん、何言ってるんっすか。田上さんですよ。俺が男と見込んだ方ですよ。すごいに決まってるじゃないですか」
田上さん相手にすっかり目がハートになっている本田くん。
「よお、みんなお待たせ」
そこへやってきた恰幅のいい男。夜なのに微妙な色合いのサングラスをかけた怪しい男。誰がどう見ても業界のわかりやすすぎるフィクサー然とした男。
そう、それが森田という男である。
「誰が局長代理にならはったんですか?」
「田上さんに決まってるやん」
と私。
「それはおめでとうございます」
「いやあ、君の場合はなんて言っても社長やからなあ。社長にはかなわんよ」
と田上さん。
「いやいや会社の規模っちゅうもんが全然違いますやん。そりゃあHで局長代理っちゅうんはごっついですわ」
「何をおっしゃいますやら。君んところの大元はなんていっても天下のSやからなあ。まあ、それはそれはグローバルなことやろう」
ちょっといやらしい展開である。その流れを強引に打破したのは、マスコミOB会きっての切り込み隊長、本田くんである。
「いや、おふたりともそんなことよりも、清永さんが小説を書いているんですよ」
「なんやって? 俺、そんな話は聞いてへんで」
と田上さん。
「なんやそれ? お前、もっと詳しい話、聞かせてくれよ」
田上さんがビシバシと突っ込んでくる。
あらあら、意外な展開になってきたわ。
2009年5月24日日曜日
2008年6月のある日の夜③
飯田橋駅近くのスーツカンパニーの前で、その日の夕方T書店の本田くん(仮名)と待ち合わせた。
彼は一足先に待っていて、私の顔を見るなり、
「いやあ、どうも清永さんと真理(私の小説の主人公)がダブって、まともに顔が見えないですよ」
と照れてみせた。
「あははは」
どう反応していいかわからなくて、ちょっと乾いた笑い声でごまかす私。
「エッサウィラ」という私の書きかけの小説は、随所にHな描写を散りばめている。それも最初のコンセプトが、「Hのことも赤裸々に綴った旅行記」という意味合いもあったからだ。
このところはすっかりお母さんになってしまっていて、恋愛だとか肉食女っぽいイケイケ感からほど遠い私である。(←当たり前だっていうの!)
なので苦み走ったいい男である本田くんからそのようなことを言われると大いに照れるのである。
その反面、中村うさぎの「私という病」という著作の中で彼女が書いていた中で最も印象に残っているのは、自分の女としての価値を知りたいという欲求に取りつかれた彼女がデリヘルで働きそこで感じたことをフェミニズムの要素を入れつつ新潮45で書き綴った力作を読んだという中年男性読者が、彼女に電話をかけてきたというくだりである。
その読者は彼女をデリヘルで(取材の一環とはいえ)働くような女だから、自分も相手にしてもらえると思ったのか、妙に馴れ馴れしかったのだという。
当然中村うさぎは腹を立て、相手の男性を理詰めでギャフンと言わせるのだが、もううさぎ様! よくぞ言ってくださいました、である。
もちろん本田くんの言っていることは、単純にこの人もこういう一面があるんだなあという驚きだったり戸惑いだったりするんだろうから、いっしょにはできないが、書いていることイコール本人だと同一視されてしまうことがあるんだなとつくづく思った瞬間でもあった。
私たちは飯田橋からそのまま歩いて神楽坂を上り、炉端焼きの店に入った。蒸し暑かった一日の終わりに冷えた生ビールはグングン喉を通り抜けていく。
「あれからね、いろいろ考えたんですけど、携帯小説って線はないですよね」
本田くんは煙草に火をつけながら切り出す。
私も同感で、最初に本田くんから携帯小説にしたらどうかと言われていたが、私の書く内容はあまり携帯小説向きだとはいえなさそうだ。
「要はね、携帯小説のマーケットっていうのは、簡単にいえば地方のヤンキーなんですよ。援助交際とか、虐待とか、病気だとかそういう下流の不幸パワーが満載なんですよ。これってどう考えても清永さんの書いている内容とは全然違うし、地方のヤンキーはモロッコとか知らないですしね。あと仕事のこととか音楽業界のこととかアラブ文化についてなど、内容も盛りだくさんですから、もうこのまま書き進めましょう」
おお~、本格的に作家と編集者の打ち合わせっぽくなってきたぞ。
彼は一足先に待っていて、私の顔を見るなり、
「いやあ、どうも清永さんと真理(私の小説の主人公)がダブって、まともに顔が見えないですよ」
と照れてみせた。
「あははは」
どう反応していいかわからなくて、ちょっと乾いた笑い声でごまかす私。
「エッサウィラ」という私の書きかけの小説は、随所にHな描写を散りばめている。それも最初のコンセプトが、「Hのことも赤裸々に綴った旅行記」という意味合いもあったからだ。
このところはすっかりお母さんになってしまっていて、恋愛だとか肉食女っぽいイケイケ感からほど遠い私である。(←当たり前だっていうの!)
なので苦み走ったいい男である本田くんからそのようなことを言われると大いに照れるのである。
その反面、中村うさぎの「私という病」という著作の中で彼女が書いていた中で最も印象に残っているのは、自分の女としての価値を知りたいという欲求に取りつかれた彼女がデリヘルで働きそこで感じたことをフェミニズムの要素を入れつつ新潮45で書き綴った力作を読んだという中年男性読者が、彼女に電話をかけてきたというくだりである。
その読者は彼女をデリヘルで(取材の一環とはいえ)働くような女だから、自分も相手にしてもらえると思ったのか、妙に馴れ馴れしかったのだという。
当然中村うさぎは腹を立て、相手の男性を理詰めでギャフンと言わせるのだが、もううさぎ様! よくぞ言ってくださいました、である。
もちろん本田くんの言っていることは、単純にこの人もこういう一面があるんだなあという驚きだったり戸惑いだったりするんだろうから、いっしょにはできないが、書いていることイコール本人だと同一視されてしまうことがあるんだなとつくづく思った瞬間でもあった。
私たちは飯田橋からそのまま歩いて神楽坂を上り、炉端焼きの店に入った。蒸し暑かった一日の終わりに冷えた生ビールはグングン喉を通り抜けていく。
「あれからね、いろいろ考えたんですけど、携帯小説って線はないですよね」
本田くんは煙草に火をつけながら切り出す。
私も同感で、最初に本田くんから携帯小説にしたらどうかと言われていたが、私の書く内容はあまり携帯小説向きだとはいえなさそうだ。
「要はね、携帯小説のマーケットっていうのは、簡単にいえば地方のヤンキーなんですよ。援助交際とか、虐待とか、病気だとかそういう下流の不幸パワーが満載なんですよ。これってどう考えても清永さんの書いている内容とは全然違うし、地方のヤンキーはモロッコとか知らないですしね。あと仕事のこととか音楽業界のこととかアラブ文化についてなど、内容も盛りだくさんですから、もうこのまま書き進めましょう」
おお~、本格的に作家と編集者の打ち合わせっぽくなってきたぞ。
2009年5月20日水曜日
田上さん(仮名)と森田社長(仮名)
田上さんも森田も大学のマスコミOB会のメンバーだ。
森田は以前にも紹介したとおり、私とは大学も同学年でしかも最初の会社で同期だった。今は若くしてその会社(音楽系出版社)の社長をしている。
20代のころはどれだけふたりで飲み明かしたかわからない。
田上さんは私や森田よりも3期上の先輩で、超大手広告代理店Hの部長だ。田上さんはたまたまずっと私や森田がいた会社の親会社のほうを担当していた関係で、新入社員のころから可愛がってもらっていた。
私は兄がいないので、お兄ちゃんってどんな感じかわからないけど、田上さんは「私的好きな男、嫌いな男(←アンアン風)」ランキングではほぼ20年近くにわたって、ぶっちぎり「お兄ちゃんにしたい」ナンバーワンなのだ。
あの穏やかな関西弁で、「おまえはほんまにしょうもないヤツやなあ~」と言われると、もう「てへっ」ってなもんである。
田上さんは超大手広告代理店Hで異例なスピード出世を遂げ、部長就任最年少記録を打ち立てたすごすぎる男だ。
当然仕事もバリバリこなすが、人望も厚く、地方大学出身者にも関わらず、田上さんの馬力でなんと我大学出身者たちがその後、続々と超大手広告代理店Hに送り込まれ、学閥を形成しているという。
それもありマスコミOB会ではキーパーソン中のキーパーソンであり、みんなの憧れの的である。
そんなマスコミOB会の中でも暴れ馬で、好き嫌いの激しい本田くん(仮名)ですら、田上さんのことは尊敬していて、飲み会では必ず彼の隣りの席をゲットしているほどだ。
そうか~、今日は本田くん、森田、田上さんの4人で飲むのか。ナイスすぎる組み合わせ。つくづく洋服がイマイチなことが悔やまれる。
いつなんどき何があるかわからないから、おしゃれにはやっぱり気を抜いたらだめよね。
そう強く戒められた金曜日の昼下がりであった。
森田は以前にも紹介したとおり、私とは大学も同学年でしかも最初の会社で同期だった。今は若くしてその会社(音楽系出版社)の社長をしている。
20代のころはどれだけふたりで飲み明かしたかわからない。
田上さんは私や森田よりも3期上の先輩で、超大手広告代理店Hの部長だ。田上さんはたまたまずっと私や森田がいた会社の親会社のほうを担当していた関係で、新入社員のころから可愛がってもらっていた。
私は兄がいないので、お兄ちゃんってどんな感じかわからないけど、田上さんは「私的好きな男、嫌いな男(←アンアン風)」ランキングではほぼ20年近くにわたって、ぶっちぎり「お兄ちゃんにしたい」ナンバーワンなのだ。
あの穏やかな関西弁で、「おまえはほんまにしょうもないヤツやなあ~」と言われると、もう「てへっ」ってなもんである。
田上さんは超大手広告代理店Hで異例なスピード出世を遂げ、部長就任最年少記録を打ち立てたすごすぎる男だ。
当然仕事もバリバリこなすが、人望も厚く、地方大学出身者にも関わらず、田上さんの馬力でなんと我大学出身者たちがその後、続々と超大手広告代理店Hに送り込まれ、学閥を形成しているという。
それもありマスコミOB会ではキーパーソン中のキーパーソンであり、みんなの憧れの的である。
そんなマスコミOB会の中でも暴れ馬で、好き嫌いの激しい本田くん(仮名)ですら、田上さんのことは尊敬していて、飲み会では必ず彼の隣りの席をゲットしているほどだ。
そうか~、今日は本田くん、森田、田上さんの4人で飲むのか。ナイスすぎる組み合わせ。つくづく洋服がイマイチなことが悔やまれる。
いつなんどき何があるかわからないから、おしゃれにはやっぱり気を抜いたらだめよね。
そう強く戒められた金曜日の昼下がりであった。
2008年6月のある日の夜②
T書店の本田くん(仮名)に原稿を送ってから、例によってすぐにレスポンスをもらい、褒めてもらい気分をすっかり良くした私。
それから間髪を入れず、再度電話をくれた本田くん。
「清永さん、今日、空いてます?」
白昼会社にいるときの電話だったので、ドキマギしてしまい(嗚呼。小心者!)、コソコソと非常階段に移る私。
けど会社の非常階段はどういうわけか、手すりのところがアッパッパーになっているので(しかも7F!)、高所恐怖症の私は恐ろしさの余り、失禁寸前だ。
高いところが恐ろしいからか、会社で小説の話(しかもエロ描写あり!)を編集者とコソコソ話すやましさからか、膝がガクガクと震えている。
「今日って?」
「夜ですよ。飲みに行きましょうよ。いろいろとこの小説について話をしたいし」
「そうだねえ。じゃあ、夫に予定聞いてみる」
と言いながらも、まったくそんな予定をしていなかったので、ああ~! 今日、ロクな恰好してないじゃん!と身もだえる私。
夫に電話を入れて、今日飲みに行ってもいい?と聞くと、どうぞどうぞと快く子どもたちのお迎えと世話を引き受けてくれる。
私の夫はとてもよくできた人で、妻である私には常に社会とのつながり、友だちとの付き合いを大切にしてもらいたいと考えてくれている。
毎晩飲み歩くなどとはもちろん論外だが、小さい子どもがいてもたまにならぜひ心ゆくまで飲みにいってらっしゃいと送り出してくれる懐の深い人だ。
それでいて、自分が飲み歩くことをするわけでもない。子どもたちがもっと小さい時は、会社での付き合いですら断ってくれていたほどだ。
「そうですか、ダンナさん、いい人ですね。じゃあ、せっかくだから森田さん(仮名)と田上さん(仮名)、呼びましょうよ!」
折り返し電話を入れた私に無邪気な提案をする本田くん。
「ええ? このふたりはめっちゃ忙しいよ。当日は無理でしょ? しかも今日、金曜日だし」
「だめだったらだめでいいじゃないですか。とりあえず俺、電話してみますよ」
「だって私、今日、そんなつもりじゃなかったから、洋服イマイチだし」
「また~、人妻が何を言っているんですか。まあ、森田さんも田上さんもだめだったら、ふたりで飲めばいいんだし」
「まあそうね」
と私。どっちにしても洋服がイマイチなのは心理的にマイナスだ。私は着るものとか、化粧の有無だとか、髪型がキマっているかどうかなどで、かなり気分が左右されるタイプなのだ。
めいいっぱいキマっていると思えれば、ちょっとは自信も持てるし、ダメな日はもうごめんなさい、だ。
で、この日はどうだったかといえば、ごめんなさい度60%ぐらいかな。
「森田さんも田上さんも、今日OKですって」
それから1時間後に電話をくれた本田くん。
「え? マジで。2人ともよく当日OKだったね」
「まあ、ふたりともそうは言っても途中参加ですけどね。お前らふたりで飲むんだったら混ぜてくれよって言ってましたよ」
「あらあら」
それから間髪を入れず、再度電話をくれた本田くん。
「清永さん、今日、空いてます?」
白昼会社にいるときの電話だったので、ドキマギしてしまい(嗚呼。小心者!)、コソコソと非常階段に移る私。
けど会社の非常階段はどういうわけか、手すりのところがアッパッパーになっているので(しかも7F!)、高所恐怖症の私は恐ろしさの余り、失禁寸前だ。
高いところが恐ろしいからか、会社で小説の話(しかもエロ描写あり!)を編集者とコソコソ話すやましさからか、膝がガクガクと震えている。
「今日って?」
「夜ですよ。飲みに行きましょうよ。いろいろとこの小説について話をしたいし」
「そうだねえ。じゃあ、夫に予定聞いてみる」
と言いながらも、まったくそんな予定をしていなかったので、ああ~! 今日、ロクな恰好してないじゃん!と身もだえる私。
夫に電話を入れて、今日飲みに行ってもいい?と聞くと、どうぞどうぞと快く子どもたちのお迎えと世話を引き受けてくれる。
私の夫はとてもよくできた人で、妻である私には常に社会とのつながり、友だちとの付き合いを大切にしてもらいたいと考えてくれている。
毎晩飲み歩くなどとはもちろん論外だが、小さい子どもがいてもたまにならぜひ心ゆくまで飲みにいってらっしゃいと送り出してくれる懐の深い人だ。
それでいて、自分が飲み歩くことをするわけでもない。子どもたちがもっと小さい時は、会社での付き合いですら断ってくれていたほどだ。
「そうですか、ダンナさん、いい人ですね。じゃあ、せっかくだから森田さん(仮名)と田上さん(仮名)、呼びましょうよ!」
折り返し電話を入れた私に無邪気な提案をする本田くん。
「ええ? このふたりはめっちゃ忙しいよ。当日は無理でしょ? しかも今日、金曜日だし」
「だめだったらだめでいいじゃないですか。とりあえず俺、電話してみますよ」
「だって私、今日、そんなつもりじゃなかったから、洋服イマイチだし」
「また~、人妻が何を言っているんですか。まあ、森田さんも田上さんもだめだったら、ふたりで飲めばいいんだし」
「まあそうね」
と私。どっちにしても洋服がイマイチなのは心理的にマイナスだ。私は着るものとか、化粧の有無だとか、髪型がキマっているかどうかなどで、かなり気分が左右されるタイプなのだ。
めいいっぱいキマっていると思えれば、ちょっとは自信も持てるし、ダメな日はもうごめんなさい、だ。
で、この日はどうだったかといえば、ごめんなさい度60%ぐらいかな。
「森田さんも田上さんも、今日OKですって」
それから1時間後に電話をくれた本田くん。
「え? マジで。2人ともよく当日OKだったね」
「まあ、ふたりともそうは言っても途中参加ですけどね。お前らふたりで飲むんだったら混ぜてくれよって言ってましたよ」
「あらあら」
2009年5月19日火曜日
2008年6月のある日の夜①
何かを生み出したいというかつてないほどの創作意欲を持て余しつつも、ちょっとずつしか半自伝的小説「エッサウィラ」を書き進めるしかなかった私。
もちろん言い訳はすぐにでも100個ぐらい挙げられる。
フルタイムで仕事をしている。誰も締切なんて設定してくれない。子どもがふたりいる。習い事をしていてそれどころではない等など。
6月に入ってからさすがに以前よりは進んだので、再度T書店の本田くん(仮名)に送った。
編集者として本田くんの何が素晴らしいかといえば、真っ先に挙げられるのはレスポンスの速さだ。
これはかつて編集者だった私自身に対する反省点でもあるのだが、執筆という作業はとても孤独なものだ。
書き進めながらもいいんだか、悪いんだかよくわからならいが、とにかく書くしかなくて書いている。
もしかしたら自分の書いているものは完ぺきだ、一字一句たりともいじらせないと自信満々で文章を書いている人もいるかもしれないが、そういう人がいるのなら、うらやましい限りだ。
私の場合は恐々、オドオドとこんなん書いてみましたけど、どないいたしましょう?ともう気分は一昔前に一世を風靡したアイフルのCMのチワワのようだ。(意味不明)
そんなんなので、勇気を振り絞ってせっかく編集者に見せたのに、何もレスポンスがなかったりとか、いまだにお目にかかった経験はないが、強面の編集者でビジバジと赤を入れられ、「つまらん、書きなおし!」などと言われたら、しょぼ~んとなってしまう。
ごめんね、打たれ弱くて、だ。
その点、本田くんは読んだらすぐに連絡をくれて、ツボをついた感想をこれでもかこれでもかと伝えてくれる。
そういうレスポンスがあるからこそ、書き続けようと思うし、おもしろいって褒められてようやく書いたことは悪いものではなかったんだなと安心することができる。
私は誰からわかってもらえなくても、自分の信じたことをやり遂げる強い意志の持ち主ではない。
恋愛も同じで、まったく見込みのない恋愛を、私はこの人を愛しているからという理由だけで、たとえ片思いであっても愛を全うするタイプではない。
ごめんね、ヘタレで、だ。
けどそういうのって私だけじゃなくって、ほとんどの人がそうだと思うけど(違う?)、そういう著者の孤独を編集者時代の私がちゃんと推し量っていたかといえば、はなはだ疑わしい。
せっかく精魂傾けて書いた原稿をいまひとつリアクションしなくて、傷つけてしまったライターのみなさま、翻訳家のみなさま、著者のみなさま、この場を借りて謝ります。
ごめんなさい。
もちろん言い訳はすぐにでも100個ぐらい挙げられる。
フルタイムで仕事をしている。誰も締切なんて設定してくれない。子どもがふたりいる。習い事をしていてそれどころではない等など。
6月に入ってからさすがに以前よりは進んだので、再度T書店の本田くん(仮名)に送った。
編集者として本田くんの何が素晴らしいかといえば、真っ先に挙げられるのはレスポンスの速さだ。
これはかつて編集者だった私自身に対する反省点でもあるのだが、執筆という作業はとても孤独なものだ。
書き進めながらもいいんだか、悪いんだかよくわからならいが、とにかく書くしかなくて書いている。
もしかしたら自分の書いているものは完ぺきだ、一字一句たりともいじらせないと自信満々で文章を書いている人もいるかもしれないが、そういう人がいるのなら、うらやましい限りだ。
私の場合は恐々、オドオドとこんなん書いてみましたけど、どないいたしましょう?ともう気分は一昔前に一世を風靡したアイフルのCMのチワワのようだ。(意味不明)
そんなんなので、勇気を振り絞ってせっかく編集者に見せたのに、何もレスポンスがなかったりとか、いまだにお目にかかった経験はないが、強面の編集者でビジバジと赤を入れられ、「つまらん、書きなおし!」などと言われたら、しょぼ~んとなってしまう。
ごめんね、打たれ弱くて、だ。
その点、本田くんは読んだらすぐに連絡をくれて、ツボをついた感想をこれでもかこれでもかと伝えてくれる。
そういうレスポンスがあるからこそ、書き続けようと思うし、おもしろいって褒められてようやく書いたことは悪いものではなかったんだなと安心することができる。
私は誰からわかってもらえなくても、自分の信じたことをやり遂げる強い意志の持ち主ではない。
恋愛も同じで、まったく見込みのない恋愛を、私はこの人を愛しているからという理由だけで、たとえ片思いであっても愛を全うするタイプではない。
ごめんね、ヘタレで、だ。
けどそういうのって私だけじゃなくって、ほとんどの人がそうだと思うけど(違う?)、そういう著者の孤独を編集者時代の私がちゃんと推し量っていたかといえば、はなはだ疑わしい。
せっかく精魂傾けて書いた原稿をいまひとつリアクションしなくて、傷つけてしまったライターのみなさま、翻訳家のみなさま、著者のみなさま、この場を借りて謝ります。
ごめんなさい。
2009年5月14日木曜日
2008年4月
4月も過ぎようとしていた。
銀座の先生によると、なんであれ2008年1月から4月の間に興味を持ったことを勉強すればフリーへの道が拓けるということだった。
ところがこの間特に新たに興味を持ったものもなく、仕事と家庭以外でやっていることといえば、以前からやっているピアノとフラメンコ、そしてT書店の本田くん(仮名)に見せるためにコツコツと書いている小説だけだ。
その小説が少しずつでも進むたびに読んでもらっていたHANAちゃんは3月末に派遣の契約切れで、会社を去ることになった。
彼女がいなくなった喪失感は大きかったが、何せ家が近いのはものすごくアドバンテージがある。さすがにしょっちゅうというわけにはいかなくなったが、ちょくちょく彼女はうちに遊びに来てくれていっしょに晩御飯を食べたり、電話したりメールしたりして付き合いが続いている。
しかし近い将来の飯の種になりそうなものはさっぱり思いつかない。占いの見立てによると2010年の春には会社を辞めて独立することになっているのだ。2010年春といえばあと2年を切っている。
これから勉強してモノになるようなものなんて、さっぱり思いつかない。
部署を変わってからは、自分ならではのクリエイティビティとかその手のことにさえこだわらなければ、特に仕事に不満はない。
おっかない上司はその分野ではカリスマ的存在で本当に尊敬できる人だし、そのうえご家庭の事情であまり会社には来ない。
私たちの部署がやっていることは2008年に入って急に社内で注目されるようになり、社内的社会的にも大いに意義のある仕事内容だと思う。
人間関係もいいし、ほぼ定時には帰ることができる。お給料だって特別いいわけではないが、ボーナスもあるし決して悪くはないと思う。
だから娘が小学生になるからといって、無理に会社を辞める必要もないのだ。だって何であれ個人で何かを始めて今ぐらいの収入を得るのは難しいと思うし、娘が小学生になったところで学童とかその手のものが充実しているので、物理的にもフルタイムで働くことは大いに可能だ。
けど私は会社員生活に飽きているのだろうか? 抽象的な言葉だけど、何かもっとクリエイティブなことがやりたいという焦燥感のようなものがどんどん強まってくる。
ただその焦燥感は10代のころ、20代のころに感じたような何者かになりたいという全能感とは裏腹のコンプレックスみたいなもの、自意識が過剰に煮詰まったような青い特権意識とは別種なものだ。
何がどう違うかうまく説明できないけど、自分自身が何者かになりたいというよりも、自分しか生み出せない何かを作り上げたいという欲求が日に日に高まっていった。
銀座の先生によると、なんであれ2008年1月から4月の間に興味を持ったことを勉強すればフリーへの道が拓けるということだった。
ところがこの間特に新たに興味を持ったものもなく、仕事と家庭以外でやっていることといえば、以前からやっているピアノとフラメンコ、そしてT書店の本田くん(仮名)に見せるためにコツコツと書いている小説だけだ。
その小説が少しずつでも進むたびに読んでもらっていたHANAちゃんは3月末に派遣の契約切れで、会社を去ることになった。
彼女がいなくなった喪失感は大きかったが、何せ家が近いのはものすごくアドバンテージがある。さすがにしょっちゅうというわけにはいかなくなったが、ちょくちょく彼女はうちに遊びに来てくれていっしょに晩御飯を食べたり、電話したりメールしたりして付き合いが続いている。
しかし近い将来の飯の種になりそうなものはさっぱり思いつかない。占いの見立てによると2010年の春には会社を辞めて独立することになっているのだ。2010年春といえばあと2年を切っている。
これから勉強してモノになるようなものなんて、さっぱり思いつかない。
部署を変わってからは、自分ならではのクリエイティビティとかその手のことにさえこだわらなければ、特に仕事に不満はない。
おっかない上司はその分野ではカリスマ的存在で本当に尊敬できる人だし、そのうえご家庭の事情であまり会社には来ない。
私たちの部署がやっていることは2008年に入って急に社内で注目されるようになり、社内的社会的にも大いに意義のある仕事内容だと思う。
人間関係もいいし、ほぼ定時には帰ることができる。お給料だって特別いいわけではないが、ボーナスもあるし決して悪くはないと思う。
だから娘が小学生になるからといって、無理に会社を辞める必要もないのだ。だって何であれ個人で何かを始めて今ぐらいの収入を得るのは難しいと思うし、娘が小学生になったところで学童とかその手のものが充実しているので、物理的にもフルタイムで働くことは大いに可能だ。
けど私は会社員生活に飽きているのだろうか? 抽象的な言葉だけど、何かもっとクリエイティブなことがやりたいという焦燥感のようなものがどんどん強まってくる。
ただその焦燥感は10代のころ、20代のころに感じたような何者かになりたいという全能感とは裏腹のコンプレックスみたいなもの、自意識が過剰に煮詰まったような青い特権意識とは別種なものだ。
何がどう違うかうまく説明できないけど、自分自身が何者かになりたいというよりも、自分しか生み出せない何かを作り上げたいという欲求が日に日に高まっていった。
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