「で、実際、あの小説に書かれていることは何パーセントぐらい本当のことなんですか?」
唐突に切り出すT書店の本田くん(仮名)。
「うーん、50%ぐらいかなあ」(←嘘。本当は70%ぐらい)
「50%かあ。そうかあ。清永さん、かなりやりまくってますね」
「そ、そうかあ?」
「そうです。相当です。けどいいんですよ。こうやって作品に昇華させましょう。いや、あれはすばらしい。あの短い文体もいいです。才能ありますよ、まさか清永さんにこういう才能があったとは。これ絶対どこかでやりましょう!」
本田くん、酔っぱらってる? もう褒め殺しである。褒められると弱い私である。よーし、書いて書いて書きまくるぞ! ああ、もっと褒めて褒めて!
思えば子供のころからあまり褒められたことのない私である。
運動もだめ、手先も不器用、理数系が致命的に弱い。文章だって作文と読書感想文はどうも苦手だったのだ。
なので褒められるととってもうれしい。夫もたくさん褒めてくれる人だけど、いかんせん、外国人である。私の書いたものは読めないし、内容的にもあまり配偶者に読ませるようなものではない。
本田くんもそれを思うのか、
「ダンナさんとかにも読ませてるんですか?」
と心配げに聞いてくる。
「読んでもあまりわかんないだろうし、わかんなさそうだから書けるというのもあるし、でも一応、こういうものを書いてるとは伝えてあるよ」
「そうすっか」
「あと何度も言うようにあれはあくまでも小説ですからね」
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
本田くんに軽くあしらわれる私である。
「お、そろそろ田上さん(仮名)と森田さん(仮名)も合流してくる頃ですよ。河岸を変えましょう」
神楽坂の炉端焼きで2時間ほど飲んだのち、本田くんの行きつけの護国寺の串揚げやにタクシーで向かう。
先に着いて本田くんとふたりでビールを飲んでいると、10分ほどして、
「よお、お待たせ」
と田上さんが到着した。田上さんは超大手広告代理店Hの最年少部長就任記録を樹立した猛者である。
田上さんが現れるとなんだか空気がピリッと引き締まる感じがする。
「よっ! 部長!」
私と本田くんがそう呼びかけると、
「お前らなあ~」
と田上さんはのんびりとした口調で言い、
「実はもう部長ちゃうんよ」
と頭を掻いた。
「ええ!?」
「ほれ、これ新しい名刺」
田上さんの新しい名刺を見ると、なんと肩書きが「局長代理」になっていた。
「局長代理ってめっちゃすごいんちゃうの?」
田上さん相手だとすっかり関西弁になる私である。
「まあどうなんやろうなあ」
「清永さん、何言ってるんっすか。田上さんですよ。俺が男と見込んだ方ですよ。すごいに決まってるじゃないですか」
田上さん相手にすっかり目がハートになっている本田くん。
「よお、みんなお待たせ」
そこへやってきた恰幅のいい男。夜なのに微妙な色合いのサングラスをかけた怪しい男。誰がどう見ても業界のわかりやすすぎるフィクサー然とした男。
そう、それが森田という男である。
「誰が局長代理にならはったんですか?」
「田上さんに決まってるやん」
と私。
「それはおめでとうございます」
「いやあ、君の場合はなんて言っても社長やからなあ。社長にはかなわんよ」
と田上さん。
「いやいや会社の規模っちゅうもんが全然違いますやん。そりゃあHで局長代理っちゅうんはごっついですわ」
「何をおっしゃいますやら。君んところの大元はなんていっても天下のSやからなあ。まあ、それはそれはグローバルなことやろう」
ちょっといやらしい展開である。その流れを強引に打破したのは、マスコミOB会きっての切り込み隊長、本田くんである。
「いや、おふたりともそんなことよりも、清永さんが小説を書いているんですよ」
「なんやって? 俺、そんな話は聞いてへんで」
と田上さん。
「なんやそれ? お前、もっと詳しい話、聞かせてくれよ」
田上さんがビシバシと突っ込んでくる。
あらあら、意外な展開になってきたわ。
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