2010年11月29日月曜日

美佳先生(仮名)のレッスン

 面接から1週間後の土曜日の午後、美佳先生がやってきた。ついにうちの子どもたちの英語のリテラシー教育が始まるのだ。
 美佳先生がやってくる時間は1時半から2時半まで。土曜日は1時半まで私がフラメンコのレッスンがあるので、帰宅するとすでに美佳先生の授業は始まっている。
 娘のアルゴクラブが3時半から始まり3時には家を出ないといけないし、息子の幼児教室が3時50分から始まるので、息子も3時にいっしょに娘と家を出るか、または3時半には家を出ないといけないので、ただでさえ慌しい土曜日が、より慌しくなってしまった。
 
初日はGWだったため、他の習い事はすべてお休みだったので最初から最後まで美佳先生のレッスンの様子を見ることができた。
夫がオクスフォードの教材を用意していたので、そのプリントに沿ってレッスンが始まった。
とりあえずはふたり揃ってレッスンを受けさせ、様子を見てひとりずつにするのか、ふたりいっぺんにやるのか決めることに。
リビングのテーブルをレッスンの場所にし、私たちはダイニングでそれぞれパソコンを見たり、本を読んだりしているのが、レッスンの様子はよく見える。
美佳先生は落ち着いたトーンの英語で子どもたちに話しかける。まずはアルファベットの練習だ。

しかし傍で聞いていてなんとも違和感を抱いてしまう。ちょっと専門的な話だけど、美佳先生のアプローチはストラクチャー・ベースと呼ばれるもので、たとえば「I have~」という構文を教えて、次に続く語は「a pen」「an apple」「some money」でも何でもいいのだが、構文を中心にして語彙を増やしていくというもの。
 私が日ごろ接しているアプローチ法がコミュニケーション・ベースとかシチュエーション・ベースと呼ばれる場面設定に応じたもので、たとえば「買い物」という場面では、買い物に必要な言い回しを文法などの説明抜きに紹介するものだ。
 要は私たちが学校でずっと習ってきたのが美佳先生のアプローチで、今の小学生が習うのが望ましいとされているのがコミュニケーション英語なのだ。
 この両者の違いはとてつもなく大きい。

 肝心な子どもたちはといえば、10分もしないうちに息子は美佳先生の膝の上に座っていて指しゃぶりを始めているではないかっ!
 しかもちらっとプリントを見ると、すでに意味不明の落書きでぐちゃぐちゃになっている!
 娘はちゃんとレッスンについていっているようだが、美佳先生の注意が息子に向けられている間は、娘も所在なさそうに絵を描き始めている。
 おい、だいじょうぶなのか?

 「ふたりともすごっくいい感性をしていますね」
レッスン終了後、美佳先生が言う。
 ええ~? そうですかあぁ?
 「Lくん(息子)もすごくわかってますよ。彼、頭いいですよ」
 本当か? 膝の上に座って指しゃぶってただけなんですけど。
 「ではまた来週」
と夫からレッスン料と交通費を受け取って軽やかに帰っていく美佳先生。

 「あのストラクチャー・ベースでいいわけ?」
 夫に直球で疑問をぶつける私。
 「リテラシーだからね。ユーの言いたいことはわかるよ。ミーの会社(←夫の会社は企業研修をやっている)のアプローチも違うからね。けどこれはミーの言語学上の実験でもあるからミーの好きなようにやらせてほしい。これがうまくいけばミーの組み立てた理論が正しいことが証明されるのだ」
 えっ? これって夫の学究的な実験だったんですかぁ?
 聞いてないぞ、そんな話。あの~、もしその理論が間違ってたらどうなるの?
 「最終的にはイギリスに送り込んじゃえばいいね。いやでもバイリンガルになるね」
 
だそうだ。子どもたちよ。
 君たちの検討を祈る!

2010年11月28日日曜日

早紀ちゃん(仮名)よ、お前もかっ!?

 早紀ちゃんのお休みは月曜日だ。早紀ちゃんはこの日は自分のためだけに使うと決めているらしく、夜は新宿か池袋の行きつけのバーで締めるというのが日課らしい。
 何軒かある早紀ちゃんの行きつけのバーのうちひとつがうちから徒歩5分のところにあり、月に1回か2回の割合で子どもたちを寝かしつけてから2時間ぐらいそこで飲むということがここしばらく続いている。
 
 そのバーは昭和レトロな雰囲気を残す横丁の一角にあり、私はいつもママチャリをバーに横付けする。
 カウンターしかないバーは5,6人も座れば満席になるようなこじんまりとしたところで、カウンターの中には蝶ネクタイと黒のチョッキというバーデンの正装をきっちりと着こなしたマスターが穏やかな微笑を浮かべながらカクテルを作ってくれる。
 私は基本的にビールとかワインとかスコッチが好きなのだが、こういう場所だとカクテルを飲まないともったいないよなあと思ってしまう。 
 ここではたいていフレッシュミントを使ったモヒートかマルガリータかジントニックを頼むのだが、マルガリータは夫が作ってくれたもののほうがおいしく、モヒートはここのマスターが作ってくれたもののほうが断然おいしい。
 早紀ちゃんはたいていマリブだとかアマレットなど甘いリキュールをロックで飲んでいる。

 その日も横丁のバーで私たちはカクテルを飲んでいた。
 「そういやあよぉ、この前、お前から生年月日聞かれたけどよぉ、誕生日にプレゼントでもくれんのかよぉ」
と唐突に早紀ちゃんが話を切り出す。生年月日を聞いたのは銀座の先生のところに行く前で、早紀ちゃんとのプロジェクトがどうなっていくか聞くために必要だと思ったからだ。
 「その件に関しては実はね・・・」
と銀座にすごく当たると私たちの間で有名な占い師の先生がいて・・・と話し始めると、
 「おいおい。マジかよぉ!?」
と素っ頓狂な声を上げる早紀ちゃん。
 「実はよぉ、俺も行きつけの占い師がいてよぉ。お前とのプロジェクトを診てもらったことがあるんだぜぇ」
 「え!? マジ?」
 そんなの初耳である。しかし45歳超えたおっちゃんに行きつけの占い師がいるというのもトホホな話である。
 人のことは全然言えんが。

 「俺、なんかあると必ずそこに行くんだけどよぉ(←えっ!?)。池袋のパルコによぉ、週1で来ているタロットのお姉さんなんだよぉ。この人がさあ、すげえ当たるんだぜぇ」
 池袋のパルコの占い師かあ~。池袋のパルコと言えば若者のブランドしか全館入っていない。場所だけでもこの男は相当浮くぞ。しかもタロット占い・・・。
 いったいどんな面してこの男は占ってもらってるんだ?

 「そこでなんって言われたわけ?」
 「お前がどうこうってわけじゃないらしいんだけどよぉ。物事は進まないって言われたんだよなぁ。どうやら俺が止めているらしいんだけどよぉ。で、お前はなんって言われたんだよぉ?」
 「早紀ちゃんが女性で対等な立場だったらいいらしんだけど、男だからダメなんだって。早紀ちゃんが女性だったら何がしら話は進んでたって言われたよ」
 正直に答えるべきかどうか一瞬迷ったものの、結局正直に答えた。ただ早紀ちゃんから紹介される女性は吉だと言われたことは伏せておいた。 
「なるほどなあ~。俺が言われたことと似てるじゃん。そっかぁ~、俺らって一緒に仕事していい相性というか、そんなんじゃなさそうだなあ」
 「けど言っておくけど、その占い、うちの子のお受験思いっきりはずしてるから、当てになんないからね」
 「まあそうだよな。当たるも八卦当たらぬも八卦って言うからな。お互い占いではいいこと言われてないけどよぉ、これからもよろしくな」
 「そうだね」

 別に仕事関係が進まなくたって、私たちは飲み友だちである。別にいいじゃん、飲みながら何かおもしろいことでもできないかなって、あーだこーだとぐだぐだやるだけでも。私にとってはそれだけでもいい刺激になっているのだから。

2010年11月27日土曜日

美佳先生(仮名)登場

 「明日ふたり面接にうちに来るから」
と夕食のときに突然言い放った夫。
 「面接って何よ?」
 「ユーは全然人の話聞いてないね! 英語の家庭教師だよ」
 「英語の家庭教師ぃ?」
 「うちの子どもたちは英語全然だめね。特に読み書きがどうしようもないね。英語の読み書きができないとだめね。だからそれ用の家庭教師つけるね」
 「そんなのユーが教えればいいじゃん」
 「自分の子どもはムリね。こういうのはプロを雇ってお金で解決ね」
 「英語もいいけど、その前にお受験でしょ! 英語はL(息子)のお受験が終わってからでいいじゃん!」
 「お受験より英語ね。これグローバル・スタンダードね」
 「っていうか、Lのお受験もやれって言ったのユーじゃんっ!」
 「でも英語もやるね。家庭教師はミーがインターネット上で募集したら、履歴書が50通も送られてきたよ。そのうちのふたりが、明日うちに来るからよろしくっ!」
 「料金設定はどうしたのよ?」
 「子どもふたり1時間で4000円ね」
 「4000円!! 高くない?」
 「それぐらい出さないといい人はこないね。これ投資ね」

 1時間4000円かあ~。しかし夫はこの手のビジネスのプロである。夫がこの値段が相場だというのならそうなのだろう。
 さらに言うなら夫が働いている会社にも私が働いている会社にも、プロの英語の先生が揃っている。ちょっと声をかければすぐに先生は職場で見つかる環境なのだが、夫は仕事のしがらみのないところで先生を確保したいのだという。
 まあ、わからんでもない話よね。

 こうして翌日美佳先生がうちにやってきた。もうひとりの候補だったアメリカ人女性からはドタキャンされたので、結局美佳先生だけが面接にやってきたのだ。
 30歳そこそこの美佳先生は背が高く、ものすごく整った顔をしたきれいな人だった。派手さはないけど、頭が良さそうできちんとした印象の人だ。
中学高校とアメリカで過ごし、慶応大学を卒業した後はまたアメリカに戻り、アップルで働いていたと英語で書かれた履歴書にはある。去年日本に帰ってきてWeb関係の仕事をしながら時折英語を教えているという。
 経歴もすばらしいっ! 夫はずっと英語で面接をしていて(←さすが人事部)、当たり前だけど美佳先生も英語で答えている。
 美佳先生の英語は西海岸特有のべっちょりとした話し方(←どんなん?)ではなく、もっとフラットでさらっとしたものだった。スピードも早くもなく遅くもなくいたってノーマル。彼女の穏やかで安定した人柄をしのばせる英語だ。

 夫はいつの間にか、使ってほしいテキストや来てもらいたい日時などを指定している。採用する気満々なのだろう。子どもたちも美佳先生に興味津々でこちらをうかがっていたが、ついに息子が近づいてきて気がついたら美佳先生の膝の上に座っている。
 基本的に息子は抱っこしてもらえれば誰でも(←きれいな女の人ならなおさら!)いいのである。美佳先生は突然息子が自分の膝の上に座っているので一瞬ぎょっとした表情を見せたが、「お名前なんていうの?」など英語で子どもたちに話しかける。

しかしである。
「え? 日本人でしょ? え? なんで英語なの? 英語人(←子どもたちは外国人のことをこう呼ぶ)じゃないよね?」
と子どもたちははなっから日本人相手に英語を話す気がない。
まったくもってトホホなことだ。
それでも美佳先生には翌週から来てもらうことになった。

「どう思う?」
美佳先生が帰ったあと夫が私に聞く。
「良さそうな人だと思うけど、イギリス英語を話す人じゃなくていいの?」
「読み書きだからね。読み書きならむしろ日本人の方がいいよ。あと英語にもクセがないし、履歴書なんかの英語も完璧だったから」
「ふうん。じゃあいいんじゃない。お金もユーが全部出すなら」

ということで子どもたちの習い事がまたひとつ増えたのであった。

2010年11月25日木曜日

息子の赤ちゃん返り

 娘が小学校に入学すると、毎日学校に持っていくものの点検や宿題、連絡ノートの確認など、親が関与しなければいけないことが保育園のときより倍増する。
 これでPTAの役員をやったり、学校の送り迎えがあったり、お弁当を作らなければいけなかったりすると、その手間は膨大なものになるのだが、幸い今年はPTAの役も送迎もお弁当もない。
 それでも毎日慌しく過ぎていく。娘はしっかりしているようで、意外と先生の話を聞いていなかったり、持ち物にまで気が回らなかったりするので、あれこれと口出しすることが多くなってくる。
 特に4月過ぎから私の帰りも遅くなっているので、帰宅後の慌しさといったらもう怒涛のごとくである。

 そんな忙しいときに限って息子が「抱っこ抱っこ」とうるさい。保育園に迎えに行くと、まず「抱っこ」で、家まで「抱っこ」で帰ってほしいとグズるのだ。
 いくらなんでも20kg近い息子を抱っこして帰宅するのは無理である。
 で、家に帰っても「抱っこ」である。ご飯を作っているときも「抱っこ」、娘の宿題をチェックするときも「抱っこ」、ご飯を食べているときも「抱っこ」して食べさせてと、おかげでただでさえ太い二の腕がとんでもないことになってきた!

 そして「抱っこ」の次は「おっぱい」である。
 さすがにもう母乳は出ないのだが、息子はおっぱいを飲むフリをする。本当の赤ちゃんのようにあやしてあげて背中をトントン叩いてあげると、「ウゲッ」とゲップを出すフリまでする。
 背中をトントン叩かないときは、「ほらっ、ちゃんとゲップさせて」とうるさいので、「本当の赤ちゃんは自分でそんなことは言いません」と切り返すと、「いやっ!」と言って私の胸に顔をうずめてくる。
 「抱っこ!」と言う息子を振り切ってキッチンで夕食の準備をしていると、「ハイハイ」をしながら追いかけてくる。
 おい、息子よ。いったいどうしたのだ?

 息子についつい甘い私でもさすがにドン引きである。ましてや自立自主を重んじるアングロサクソンの夫にはこういった息子の姿は耐え難いらしい。
 早生まれでただでさえ同い年の子どもたちの間でも幼い息子が赤ちゃん返りをしてしまったら、ますます他の子たちと差がついてしまうではないかっ。
 もともとボキャブラリーの乏しい息子の幼い言語能力がますます「ぼくぅ~、バブちゃん」と、なんでも「バブぅ~」としか表現しなくなったので、退化する一方だ。
 これではお受験どころではない。息子よ。せめてふつうになっておくれ。

 どうやら親の関心が小学校に入った娘に向いていることがおもしろくないらしく、自分のことも構ってほしいという懸命なアピールのようなのだが、物事には限度がある。
息子の赤ちゃん返りはひどくなるばかりだ。
 
 そんなある日、ママ友のひとりと息子の赤ちゃん返りの話が出て、
 「それってお母さんが妊娠してから、赤ちゃん返りする2~3歳の子みたいだね」
と言われ、もしやと思う。
 息子は私のお腹に赤ちゃんがいるとでも勘違いしているんじゃないか?
そう考えれば息子の赤ちゃん返りの激しさの説明がつく。
息子は意外とヤキモチ焼きで、以前から私がよその小さい子を抱っこすると息子は泣いて怒って、抱き上げた子を引きずりおろそうとする。
 「抱っこだめ! ぼくだけっ!」と自分以外の子どもを私や夫が抱っこするのは、許せないらしい。娘を抱っこしていても「ぼくも!」と言って割り込んでくるので、娘も慣れたものでそこでいったん弟に譲って、抱っこしてほしいときは息子がいないときを狙ってやってくる。
 2~3歳の子みたいというのも、ちょうど息子の精神年齢もそれぐらいだから納得である。
 
 それからいつものように息子を抱っこしているときに、
 「Lくん(←息子)って、もしかしてマミィに赤ちゃんできたって思ってない?」
と聞いてみると、「うんっ!」と思いっきり肯定するではないか。
 やはり。ママ友の推測どおりではないか。でもなぜ? 周りのお友だちのママで妊娠している人もいないし。

 「なんでマミィのお腹に赤ちゃんがいると思うの?」
 素直に疑問を息子に向けると、
 「だってお腹大きいじゃんっ!」
と私のお腹のお肉を掴む息子。
 「はっ!?」
 「こんなにお腹が太っちょだったら赤ちゃんいるよねっ!」
 ・・・・・。何? 私がデブってことですか?
 「赤ちゃん、いないよ」
 「うそっ! こんなにお腹が大きいのに赤ちゃんいないわけないよっ! マミィのお腹は太っちょ! ぼくぅ、弟も妹もいらないよぉ~。ぼくだけ赤ちゃんがいいよぉ~。ぼくだけ抱っこしてぇ~」
 むぎゅっと再び私の胸に顔をうずめ、シクシク泣き出す息子。
 マジかよ。私はそんなにデブなのか? 泣きたいのはこっちだよっ。
 とりあえず息子の赤ちゃん返りの原因が解明されたのではあるが・・・。

2010年11月22日月曜日

娘の小学校入学

4月1日からは毎朝今まで通いなれていた保育園ではなく、娘は学童に通うことになった。
ちなみに保育園から学童までの距離はわずか100メートルほど。これから娘は学童で夕方6時まで過ごすことになるのだが、私はその時間までお迎えに行くことができない。
その後の時間についていろいろな角度から検討し、結果保育園の園長先生の好意に甘えることにして、夕方6時過ぎたらお迎えに行ける時間まで保育園で過ごさせてもらうことになった。
娘だけでなく他にも卒園生たちが何名か、学童後に保育園で過ごしている。双方の実家が遠方のため当てにできない私たちのような家族には本当にありがたい措置だ。

保育園のときは当たり前のように毎日給食が出ていたが、小学校になるとそれが当たり前ではなくなる。
 4月1日の時点ではまだ小学校に入学していないので、1日中学童で過ごすことになるのだが、こういう場合はお弁当持参なのである。
 入学して給食が始まるまで、お弁当作りの日々を過ごさなければいけない。ちなみに私は昨今雑誌なんかでよく取り上げられている「キャラ弁」とか「デコ弁」といわれるものが、だいっきらいだ。
こっちとら、働いてるんだよぉ。そんなチマチマと細かい作業してる時間なんてないっ!ちゅうの。たかがお弁当でそんなに子どもを甘やかすなっ! 
「可愛すぎて食べるのがもったいない~♪」
アホか。お弁当は食べるためにあるんだろが。そういう「私っていいママ♪」みたいな偽善が大嫌いだ。
まあ基本的に細かい作業が嫌いだという個人の資質の問題が私にはあるわけだが。

さて毎朝のお弁当作りも慣れてきた4月6日に、入学式が行われた。
娘が入学したのは我が家から歩いて20秒の区立M小学校である。銀座の先生から国立受験を勧められその気になってしゃかりきにお受験をやったのだが、結局どの学校からもご縁をいただけず、まあ予定通りといえば予定通りなのだが、とにかく激近のM小学校だ。
この小学校、なんと我が家の窓から正門が見えるので家にいながら娘がちゃんと校門をくぐったかどうか確認できるのだ。
 この日、私も夫も有給をとり入学式に出た。家から近いのでギリギリの時間に家を出たって十分間に合うのが大きなメリットだ。
 
モノトーンのチェックのワンピースを着て、その上に紺色のカーディガンを羽織り、髪の毛はアップにまとめて、赤いシャーリーテンプルのランドセルを背負えば、誰がどう見てもピカピカの1年生である。
子どもが小学校にあがるというのは子育てのひとつの区切りでもある。娘が生まれてから今までのことが走馬灯のようにグルグルと頭の中を駆け巡る。
赤ちゃんだったこの子がもう小学生かぁ~、大きくなったなあと思わず目頭も熱くなるが、夫も同じ気持ちらしく目がウルウルしている。

小学校の体育館で行われた入学式では、その前の保護者会などでもわかっていたことではあるが、同じ学年の半数の保護者は知り合いなので、あっちこっちで見慣れた顔を見た。
娘はなんと憧れの亮太くん(仮名)と手をつないで、行進している。
私はといえば、この日のためにちょっと前にReflectというブランドの黒と紺色の中間ぐらいの色のジャケットと揃いのワンピースを買っておいた。これだけだと地味というか、これってお受験スーツっぽいじゃんっというもの(←だから買った。息子のお受験ではバリバリ着るよ~)なので、大ぶりのパールのネックレスやコサージュを合わせて、我ながらいかにも入学式のお母さんっていう感じ。

娘は2組で担任の先生はなんと私と名前が同じで美緒先生(仮名)という。まだ20歳代半ばの華奢で可愛らしい先生だ。保護者席からボソボソと「おお~、先生、可愛いじゃんっ」と不謹慎な声があっちこっちから聞こえてくる。
頼みますよっ。お父さん方!
どっさりと教科書やらお道具箱などを受け取り、すべてのものに名前を書いてくるようにと言い渡される。

ちなみに国語の教科書を見てみると、新6年生の甥っ子が1年生だったときの国語の教科書を見せてもらったことがあるのだが、採択されている教科書会社の違いがあるとはいえ内容がまるで違う。
甥っ子のときは最初のページから何ページかは教科書にも関わらず文字が1文字も書かれていなくて絵だけだったので、ひどくビックリした思い出がある。
それに引き換え娘の教科書は、私たちが子どものときの教科書のように1ページ目からちゃんと文字が書かれている。
今から思えば甥っ子のときは悪名高き「ゆとり教育」の真っ只中だったんだなあ~。
2011年から新学習指導要領が施行され、現在は移行措置の時期だ。ギリギリでうちの子どもたちは「ゆとり教育」を受けずにすむことになる。
本来の「ゆとり教育」の精神はすばらしいものだったとは思うが、実際の運用には無理があったのだと思う。
教科書ひとつとっても、今が公立の学校教育の変換期であることがヒシヒシと伝わってくる。

その日の夜はこれから6年も続く娘の小学校生活に幸あれと、私たちは家族で記念写真を撮りに行き、夜は東京の夜景が見渡せるラブリーなシーフードレストランで入学祝のディナーを食べたのであった。

2010年11月20日土曜日

夫、早々に息子の勉強を諦める

 毎日少しずつではあるものの息子の勉強を見てくれていた夫が、開始1ヶ月も経たないうちに音をあげた。
 毎日5~10分程度しか勉強といってもやってこなかったわけだが、挫折の最大の理由は「お話の記憶」である。
 G大附属O小やT大附属T小で必須の「お話の記憶」なのだが、当たり前の話だがストーリーは日本語である。そのストーリーを読んで聞かせて子どもがどこまで覚えているかということなのだが、そのストーリーを読んで聞かせることが夫にはできないのだ。
 
うちの夫は日本語を話すことはまずまずなのだけど、読み書きがいまいちだ。特に子ども向けの話といえ、大人が読んで聞かせることが前提に問題が作られているため、漢字もふつうに使われている。
 これを機会にぜひ日本語の読み書きを学んでもらいたいところではあるが、夫にそこまでのモチベーションはない。
 また言語学の修士号を持ち、特に専門が「バイリンガルと第二言語の習得」である夫の強固なポリシーは、「両親はいかなる場合でも自分の母語を子どもに対しては使うべし」だ。
 たとえば私が英語を超堪能でネイティブ顔負けに話せたとしても(←残念ながらそれはないけどねっ。てへっ)、ネイティブでない以上英語を子どもに対して使ってはいけないという。
私の場合なら当然日本語で話しかけるべしということなのだが、その場合も英語とチャンポンで話しかけるなんてのは論外で、我が家のように母親は日本語と父親は英語と両親の母語が違う場合は、この人は「日本語を使う人」、この人は「英語を使う人」と明確に区別させるのが子どもたちをバイリンガルに育てる鉄則なのだそうだ。

その鉄則に従ってそれまで夫は図形の問題なら、英語で問題を出して息子に答えさせていたのだが、問題によっては日本語に言い換えないと息子がどうしても理解できないものが出てきたことがひとつ。
はなっから「お話の記憶」では日本語でストーリーを読まなければいけないのがひとつ。いずれにしても日本語とのチャンポンにならざるえないので、自分の言語学上のポリシーに反するのだと夫は主張する。

「だからミーはもうやらないね。もしお受験が全部英語で出題されるならミーがやるけど(←そんなこと日本の小学校で一生あるわけないだろっ!)、あとは美央よろしくね」
と夫は頑として聞かない。マジかよ。あんたが息子にも国立受験させろって言い出したんだろうが。

「L。これからはマミィが勉強見てくれるからね」と夫。
「え? いやだよっ! ダディがいいっ!!」とここで号泣する息子。
息子は超パパっ子なのだ。
ちなみにうちでは夫が子どもたちに英語で話しかけるのに対して、子どもたちは全部日本語で返している。
上記の会話も夫は英語で「これからはマミィが勉強を見てくれるからね」と息子に語りかけ、息子は日本語で「いやだよっ! ダディがいいっ!」と返しているのだ。
それでも双方理解しあっているし会話もちゃんと通じているのだが、傍からみるとすごく変だとよく言われる。

こうして息子の勉強を私が見ることになったのだが、なんだかんだといっても娘のときは2ヶ月だけだった。
それでもあんなに辛かったのに、今回は試験本番まであと何ヶ月あるんだよっ。
先行きの長さにゲンナリするのであった。

しかし本当にゲンナリするのは息子との勉強が始まってからである。
(この手の話、今後延々と続く)

2010年11月17日水曜日

銀座の先生の事務所をあとにして

 
事務所を出るとさっそくHANAちゃんに電話する。HANAちゃんが働く事務所と銀座の先生の事務所は歩いていける距離にある。前から占いが終わり次第、お茶しようと約束していたのだ。
HANAちゃんはすぐにつかまり、近くのカフェでお茶しているという。「じゃあ、そっちに行くね」と指定されたカフェに向かう。
なんだかスッキリしない気持ちを抱えながら、すっかり日の暮れた銀座の街を歩く。

これまで占ってもらった過去の2回は勇気をもらったり、ワクワクしたり、希望に満ちた心で事務所をあとにすることができたが、今回は決定的に違う。
言われた話もどうも時系列で考えた場合に矛盾があっちこっちであるし、何よりもまったく「ハズされた」という事実がトラウマになって、はなっから信用できなくなっているのだ。
まあ所詮占いなのだから、そこまで期待するなよという話なのだが。金額が金額だけあってどうも納得いかんのだ。

HANAちゃんの待つカフェはすぐに見つかった。私に気付くといつものようにひまわりを連想させる明るい笑顔で迎えてくれる。
「どないでした?」
この日は飲み会が入っていてあまり時間がないと言っていたHANAちゃん。そのためかいきなり直球だ。
言われた内容を順を追って説明する私。その都度「うむうむ」と声に出してうなずくHANAちゃん。
つくづく終わったあと待ち合わせしてよかったと思う。
こんなモヤモヤした気持ちを抱えて地下鉄に乗って家に帰って、夫からそんなことで2万円も使ったのかとイヤミのひとつでも言われようなら余計にモヤモヤするではないか。

「なんかすっきりしないですねぇ。どないやねんって感じですもんね」
とHANAちゃん。
「うん。最初が一番インパクトもあったし、良かったかな。なんかだんだんトーンダウンしていく感じというか、もしかしたら先生もパワーダウンしてんのかな?」
「だって1日に何人も診てるんでしょ? 中には死ぬほど悩んでいる人とか、すっごいマイナスのオーラを出す人とかいるやろうから、そりゃあ消耗しますってっ!」
「そうやなあ~。2回目のときやったかいな、私の前に診てもらっていた人ってめっちゃ陰のある感じっていうのか、不幸なオーラが出てる人やったで」
「そうでしょ? そういう人に接していくうちにエネルギーを吸い取られたりすることもあるわけやから、よっぽどタフやないと本物ほど大変やと思う」
「それにしてもどないやねんって感じよ」
「ホンマですねえぇ~」
と堂々巡りの話を続ける私たち。

いずれにしても銀座の先生に4回目を診てもらうことはないなと、この期に及んでようやく悟った私であった。
けど言われたことの検証は続けますよ。
だって「ブログは続けてください」って言われたんですもの。