「明日ふたり面接にうちに来るから」
と夕食のときに突然言い放った夫。
「面接って何よ?」
「ユーは全然人の話聞いてないね! 英語の家庭教師だよ」
「英語の家庭教師ぃ?」
「うちの子どもたちは英語全然だめね。特に読み書きがどうしようもないね。英語の読み書きができないとだめね。だからそれ用の家庭教師つけるね」
「そんなのユーが教えればいいじゃん」
「自分の子どもはムリね。こういうのはプロを雇ってお金で解決ね」
「英語もいいけど、その前にお受験でしょ! 英語はL(息子)のお受験が終わってからでいいじゃん!」
「お受験より英語ね。これグローバル・スタンダードね」
「っていうか、Lのお受験もやれって言ったのユーじゃんっ!」
「でも英語もやるね。家庭教師はミーがインターネット上で募集したら、履歴書が50通も送られてきたよ。そのうちのふたりが、明日うちに来るからよろしくっ!」
「料金設定はどうしたのよ?」
「子どもふたり1時間で4000円ね」
「4000円!! 高くない?」
「それぐらい出さないといい人はこないね。これ投資ね」
1時間4000円かあ~。しかし夫はこの手のビジネスのプロである。夫がこの値段が相場だというのならそうなのだろう。
さらに言うなら夫が働いている会社にも私が働いている会社にも、プロの英語の先生が揃っている。ちょっと声をかければすぐに先生は職場で見つかる環境なのだが、夫は仕事のしがらみのないところで先生を確保したいのだという。
まあ、わからんでもない話よね。
こうして翌日美佳先生がうちにやってきた。もうひとりの候補だったアメリカ人女性からはドタキャンされたので、結局美佳先生だけが面接にやってきたのだ。
30歳そこそこの美佳先生は背が高く、ものすごく整った顔をしたきれいな人だった。派手さはないけど、頭が良さそうできちんとした印象の人だ。
中学高校とアメリカで過ごし、慶応大学を卒業した後はまたアメリカに戻り、アップルで働いていたと英語で書かれた履歴書にはある。去年日本に帰ってきてWeb関係の仕事をしながら時折英語を教えているという。
経歴もすばらしいっ! 夫はずっと英語で面接をしていて(←さすが人事部)、当たり前だけど美佳先生も英語で答えている。
美佳先生の英語は西海岸特有のべっちょりとした話し方(←どんなん?)ではなく、もっとフラットでさらっとしたものだった。スピードも早くもなく遅くもなくいたってノーマル。彼女の穏やかで安定した人柄をしのばせる英語だ。
夫はいつの間にか、使ってほしいテキストや来てもらいたい日時などを指定している。採用する気満々なのだろう。子どもたちも美佳先生に興味津々でこちらをうかがっていたが、ついに息子が近づいてきて気がついたら美佳先生の膝の上に座っている。
基本的に息子は抱っこしてもらえれば誰でも(←きれいな女の人ならなおさら!)いいのである。美佳先生は突然息子が自分の膝の上に座っているので一瞬ぎょっとした表情を見せたが、「お名前なんていうの?」など英語で子どもたちに話しかける。
しかしである。
「え? 日本人でしょ? え? なんで英語なの? 英語人(←子どもたちは外国人のことをこう呼ぶ)じゃないよね?」
と子どもたちははなっから日本人相手に英語を話す気がない。
まったくもってトホホなことだ。
それでも美佳先生には翌週から来てもらうことになった。
「どう思う?」
美佳先生が帰ったあと夫が私に聞く。
「良さそうな人だと思うけど、イギリス英語を話す人じゃなくていいの?」
「読み書きだからね。読み書きならむしろ日本人の方がいいよ。あと英語にもクセがないし、履歴書なんかの英語も完璧だったから」
「ふうん。じゃあいいんじゃない。お金もユーが全部出すなら」
ということで子どもたちの習い事がまたひとつ増えたのであった。
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