2009年10月5日月曜日

悲しいお話②

 「そういえば清永の子ってそろそろ小学生ぐらいじゃなかったっけ?」
 アフタヌーンティーで紅茶を飲みながら切り出す須崎さん(仮名)。
 「今度年長になるんで、小学校は来年ですね」
 「お受験とかしちゃうわけ?」
 とここでなぜか受験話に。
 受験話と来たら銀座の占いの先生のことは抜きに語れないので、大雑把に銀座の先生の話をした。
 
 「へえ~、そんなすごい占い師がいるんだ。場所も国立がんセンターから遠くなさそうだね。その先生、病気のこととかもわかるのかな」
 須崎さんは興味深そうに聞く。
 「私の友だちが娘のチックが心配で見てもらったときに、悪いところがあれば黒く見えるって言われたって」
 「じゃあ私のすい臓なんて真っ黒だね!」
 須崎さんは乾いた笑い声を上げる。私はどう反応したらいいのかわからなくて、困ってしまう。
 「どうします? 須崎さん、お姐さん(←私のこと。営業所時代の後輩はなぜかそう呼ぶ)に紹介してもらって行ってきますか?」
 山木(仮名)はなんでもないことのように言う。こういうときの山木は年下ながら頼もしい。
 「そうだね。どうせがんセンターに通ってるんだからね。ついでに行けるよね。でも行って何聞くの? あなたは真っ黒です。数ヵ月後に死にますって言われに行くの?」
 須崎さんは淡々としている。
 そう言われると言葉を失ってしまう。
 「もしかしたら先生、とっておきの治療法とか超名医とか紹介してくれたりして」
 間抜けなことを言っているのを承知で何か言わないといられない私。
 「1千万円の壺を買ったら治りますとかね」
 「それじゃあ怪しい宗教だって!」
 「先生のところって2ヶ月ぐらい待たされるけど、友だちは緊急だって言い張って10日ぐらいで診てもらったらしい」
 「うふふ。確かに私、時間ないもんね」
 力なく言う須崎さん。いかん。どうも私は地雷を踏みがちだ。
 「占いは、やっぱりやめておくよ。どうせ治んないんだし。先のことなんて知りたくないから」
 そう言いながら須崎さんは何回目かの薬を飲み始めた。
 
 「占いといえばタイの占いに行ったことがあって・・・」
 山木が無邪気な様子で切り出す。
 「何年か前の話なんですけど、タイの超有名な占い師に診てもらったことがあるんですよ」
 「ええ~! タイの占い師って何語で占ってもらうの?」
 「ちゃんと通訳とかついてるんですよ。有名な寺院の敷地内でやっていて、すごく並んでましたよ」
 「で、当たってるわけ?」
 「うーん。どうだろ? そこでは38歳で結婚するって言われましたよ」
 「あれ、山木って今いくつだったけ?」
 「ウフフフ、それが今年で38になるんですよ!」
 「おお~!!」
 「そうか、山木も結婚かぁ~」
 「占いによるとね」
 「ああ~、清永も結婚してるし、山木も今年結婚しそうだし、私も死ぬ前に結婚したかったな。“余命1ヶ月の花嫁”みたいになんないかな」
 
 「須崎さん、それよりも前にフォーシーズンズに泊まってみたいって言ってましたよね? その話って生きてます?」
 話の雲行きが怪しくなりそうなところで、山木が話題を変える。
 「うん。お得なプラン見つけたよ。スィートルームはさすがに無理だけど、普通の部屋だったらひとり2万円ちょっとでいけそう」
 「じゃあ、泊まりますか。みんなで」
 勢いだけで言う私。
 「清永、子どもとかだいじょうぶなの?」
 「うちには立派な夫がいるからだいじょうぶ。いざとなればフォーシーズンズだったらうちから近いからすぐに帰れるし、心配ご無用。もちろん山木もだいじょうぶだよね?」
 「もちろんですよ」
 「じゃあ決定!」

 その日、みんなでフォーシーズンズに泊まることを誓い合って別れたのだった。

 翌日、須崎さんからメールが来た。内容は銀座の先生のところがやっぱり気になるので、連絡先を教えてほしいというものだった。
 私は先生の連絡先を書いてすぐに返事を出した。
 行く勇気はないけど、いざというときのために連絡先を持っていますという返事がすぐに戻ってきた。
 私は須崎さんの性格上、銀座の先生のところに行くことはないだろうなと思い、また須崎さんが先生に診てもらいに行くのがどうしても想像がつかなかった。

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