本田くん(仮名)に引っ張られて田上さん(仮名)、内山さん(仮名)、森田(仮名)のいるテーブルへ移動した私。
「おう、清永。読んだで。お前の小説」
田上さんが私の肩に手を回す。
田上さんは超大手広告代理店Hの局長代理。何年か前にHの部長就任最年少記録を打ち立てた猛者だ。
マスコミ志望の学生はもちろんのことOB会の若手もみんな田上さんに憧れていて、田上さんに話しかけるタイミングを今か今かと遠巻きにしながら見計らっている。
俺様気質の本田くんですら田上さんは絶対的な存在で、いつも田上さんの傍にいて離れない。
「そうやけど、田上さん、送っても感想かてウンともスンとも言うてこうへんかったやん。てっきり読んでくれてへんかと思っとったわ」
「何言うとるねん! ちゃんと読んだわ。実は局の女の子にプリントアウトしてもらって、電車の中で読んだんやけど、なんか満員電車の中でスポーツ新聞読んでるオッサンみたいな気分になったわ。やけどめっちゃおもろかったで。続きも送ってくれよ」
「ほんと?」
「ほんまほんま。お前、文才あるんやなあ。意外やったわ。それにあれホンマの話なんか?」
「全部じゃないけど、少しは、ね」
「それやったらお前、まったく無駄な時間のない人生を送ってるんやな」
田上さんはそう言いながら私のグラスにビールを注いでくれる。
「無駄な時間がないって?」
「だってそうやないけ? あれを読む限りお前、びっちりと男と付き合ってるし、間も全然空いてへんし、ボーとしてる間もあらへんし、それから結婚して幸せな家庭を築いているし、めっちゃええやん」
へえ~。そういう見方もあるんだ。本人的には無駄な時間もいっぱい過ごしたし、無駄な付き合いもいっぱいしたし、回り道ばかりしてきたと思っていたのに。
「それに焦ったわ」
「なんで?」
「お前、小説の中で背が高くて足がまっすぐで額が秀でている男がタイプだって書いてあっただろ」
「うん」
「それってまさに俺やんけ」
「あははは」
「あはははちゃうわ!」
田上さんったら肝心なところを読み落としている。
色素の薄い男っていうのを第一条件に入れてたのをお忘れなく。
「さっきからさ、みんな清永の書いた小説の話しててさ、俺読んでないから寂しい思いしてるんだけど、なんだかおもしろそうじゃん。俺にも送ってよ」
そう切り出してきたのは内山さん。
内山さんも超大手広告代理店Hの人で田上さんの1期後輩だ。
営業畑でイケイケドンドンの田上さんとは対照的に、イベント畑の内山さんは人当たりが柔らかくて絶対に敵を作らないタイプだ。
部長最年少就任記録を田上さんが打ち立てたあと、すぐにその記録を塗り替えたのが内山さんだったという。
この2人が社内で大きな力を持っているからか、今やHは我が大学出身者が一大学閥を形成しているらしい。
「なになに~? そういうときに新聞社を忘れてもらっても困るよ」
とはA新聞の大津さん(仮名)。
この人は何年か前の花見で泥酔し、靴を片方なくしてしまったことを未だにネタにされ続けているOB会きってのいじられキャラだ。
「じゃあ内山さんにも大津さんにもメールで送るね」
「おお、そうしてくれよ」
「やけど清永、お前マジでなんか賞とか将来取れるかもしれへんぞ」
とは田上さん。
「いやマジで、頑張りましょうよ」
とは本田くん。
「なんかこのOB会で清永をどうにかして、この不況下、みんなでおこぼれにあずかるというのもありかもしれへんなあ」
とは再び田上さん。
きゃあ~!! それはありがたいわ。
「清永美央 作家への道」の幕開けになるのかしら?
そのあとその話でさんざん盛り上がるも、どうやらこの場だけで終わりそうだなあという気配も濃厚なのであった。
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