バレエの体験レッスンの日。
前髪をムースで固めておでこを出した我が息子をうっとりと見つめる私。
イケている! めっちゃイケている! 我が息子ながらなんて美男子なんだ!
鼻息荒く教室に向かった私たち。
教室に入ると一斉に視線が息子に注がれる。女の子ばかりの集団で男の子はとにかく目立つのだ。
愛先生(仮名)も夢先生(仮名)も、
「きゃあ~、Lくん(←息子)、来てくれたのね! やっぱ、美形だよね」
と黄色い声を出している。
さあ、息子よ。お行き。お前のその華麗な容姿と優雅な動作でリトル・バレリーナたちを陶酔させておいで。
3歳ぐらいの女の子たちが4人体験レッスンに加わっている。
2年前、娘も今回体験レッスンに来ている女の子たちのように小さくて、フリルのついたレオタードを着るのがうれしくて仕方がないという様子だったことを思い出す。あのころはスキップすらおぼつかなかったのに、今ではすっかり幼児クラスのお姉さん格だ。
「はい、みんなこっちに集まってきてください」
愛先生が声をかける。自分の子がちゃんとついていけるのか、体験レッスンの見学の親たちはヤキモキしながら我が子を見守っている。
「さあ、Lくん、行ってらっしゃい」
と息子を促すが、なんと息子は私の背中に張り付いていて離れないではないか。
「ちょっと何やってるの? 早く行きなさい」
「いやだ」
「なんで?」
「いやだから」
「おいっ!」
息子よりも小さな3歳ぐらいの女の子たちがきちんと前に出て、可愛らしくバレエの挨拶をして柔軟体操を始めても、ビクとも動かない息子。
「Lくんもこっちにおいでよ」
「そうだよ、楽しいよ。やってみようよ」
先生たちも声をかけてくれるが、頑なに拒否する息子。
しゃがんでいる私の背後に回りこんでしがみつき、顔すら上げようとしない息子を無理やり私の正面に立たせてみるが、ぐにゃぐにゃと絡み付いてきて離れようとしない。
「ちょっと、何やってるの!」
「いやだ。やらない!」
結局息子は私にしがみついたまま離れず、1時間まんじりともしない時間を過ごしたのだ。
こんなはずでは・・・。
これまで何人もの体験レッスンを見てきたが、こんなにひどい子は初めてだ。
ふつうどんな子でも一応は参加するものだ。その上でできなかったり、泣いちゃったりすることはあっても、ハナからすべてを放棄する子はいなかった。
しかもそれが我が子!
柔軟体操にもバーレッスンにもスキップの練習にも目をそむけ続け、ひたすら私にしがみつくだけの息子を脅してもすかしても何をしても効果なし。
いったいどういうことなの?
娘のときはその体が硬さに“ああ~ん、もうなんであんなにできないのっ!”と自分の体が超合金並みに硬いことを思いっきり棚に上げてモヤモヤしたものだったが、息子の場合は“出来るor出来ない”の問題ですらない。
ものすご~く気の毒な人を見るような視線が見学の保護者たちから投げかけられるのを感じる。
これではまるで嫌がる子どもを無理やりレッスンに強制的に連れてきた親みたいじゃないか!
まったくっ! なんて痛々しい展開だ!
愛先生たちのすがるような視線も目にしみる。
レッスン終了後。
「うちの息子、だめでしょうか(←かなり弱気)」
「お母さんっ! 男の子はこんなもんですっ! 3ヶ月はこんなんでも無理やりでいいんで連れてきてくださいっ!」
「無理やりですか!?」
「そうですっ! Lくんは何もしなくても、いてくれるだけでいいんですっ!」
いてくれるだけって。おいっ! それじゃあレッスン料払っている意味ないだろうっ!
「王子を! 王子を! バレエには王子が必要なんですっ! ぜひ、Lくんを王子さまにしてやってください。お母さんっ!」
ほとんど涙目の愛先生。まだ私の背後にしっかりとくっついている息子。
「マミィ、何か食べたいっ! お腹すいた!」
「何もやってないくせに、なんでお腹がすくんだっ!」
「お母さんっ! ぜひ来週もあきらめずにLくんを連れてきてくださいっ!」
「お腹すいたよぉ~!」
はあ~。
ええ、ええ。連れてきますとも。だってもう3か月分のレッスン料払っちゃってるんだからね。
前途多難な息子のバレエ生活だ。
これに関しては銀座の先生の予言が当たりそうな可能性大だ。
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