2010年8月31日火曜日

最後の追い込みなのだ

 一次抽選をことごとくハズし、あとは最難関T大附属T小の2次試験を残すのみとなった私たち親子。
 銀座の先生は姉弟揃ってG大附属T小に行くと言っていたが、すでにこの時点でハズしている。
 泰子(仮名)なんかは銀座の先生のところに3回も行っていて実際に娘の真美ちゃん(仮名)のO女大附属合格を当てられているので、
 「T大附属T小は間違いないはずだよ。学校名を先生は間違えただけなんだから、絶対に受かるはずだよ」
とずっと励ましてくれている。
 私もどこかでそれを信じている。
 先生は「記念でOK」だなんて言ってたけど、T大附属T小は記念なんかでは絶対に受からない小学校だ。

 それゆえ日に日にヒステリックに娘を追い立てる私。フルタイムで働いているのでどうしても勉強を始める時間自体遅くなってしまう。
 仕事をしながらも早く帰って娘と勉強したいと常に思う。この時期飲みの誘いなどは論外で、私は外で飲んでいる場合ではなく、早く帰ってお受験対策をせねばならぬのだ。

 ヒステリックに叱りつければ叱りつけるほど、萎縮する娘。その様子を見て「いいかげんにしろ!」と怒鳴る夫。
 その夫に対して「邪魔しないでよ!」と怒鳴り返す私。
 その様子を見て心を痛めているらしい娘。
 もうずっとそんな調子で我が家の疲労はピークに達し、常にギスギスした空気に包まれている。
 そんな中でも唯一我関せずと知らん顔をしているのが、マイペースが信条の息子だけだ。

 娘に解けない問題が出るたびに、どうしてできないんだとくやしくも腹立たしくも焦りも感じ、つい手が出てしまったり、悲しくなって親子で泣いたり。
 もちろんあざができるほど強くは叩いたりするわけではないけど、手が出るたびにこれはもしかしていわゆる「虐待」なのではないかと我ながらぞっとする。

 「虐待」
 言葉にするのも恐ろしい。
 こんなのはしつけでも教育でもなんでもない。自分でもちゃんとわかっている。
 私は感情的に怒っているだけなのだ。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 オカンがよく私に言う。
 「A(←うちの娘)はあんたが子どものときより何億倍も優秀だよ」
と。
 もちろんわかっている。
 私の6歳のころ(←ほとんど記憶にない)、もしお受験勉強をさせられていたら絶対にもっとできなかったに違いないのは間違いないのだ。

 それでも娘ができないと、どうしてできないのか責めてしまう。
 毎日夫とのケンカに疲れて、娘にも叱り疲れて、何よりもそんな自分を持て余してしまう。
 何かが絶対に空回りしている。
 家族の平和な団欒をぶち壊してまでも、こんなに追い詰められなくてはいけないんだろうか。
 自分以外の他者を努力させるのは難しい。娘とはいえ自分とは別人格なのだから。
 お受験はつらい。よっぽど自分の受験のときのほうが楽だった。
 だってがんばるのは自分だけでよかったんだから。
 
 もうお受験はいやだ。
 もし娘が公立小学校しか行けなかったら、もう息子にはハナッからお受験はあきらめてもらおう。
 こんな思いをするのは二度とごめんだ。

 私に叱られて泣きながらでも、一生懸命ちぎりの練習をする娘。最初にちぎりの判定でCをもらってから必死の練習で今ではA判定をもらうまでに至っている。
 本来娘は努力家で賢い子なんだけど、私が短気を起こしてすぐに怒るからしょんぼりしている。
 私が母親でなければこの子はもっと伸びたのではないかとまた自己嫌悪に陥り、悲しくなる。

 もし銀座の先生から「絶対に国立小に受かる」なんて言われていなければ、私たちは今頃どうしていたんだろう?
 きっとこんなにバカみたいにあわててお受験準備をすることなく、のんびり構えていただろう。
 当たるも八卦、当たらぬも八卦っていうけど、盲目的に信じて娘と家族を巻き込んで毎日修羅場のような日々を過ごすはめになったのは、全部私のせいだ。

 T大附属T小の2次試験まであと1週間ほど。
 早くこんな日々から解放されたい。
 

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