さて話を立川に戻そう。去年は立川のストリート・フラメンコに誘われてはいたものの日程が合わず、私は参加を見送った。
けど今年はゴールデンウィーク前半は東京にいることになったので、思い切ってストリートで踊ってみることにした。
同じアホなら踊らな損々である。
そして当日。立川駅でみんなと待ち合わせると、どうやらそれらしき人々があっちこっちでたむろしている。
そもそも立川に足を踏み入れたことがかつてなかったのだが、駅近くはショッピングセンターがあったり、デパートがあったり、大きな商店街があったりと結構栄えている。
すでにおもな会場となるすずらん通りという通りにはスペインの国旗が飾られていて、フラメンコギターがBGMに流れている。
担当の人に、商店街の中にある会議室のような場所に案内される。そこが楽屋になっていて、着替えたりメイクをする場所になっていた。
私は夫と娘、息子を伴っていたのだが、どう考えても夫はその中には入れそうもなかったので、じゃあ子供たちを連れてその辺をふらついてくるよと、私に背を向けて去って行った。
夫の丸く姿勢の悪い背中を眺めながらためいきをつく。私は夫と2日前に大喧嘩をしでかし、冷戦中だ。
ええい、忌々しい!
我らがメンコメンバー(フラメンコの略ね)は、長谷川さん、早川さん、当山さん、佐藤さん、相沢さん、けいちゃん、そしてキャプテンの高橋さんと私の8人。
全員踊るアホウである。
私たちはおにぎりやらお菓子やらを頬張りつつ、めいめい派手な衣装に着替え、メイクに余念がない。
私の顔もいじっているうちにエスカレートして、もう立派なラテン系おばさんの完成である。
私は自慢じゃないが運動神経はしょぼいが、顔だけはタバスコを煮詰めたように濃いアロマの漂うけばい女である。
見た目だけなら上級者どころか、来日中のフラメンコ・ダンサーだと言い張ったら、オレオレ詐欺に引っ掛かる老人ぐらいならだまくらかせそうだ。
その天然のなんちゃってラテン顔に和田アキ子もびっくりのつけまつげである。もうどうとでもしてくれだ。
そして衣装は先日ゲットしたばかりのフラメンコ以外にまったく応用がきかなさそうなけばいドレス。
けばい顔にけばいドレス。いったいどうなるのだ、私?
それぞれ着替え終わると、もちろん衣装とメイクの品評会だ。それがすむと写真撮影開始!
年齢も職業も立場も異なる女たちが乙女心を炸裂させて着飾り、己の存在を誇示するのだ。
「きゃー、当山さんのボレロ、私と色違い!」
「長谷川さんの、髪飾りかわいい~!」
「佐藤さん、ほそーい! そんなドレスがなんで入るの?」
「早川さんの衣装、キラキラだわ~」
黄色い声できゃあきゃあうるさい私たち。楽しいわ~。
見渡すとそんな乙女たちがもりだくさん。なんとストリート・セビジャーナスだけでも400人のフラメンコ・ダンサーが集まるという。
通りのフラメンコ・ギターの調べも音量が大きくなってきた。すずらん通りは人、人、人で、歩行者天国になった車道には400人のダンサーたち(私たちも含む)、歩道側にはカメラやらビデオやらを抱えたおじさん、おにいさんたち多数。
きっと家族が踊るから見にきた人たちも多いんだろうけど、中には純粋にフラメンコの雰囲気を味わいにきた男の人たちも多かったのだろう。ガンガンとフラッシュを焚かれ、気分はパパラッチに追いまわれさるセレブだ。
歩行者天国になっている通りの一番先のちょうどスペインの国旗が垂れ下がっているあたりに、ステージが設置されていてそこでフラメンコ・ギターとカンテ(歌)の人が生演奏をして、このイベントを主催している立川フラメンコの面々とプロ・フラメンコダンサー堀江朋子さんが踊りを披露してくれている。
空は雲ひとつない青空のもと、年季の入った踊りを老若男女問わず楽しむ。どんな踊りでも理屈じゃなくって、訓練され鍛え抜かれた動きを見るのはものすごくワクワクする。
ステージの上で踊っている立川フラメンコの皆さんの動きは、2年ほどフラメンコを齧っているだけの私が見て足のステップがどうのこうのだとか、腕の動きがどうこうというのを参考にさせていただけるレベルではなく、ただだたあほうのようにきれいだなあとか、迫力あるよなあと見惚れるばかりである。
そしていよいよストリート・セビジャーナスの時間だ。なんとなく踊りながら行進するとばかり思い込んでいたが、人数が多すぎて行進するどころか、踊る場所が決められていて同じ場所でずっと踊り続けなければいけない。
私たちが割り当てられた場所は、牛丼の松屋だとかアイフルだとかの看板がデカデカと目立つ生活感あふれたエリアだった。
それでも色とりどりの衣装を身にまとった400人(きっともっといたと思うけど)のフラメンコ・ダンサーのたたずまいは、ここは立川の商店街だということを忘れさせてくれるに足る非日常的な華やかさに充ち溢れている。
思わず三輪明宏が著書で美意識の欠けた日本の街角、たとえば渋谷みたいなところでも歩いている人たちの衣装が美しければ街並みも違って見えると言っていたことを思い出してしまう。
美しくない看板の目立つ美しくない街角で、三輪いわく商業主義に侵されたユニセックスなダークカラーのファッションに身を包んだ男女を配置すると、すべてがより薄汚れて見えてしまう。
色とりどりの衣装を着た人々を見るにつけて、もし私が独裁者だったら葬式以外の黒禁止!、女性のズボン禁止、男女共Tシャツ禁止、とにかくカジュアル禁止などなどとお達しを出したいほど、歩いている人の衣装一つで本当に街並みも変わってしまうと思う。
美しくなければファッションにあらずだ。
生のフラメンコ・ギターとカンテによるセビジャーナスの演奏が始まる。それに合わせて私たちも踊る。
歩道には夫と娘、息子がレジャーシートを敷いて陣取っている。息子が私の顔を見て、
「こわいよお~!」
と怯えている。うーん、ちいと調子に乗ってあれこれ塗りたくりすぎたようだ。
デジカメやらビデオやら携帯の写メールやら手を替え品を替え、私たちを撮りまくっている夫。
娘はきれいな衣装を眺めてはうっとりしている。うーん、お主、やっぱり女やのう。
いざ踊りが始まると、狭いやら靴がいつものシューズではないことやらで何がなんやらわけがわからなくなっている。
教室によって同じセビジャーナスでも振付がずいぶん違うらしく、私たちの後ろにいたチームのセビジャーナスは曲が始まると同時にいきなり踊り出してしまうので、出だしが違う私たちにとっては勝手が違い、つられないように気をつけなければいけない。
あっちこっちの人とゴツンゴツンとぶつかりながら、休憩も挟みつつ、おおよそ10回ほどセビジャーナスを踊って、私たちの出番は終了。
この日は気温も高く4月なのに真夏日だったが、私たちが踊る場所はちょうど日陰でよかった。
踊るあほうと化した私たちはとにかく踊り狂い、存分に楽しんだのであった。いい汗かいた。
あとはビールを飲むのみだ。
当日打ち上げの幹事を仰せつかった私と当山さんは、できたばかりの池袋のスペイン風バルGを予約。
自慢じゃないが私は池袋のスパニッシュ・レストランは全部行っている。
スパニッシュ・レストランおよびバルはどこも味はいけているんだけど、惜しむらくは値段だ。どこもお高めなのでちょくちょくは行けない。
ところがGは本格的な味で値段は他店と比べて半額以下。
踊り狂いアドレナリンが大放出している私たちはとにかく食べる、飲む。そしてしゃべる。
冷戦状態(今は違いますよ)の夫も子どもたちを引き連れてきて、全員でポーズを決めた写真をすでに人数分プリントアウトして持ってきて、さっそく「相変わらずいいダンナさまよねえ」と人々の称賛を浴びている。
スペイン風スパークリングワイン・カヴァのボトルを次々と豪快に開け、大騒ぎする私たちは間違いなく人生を謳歌している。
ああ~、楽しかった!
よーし、来年も踊り狂うぞ!
来年の4月29日にもし暇をしている人がいるのなら、立川に行ってみるのもいいと思う。
そこにはラテン気質溢れる踊るあほうどもがたくさんいるから。
なんて立川の商店街のまわし者のようなことを書いてしまったが、こういった町おこしは大賛成だ。
こんな楽しいことが全国規模で広まってくれることを切に願う。
0 件のコメント:
コメントを投稿