2010年4月24日土曜日

恵一くんの変貌②

なんと自営業を営むご主人と店舗兼自宅の一戸建てを購入したのだが、不況の煽りで収入が激減し、ローンが払えなくなってしまったのだという。
何度か遊びに行ったことがあるという保美さんは、
「でもあの家は立地がいいから、いい値段で売れるよ」
と太鼓判を押している。
「じゃあ引っ越すの?」
「近くで安い賃貸が借りられればいいんだけど。保育園もあと半年だけだから今のところを卒園させてあげたいし」
とため息をつく千鶴さん。気のせいか白髪が目立ってきているような。きっと気苦労が多いんだろうな。

「だから小学校も引っ越し先次第だから、どこになるのかわからないんだよね」
「もう来年みんな小学生なんだね~」
「あっという間だねえ~」
「AちゃんはやっぱりM小学校なの?」
と奈美子さん。そう、恵一くんと娘は学区が同じなので、ふつうに区立に行けば同じ小学校に入ることになる。

「限りなくM小だけど、一応クジ引きする(←=国立受験)つもり」
「ほんと? うちもクジ引くよ。美央さん、どっか塾行かせてる?」
気のせいか奈美子さんの目が爛々と輝き始める。
「いや、もうぶっつけ本番。実は超当たるという評判の占い師の先生に国立受かるって言われてさ。しかも記念でいいって言われたから、何も準備してないんだ~」
「へえ~(←あきらかにアホを見る目つき)。どこ受かるって言われたの?(←とりあえず聞いてやったって感じ)」
「G大附属T小だって」
「今週の土曜日クジだもんね。うちも受けるよ。美央さんのところはここだけ?」
「一応、4校全部受けるけど」
「うちはあとT大附属T小だけ。こっちが本命なのよね。O小は遠いし、O女は途中から女子校になっちゃうし、G大附属T小は確率が低いから、ペーパーで勝負のT大附属T小でがんばらないとね」
そう前にも書いたがT大附属T小の場合、絶対に記念では受からない。ここを狙う親たちは2年以上塾通いをさせて、準備するのだ。

店内は空いていて貸切状態のようになっていることもあって、子供たちは走り回ったりふざけて遊んでいる。
ただ恵一くんを除いて。
彼はきちんとテーブルに座り、ニコニコしながら大人たちの会話を聞いている。

「奈美子さん、恵一くんを塾に通わせてるでしょ!」
「うん、年中から行ってるよ」
なんでそんなこと聞くんだという表情を浮かべる奈美子さん。
「Wでしょ!」
「うわぁ、美央さん、正解。なんでわかったの?」

Wというのは国立にめっぽう強いといわれている大手のお受験塾で、学校説明会等で業者が配る広告などにも必ず入っている。
東京の国立小学校のうち4校が池袋駅をターミナルにしていることもあってか、Wの本部は池袋駅の西口にある。
さっちゃん(仮名)や由美子さん(仮名)が通わせているS会ほど月謝は高額ではないが、それでも月に軽く3万円は超えるだろう。
それを年中から通わせるとなるとかなりな出費になるだろう。

「それなのに抽選で落ちたらバカみたいだけどね」
と微笑む奈美子さん。
そうだよなあ~。私もそれがあるから塾通いって、踏み切れないんだよなあ~。

それにしてもそれだけ不確実なものにお金がかけられる人がいる一方で、せっかく手に入れたマイホームを競売にかけられてしまう人もいる。
つくづく世の中は格差社会だ。

 「もしかして恵一くん、すっごく落ち着いたのはWのおかげ?」
 「うん。そうかもね。試験を受ける態度とか、行動観察とかもやってくれてるから」
 「それはすごい!」
 「けど相変わらず幼稚園ではお友だちを殴ってるみたいよ」

 しかし目の前におとなしく座っている恵一くんと、以前の凶暴な恵一くんはまるで別人のようだ。
 お受験塾、恐るべし。子どもをここまで劇的に変えてしまうとは・・・。

 娘はともかく、気まぐれな息子もWに入れるとしっかりしてくれるのかしら?
 家に帰って夫に恵一くんの話をして、ついでに息子もWに入れてみる?と提案してみると、首を横に振り、
「でもじっと座っておとなしくしているなんてL(息子)らしくないよ。そんなの不自然だよ」
といかにもなコメントをする夫。

 さしずめ「時計じかけのオレンジ」の“ルドヴィコ療法”でも思い出したのだろう。
 かくいう私も恵一くんと、映画のラストで回復し以前の邪悪な顔を再び見せるマルコム・マクダウェル演じるアレックスの姿がなんとなくダブったのであった。

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