しかし物事はそんなにうまくいくわけではなく、私が作ったCDも鈴木さんの作ったCDもまったく売れなかった。
結局1年経って、私たちのプロジェクトは芽が出そうもないと判断された。
それもあって、そのときいっしょに組んでいた外部のスタッフからこっぴどい裏切られ方をした。私と組んでもそれ以上いいことはないと思ったのだろう。
部長宛に私を中傷する手紙を送っていたのだ。部長から呼び出され、「読んでみろ」と言われその手紙に目を通したとき、あまりにひどい内容で頭にカァーっと血が上った。私を貶めるのと同時に自分のアピールもしていて、言うに事欠いてか本当はドラムンベースも好きなのでそちらのチームに入れてほしいと手紙には書いてあったのだ。
部長は「お前、もうちょっと人を見る目を養えよ。コイツは最低なヤツだな。まあ今後いっさい出入り禁だな」と言った。ついでに「俺はクリエイティブなことはわからないけど、人を見る目はあるんだよ。コイツがダメなヤツでお前が騙されているのはわかってたけど、代わりに好きなことができたんだ。それで十分だろ?」と付け加えた。
部長が手紙の内容を鵜呑みにせずキッパリとした態度をとってくれたことはありがたかったが、私はモロッコ音楽を騙されて作ったわけでもないし、作ったものには誇りがあった。好きなことをしたから裏切られても仕方がないとはどうしても思えなかったし、何よりその外部スタッフの品性の卑しさに吐き気を催した。
その日の夜、珍しく近田さんが「飲みに行こうぜ」と声をかけてきた。親衛隊の若者のうちふたりがいっしょについてきた。
「よお。手紙読んだぜ。まったく最低な野郎だな。安心しろ。ドラムンベース・チームは1000%ありえないから。しかしお前は本当にバカだなあ。あんな業界ゴロなんかと組むぐらいだったら、俺たちと組んでりゃよかったんだ。しかもお前は社員なんだ。なんだかんだ言ってほっとけないんだよ」
飲みながら近田さんがしみじみと言った。
「けどお前は根性あるよ。実は桜井さんと見所のあるヤツだってお前のことずっと評価してたんだぜ。売れなかったけど作ったCDだってカッコよかったし、何より俺たちの誘いを蹴ったヤツなんて今までいなかったんだから、それだけでも大したもんだよ」
そう言われてしまうとあとは涙腺が緩むのに任せるしかなかった。それまで孤独な戦い方をしていると思っていたから、まさかそんなに優しい言葉をかけてもらえるとは思っていなかった。
「泣くなよ。バカ。だからお前はバカなんだよ」
そのあとみんなで近田さんの行きつけのストリップバーに繰り出した。お前が払っておけと10万円近い領収書を切らされた。
その前の店ではなんだかでたらめにドンペリをガンガン開けて、近田さんがやはり10万円以上の領収書を切っていた。
「なんだよ。清永を慰めるためになんで俺がこんな大金払ってるんだよっ! 次はお前払えよ」と連れて行かれたのがストリップバーだったわけだ。トホホ。
私たちはベロベロに酔っ払って、なぜか近田さんといっしょにタクシーで明け方、私の部屋まで帰ってきていた。
部屋に入って、「なんで近田さんがうちにいるの?」と聞くと、「バカ。お前が送れってうるさかったからだろ」と近田さんは言い、うちにある壁一面のCDを眺めていた。
「ふう~ん。こういうのがお前の趣味なんだ」とひとしきりCDのラベルをチェックし終わると、「お前、俺とやる気あるの?」と突然、真顔で聞いた。
「何言ってんの。あるわけないじゃん」と笑うと、「そうか。じゃあ、ここいてもしょうがねえから、帰るわ」と背中を向け振り返ることもせず、部屋から出ていった。
なんなの? なんなの? いったいなんなの? 意味不明!と思ったが、眠気には勝てず、私はそのまましばらく爆睡した。
そして翌日、社内では私に関する噂があっちこっちに駆け巡っていた。
「昨夜、清永が麻布のストリップバーで黒人に×××した!」
というので、もちろん発信源は近田さん。次から次へと噂好きの社員たちが私たちのオフィスに来て、「おい、清永、聞いたぞ。お前、マジかよ?」と好奇心むき出しに聞いてくる。
「なわけないじゃないですか! まったくぅ! ちょっと近田さん、ちゃんと私の無実を晴らしてくださいよ!」と近田さんに詰め寄ると、
「バカ。おもしろいからそのままにしておけよ。この会社はこういう話大好きなんだからよ。お前の株も上がるぞ。変な業界ゴロに怪文書送られてしょげてる場合じゃないからな。サービスでもっと広めとくよ」
と楽しそうに笑った。
確かに前の会社はクリエイティブ系な人間は男女問わず、遊んでいる豪快なイメージがあるほうが当時リスペクトされた。スタッフに裏切られて落ち込んでいるという話より、近田さんが広めてくれた噂のほうが遥かに人にプラスのイメージを与えられた。今から思うと変な職場だが、業界人とはかくあるべしというステレオタイプが横行していたのだ。
その後すぐ、私に人事異動があり、そして会社も辞めた。近田さんとはそれっきりだった。
もう12年以上前の話だ。
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