「美央さん、今どこにいるの? 結果はどうだったの?」
耳元でやけにデカい泰子(仮名)の声が響いてくる。
「結果はバツ。今、本屋さん出たところ」
「ええ~っ! マジ!? おかしいね、それ。じゃあ、そこまで行くからさ、そこで待っててよ。これからお茶しよう!」
ということできっかり5分後に電動自転車で書店までやってきた泰子。
そこから近くにあるカフェに入る。そこはオシャレ系カフェとしてよく雑誌で紹介されるカフェで、北欧調のインテリアでポップなアートに囲まれている。個人的には北欧のインテリアもポップ系アートも趣味ではないので、気に入っているわけではないが、他にゆっくり話ができそうなところも思い浮かばなかった。
「あたし、ケーキ頼んでもいいかな。美央さん、すっごく疲れた顔してるよ。だいじょうぶ? ビールにしておく?」
ケーキを頬張る泰子を尻目に「やってられるかっ! こらぁ~!」状態で昼下がりのビールをガンガン飲んでる私。
「でもさ、美央さん、ちゃんと番号本当に確かめた?」
この期に及んでもG大附属T小の抽選に落ちたことが信じられないとブツブツ言う泰子。
「抽選は絶対にだいじょうぶだと思ったんだけどなあ。でもあの銀座の先生、はずすんだ。びっくりだよ」
そう、泰子はまた最近銀座の先生のところに行ってきて、家を建てる予定の土地の写真を持って風水を診てもらったところだった。
「だから1ケタ台を取らないとダメなんだよ、抽選って。まあでも国立4校受けるとそのうち絶対に1校は抽選通るから。来週は(G大附属)O小の一次抽選だよね?」
「そうだけど、あそこは遠いからなあ。考えちゃうな」
「そんなの、受かってから考えなよ!」
「まあそうだけど・・・」
「まあこうなったら、本格的に受験勉強するしかないね。買ったテキスト見せてよ」
ということでテーブルの上に買ったばかりのテキストを広げる。そういえばまだ何を買った(というより買わされた)か、確認していなかった。
「ふむふむ、“折り重ね図形”、“回転図形”、“図形の重なり”、“点図形”、“重ね図形”、“図形の分割”・・それと学校別過去問かあ。まあ妥当だね。他に“季節と行事”とか、“ものの名前”とか“生活常識”とか“ルールとマナー”なんてものもあるけど、こういったものはやらなくてもできるからね。Aちゃん(←うちの娘)みたいに本の好きな子にとっては、楽勝だよ。そうそう、(T大附属)T小は季節の花とかよく出るらしいからそれは押さえておいたほうがいいね」
ペラペラとテキストをめくりながら、さすがはお受験猛者ぶりを発揮する泰子。
「うーん、やっぱり全然、難易度が違うよね」と言いながら、T大附属T小とG大附属O小の過去問を見比べている泰子。
「そうなんだ?」
「ほら、見てみなよ。“お話の記憶”ひとつとったって、まず長さが全然違うよ」
“お話の記憶”とはカセットでお話を聞かせ、そのあとの設問に答えるというもの。
「ほう~、どれどれ・・・うわっ! 何これっ!!!」
「でしょ?」
恐るべしT大附属T小。去年のお話の記憶の問題がAグループではなんとG大附属O小の10倍ぐらいの長さなのだ!
こんなの、読んだ先から忘れるよ。
小学校受験では、子どもはまだ“字が読めない”という前提で問題が作られている。実際は字の読めない子なんて年長の時点ではほとんどいないし、ましてや受験するような家の子どもが字も習っていないなんてありえない。
それでも文字を習うのは小学校になってからという建前になっているために、問題も記憶力を問うものや図形問題など、かえって難しいものになっているのだ。
「これ、やばいよ。私解けないかも」
「そうだね。私も無理かも」
顔を見合わせる私たち。マジで難しい。あの~、私、一応大学出てるんですけどぉ~。
あ~あ、気が重いよ。こんなのこれから毎日やるの? 勘弁してよ。それもこれもG大附属T小の抽選にはずれるからじゃん。はあ~、気が滅入る。
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