2010年5月20日木曜日

由美子さん(仮名)の渇っ!

 「あと2ヶ月ある」と呟く由美子さん。
 「何それ?」
 「(T大附属)T小の2次試験よ」
 「そんなの無理に決まってるじゃん!!(T大附属)T小なんて難関中の難関で死ぬほど難しいんでしょ!? ここの受験のために年少のころから塾通いして準備する人も多いっていうじゃない!」
 
 由美子さん自身、ここが第一希望で娘の雪美ちゃん(仮名)に塾通いのために多額のお金をかけ、毎日マクドナルドの夕食に耐え、11時まで勉強しているというのだ。
 そんな子どもたちとあと2ヶ月でどう張り合えというのだ?

 「美央さんも知っての通り、(T大附属)T小の抽選の倍率は約50%。(G大附属)T小よりも2次に進む確率が高いのはわかってるよね? だったら運なんてものに左右されずに実力を発揮しやすいからある意味ではフェアーなんだよ。あと(G大附属)O小だって一次は半分以上通るっていうから可能性もあるし」
 「でも試験でだめだもん。うちなんて」

 「何言ってるの! もっとAちゃん(←うちの娘)を信じてあげなさいよ。あのね、今日から始めればまだ間に合うの! でも今日から始めないともう手遅れなんだよ。どうするの? 今日から始めるの? それとも手遅れになってもいいの? 言っておくけどどっちも一時抽選が通ってから考えればいいなんてのは甘いからね。それじゃあ手遅れだから。やるなら今日からだよ」
 「でも抽選で落ちたら無駄じゃん」
 「お受験勉強に無駄はないの! 仮に抽選で落ちて試験を受けるまでに至らなくても、お受験で身につけた力は必ずその後、子どもの役に立つんだから!」

 すごい。
由美子さんの全身から湯気が立っている。この人ってこんなキャラだったっけ?
 「孟母三遷」なんてことわざを思い出してしまう。まさにこのことわざを地でいってるよなあ。

 「勉強っていってもどっから手をつけていいかわからないよ」
 「そうだね。時間が限られてるからね。効率的にやっていくしかないんだけど、お受験問題っていうのはね、勉強しなくてもある程度できるものと、やらないと絶対にできないものに大別できるんだよ。だからやらないと絶対にできないものを集中してやって、なおかつ出題頻度の高いものに絞らないとね」
 由美子さんの顔は超真剣だ。

 「やらないと絶対にできないものって何よ?」
 「たとえば点図形とかね、回転図形とか、折り重ね図形とか」
 「何それ?」
 「こういったものは訓練が必要なの。テキストもちゃんと売ってるから、このあと本屋さんに行って、買おう!」
 「え? このあと?」
 「落ち込んでる時間はないっ! 今日からやるのっ! 私が全部やるべきテキストを選んであげるから!」

 す、すごい・・・。由美子さんの迫力にタジタジな私。
 「う~ん。じゃあ、選んでもらっちゃおうかなぁ・・・」
と気弱に答えたあとに、唖然と立ち尽くしているタケルに目を向けると、
 「う、うちはいいっす・・・。子どもより親が無理っす・・・」
と私以上に気弱な態度だ。

 そうこうしているうちにバスは終点で停まる。近くに巨大書店があるので、その前でタケルとは別れ、由美子さんに連れられてお受験テキスト売り場まで行く。
 この書店はうちからもわりと近いのでよく利用しているのだが、このコーナーには初めて立ち寄った。
 小学校受験のテキストだけでもこんなにいっぱい出版されているのかと、まずはビックリだ。
 もうタイトルを見ただけでは何がなんだかわからない。これだけでも一大市場だと思う。

 由美子さんはタイトルを一瞥しただけで、ガンガンテキストを選んでいく。
 おいおい、どんだけ買わすんだよっ!
 「うちは通ってるからSG会のテキストも使ってるんだけど、R会のテキストも使い勝手がいいんだよ。まずはこの“ばっちりくんドリル”の基本から始めて、応用もやることだね。あとは当然(T大附属)T小と(G大附属)O小の過去問は必須だし・・・」
と言いながら由美子さんの両手にはすでに抱えきれないほどのテキストが!

 「ちょっと、ちょっとそんなに買ったってやりきれないよぉ!」と途方に暮れる私に、
 「甘いっ! お受験をなんだと思ってるんだぁ! よし、じゃあ今日のところは基本だけで勘弁してやるが、本当は応用まで行かないと意味ないからねっ!」
 「マジ!?」
 由美子さん、怖すぎ。目が据わってるよ! 絶対にキャラ、豹変してるって! あのおっとりとした優しい由美子さんはどこに行ったの? おーい! カムバック!

 「はい。これ全部買う!」と手渡されたテキストの重いこと重いこと。
 「このドリルは全ページ、最低でも3枚ずつコピーとってね」
 「え!? すごい量になっちゃうじゃんっ! なんのために?」
 「3回は少なくてもやらないと身につかないからだよっ!」
 マジですか! はあ~。

 「お会計は合計1万2500円になります」
 嘘! テキスト&ドリルで1万円超! とんだ出費だわ。
 「これだけじゃ、もちろん足りないからね。今日買ったのはあくまでも最低限の基本だから。1ヶ月でこれ全部3回以上はやりきって、2ヶ月目で応用に移ってそれでなんとかギリギリだから」
 「応用ももちろん最低3回だよね?」
 「当然! あと模擬も受けておかないとね。ねえ、美央さん、どうせやるなら後悔しないようにベストを尽くさなきゃ」
 最後に由美子さんは私の手を握る。あの~、テキストで荷物重いんですけど・・。

 由美子さんと別れたあと、重いテキストを持ちため息をついていると、携帯電話が鳴った。相手は泰子(仮名)だった。

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