乾杯のあと、私と早紀ちゃん(仮名)は今、それぞれ何をやっているのかという話になり、そこから今の英語産業の話、教育の話、公教育における英語必修化などの話の流れになっていった。
そこで具体的に業界の売上の推移やその理由などを説明すると、志木さん(仮名)が、「清永、お前、変わったなあ~。そんなマーケティング的な話ができるようになったとは。さすがに転職すると違うなあ~」
と冗談だも本気だともつかない口調で感心してみせる。
「なぜそんな数字的な裏づけをモロッコ音楽とか作ってるときにできなかった?って言いたいんでしょ?」
とちょっと拗ねた口調で言うと、有岡さん(仮名)なんかは大ウケして爆笑してる。
そのあと早紀ちゃんがまた例によって細かい教材の話とか始めて、みんなの頭に?マークがいっぱい浮かび始めたのを見て、
「とにかくね、私も早紀ちゃんも根がエンターテイメント系だから、そちらに寄ったことがしたいんだけど、きっと組むならすでにダンスやタレントスクールを持っているA社に話を持ちかけるのが早いに決まっていても、どうしてもS社が好きでどうせやるならS社でってことで、一致してるの。それで何ができるのかってことをふたりで一生懸命考えて、それで思いついたのが、“ひとりでも多くの石川遼くんを育てる”ってことだったんだよね」
と一気にまくしたてると、「石川遼?」と志木さんが怪訝な顔をし、
「要は世界に通用するアーティストを育てたいってこと。それはレコード会社ならではの新規事業だと思う。今、CDとかって売れないわけだし、何か他のことを考えないといけない時期でしょ?」
という私の言葉に真っ先に反応したのは、有岡さんで、
「まったく清永の言う通りでさ、なんかやんないといけないわけよ。うちもA社に抜かれてさ、このままじゃジリ貧なんだから。しかも話もおもしろそうだし、いいと思うよ」
と昔から変わらぬ業界人らしい軽いノリで言う。
「実はね、私、今ダンサーたちと関わっていて、あの子たちってすごく上手くても国内じゃ、ゴールがないんですよね。たとえば歌の上手い子ならプロになってCDデビューしか、スタイルのいい子ならモデルになるとかっていう道筋があるのに、ヒップポップなんかのストリート系のダンスを踊っているような子たちっていうのは、行き場がないから。だから今、その話を聞いて、そんな子たちにも活躍できる場があるんじゃないかって気がしてきましたよ」
と田町(仮名)がダンサーたちの例を挙げて、今のダンスシーンの話をいろいろと教えてくれる。
「目指すは世界か。おもしろいよな。これ絶対にいいと思うよ」
と志木さんもうれしそうに言い、トオル(仮名)も、
「元々、僕もうちの会社が幼稚園とかやったらオモロイんちゃうかって、有岡さんにも話してたんですよ。僕もぜひ一枚この話に噛ませてください」
とのんびりとした関西弁で言った。
「よし、じゃあ、このメンバーでいろいろと考えることにするか。トオルは俺の右腕だから、話はトオルにしてくれれば、バッチリだから」
と有岡さんが言い、志木さんと田町は途中で帰ってしまったが、あとのメンバーで次の店に行くことにした。
80年代風テイスト溢れるパブで、有岡さんがキープしているスコッチのボトルを出してもらい、水割りを飲みながら、話はさっきから変わり、今のS社のことになった。
有岡さんやトオルが言うには、私や早紀ちゃんがいた頃の会社とは大きく変わってしまい、今では自由でオープンでみんなイケイケだった社風はすっかり影を潜め、ことなかれ主義、前例主義が幅をきかせ、すっかりみんな萎縮してしまい、社内に充満する閉塞感がすごいのだという。
それは前にまだS社に残っている三原(仮名)や森重さん(仮名)からも聞いていたので、初めて聞く話ではないけど、みんなが揃って同じことを言うということは、心底、S社は私たちがいた頃から変わってしまったんだろう。
「だから今日さ、久しぶりにお前たちと飲んで、会社の愚痴以外の話を飲んでる席でするのは何年かぶりだったんだよ。昔は飲んでは、あんなこともできる、こんなこともできるって、おもしろいクリエイティブな話ばかりみんなしてたのに、いつのまにか、社内でそういう話をするヤツがいなくなっていって、みんな社内政治ばかり嬉々と語るようになってさ。だからうれしかったよ。ほんと、なんとかしたいよな。この話。トオルもさ、そう思うだろ?」
「ほんまですよ。僕もいろいろと考えさせてもらいます」
とまあこんな具合に、いい感じでこの日の話は終了したのである。
そしてあることに気づいた。
2010年の4月から、「先生」と呼ばれる仕事をするようになる。
会話の多い仕事で大勢の人たちと仕事をしているのが見える。
クリエイティブな仕事と並んで、銀座の先生から私が始めると言われていた仕事だ。
もしかしたら、「先生」と呼ばれる仕事はこのプロジェクトのことなんだろうか?
もしそうだとしたら・・・・。
真夏日なのに、何かあまりにも話ができすぎているような気がしてゾクリと背筋に冷たい汗を掻いたのであった。
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