2009年3月29日日曜日

新しい部署では

異動してから覚えることがたくさんあって、最初のうちは右往左往していたが、徐々に慣れ、落ち着いたころにはヒマになってきた。
 鋼鉄の女はさすがに厳しいが、年齢のせいか一時のころを思えば相当丸くなっているらしい。これで丸いんだったら、全盛期はどうだったんだろう。
 さすが伝説の女。
 ところが異動して2ヶ月ほど経ち、季節もすっかりさわやかな秋真っ盛りのころに異変があった。
 以前から女性上司のご主人の具合がよくないとは聞いていたが、ここにきて急変。彼女が自宅でご主人の面倒を看ながら、会社には午前中または午後だけしか来ないという日々が始まったのだ。場合によっては1日休む。
 ということはあまりやることがないときに、私とHANAちゃんだけ。おっかない上司がいない。それって結構フリーダム?
 仕事もよくよくやってみるともちろん加齢臭がいたときのセクションに比べるとベターに決まっているのだが、私がクリエイティビティを発揮できる場所でもなく、社会的な意義な大いにある仕事ではあるが、私個人としては「うーむ」という感じだった。
 これも先生の言うとおりだ。
「異動したって、あなたにとって特におもしろい仕事ではなく、今よりずっとヒマになるわよ」
うん。そうだよ。当たってるよ。だってすごーくヒマだよ。
「でもいいんですよ。忙しいと次のことをする準備もできなくなっちゃうし、仕事に対するおもしろみはフリーになった時に存分に味わえばいいんだから」
 そうか。この余ったエネルギーで何かしたほうがいいということなのか。
そこでボチボチ書き始めていた自作の小説に思いを馳せる。

2009年3月28日土曜日

HANAちゃん

 新しい部署にはHANAちゃんという派遣のアシスタントの若い女性がいた。
以前レコード会社にいた私と歌を歌っているHANAちゃんは年が一回り以上も違う(ギャフン!)が、すぐに意気投合。
なんと家もめっちゃ近く、たまに彼女が家にごはんを食べに来て、うちの子どもたちの相手をしてくれるようになる。うちの子どもたちもすぐに彼女になついて、彼女がうちに来てくれると「わーい! HANAちゃんが来た!」と大騒ぎ。
しかも彼女は関西人なので、すっかり関西弁を話さなくなった昨今の私にとって、「思う存分関西弁でくっちゃべりたい!」欲求を満たしてくれる貴重な人材でもあった。
そんな彼女になんかの拍子で銀座の先生の話をする。
「えー! 何それぇ~。めっちゃいいじゃないですか! 私も行きたいワ。でも2万は高いな。けど私も音楽のこととか診てもらいたいワ!」
「紹介制やからなあ。よかったら紹介するで」
「ホンマですか? それはええけど、まあ行く時はお願いしますワ」
といいつつ、あれから1年半。まだ彼女から紹介をお願いされたことはない。

2009年3月27日金曜日

鋼鉄の女

異動先の上司は女性だった。その女性は社内の超有名人で、ずっと違う事業部にいた私ですら彼女の存在は知っていた。
「プロ中のプロ」、「職人」、「こだわりの人」、「鉄の女」などなど彼女を言い表す枕詞名数知れず。
そして何より、彼女の部下になった人で「病気にならなかった人」「精神的に壊れなかった人」「会社を辞めなかった人」というには存在しないらしい。
なんだよ~! それ! 業務命令で精神科に行かされ、無理やり休養させられている私にいきなりそんなスーパー・ハードな上司をあてがうとは、辞めろということなのか?
 その鋼鉄の女性上司、以前は本部のトップとして大勢の部下を率いていたらしいが、なんらかの政治闘争があったらしく、今では今回の異動で社員の部下は私一人。あとはHANAちゃんという派遣の女性がアシスタント業務を行なっていた。
 部署自体は私にとってまったく新しい分野の仕事だったが、ジャンルは違ってもかつての仕事が役に立つ要素がたくさんありそうだと感じた。
 なんであれ、絶対に加齢臭と自慢オヤジよりはマシなはずだと自分に言い聞かせる。
 彼女は私を笑顔で迎えてくれた。けどその笑顔もちょっぴり怖い。
私は以前やっていた仕事の話をすると、彼女は目をまん丸にして、
「あら私が聞いていたのはあなたって事務や経理のプロフェッショナルだってことだったのに、それはうれしい誤算ね」
と言い、そのほかにもいろいろな共通点があることがわかった。
「でも事務や経理もできなくはないんでしょ?」
「好きではありませんが、この前までやっていました。けどプロフェッショナルだっているのはかなり間違った情報です」
「ある程度できればいいのよ。思うにあなたはかなりうちの部署に向いていると思う。ある部署がこういう人がほしいと思う人材とそれに向いている人がきちんとその部署に配属されることって意外とないものなのよ。前にあなたがいた部署はかなりありえない人事だったと思う。絶対にあなたには合わないもの。どれぐらいあなたに合わないところかといえば、私がその部署に出向させられる以上に合わないと思う。けどこの部署ではあなたは活躍できるはず。がんばってちょうだい」
 鉄の女はそうやって笑顔を見せた。
 その言葉を聞いて、私は前の部署にいた痛手からものすごく救われるような気持ちになった。
 こんなふうに今までやってきたことを承認されたいっていう気持ちがずっとどこかにあったからだ。そう言ってくれたのが社内で誰よりも恐れられていた彼女だったというのもポイントが高い。
リハビリにしてはハードな感じだけど、とりあえず彼女のもとでがんばってみよう。
 そのときにふっと思った。銀座の先生が言っていたキーマンは、人事の役員じゃなくって、彼女なのかもしれない。
 おお~。この点に関しては当たっていたようだ。

2009年3月19日木曜日

異動後

異動先は本社ビルから歩いてすぐのところにある某事業部だった。出社後、久々にKちゃん、Tちゃん、Rちゃん、Oちゃん、Sちゃんのおなじみ本社メンバーとランチに行く。
「ほんと、よかったですねえ。異動できて。近くなったんだし、これからはちょくちょくランチ行きましょうよ。あと異動祝いもしないとねえ」
みんなとキャピキャピいろんなことを話す。
私は20代のころは女性の集団が苦手で、女子が固まって口を開けば女性誌のネタのようなブランド物の話、ダイエットの話、スィーツの話、彼氏とのあれこれなどをチンタラ話すことが何よりも時間の無駄だと思っていたし、周りにもそういうOLちっくな女性がいなかった。
でも30代半ばすぎでから、急に周りにOLちっくな女性がいる環境になって、最初は大いに戸惑ったけれど、年齢のせいか、なんだかそういうのんびりとした感じも悪くないと思えるようになっていた。
いつまでも公私ともども戦闘状態じゃあ疲れるし、ランチタイムぐらいはこうやって何人かでOLちっくにつるんでおしゃべりするのも悪くないと思う。
「それで行ってきたよ。銀座の先生のところに」
「そうそう! その話聞きたかったんですよ。異動の話も聞いたんでしょ?」
 私は言われたことを順を追って話す。
「クリエイティブな仕事かあ。なんかそれはイメージできるなあ」
とRちゃん。
「だんなさんのことも当たってますよ。だって超優しくていいだんなさんですもんね」
とKちゃん。
「かなりいいこと言われてるじゃん。娘が弁護士に向いてて息子は天才なんでしょ。それいいよ」
とTちゃん。
「でもコの字型のビルってどのビルなんだろう。美央さんの部署の入っているビルってどうだったけ?」
と再びRちゃん。
占いに関心のないSちゃんとOちゃんはコメントなし。
RちゃんとKちゃんとTちゃんは、「やっぱりあの先生は本物ですよ」とそれぞれ誰にいうわけでもなくまるで自分自身に言い聞かせるように繰り返した。

翌日の朝

翌日の午前中は産業医の先生に紹介してもらった某大学病院の精神科に行かなければいけなかった。
 だって私は適応障害だって診断されちゃったんだから。そう診断されれば異動ってできるんだろうか?
 家族みんなを送り出してから、ぼんやりといろんなことを考える。
 するとそこに人事の役員から電話がかかってきた。
 「昨日、あれから社長の了承ももらいましてね」
 「はい」
 「異動が決まりました。来週から新しい部署にお通いください」
 やった~! やった~! やった~! やった~!!
 とにかく異動できた! 万歳! 
 異動先は未知の分野なところだったが、特に異論はなし。
 「ありがとうございました!」
 電話の相手に向かって深々と頭を下げる。
 さっそく事態は動いた。銀座の先生は異動線が出ていないから、異動できる可能性は半々だと言っていたが、いきなり異動できたじゃないか!
 銀座の先生はキーになる人が私のことを誤解していると言った。それは誰なんだろう? この人事の役員なんだろうか?
 「あの私、子供とかいますけど、忙しいのとかがいやなわけじゃなくて・・・」
 「はい、わかりますよ。けど無理しなくていいですよ。まずはご病気を治してから。今日大学病院に行ったら、お医者さんには人事異動で来週から環境が変わりますときちんと説明してくださいね」
 「つかぬことききますけど、このセクションが入っているビルって2つのビルが合わさったようなコの字型をした建物ですか?」
 「さあ~? 言われてみれば建物がふたつ合わさったようになっているかもしれませんが、コの字になっているかどうかまでは。それがどうかれさましたか?」
 「いえいえ。すみません。だいじょうぶです。ありがとうございます!」
 取り急ぎ異動だ! 

2009年3月16日月曜日

第一回目の占いを終えて

「ほお~。それでいくら?」
 夫はいつもこうだ。家路についたあと、私はあれこれと銀座の先生に占ってもらった結果を夫に聞かせた。基本的に彼は黙って私の言うことを聞いていたが、明日にでも転職をしたがっている彼は、転職は4年後がベストだと言われたことに落胆し、さらに宝くじは当たらないと言われたことに大いに気を落としていた。
あとは息子が天才だと言われたことには、「ハハハ」とシニカルな笑いを浮かべ、将来田舎でも都会でもない同じような家が立ち並ぶきれいな街だけど天気が悪いところに家を買うという話には、「それってウィンブルドンっぽいな」と私とまったく同じ感想を述べた。
「なんでもいいけどさ」
と夫は私の肩に手をまわし、
 「ぼくたちは死ぬまでラブラブなんだろ?」
 「うん、離婚とか絶対にないって。あなた、先生からいい旦那さんですって絶賛されてたよ」
 「それが一番何よりだな」
と私にキスをした。
 そうよね。それが何より一番よね~。と甘い気分に浸っていると、
 「で、それでいくら?」
 夫はニヤニヤしている。
 「教えない」
 「ドンペリより高い?」
 なんちゅうたとえだ。けどわかりやすい。
 「ふつうのやつよりね。でもピンクほどじゃないよ」
 「うぎゃあ~。信じられないよ!」
 「言うと思ったよ」
 「けど君は今、幸せ?」
 「そうだね。このまま自然にしていればいいんだってすごく気が楽になった」
 「あたりまえだよ。ドンペリを飲んだ以上にハッピーな気分になってなきゃ、元が取れないよ。もっともぼくはこっちのほうが好みだけど」
  そう言って夫は冷やしたニコラ・フィアッテのブリュットという青いラベルのシャンパンを私のために抜いてくれた。

かなり癒された感じ

もう1時間が経過している。よくタイマーをセットしてから始める占い師もいるけど、この先生はあまり細かい時間を気にするタイプでもなさそうだ。
私も1時間2万円ということで聞きたいことはその場で突っ込み、少しでも無駄な時間を作らないようにコスト・パフォーマンスを心がけている。
 嫌な職場で消耗していたので、ただ単に「ちゃんと違う部署に行けますよ」と言われるだけでも良かったのに、思いがけずあれもこれもいいことばかり言われている。
 現金な私は相当気分も良くなっていているし、勇気りんりん状態だ。
 それはそうだろう。いやいややっている仕事、いやいや行っている会社は私には向いていないと言ってもらえ、ちょうど望んでいた時期に望んでいたような仕事が営業も努力もせず始められ、家庭も円満で娘は真面目で献身的で、息子は天才で人に恵まれるというのだから。
 それでもって悪いことは私たちの周りには起こらないし、将来大きなレンガ造りの家に住んでいるなんていいこと尽くしじゃないの!
 でも反面、もしかしてこの先生は人の将来自体を占うのではなく、人が無意識に望んでいる願望をキャッチする能力がものすごいのではないかとも思う。
 こうだったらいいのにとか、こうなったいいのにということをズバリ言われると、誰だって「当たってる」って信じたくなるだろう。だっていいことばかり言われたんだったら、そのとおりに自分の将来が動いていってほしいもの。
 この先生はこんなふうに誰にでもいいことばかり言うんだろうか?
 「夫はたまに自分の会社を興したいって言うときがあるんですけど」
「あ、それはなさそうですね。ご主人は会社勤めで能力を発揮するタイプですから」
 そうなんだ。
そして私はずっと気になっていることを最後に聞いてみた。
それは・・・・。
「絶対に夫に先に先立たれるのはいやなんですけど」
ということだ。私は骨の髄まで夫に精神的に依存している。彼がいない人生は考えられない。たとえ1分でも2分でも私より長生きしてほしい。先に逝かれると私が困るのだ。
「ふたりとも長生きですから心配ないですよ」
と先生は声を出して笑い、そして真顔で、
「あなたには未亡人の相が出ていないからその心配もありません」
と言った。危うく寿命や死因まで聞きかけたが、やめた。
 仮にどう言われたにせよ、当たっていようが外れていようが、人生の最後を決められてしまうと、あとの人生はまるで余生のようになってしまう。
先生もそれをわかっているのだろう。仮に聞いても答えてくれないだけのデリカシーは持っていそうだ。
「あなたは今後、多少の波はあってもどんどん運気が良くなっていきます。心を明るく持って。今後が楽しみですね」
先生は粒のそろった形のいい歯を見せ、にっこり笑った。

帰り際に受付の感じのいい男性が、「いかがでしたか?」とこれまた感じのいい笑顔を浮かべ、お勘定を載せる銀のトレーを両手に掲げていた。
いくらだと言わないところがさすが100%完全予約制。客も心得ているのだろう。私は黙って銀のトレーの上に1万円札を2枚置き、「どうもありがとう」と言ってその場を去った。
気分はめちゃくちゃ良かった。確かにみんなが「すごくいい!」と絶賛する理由もよくわかった。
夜風に当たりながら早く家族のもとに帰りたいと心の底から思い、駅に向かって足早に歩く。気分も足取りも軽かった。

2009年3月13日金曜日

海外の家

「今、賃貸のマンションですよね?」
そうです。その通り!
「あなたが日本で不動産を買うことはないでしょう」
うん。可能性大だ。なぜなら住宅ローンに縛られるのもいやだし、日本の住宅の値段は土地代に占める割合が高く建物に価値を置かないから、年数が経つと不動産価値が暴落してしまう。土地の値段が右肩上がりに上昇していた時代ならともかく、バブル崩壊後は土地の値段そのものも下がってしまっている。他にもいろいろ理由はあるが、私も夫も日本で不動産を持つ意味が見出せない。
「あなたが50歳すぎてから海外で住む家は大きめな一戸建てですよ」
おお! 一戸建て!
「ど、どんな家ですか?」
思わず前のめりになり私。どこに住むにしろ不動産なんて一生無縁だと思っていた。しかも海外で一戸建てなんてちょっと素敵ではないか!
 「レンガ造りの家です。周りにも似たような家が立ち並んでいて、なかなかきれいな町並みが見えます。田舎過ぎず都会過ぎず、でも雲が多くお天気がとっても悪いところです」
 なんと!! それってイギリスっぽいじゃん!! 実は私の夫はイギリス人なのだ。田舎でもなく都会でもなく、レンガ造りの似たような家が並んでいるきれいな町と聞けば、思わず夫の姉の住むウィンブルドンを思い出してしまう。
これまでひとことも夫はイギリス人だとは言っていない。うーん、先生、さすがだ。恐るべし。
「お天気が悪いってイギリスっぽいですよね」
探りを入れる私。
「あ、イギリスってお天気が悪いんですか? 私、海外ってハワイしか行ったことがないから、それ以外のところって知らないんです。その町は空も暗くてどう考えてもハワイには見えませんけどね」
にっこり微笑む先生。
 うーん、海外なら将来的にイギリスに住む可能性は確かにゼロじゃないぞ。
ただこのころはイギリスは空前の金融バブルでポンドはおよそ1ポンド=250円前後。マルボロが5ポンドだからタバコ1箱が1250円、マックだってセットでそれぐらいするし、地下鉄の初乗りだって1200円ぐらいで、不動産も高騰し、世界で1,2位を争うぐらいロンドンは物価の高い都市になっている。
ウィンブルドンの義姉の家だって10年ぐらい前に6000万円ほどて買ったらしいが、今は2億円まで値上がりしているという。
ちょっと前まで世界で一番家賃が高いといわれた東京だって、今やロンドンよりずっとリーズナブルで住みやすい。
イギリスに住むこと自体は可能性のない話ではないけど、一戸建てを買うのは今の時点では宝くじでも当たらない限り無理! しかも宝くじは当たらないって言われたばかりだし。どう考えたってその資金は逆立ちしても出てこない。
私たちが買えるほど将来、イギリスの貨幣価値や不動産は暴落するということなのだろうか。
「その家であなたは孫たちとも一緒に暮らすことになるでしょう。お子さんたちもちゃんと結婚でき、それぞれに子どもも生まれますから、孫も見られますよ」
孫! またずいぶん先の話だわ!

その他生活全般について

「大金持ちになれたりします? たとえば宝くじが当たるとか?」
 ああ。我ながら恥ずかしいぐらい俗な質問だ。こんなくだらない質問にも先生は笑顔を絶やさず淡々と話を進める。
「お金には困りませんが、一財産築くというというのはありませんね。貯金も大切ですが、日々の生活を楽しむためにお金は使ったほうがいいですよ。あと宝くじは当たりません」
 なんだ残念!
 「家族運があなたはとてもあります。あなたの家族は全員調和を大切にしますし、話し合いで何でも解決できる家族です。みんな仲良くうまくやっていけますよ」
 おお、それがいい。そうだな。お金よりも家族が仲良く上手く付き合っていくことのほうが大切だもんね。
あと心配なのは今後の人生において、私も家族も事故や事件や大病だとか大きな不幸に見舞われたりしないのかということ。昨今新聞やテレビのニュースで話題になるのは何かと暗い出来事ばかりだ。
「それは心配しなくてもいいですよ。そういったことはあなたの人生の中でいっさい起こりません」
おお! なんと心強いんだ!
「あと海外に移住とかあります?」
「あるとすれば2014年以降ですが、ご主人の転勤で家族揃って海外転勤を繰り返すというパターンはなさそうです。理由はあなたもご主人も息子さんも海外縁がものすごくあるますが、娘さんだけ海外にあまり縁がないのです」
 ええ? それは意外だ。娘は幼くしてこれまで旅行した場所は、台湾、イギリス、ドイツ、オランダ、スペイン、フィリピン、タイ、香港とすでに普通の大人よりもあっちこっち行っているぐらいだ。
「では娘は日本以外に縁がないということですか?」
「いいえ、あとパパの国です。基本的にこの2国のうちのどちらかに娘さんは住むでしょう。ですからあなたたちは子どもが成長してしまえばあっちこっち行く可能性はありますし、あなたが50歳すぎたら海外で家を買うでしょう」
 おお! 海外で家! 

2009年3月12日木曜日

息子について

「それでは下のお子さんの生年月日を教えてください」
生年月日を書きながら、いつも指しゃぶりばかりしてボヤーとしている息子の顔を思い浮かべる。
1歳半ごろから普通に会話ができ、頭の回転が速く何事も人並み以上にできる娘に比べて、息子は2歳になってもほとんど言葉を話さず、いつもどこを見ているかわからない目つきをしている。
健診の度に小児科の先生に「うちの子、だいじょうぶですか? 片言すらしゃべらないんですけど」と聞いてみても、「まあ個人差がありますからね」と言われ続けてきた。ただ元来神経質ではないのか、泣いたりぐずったりということがあまりなく、育てやすい子どもではあった。なんだかマイペースでのほほーんとしているのだ。癒し系キャラクターとも言えよう。
「あ、この子、すごい! 天才ですね」
 はあ? 息子がですか?
「この子は将来が楽しみですよ。ものすごく頭のいい子ですよ。期待していいです」
 本当ですか? めちゃくちゃボヤーとしてますよ。
「いいんですよ。子どもの頃はいくらボヤーとしてても。彼は大学を卒業したあとからどんどん頭角をあらわしていきます。娘さんはお父さんに性格も向いていることも似てますけど、息子さんはお母さんに似てますね。自由奔放で自分のやりたいことしかやらないところとか、マイペースなところとか、芸術関係に向いているところとか」
おお~。確かに。言われてみれば私だって相当子どものころはボヤーとしてたから、あまり人のことは言えないか。
「向いているのは芸術関係、医学関係、獣医とか、建築関係もいいです」
おお~、芸術はともかく、医学関係も良し? 娘が弁護士で息子が医者だったらどんだけ親的には都合のいいことやら。
「あとこの子は霊感が強いですね」
え? 霊感!?
「小学生になるころに何か見えると言い出すと思いますが、その場合は肯定も否定もせず、聞き流してください。しばらくすると見えなくなりますから。ですからあまり心配する必要もないでしょう」
天才だとか霊感だとか、息子に関しては思いもよらなかったことばかり飛び出してくるなあ。
 「途中少しグレることもあるかもしれませんが、まあそれも心配ないでしょう。男の子ですから」
 うーん、男の子なら多少グレてもいいとは思えないけど、大したことないのならそれで良しとするべきか。いかんせん、今の指ばかりしゃぶってボヤーとしている姿からグレたりする姿は想像がつかない。
 「まあ楽しみにしててあげてください」
 そうしましょう!

娘について

「お子さん、おふたりいますよね」
突然切り出す先生。す、すごい! 子どもの子の字も言っていないうちからいきなり子どもふたりときた!
うちの子どもたちは当時4歳と2歳だった。
「まずは上のお子さんの生年月日からお願いします」
先生は相変わらず、「ふむふむ」と言いながら私の背後に向かって頷いている。
子どものことで占ってもらうなんて初めてのことだ。自分が何か言われるのとはまた違う種類の緊張感が走る。
もし嫌なことを言われたらどうしよう? 自分のこと以上に気になる。そういうときにこんな私でも人の親なのだなと思う。
親としては自分の子どものことをあれこれ期待し欲張る反面、基本的に健康で本人がハッピーならいいと思う。
あとは自分も他人も傷つけることなく、人様に迷惑をかけず、将来的には食べていけるスキルを身につけてほしい。
「あ、お嬢さんなんですね」
あ、当たっている。うちの上の子は女の子なのだ。
「ずいぶんとマジメな子ですねえ」
うーん。4歳でマジメだというのは判断がつきにくい。
「性格とかパパそっくりですね。向いている仕事もパパと傾向が同じだし、マジメで献身的で人に尽くすタイプです」
うん。確かにそうかも。向いている仕事はわからないが、顔は間違いなく娘は夫に似ている。何せ赤ちゃんのころから近所の見知らぬおばちゃんから、「あら、パパそっくりだね」と言われたことすらあるのだから。
「マジメでコツコツ努力するタイプですよ。向いている仕事は会計士とか公務員とか看護士とか学校の先生とか」
ということは夫が向いている仕事もそういった種類のものなんだな。
「あと最も向いているのは弁護士です」
おお~! すごい! いいじゃないか!
「ただし本当は専業主婦になるのが一番いいタイプなんですよ」
あれ? なんと! 専業主婦を卑下するつもりはないが、4歳の子どもの将来に一番いいのが専業主婦だとは夢がない。
何かをやってから専業主婦になるのはいいが、その前に何者かにはなってもらわないと。
「どちらにしてもコツコツ勉強するタイプですから、あまりキャリア志向には育てないでください。早めに結婚させないと婚期を逃すタイプです。資格を取ったり勉強するのは結婚後でもできますから」
それはそうだろうけど、私的には娘がバリバリやってくれるのにまったく異存はない。
うーん、ちょっぴりつまんないな。
「それと娘さんにあまり厳しくしないでと守護霊様がおっしゃっています」
どひゃー! そうきたか! うん、思い当たるぞ。初めての子で様子もわからず、しかも女同士だからか確かに娘とはぶつかりがちだ。すでに女同士の争いの様相を呈することもしばしば。
ここは素直に反省。もう少し優しくします。

2009年3月4日水曜日

夫について

ああ、ドキドキするなあ~。この時点で私たちは結婚して5年半。子どもも二人いる。これで、相性が悪いだとか、ダンナの位置に立っていないだとか言われてもどうしようもない。
私たちはケンカもたくさんするけど、基本的にはラブラブだ。夫以外は考えられないし、彼と知り合う前と後では、私の人生は紀元前と紀元後以上に違うものとなった。それほどの人である。
先生は相変わらず、私を通り抜け、背後をうかがいながら、時々「あ~」だとか「うんうん」と頷いたりしている。
「この人は真面目だけどユーモアもある。本当にいいダンナさんですねえ。運命の人だし、しっかり配偶者の位置に立っていますよ。相性もばっちりです」
おお! よかった! 
「外国の方ですよね?」
これは私の苗字を見れば一目瞭然だ。私の結婚後の苗字はカタカナだ。どう見ても日本人の私の名前がカタカナとなれば、国際結婚以外ないではないか。


「お仕事にも関係がありますけど、あなたは外国に縁があるし、海外のものと接することによって運命も開けていきます。ご主人といっしょにいることだけでも十分運気アップにつながっているんですよ」
そ、そうだったんだ! 彼は歩くラッキーチャームだったんだな。
「本当にいいダンナさんですねえ」
先生は目を細めて微笑む。
「ですからぜひ大事にしてあげてください」
あ、ドキッ! 外面のいい私はいつも外ではいい顔をするくせに、最も自分に近い人にはわがままを押し通し、何かと当たり散らしがちだ。要は信頼しきって甘えているのだ。うむ、自覚症状があるだけに何とも痛い指摘だ。

そのほかには、下記のとおり。
○離婚線は全く出ていない。生涯ともにする相手。→ よし!
○基本的に強運。48歳から仕事運がアップ。転職はいつしても最終的にうまくおさまるが、4年後がいちばんスムーズに転職できる。→ あらら! 本人は明日にでも転職したがっているのに!
○今の仕事は向いている。転職しても仕事内容は変えてはいけない。好きなことだけを仕事にしてはいけない人。→ 先生いわくコツコツした仕事がいいそうな。ちなみに先生は仕事内容に関しては言及せず。

2009年3月3日火曜日

仕事についてのまとめ

仕事について
○ 向かない仕事をやらされている。 → その通り!
○ 向かない仕事は事務と経理 → その通り!
○ 今の会社は合っていない。 → その通り! 
○ 今の会社は夫に出会うために必要な通過点だった。 → 思い当たる
○ 夫と出会ってしまえばいつ辞めてもよかった。→ そうだったのか!
○ 今辞めてもいいが、2年半後(2010年の春ごろ)の方が楽に自然に辞められる。 → へえ~。ただしこの年は娘がちょうど小学生になるので実は家でできる仕事があれば家にいてあげたいとはずっと考えていた。まさにそのタイミングだ。
○ 今の会社を辞めたあとはフリーで活動し、もう会社勤めはしない。→ ほお~。
○ 向いている仕事はクリエイティブ系で、海外に関係するものがいい。→ そりゃいいよねえ~。
○ 映像に関するものがいい。男性ならカメラマンとか映画監督。翻訳なら書籍より絵本や映画の字幕のほうがいい。→ 競争率が高いぞ!
○ 韓国語と中国語は凶 → だいじょうぶ! そもそもできません。
○ 書籍なら翻訳よりも自分自身で日本語で書いたもののほうがいい → おお~!
○ 海外のドラマや映像を日本に紹介したり、その逆もいい。→ おもしろそうだ。
○ 独自の映像センスを持っている。ハリウッドの大作やメジャーなものではなく、知る人ぞ知るマニアックな世界で力を発揮 → どうせならメジャーでっせ~。
○ 二束のわらじを履く。クリエイティブ系な仕事とは別に、自宅で何かを教えるとか伝えるだとか人から先生と呼ばれて会話の多い仕事もする。→ え? 何も人に教えられるものなんてないのに。
○ 基本的に好きなことしかやってはいけない。興味のあること、好きなことだけ仕事にするべき。→ そりゃいいよね~。そりゃあそうしたいわさ。
○ 興味もないのにためになるからといって勉強したことは身についていない。→ 思い当たるぜ! 一時商法とか民法とか勉強したけどまったく覚えられなかったぜ!くう~、骨折り損のくたびれ儲け。
○ フリーになるまでの道のりは以下の通り。2008年の1月~4月に興味が湧いたものはなんでも勉強しておく。2009年からフリーになる兆しが見え始め、みんなから背中を押される形で2010年に先生と呼ばれる仕事とクリエイティブ系の二束のわらじを履く。営業活動等は特に必要なし → ええ~、そんなことでいいの?
○ 人事異動について。今のところ異動できる確率は半々。異動するなら二つの建物がくっついたようなコの字型をしたビルに入っているところに行く。確実に異動したいのならキーマンに自分はもっと仕事がしたいのだとアピールする。ただ異動したからといって、その異動先も別に楽しい部署でもなく、自分の力が発揮できる場所ではない。今よりも暇な部署で退屈するはず。ただしその期間に将来のための準備をすること。忙しい部署に行ってしまったら、将来の準備ができない。→ キーマンは人事のトップか? でも冷静に考えればすでに産業医まで面談をしているから異動はほぼ決まったも同然だろう。それ以外にキーマンがいるのか? コの字のビルは不明。みんなに聞いてみよう。
○ フリーになったあとの収入については、夫に稼いでもらえばいい → ここにきて急に他力本願。

基本路線はちょうど娘が小学生になったときに、何か教える仕事と何かクリエイティブ系の二束のわらじで家にいてあげられるということだ。時期的には以前からそうできたらベストだと思っていたタイミングだけど、その二束のわらじの中身がわからない。私が2008年の1月から4月の間に興味が出たことだというけど。いったいそれは何になるんだろう。ああ、謎だ。
 一通り仕事の話が終わったあと、
「ではご主人の生年月日を教えてください」とおもむろに切り出す先生。
さあ、夫はきちんと配偶者の位置に立っているのか? 果たしてその診断結果は?

2009年3月1日日曜日

そしてついに!

向かった先は瀟洒なマンションだった。こんな一等地にさぞかしお家賃も高いんだろうなあとすぐに下衆な考えが浮かぶ。
マンション自体は新しく、インテリアも占いの館的なものがいっさい置かれていない。殺風景でもないし、おしゃれすぎてもいないし、シンプルだけど温かみのある室内で、来る人を選ばない懐の深さを感じる。
電話に出た男の人が冷たい麦茶を勧めてくれて、昨日もRさまのご紹介の方がいらっしゃったんですよとにこやかに話しかけてきた。想像通り若くて背の高い感じのいい青年だった。
みんなの話によると、銀座の先生は若い女性で、可愛らしい感じのどこからどう見ても占い師には見えない普通の人だという。
ということはこの感じのいい男の人は先生の彼氏とかなのかなとか、またしても下衆な勘繰りをしてしまう。
差し出された用紙の記入欄は、名前と生年月日と住所と電話番号だけだった。そそくさと必要事項を書き込むと、7~8分待たされて、その間はその受付の男の人と「今日も暑いですねえ」とか「やっぱりRさまの会社のお友だちなんですか?」とか「うちもそろそろホームページでも作って宣伝しようかなとかいろいろ考えているんですよ」といった当たり障りのない話をして過ごす。
そしていよいよ、扉の向こうから「どうぞ」とふんわりとした優しい声が聞こえた。
ああ~、なんて言われるんだろう。私の人生お先真っ暗なんて言われたらへこむよなあ。ご主人との相性は最悪ですとか、子どもがグレますとか、何よりも今の部署は会社を辞めない限り変わりませんなんて言われたら悪夢だ。

ドキドキしながら扉を開ける。
そこにいたのは、確かに若くて可愛らしい普通の女性だった。街で再度すれ違っても気がつかないだろう。着ているものも顔立ちも何も印象に残らない女性だった。ただいっさい過剰なものがなく、シンプルでプレーンでここのインテリアと同じように誰でも受け入れてくれそうな温かみを感じた。
シンプルなふたり掛け用のダイニングテーブルに向かい合わせに座る。改めて見ても取り立てて欠点が見当たらない整った顔をした女性だ。
「じゃあ、電気消しますね」
うわ! 出た! あらかじめ聞いていたが、部屋を暗くして、ろうそくの炎で私の背後をチェックし、私についている守護霊だとか、悪霊の有無などを確認する儀式だ。
ろうそくの炎の中心部に先生の顔が仄暗く浮かび上がる。こんなときになぜか昔TVでよく見た「スター・ドッキリまる秘報告」のアイドルが寝ているところにカメラが潜入するレポーターを思い出してしまう。
先生は「あ~」とか「ふんふん」とか小さな声で呟きながら、私の背後を見ている。私の背後にはいったい何がいるの? 怖いよう~。
 「はい」と言いながら先生は部屋の灯りをつける。
 「だいじょうぶ、何も変なものは憑いていませんでしたよ」
ああ~、良かった。事務所にいる加齢臭オヤジや自慢たれ流しオヤジが憑いてたら目も当てられないもんね。
 先生はにっこりと笑い、そのあと紙に何かを書き込みながら、「仕事の件ですよね」といきなり核心を突いてきた! 確かにすごい! ひとことも仕事の相談なんて言ってないのに!
「ものすごく仕事のオーラが乱れています。このような乱れ方をするのはよほど向いていない仕事をさせられているのか、夜勤が多いなどの不規則なシフトで働くことを強いられているパターンのどちらかです。そしてあなたの場合は嫌な仕事をさせられているパターンです」
「そうなんです。今日は仕事の件で来たんですけど」
「ええ、わかりますよ。仕事ですよね。ちなみにあなたにもっとも向いていないのは、経理や事務です」
うお~、またしても直球ど真ん中! そうなんだよ、わたしゃあ、今その経理と事務をやらされているんだよ。
「今会社にお勤めですよね? 今いる部署だけではなくそもそもその会社自身全然あなたには合っていません」
うわ~。やっぱり! 今の会社は私にとっては2社目で結婚前から働いているのだが、なんというのか外様意識がずっと抜けないでいる。今いる部署はもちろんその中でも最悪なのだが、違う部署にいたところで、そもそもなんとなく社風が合わないのだ。もちろん仲のいい人はいっぱいいるし、個人個人はとてもいい人が多い会社なんだけど、集団になったときに生まれるグルーヴ感が苦手でいたたまれない気持ちになってしまう。
「ご主人と出会うためにあなたは今いる会社に一度入る必要があったけど、もう出会ってしまったあとはいつ辞めても良かったのです」
ううん。これも心当たりがあるぞ。夫とは違う会社だし、仕事を通じて知り合ったわけではないが、たまたま仕事の帰りに会社の後輩といっしょに立ち寄ったバーで夫とは出会った。間接的だが今いる会社に勤めていなかったら確かに夫と出会うことはなかっただろう。
でもあれ、先生、ご主人って? まだ結婚してるって言っていないのに。まあ、結婚指輪をしているから一目瞭然か・・・・。
こんな感じで先生は私に関することをいろんな角度から話してくれる。
そしてその話を項目ごとにまとめたのが以下の通り。

当日

予約を入れてから1ヵ月の間に動きがあった。直前には人事のトップと面談をし、過度のストレスで弱っているという判断から、会社で契約している産業医の先生に診てもらうようにというお達しが下されたのだ。産業医の先生に診てもらう日はなんと銀座の先生に診てもらう日とぶつかってしまった。産業医の先生に診てもらったあと、直行して銀座に向かうという強行スケジュールだ。
同じ日に、医学的科学的な見地からと、精神的呪術的見地からというそれぞれのプロフェッショナルに診てもらえるなんて、至れり尽くせりだ。
産業医の先生はとても優しくて、私の話によく耳を傾けてくれた。いろいろと話をした結果、「適応障害」という診断名が下された。先生の紹介で某大学病院の精神科を紹介され、有無を言わさず翌日予約を入れられてしまった。
適応障害、精神科・・・。ガーン!
「先生、私、病気じゃないですよね?」
にわかには信じがたく動揺する私。先生はニコニコしながら、
「だいじょうぶですよ。適応障害は皇太子妃雅子様も罹ってらっしゃるんですよ。あれと同じですからいわゆる高貴な方のご病気ですから」
とわけのわからない慰め方をしてくれる産業医の先生。まあなんでもいいや。異動さえできるのなら。

おっと時間だ。銀座へゴー!

プロローグ

2007年ゴールデンウィーク。久しぶりに会社のランチ仲間たちと集う。彼女たちはみんな30代前半で全員既婚者だ。
私は2度目の育児休暇から復帰して1年経過していた。ただ復帰した先がまずかった。みんなから離れた小汚い事務所で、まったく不慣れな経理や事務の仕事をさせられていた。
要は飛ばされたのだ。私の他に事務所にいたのは、昔の栄光(←といっても傍からみたら栄光でもなんでもない!)にただただひたすらすがる昔の名前で出ていますオジサンと、暇なときはどうやらひたすらエロサイトを見ている加齢臭がきついオジサンのふたり。あとはアルバイト。
復帰してからの1年はひたすら苦悩した。まったく専門外の仕事。子会社への出向。劣悪な職場環境。他にも出産を終えて職場復帰した女性たちはたくさんいるのに、ここまであからさまに劣悪なところに飛ばされたのは私ひとりだった。
ただお給料は今までと同じ。待遇も今までと同じ。時間になれば帰れる。周りに人がいないので、気が楽といえば気が楽。
すべては考え方ひとつのような気もしていた。やりがいだとかプライドとか体面とか考えなければ、40代になろうかという子持ちの女性が正社員という立場でいられて、そこそこのお給料をもらえるなんて、この厳しいご時勢を考えれば、恵まれているような気もする。
ただ今までみたいに何かあったら相談できる会社の友人たちが近くにいない孤独が身に染み、ひとりで悶々としていた。

そんなときに育児休暇を取っているKちゃんのところに、赤ちゃんを見にみんなで横浜まで行こうという話になったのだ。しかもせっかくなのでお泊りもしちゃおうというナイスな展開に。
よーし! たっぷりと会社の愚痴を言いまくるぞ! みんな覚悟してろ! 1年間分の積もる話は発酵して悪臭プンプンのはず!
「みんなはもう知っている話だけど、離れてたからまだあなたには言っていなかった話があるの」
Tちゃんに出鼻をくじかれる。Tちゃんも2人の子持ちだ。
「実は私、離婚したんだ」
えええええ~!!!! いったいなんで?
「銀座にね、女性の占い師の先生がいてね」
はあ? 離婚になんで占い師が出てくるの? しかもTちゃんは理知的で占いとかそういった類のものにはまったく縁のなさそうな合理的な考え方をする女性だ。
「そうそう、あの銀座の先生はすごいよね。本物だよ」
とKちゃん。
「Kちゃんも行ったの?」
「ええ、行きましたよ」
わお~! Kちゃんまで! KちゃんもTちゃんに劣らず合理的で、そういった当たるも八卦、当たらぬも八卦という世界を信じる人ではないと思っていた。
「その銀座の先生と言うのがですね」
と援護射撃するのがRちゃん。ああ、Rちゃんなら占いとか好きそう。話によるとRちゃんのお姉さんがだんなさんとのことで悩んで、そこを紹介されたのがきっかけだそうだ。
その銀座の先生は、完全予約制で誰かからの紹介じゃないと診てくれないらしい。詳しい話は省くが、何せ始めにRちゃんのお姉さんが診てもらって、めちゃくちゃ当たる! すごい!ってことになり、Rちゃんも診てもらい、やっぱりすごい!ってことになり、みんなでお昼を食べているときに、その話になり、密かに悩んでいたTちゃんがRちゃんに紹介してもらい、診てもらうことになったのだという。
ああ、私も本社にいれたなら、タイムリーにそんな話が聞けていたのに。
 なんだか私の会社の愚痴などどうでもいい気になってきた。
 私は元来占いとかその手のものが大好きで、独身時代は当たると言われるところには結構行った。でもたいていは満足できるものではなく、唯一わりとよかったなあと今でも思っているのが、飯田橋のラムラで占ってもらった若い女性ぐらいだ。
ちなみに占い師が本業の友人もいるが、友人としてはとても信頼しているが、占い師としての彼女はまったく信頼していない。
けど結婚してしまえば、別にもう占ってもらうことはなく(だって最大の関心事は結婚できるかどうかだったんだから!)、占いからはまったく遠ざかっていた。
Tちゃんの話を聞く限り別れた夫は最低なヤツだ。そんな苦労していたなんて誰も気づいていなかった。何がどう最低なのかTちゃんは時系列順に理路整然と話してくれる。
夫は最低だけど、Tちゃんは離婚までは考えていなかったらしい。まず子どものことがあり、近くに住んでいた夫の両親はとてもいい人だったからだそうだ。
「先生はね、夫はそっぽを向いているけど、ちゃんと夫の位置に立ってるって言うのよ」
何? その夫の位置って?
「あ、先生は守護霊だとか、配偶者だとかが見えるみたいなんです。あと配偶者として正しいとか正しくないとかもわかるみたい」
とRちゃん。
Tちゃんの話をまとめると、夫は縁のある人で本来だったら別れるべき人じゃないけど、
下の子どもがとても心配そうな顔をしているのが気になる。別れてもTちゃんの実家で今よりもみんな幸せに暮らしているのが見えるから、別れたほうが幸せになれる。あとはTちゃん次第。どうする? ということになり、だったら別れますという展開になったそうだ。本来は別れるべき人ではないから自然にはきれいには別れられない。そこで先生が「離婚線」なるものを入れ、先生の言った通りの日時に先生の言った通りのキーワードを使えば、スムーズに別れられる。その通り実行したTちゃん。大揉め必至だった離婚劇がびっくりするぐらいスピーディーに解決し、先生の助言どおり実家に戻りようやく落ち着きを取り戻したのだという。
 「先生のおかげで楽になれたよ」
とTちゃん。自分の運命は自分の意思だけで切り開く鋼鉄の女ってイメージがあっただけに、意外な面を見た思いだ。
 「へえ~、おもしろそう。私も行きたい。いくらするの?」
 「私とTさんとKさんはもう行ってますから、この3人のうちの誰かの名前を出せばだいじょうぶですよ。ちなみに料金は2万円です」
 とRちゃん。2万円? うわ~、お高い! 気軽には行けないよなあ。
 「値段がねえ」
とSちゃん。Oちゃんも頷いている。このふたりは私とは対照的に行ってみたいとはまったく思っていないみたいで、2万円あったら別のものに使うという。
 こういうのっておもしろい。SちゃんやOちゃんのほうがいわゆるOLっぽくって、占いとか好きそうなのに。その反面まったくそういうのを信じなさそうなKちゃんやTちゃんがすっかりその先生のことを信じきっている。
 まあ占い好きな私としても2万円はちょっとなあ。なんて無駄遣いだって夫からめちゃくちゃ怒られそうだ。
Tちゃんの話を一通り聞いたあとは、私の愚痴もみんなにぶちまけた。みんなからはたいそう同情され、社内で一番不幸とまで言われた。
「だめだよ、そこまで我慢したら」
Sちゃんは目に涙まで浮かべてくれ、TちゃんとKちゃんは専門分野の法律を持ち出し、Oちゃんも人事に相談するべきですよと真顔で言い、不思議ちゃんなRちゃんは、そういうときこそ、銀座の先生ですよと付け加えた。

 それから1ヵ月後。職場環境はいっそう劣悪なものになっていた。もう我慢の限界だった。転職も真剣に考えた。転職するにしても履歴書に最後に残る部署がここでは不利だ。銀座の先生のことはずっと心に引っかかっていた。そしてついにRちゃんに銀座の先生の連絡先を聞いた。ドキドキしながら、ジメジメと嫌な湿気がまとわりつく梅雨のころ、教えてもらった番号にかけてみた。
 若くて感じのいい男の人が電話に出た。Rちゃんの紹介だと告げると、彼女の紹介の方が最近は結構いらっしゃるんですよと朗らかに告げられた。すぐにでも予約が入れられると思っていたら、候補で挙げてもらった日にちは全部1ヵ月先だった。一番最短な日を選んでもらい、予約は終了。
 飯田橋のラムラで診てもらった以来、5年半ぶりの占いだ。
 果たしてなんと言われるのか!?