もう1時間が経過している。よくタイマーをセットしてから始める占い師もいるけど、この先生はあまり細かい時間を気にするタイプでもなさそうだ。
私も1時間2万円ということで聞きたいことはその場で突っ込み、少しでも無駄な時間を作らないようにコスト・パフォーマンスを心がけている。
嫌な職場で消耗していたので、ただ単に「ちゃんと違う部署に行けますよ」と言われるだけでも良かったのに、思いがけずあれもこれもいいことばかり言われている。
現金な私は相当気分も良くなっていているし、勇気りんりん状態だ。
それはそうだろう。いやいややっている仕事、いやいや行っている会社は私には向いていないと言ってもらえ、ちょうど望んでいた時期に望んでいたような仕事が営業も努力もせず始められ、家庭も円満で娘は真面目で献身的で、息子は天才で人に恵まれるというのだから。
それでもって悪いことは私たちの周りには起こらないし、将来大きなレンガ造りの家に住んでいるなんていいこと尽くしじゃないの!
でも反面、もしかしてこの先生は人の将来自体を占うのではなく、人が無意識に望んでいる願望をキャッチする能力がものすごいのではないかとも思う。
こうだったらいいのにとか、こうなったいいのにということをズバリ言われると、誰だって「当たってる」って信じたくなるだろう。だっていいことばかり言われたんだったら、そのとおりに自分の将来が動いていってほしいもの。
この先生はこんなふうに誰にでもいいことばかり言うんだろうか?
「夫はたまに自分の会社を興したいって言うときがあるんですけど」
「あ、それはなさそうですね。ご主人は会社勤めで能力を発揮するタイプですから」
そうなんだ。
そして私はずっと気になっていることを最後に聞いてみた。
それは・・・・。
「絶対に夫に先に先立たれるのはいやなんですけど」
ということだ。私は骨の髄まで夫に精神的に依存している。彼がいない人生は考えられない。たとえ1分でも2分でも私より長生きしてほしい。先に逝かれると私が困るのだ。
「ふたりとも長生きですから心配ないですよ」
と先生は声を出して笑い、そして真顔で、
「あなたには未亡人の相が出ていないからその心配もありません」
と言った。危うく寿命や死因まで聞きかけたが、やめた。
仮にどう言われたにせよ、当たっていようが外れていようが、人生の最後を決められてしまうと、あとの人生はまるで余生のようになってしまう。
先生もそれをわかっているのだろう。仮に聞いても答えてくれないだけのデリカシーは持っていそうだ。
「あなたは今後、多少の波はあってもどんどん運気が良くなっていきます。心を明るく持って。今後が楽しみですね」
先生は粒のそろった形のいい歯を見せ、にっこり笑った。
帰り際に受付の感じのいい男性が、「いかがでしたか?」とこれまた感じのいい笑顔を浮かべ、お勘定を載せる銀のトレーを両手に掲げていた。
いくらだと言わないところがさすが100%完全予約制。客も心得ているのだろう。私は黙って銀のトレーの上に1万円札を2枚置き、「どうもありがとう」と言ってその場を去った。
気分はめちゃくちゃ良かった。確かにみんなが「すごくいい!」と絶賛する理由もよくわかった。
夜風に当たりながら早く家族のもとに帰りたいと心の底から思い、駅に向かって足早に歩く。気分も足取りも軽かった。
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