2009年3月1日日曜日

プロローグ

2007年ゴールデンウィーク。久しぶりに会社のランチ仲間たちと集う。彼女たちはみんな30代前半で全員既婚者だ。
私は2度目の育児休暇から復帰して1年経過していた。ただ復帰した先がまずかった。みんなから離れた小汚い事務所で、まったく不慣れな経理や事務の仕事をさせられていた。
要は飛ばされたのだ。私の他に事務所にいたのは、昔の栄光(←といっても傍からみたら栄光でもなんでもない!)にただただひたすらすがる昔の名前で出ていますオジサンと、暇なときはどうやらひたすらエロサイトを見ている加齢臭がきついオジサンのふたり。あとはアルバイト。
復帰してからの1年はひたすら苦悩した。まったく専門外の仕事。子会社への出向。劣悪な職場環境。他にも出産を終えて職場復帰した女性たちはたくさんいるのに、ここまであからさまに劣悪なところに飛ばされたのは私ひとりだった。
ただお給料は今までと同じ。待遇も今までと同じ。時間になれば帰れる。周りに人がいないので、気が楽といえば気が楽。
すべては考え方ひとつのような気もしていた。やりがいだとかプライドとか体面とか考えなければ、40代になろうかという子持ちの女性が正社員という立場でいられて、そこそこのお給料をもらえるなんて、この厳しいご時勢を考えれば、恵まれているような気もする。
ただ今までみたいに何かあったら相談できる会社の友人たちが近くにいない孤独が身に染み、ひとりで悶々としていた。

そんなときに育児休暇を取っているKちゃんのところに、赤ちゃんを見にみんなで横浜まで行こうという話になったのだ。しかもせっかくなのでお泊りもしちゃおうというナイスな展開に。
よーし! たっぷりと会社の愚痴を言いまくるぞ! みんな覚悟してろ! 1年間分の積もる話は発酵して悪臭プンプンのはず!
「みんなはもう知っている話だけど、離れてたからまだあなたには言っていなかった話があるの」
Tちゃんに出鼻をくじかれる。Tちゃんも2人の子持ちだ。
「実は私、離婚したんだ」
えええええ~!!!! いったいなんで?
「銀座にね、女性の占い師の先生がいてね」
はあ? 離婚になんで占い師が出てくるの? しかもTちゃんは理知的で占いとかそういった類のものにはまったく縁のなさそうな合理的な考え方をする女性だ。
「そうそう、あの銀座の先生はすごいよね。本物だよ」
とKちゃん。
「Kちゃんも行ったの?」
「ええ、行きましたよ」
わお~! Kちゃんまで! KちゃんもTちゃんに劣らず合理的で、そういった当たるも八卦、当たらぬも八卦という世界を信じる人ではないと思っていた。
「その銀座の先生と言うのがですね」
と援護射撃するのがRちゃん。ああ、Rちゃんなら占いとか好きそう。話によるとRちゃんのお姉さんがだんなさんとのことで悩んで、そこを紹介されたのがきっかけだそうだ。
その銀座の先生は、完全予約制で誰かからの紹介じゃないと診てくれないらしい。詳しい話は省くが、何せ始めにRちゃんのお姉さんが診てもらって、めちゃくちゃ当たる! すごい!ってことになり、Rちゃんも診てもらい、やっぱりすごい!ってことになり、みんなでお昼を食べているときに、その話になり、密かに悩んでいたTちゃんがRちゃんに紹介してもらい、診てもらうことになったのだという。
ああ、私も本社にいれたなら、タイムリーにそんな話が聞けていたのに。
 なんだか私の会社の愚痴などどうでもいい気になってきた。
 私は元来占いとかその手のものが大好きで、独身時代は当たると言われるところには結構行った。でもたいていは満足できるものではなく、唯一わりとよかったなあと今でも思っているのが、飯田橋のラムラで占ってもらった若い女性ぐらいだ。
ちなみに占い師が本業の友人もいるが、友人としてはとても信頼しているが、占い師としての彼女はまったく信頼していない。
けど結婚してしまえば、別にもう占ってもらうことはなく(だって最大の関心事は結婚できるかどうかだったんだから!)、占いからはまったく遠ざかっていた。
Tちゃんの話を聞く限り別れた夫は最低なヤツだ。そんな苦労していたなんて誰も気づいていなかった。何がどう最低なのかTちゃんは時系列順に理路整然と話してくれる。
夫は最低だけど、Tちゃんは離婚までは考えていなかったらしい。まず子どものことがあり、近くに住んでいた夫の両親はとてもいい人だったからだそうだ。
「先生はね、夫はそっぽを向いているけど、ちゃんと夫の位置に立ってるって言うのよ」
何? その夫の位置って?
「あ、先生は守護霊だとか、配偶者だとかが見えるみたいなんです。あと配偶者として正しいとか正しくないとかもわかるみたい」
とRちゃん。
Tちゃんの話をまとめると、夫は縁のある人で本来だったら別れるべき人じゃないけど、
下の子どもがとても心配そうな顔をしているのが気になる。別れてもTちゃんの実家で今よりもみんな幸せに暮らしているのが見えるから、別れたほうが幸せになれる。あとはTちゃん次第。どうする? ということになり、だったら別れますという展開になったそうだ。本来は別れるべき人ではないから自然にはきれいには別れられない。そこで先生が「離婚線」なるものを入れ、先生の言った通りの日時に先生の言った通りのキーワードを使えば、スムーズに別れられる。その通り実行したTちゃん。大揉め必至だった離婚劇がびっくりするぐらいスピーディーに解決し、先生の助言どおり実家に戻りようやく落ち着きを取り戻したのだという。
 「先生のおかげで楽になれたよ」
とTちゃん。自分の運命は自分の意思だけで切り開く鋼鉄の女ってイメージがあっただけに、意外な面を見た思いだ。
 「へえ~、おもしろそう。私も行きたい。いくらするの?」
 「私とTさんとKさんはもう行ってますから、この3人のうちの誰かの名前を出せばだいじょうぶですよ。ちなみに料金は2万円です」
 とRちゃん。2万円? うわ~、お高い! 気軽には行けないよなあ。
 「値段がねえ」
とSちゃん。Oちゃんも頷いている。このふたりは私とは対照的に行ってみたいとはまったく思っていないみたいで、2万円あったら別のものに使うという。
 こういうのっておもしろい。SちゃんやOちゃんのほうがいわゆるOLっぽくって、占いとか好きそうなのに。その反面まったくそういうのを信じなさそうなKちゃんやTちゃんがすっかりその先生のことを信じきっている。
 まあ占い好きな私としても2万円はちょっとなあ。なんて無駄遣いだって夫からめちゃくちゃ怒られそうだ。
Tちゃんの話を一通り聞いたあとは、私の愚痴もみんなにぶちまけた。みんなからはたいそう同情され、社内で一番不幸とまで言われた。
「だめだよ、そこまで我慢したら」
Sちゃんは目に涙まで浮かべてくれ、TちゃんとKちゃんは専門分野の法律を持ち出し、Oちゃんも人事に相談するべきですよと真顔で言い、不思議ちゃんなRちゃんは、そういうときこそ、銀座の先生ですよと付け加えた。

 それから1ヵ月後。職場環境はいっそう劣悪なものになっていた。もう我慢の限界だった。転職も真剣に考えた。転職するにしても履歴書に最後に残る部署がここでは不利だ。銀座の先生のことはずっと心に引っかかっていた。そしてついにRちゃんに銀座の先生の連絡先を聞いた。ドキドキしながら、ジメジメと嫌な湿気がまとわりつく梅雨のころ、教えてもらった番号にかけてみた。
 若くて感じのいい男の人が電話に出た。Rちゃんの紹介だと告げると、彼女の紹介の方が最近は結構いらっしゃるんですよと朗らかに告げられた。すぐにでも予約が入れられると思っていたら、候補で挙げてもらった日にちは全部1ヵ月先だった。一番最短な日を選んでもらい、予約は終了。
 飯田橋のラムラで診てもらった以来、5年半ぶりの占いだ。
 果たしてなんと言われるのか!?

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