超満員のメルパルクホールにて。
最初に登場したのは娘たちのグループ。「パリの喜び」の1曲目である「overture」の曲に乗って、エシャペとかルルベといったステップを多用しているところが、さすがは発表会歴2~3回目の年中または年長グループだ。
娘はオレンジ系のチュチュつきの衣装を着て、頭には同系色の大きなお花をつけている。女の子を持つ親は娘のこういう姿を見るためだけに、バレエを習わせるのではないか。こういった可愛らしい姿は親のナルシシズムを激しくくすぐるのである。
特に私のように激しい西洋コンプレックスを持ち、挙句田舎者特有の偏狭なルサンチマンを有する者にとっては、こうしたハイソなムードっちゅうのはたまらんわけですよ。
つつがなく娘たちのグループが踊り終えたあとは、いよいよ最年少チームの登場だ。「パリの喜び」の3曲目の「No.2Polka No.3 Allegro/Valse」のイントロに乗って、息子が女の子12人に花を1本ずつ渡していく。
「あらっ、男の子が出てきたわよ」
「まあ、可愛らしい!」
会場中がそれだけでざわざわし出す。もうそこはもらったも同然だ。
思わぬ会場のざわめきで息子は動転したのか、途中で花をボトボトと落としてしまいあわてて拾うが、それすらも「ほら、お花、ちゃんと拾ってるわよ。エライわねえ~」「ほんと、マジやばい。可愛すぎ♪」という声があっちこっちで上がっている。
観客のみなさん~! あれがわたくしの息子なんでございましてよ。おーほほほっ! 可愛らしいでしょっ!
もう誇らしさのあまり私の鼻の穴は全開状態だ。フンっ!!
途中アクシデントがあったものの、息子は無事イントロ10秒内に花を渡し終え、女の子たちが一斉に踊りだす。
そこでいったん息子は舞台の袖に引っ込むのだが、なぜか戻ってくる。
たぶんそこからのパートが追加された息子の出番だ。ステップを踏んでる女の子たちの隣で左右にカニ歩きしているだけの息子。カニ歩きとはいえ、出ないよりマシか。
そして最後は手を振りながら全員舞台下手に向かってスキップをして退場する。女の子は全員袖に引っ込んだ後に、息子ひとり袖から顔を覗かせ、観客に向かってバイバイをするというおいしい役どころ。
もうこの息子の顔見せバイバイに観客たちがどよめくことどよめくこと。
「きゃぁ~、可愛いっ! バイバイしてるぅ~」
「やっぱ、バレエやってる男の子って可愛いわねえ~」
その後は小学生たちのグループが出てきたのだが、すっかりどよめきは消えてしまっている。
いやあ~、男子のバレエって思っていた以上においしいわ。
最後は全員が出てきてフィナーレ。曲は「パリの喜び」の中でもっともメジャーな曲、「CanCan」である。そうフレンチカンカンのカンカンである。というより運動会でかかる音楽である。この曲になじみがあるからか、いっちょまえに息子も踊っている。それを見ている観客たちは、
「あらっ、あの男の子、また出てきたわよ。ちゃんと踊ってるぅ!」
「あっ、くるって回転した。可愛いわあぁ~」
一心不乱にビデオカメラを回す夫。あの~、ここではビデオ撮影禁止されてるんですけどぉ~。
「ねえねえっ! L、可愛くない? もう大成功じゃないのっ!! あれが私たちのラブリーな息子よっ! ちょっと誇らしくない?」
興奮のあまり、ビデオカメラを回している夫の腕をバンバン叩きながら言うと、
「ちょっとぉ、画像が揺れるってば」
と言い、舞台の子どもたちの退場とともにカメラを片付けながら、
「いいなあ~。Lは」
とぽつりと言う夫。
「ミーは子どものころ、足が悪くてずっと入院していたし、それで運動もロクにできなかったし、変な髪型をして変なメガネをかけていたから、スプーキー(=キモイ)っていじめられたし、転校ばかりしていたから友だちはいなかったし、全然自分に自信もなくて、人から注目されることもなかったし・・・。それに比べてLはいいなあ~。こうやってみんなから注目されて、いつも自信ありげで明るくて。ミーの子どものときはこんなじゃなかったよ。こういうタイプの子が自分の子どもだってなんだかちょっと信じられないよ」
ブツブツと子どものころのルサンチマンを延々と繰り返す夫。
暗い。暗すぎるぞっ! しっかりしておくれ。
楽屋では先生がもう大興奮状態で近づいてきた。
「お母さんっ! 今日の発表会は大成功ですっ! Lくん、やってくれました! もう私、うれしくて・・・」
なんと涙まで浮かべているではないかっ!
「ちょっと花とか落としちゃいましたけどね」
「いいんですっ! そんな些細なことは! もうLくんが出てきたときの客の反応で、もう“もらったっ!”ってなもんですよ。来年もがんばってくださいっ! 期待してますからっ!」
え!? 来年ですかぁ? 先生もえらい変わりようである。
そして夜はちゃっかりフラメンコのほうの打ち上げに参加すると、そこでも息子の話で持ちきりだった。
今年の舞台はバレエの次がフラメンコだったので、発表会に参加しなかったメンバーや発表会に出たメンバーの家族や友だちもみんな息子のバレエを見ていたのだという。
「Lくん、可愛かったよ。周りの観客もどよめいてたし、思わず私、いっしょに見に来た友だちに、“美央さんっていっしょにフラメンコをやっているお友だちのお子さんよ”って自慢しちゃった」
と言うのは明美さん。
「そうそう、私もLくんのこと、自慢しちゃった。男の子のバレエって本当にいいわね~」
と長谷川さん。
ああ~。なんておいしいんだ。男子のバレエ。
本当は今回の発表会が終わったらバレエは辞めさせるつもりでいたが、こんなんだったら辞められないではないかっ!
よし。来年ももう一度、発表会で目立ちまくってやるっ!
銀座の先生の「バレエは長続きしない」という予言の結果は、こうして1年先延ばしにされたのである。
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