娘が幼児教室に行っている間、私は悩んでいた。
「今晩は娘とふたりでどうしよう?」と。
夫と息子はすでにロンドンにいるので、私たちはふたりっきりだ。
こんな気分のときに娘とふたりっきりだと何かよからぬことを口走ってしまいそうで、自分が怖い。誰かがそばにいてほしい。
こんなときにいっしょにいてくれるとうれしいのがHANAちゃんだ。
家が近いということに加えて、HANAちゃんには包容力がある。私より13歳も年下なのだが、すべてを赦しすべてを受け止めすべてを包み込んでくれるような圧倒的な安心感を与えてくれる。
お願いだからいてくれよと祈るような気持ちで携帯に電話を入れると、「どうでしたか? 合格発表!?」といきなり聞いてくる。
「あかんかったよ」
「マジでっ!? そんなんありえへんわ。なんかの間違いちゃいますか?」
「間違いちゃうよっ! そうや、あんた今何してるん?」
「え? ああ、今目白の美容院で髪切ってるんですわ」
「またかいな」
そうなのだ。「今晩うちに来い」と突然私が誘うとき、なぜかHANAちゃんはいつも目白の美容院で髪を切っていたり、染めていたり、パーマをかけていたりするのだ。
「夜、なんか用事あんの?」
「ないですぅ、ないですぅ。あ、ほなお邪魔していいですかねえ」
「何がなんでも絶対にうち来てっ!」
「了解ですぅ。美容院終わったら速攻で向かいますわ」
よし。今晩の関門はこれで切り抜けた。HANAちゃんの胸を借りて思いっきり泣こう。
家に帰ったらHANAちゃんが来るのを待ちながら、あっちこっちに電話をかけまくる。
まずはオカンである。
「ふうん。まあしゃあないがね。あんた、そんな学校行ってまったら入ったあとついてけぇへんよ。公立でええほうにおったほうがええがね」
なぜかオカンは昔から同じようなことを言い続けている。私や弟たちが高校受験とかするときもそうだった。
オカンの言い分は「あまり難関校に入ると優秀なみんなについていけなくて、落ちこぼれて苦労する」というものだ。
これはオカンの強固な信念らしく、来年中学受験を控えている甥っ子にも同じことを言っている。
私はまったくそうは思わない。優秀な同級生たちと切磋琢磨していったほうが本人が伸びる可能性がよっぽど高いではないかと思う。
井の中の蛙で楽をするよりは、大海を泳ぎまわれる環境である。
「あんたもあんたやわ。占いなんか信じとったんかね。そんなもん、当たるわけないがねっ」
「ええ~、ママだって占ってもらいたいって言ってたくせに」
「そんなもんはお遊びなの。そんなもん信じるほうがターケ(たわけ)なの」
とにべもない。そうか信じる者は救われないのか?
そのあとは沙織(仮名)である。
「ええ~、あかんかったん? 銀座の先生、そんなアホなって感じやなあ。あんたが国立やって言うからがんばったんやっちゅうのになあ~。まあ気ぃ、落とさんとなんか楽しいこと考えてたほうがええでぇ~」
そうやなあ。
泰子(仮名)の場合は「ショックすぎるよっ! 先生が外すなんて!」と大騒ぎし、みっちゃん(仮名)はしんみりと「そうか。でも学習指導要領も変わるから公立もどんどん良くなっていくと思うから、心配要らないと思うよ」と締めくくった。
念のためとは言え、「2次試験が通っていたら、3次抽選のときに娘を預かってほしい」と頼んでいた朔美ちゃん(仮名)ママに、もうその必要がない旨を伝えねば。
あ~あ、先走った間抜けなお願いをしちゃったよなあと赤面することしきりだ。
しかしなかなか朔美ちゃんママとは連絡がつかない。そういえば合格発表の場でも会わなかったよなあ。
仕方がないので用件を留守番電話に吹き込む。
夜になってようやく朔美ちゃんママから、「ごめんね、連絡もらってたのに」と電話が入る。
「メッセージ入れた通りなんだけど、明日もうだいじょうぶになったから。ところで朔美ちゃんはどうだったの?」
「あ、う、うん。そっかあ、Aちゃんは絶対にだいじょうぶだと思ってたんだけど・・・」
何やら口ごもる朔美ちゃんママ。
「実はなんの間違いだかさっぱりわからなくて、うちでもみんな戸惑っていて、それでおじいちゃんおばあちゃんまでこっちに出てきちゃって、それで連絡が遅くなったんだけど・・・」
何やら前置きが長い朔美ちゃんママ。
「こんなことありえるのかしらって感じなんだけど、なぜか朔美の番号があったのよ」
「!」
「本番でできてなかったら絶対にだめだと思ってたんだけど、なぜか合格してたんだよね」
最後のほうは聞き取れないぐらい小声になっていく朔美ちゃんママの声。
なんとブルータスよ。お前もかっ!?
結局、同じ保育園から3人で受けに行って、落ちたのはうちの娘だけだったのだ。
オー・マイ・ガァ~!!! なんたる不条理!
じゃあ尚更、受かってたら3次抽選のときに娘を預かってくれって前もってお願いしていたの、どうしようもなくアホなお願いだったではないかっ!
あ~、恥ずかしい。もう私、バカみたい。
「そっか。おめでとう。雪美ちゃんも合格していたから、明日の抽選ふたりとも通るといいね」
「いや、なんだか怖くて。うちなんかで本当にいいんですかって申し訳ない感じで」
「そんなこと思わなくていいよ。朔美ちゃんってやっぱ神童だったんだね。明日結果がわかったら教えてね」
そう言って電話を切った。
あ~、私ってホント間抜けだわ。ちゃんと合格できる実力のある朔美ちゃんにこれまであれこれアドバイスしてたなんて、図々しいのにも程がある。もう恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
とはいえ、ここまできたらきれいごとでもなんでもなくて、雪美ちゃんと朔美ちゃんには抽選も勝ち抜いていってほしい。
さあ、我らが屍を踏み越えて行け!
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