2010年10月31日日曜日

公立不信①

 ある日、実家に電話をすると両親と同居する弟の嫁のRちゃんが出た。
「今、お義母さん、買い物に行ってますよ。帰ってきたらお義姉さんから電話があったこと伝えておきます。そうそう、Aちゃん、小学校に入るにあたって何か必要なものないですか?」
「あるある。ランチョンマットとか、体操着袋とか、上履き袋とかの縫い物系」
「ファックスでサイズ送ってもらえれば、作っておきますよ」
「うわっ! 助かる助かる。布代はママからもらっておいて」

 小姑根性丸出しにして言わしてもらえれば、うちの嫁のすばらしいのはこういうところに尽きる。
 うちのオカンはめっちゃ不器用だ。その遺伝はしっかりとしかもパワーアップして私に伝えられ、特に縫い物系に関しては私たちの不器用ぶりは爆発的な破壊力をまわりに撒き散らす。

 そんな女どもを見て育ってきた我が弟たち。手芸好きのRちゃんに出会ったとき、弟Tは相当衝撃を受けたらしく、めっちゃ興奮しながら、
 「お姉ちゃんっ! トイレのカフェカーテンを自分で縫う女に会ったことあるか?」
とまるで「昔の漫画みたいに、本当にトーストをくわえながらセーラー服姿でバスを追いかける女子高生に会ったことがあるか?」と聞くがごとく私に尋ねた。
「ないっ!」と竹を割ったように爽やかに答えると、
「俺もないっ! 生まれて初めてや。ほんなら聞くけど、自分でピアノカバーを縫う女に出会ったことあるか?」
「そんなもん、あるかい。そんな女は単なる暇人じゃっ!」
「もういっちょ、聞くけどな。お姉ちゃんは自分のマイミシンを持っとる女を見たことがあるか?」
「あるわけがないっ! そんな女は単なる外道じゃっ!」
「そうか。よおぉ~わかった。お姉ちゃん。俺、その女と結婚するわ。俺、そんなん自分で作る女がこの世の中におるって知っただけで、世界が広がって新鮮やわ。なんでかしらんけど幸せになれそうな気ぃするわ」

あれから12年。
弟Tは出会って早々のRちゃんと結婚をした。Rちゃんはオカンや私の縫い物関係のものに対する「そんなもんはお金で解決じゃっ!」という札束で人の顔をはたくがごとくの横着な態度に衝撃を受けたらしく、子どもたちが保育園に入るときも、「縫い物は私がやりますから」と申し出てくれて、ずいぶんと助かった。
それなのに実際に出会う前だとはいえ、暇人で外道だなんて罵倒してごめんね。
そんなRちゃんが、
「そうそう、いただいた電話やけど」
と声を落として言う。
「Y介がこの前学校でボコボコにされたんやて」
「なぬ?」

Y介はふたりの次男でこのとき小学校1年生だった。うちの娘より1つ年上だ。
小学校は私たちも通った地元の公立小学校に通っている。
「Y介が泥だらけであっちこっち傷や痣も作って、服も一部破れて帰ってきて、けどあの子、負けず嫌いやで泣かんとずっと歯を食いしばっとって、ようやく誰にやられたんやって聞き出せたんやて」
「誰じゃあっ! うちのY介にそんなことするばちあたりモンはっ! そんなことでY介の指にもしものことがあったらどうするんじゃっ!」
「そうそう。指とか手は無事やったもんで、ホッとしとるわ」

長男のS太朗はバイオリンを、弟のY介はチェロを習っていて、特にY介は先生から才能を認められ小1にして大人のオーケストラに最年少で入団している。
 「芸術で腹はいっぱいにはならんぞ」と考える実利的な商売人のうちの両親は、「そんなもん習わして元が引けるんかいっ!」と常々陰口を叩いているが、本人たちはできれば音楽で食べていきたいと考えているようだ。
 実際夢がかなうかどうかわからないが、それでもチェロを極めようと精進しているY介にとって手や指は普通の人以上に大切な器官のはずだ。
 そういう子がボコボコにされるというのはいったいどういう事態だったのか。

 「お義姉さん、ホント思うけど公立小学校って良くないわ」
 「それはどういう意味?」
 そんなことを聞くと、忘れたはずの娘の苦いお受験失敗の思い出が蘇ってくるのであった。

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