2010年3月25日木曜日

特別寄稿 鹿鳴館30周年記念ライブに行ってきた!⑤

 ここで44マグナムの紹介をしよう。
 1977年(!)結成、83年にメジャーデビュー。当時、いわゆるジャパメタ(ジャパニーズ・へヴィー・メタル)ブームなるものがあり、ラウドネスとかアース・シェーカー、バウワウなどが代表格だった。
 ラウドネスやアース・シャーカーが関西出身ということも影響しているのか、さらに関西メタルといわれるジャンルが出現する。
 
そんな関西メタルの代表格にMARINOやRAJASなどと並んで44マグマムが君臨していて、全員金髪で化粧というきらびやかなルックスは後続のバンドに絶大な影響を与える。
実際、デランジェのサイファーやテツは44マグナムのローディーを務めていたし、このジャンル好きではなくても、44マグナムの名前は広く知られていた。

2002年に再結成するも本格始動には至らず、2007年(またしても!)に本格的な活動を宣言。
メンバーは従来のポール(vo)、ジミー(g)、ジョー(ds)に加えて、2009年にポールの息子(!)スティーヴィー(vo)と元ラクリマクリスティのSHUSE(b)を新メンバーに迎える。
なんと新メンバーたちと従来のメンバーたちは親子ほど(←って実際親子だけど)年が離れているのだ。

私は44マグナムのライブは見たことがなかったけど、何かのオムニバス盤で何曲か聴いたことがあり、アメリカンな感じの明るいハードロックという印象を持っていた。
去年、新メンバーが加入したときにアライちゃんが、「44マグナム再結成しましたよ」と彼らが表紙のロッキンf系の雑誌を見せてくれ、ポールとスティーヴィーがそっくりなのに、微笑ましく思った。
そんなこともあってこの日、一番のお楽しみは親子44マグナムを見ることだったのだ。

会場のファンも同様らしく、期待が高まる。アライちゃんも前に飛び出す準備をしている。
若いアライちゃんが44マグナムにハマっているのは、たぶんドラムの宮脇“ジョー”知史の影響だろう。ジョーはXのHIDEがやっていたhide with Spread Beaverのツアーメンバーだったし、今やZIGGYのメンバーでもあるから、モロ、アライちゃんの好きなバンドの影にジョーの存在ありなのだ。

そして真打ち登場!
おお~、ポールがオッサンになっている! 今までのバンドたちが全然年齢を感じさせなかったのに比べて、ポールはしっかりと年食っている。お腹も出ているぞ。
 そのことになぜかすご~く安心感を覚える。相変わらず金髪で中にはヒラヒラの白いブラウスを着ているんだけど、人間味溢れていていいじゃないか!
ジミーやジョーは体型を保っていて、相変わらずカッコよく、若者のスティヴィーやSHUSEと並んでも遜色ない。

雑誌ではポールと瓜二つと思ったスティーヴィーだけど、イマドキの若者らしく顔が小さく手足が長い。整った可愛い顔をしている。
インタビューで「俺もポールの影響を受けているから」云々などと、突っ込みどころ満載な受け答えをしているところもラブリーだ。

しかし父親といっしょにやるバンドって本人的にはどういう心境なんだろう。父親がやっていたバンドに息子が加入するっていう例はあるが(ツェッペリンのジェイソン・ボーナム)、ロックバンドを親子でやるのはかなり珍しいと思う。
スティーヴィーの懸命に追いつこうとしている様子が初々しい。
ポールは歌を通じて何かをスティーヴィーに伝えたいのだろうか? 
今後親子バンドで期待したいのは、charだわね。

そして特筆すべきはジョーのドラム。自己主張の強いテツのドラムを見た後ということもあり、この人のドラムはものすごく調和的だ。
サウンドの屋台骨を絶対的な安心感を持って支えている。ジョーのドラムによって、44マグナムというバンドは守られている。
しかもジョーが笑顔でうれしそうだ。ジョー加入後のZIGGYはまだ見たことがないが、これまで私が見てきたジョーのライブは全部サポートメンバーとしてのものばかりであったことから、職人的にきっちり仕事をする人という印象を持っていた。
けど今夜のジョーは違う。思いっきり自分のホームで楽しんで、自分自身のドラムを叩いている感じがする。
うふ、ジョーもこんなに素敵な人だっただなんて、なんで20代の頃には気がつかなかったのかしら。迂闊だったわ。

ポールのMCも冴えていて、この人もつくづく関西人なんだと思う。大御所らしく鷹揚にデッド・エンドやデランジェも褒め称えるなど、気配りもバッチリだ。客の乗せ方も抜群に上手い。
「俺らは鹿鳴館が出来た30年前以上前から、バンドやっとったけど、お前らの中で生まれる前から鹿鳴館があったってヤツとかいるの?」
とポールが聞くと、あっちこっちで「ハーイ!」という声が聞こえる。アライちゃんも思いっきり返事をして手を挙げている。
 オジサンオバサン・ファンばかりかと思いきや、若いファンもしっかりとついているようだ。中には「私、23歳!」とか叫んでる女の子もいた。
 やるなあ~。

 けどライブ中盤で、「病気なんてイヤやな」とポールがポツリと漏らす。
 そうなのだ。ポールは若年性パーキンソン病に罹っているとカミングアウトしていて、病魔と闘っているのだ。
 いつの日か体が動かなくなる日が、声が出なくなる日が来るかもしれない。悪夢としか思えない残酷な現実にポールは立ち向かっているのだ。
 その恐怖はいかばかりか。
けどポールは歌い続ける。
オッサンになったポールはめっちゃカッコいい。
ポールが命がけでやってきた44マグナムというバンドを、いつの日か実の息子であるスティーヴィーに託すために、ポールは息子とステージに立つのだろう。

けど「デッド・エンドもデランジェも44マグナムもこれから歴史を作っていくんだから、まだまだ伝説にはならない」というポールの言葉に、彼の歌い続けるんだという強い意志を感じる。
そうだ。まだまだ44マグナムの歴史は続いていくのだ。
そして「こんなに人が集まるんだったら、鹿鳴館にも足を運ぼう。俺たちの次ぐらいにカッコいいバンドがいるかもしれないぜ。みんながバンドを育てるんだ」という言葉になんだかジーンとくる。

そして44マグナムもきっちり1時間で演奏を終えると、鹿鳴館の社長という人がステージに上がり、あいさつ。デッド・エンドやデランジェのメンバー、さらになぜか元ラルクアンシエルのドラマーSAKURAが出てきて、記念撮影。

その後はお楽しみの大セッション。曲は44マグナムの“ストリート・ロックンローラー”。
ゴージャスだ。だってポールとMORRIEとKYOちゃんがいっしょに歌ってるなんて、すごすぎ。
ジョーとテツの師弟ドラマー競演や、ジミーとサイファー(←カッコよすぎ!!)の師弟ギタリスト競演、クール・ジョーのリラックスしたベースなどみどころ聞きどころ満載だ。

会場にいたファンも楽しそうだ。ステージにいるメンバーたちは本当にいい感じで年を重ねている。
好きなことをやって生きていくのは難しいが、酸いも甘いも噛み分けたこの3バンドの未来に幸多かれ。

すっかりロック的なものから遠ざかっていた私だが、久々にライブを満喫できて、楽しかった♪
今度は鹿鳴館のほうに足を運んでみようかしら。
                      以上、ライブレポートおしまいっ!

特別寄稿 鹿鳴館30周年記念ライブに行ってきた!④

 お次の出番はデランジェだ。

 デランジェの紹介をここでしてみよう。
 スペルはD’ERANGER。バンド名の由来は「淫靡な誘惑」という意味のフランス語なんだそうだ。
1983年に結成。1990年に解散。2007年に解散時のメンバーで再結成。
 メンバーはKYO(vo)、CIPHER(サイファー・g)、SEELA(b) TETSU(ds)の4人。
 インディーズ時代にヒットを飛ばし、90年に満を持してメジャーデビューするものの、その年に突然解散。
 その後、KYOはDIE IN CRIESやBUG、サイファーとテツはBODYやCRAZE、SEELAはFIXなどのバンドで活躍し、まさかまさかの再結成である。
 
 こちらもデッド・エンド同様、90年に解散しているのでライブを実際に見たことはなかった。
 ただ音楽雑誌編集者時代にDIE IN CRIES とBODYは担当させてもらったので、そちらのライブは何度も見てるし、な・ん・と、自慢じゃないがKYOちゃんとは札幌でカニラーメンをいっしょに食べた仲なのである(←本人は絶対に忘れているだろうが)。
 どうだ、うらやましいか。

 さてデランジェである。すごい。こちらもみんなほとんど変わっていない。
 KYOちゃんなんてなんだか髪の毛も増えていてデランジェ時代のように髪を金髪にして、むしろ若返ってるんですけど・・・。
 なんだかいい意味で小僧っぽくって、DIE IN CRIES時代よりいい感じ。

 そして特筆すべきはあなた。サイファーですよ。サイファー。本名・瀧川一郎。
 ちょっとこんなにカッコよかったっけ? マジで直球ど真ん中なんですけど!
 デッド・エンドのときは前に飛び出していったアライちゃんだけど、デランジェにはあまり燃えないらしく後ろでおとなしくしているのを尻目に、サイファーの顔見たさに、
「ちょっくら行ってくるわ」
と前方右寄りに移動する私。
 じっくりとサイファーの顔を拝まねば!

 そして演奏が始まる。デランジェってライブも見たことがなかったが、実は音を聞いたこともなくって、COLORやXなんかと並んで元祖ヴィジュアル系みたいな言われ方をしていたこともあって、すごいポップな音のイメージがあったんだけど、これが結構ソリッドなのである。
KYOちゃんも比べ物にならないぐらい昔より上手くなっている!
サイファーもテツも44マグナムのローディーをしていたという経歴の持ち主だけあって、テクニックは折り紙つきだ。

しかし相変わらずテツのドラムは自己主張が強く、おかずの多い派手なタイプと言うのか、音もでかいぞ。
この人のドラムスタイルは好き嫌いがハッキリ分かれるタイプだと思うが、好きな人にはたまらんタイプのドラマーだと思う。
ついつい聞いてしまうというのか、ついつい見てしまうというのか、とにかく強烈で“俺を見ろ”オーラーがビシバシ出ている。
このテツのパワーに並みのメンバーだったらすっかり食われてしまうんだろうけど、他のメンバーだって負けていない。
流れるようなサイファーの華麗なギター、テツのパワーをしっかり受け止めるSEELAのベース、エキセントリックだけど安定感のあるKYOちゃんの歌声。

うーん、デランジェ、いいじゃん。
サウンドもハードなだけじゃなくて、ニュー・ウェーヴもきっちり通っていることが窺える。ロックの初期衝動も感じさせてくれつつ、高い演奏力。
ある程度の年齢になればなんとなく丸くなり、渋さを追求し始めるバンドもいるけど、デランジェは尖っている。
尖っているけど安定している。
これってすごくないか? いい年の取り方、いいキャリアの積み重ね方をしていると思う。

それにしてもサイファーのカッコよさ。う、今さらサイファーに萌える羽目になるとは思ってもみなかったぜ。
あまりにタイプすぎて夢に見そう。
冷たいぐらい整っていて、ノーブルな雰囲気なのよ。しかも同い年。
これから「好きなタイプは?」と聞かれたら(←最近、誰からも聞かれないけどな)、日本人なら福山雅治と並んでサイファーだね(←キッパリ)。
うーん、いいわ。サイファー。しばらくマイブームになりそう。
そういえば昔、奥菜恵とサイファーって噂になったことがあったよなあ。
さぞかし、美男美女のカップルだったことだろう。
サイファーとあんなことやら、こんなことやら(←激しく妄想中)。
ちっ、うらやましいぜ。奥菜恵。

すっかりサイファーにやられてしまっているうちに、こちらも1時間でアンコールなしにきっちり終了。

さてトリは我らが44マグナムの登場だ。

特別寄稿 鹿鳴館30周年記念ライブに行ってきた!③

 さてトップバッターはデッド・エンドである。
 もうMORRIEのカッコよさといったら!
 COOL JOEも変わっていない! この人がシルヴァー・ドックスというバンドにいたときに何度かライブを見たことがあったんだけど、いるだけで周りがぱーっと明るくなるような華やかなベーシストだ。
 
 そしてMORRIE! 右側の右側あたりから髪を立たせながら流す髪型(←想像つくかな?)は健在で、胸元をはだけた衣装もオシャレに着こなし、時折チラチラと見える体の細いこと細いこと。
 MORRIEに限らず、みんな細い。うちの夫と同い年ぐらいだと思うけど、もう同じ人間(←人種は違うけどな)とは思えない。なんてみんなお腹がぺったんこなんでしょう。
 爪の垢でも煎じてお飲みよ。我が夫。

 久しぶりのライブでどうやってのったらいいのかちょっと迷っていたけど、曲が始まってしまえば体は自然に動く。
 昔の曲なのか、再結成されたあとの曲なのかは不明だけど、改めて聴くとデッド・エンドって結構ポップなのね。
 なんだかもっとハードなものを想像していたのでちょっとびっくり。
 けどどの曲もやっぱりMORRIEの詞は「アイラブユー・ベイベー」的な要素は一切入っていない。
 そしてさすがに演奏も安定していて、キャリアを感じさせられる。

そして気になるドラマーはひとりだけ若そうで、いったい誰?って感じである。
 けどMCでその正体が「山崎 慶」という名前であることが明かされる。MORRIE いわく「息子でもおかしくない」年齢の若者だということだ。
けど重鎮たち相手にかなり奮闘している。将来楽しみだぞ。
ライブ後にネットでチェックしたらこの人現在、VENOMSTRIPというバンドに在籍していて10代のころからセッションとかしまくっていたらしく、若手テクニシャン・ドラマーとして有望視されているのだという。
それも納得のドラミングだ。お見事!

あと意外だったのがMORRIEのMCがオモロイこと。あんなに美形でカッコいいのにめっちゃ関西ノリだ。
ずっとMORRIEって作り物みたいにきれいだから、昔のアイドル並みにマジでトイレとか行かないのではと思っていたが(←思うなよっ)、「MORRIE!!」という黄色い声援に「はい」と真顔で答えてみたり、関西弁でジョークを言ってみたり、私的にはかなりツボを突かれた。
美形な上にオモロイ。無敵やないか! 

怒涛の如く飛ばしていき、きっちり1時間後にデッド・エンドの出番が修了。アンコールはなし。
おお~、ということは最後に大セッションか?

特別寄稿 鹿鳴館30周年記念ライブに行ってきた!②

 さて久々のライブである。後楽園の駅に着いてJCBホールに向かうが、なんと道に迷う。
 アライちゃんに電話をし、ナビゲートしてもらってようやく到着。
 ライブ会場に近づくにつれ、結構年食った(=同世代の)ファンがチラホラ見える。
 ロッカーに荷物を預け、身軽になった私たちは早速会場に。

 ステージ上にはすでに機材はセットされていて、ローディーたちが何やら微調整している。
 「トップバッターってデランジェですかねぇ?」
とアライちゃん。
 「そうだね~。普通に考えるとデランジェ→デット・エンド→44マグナムでしょ」
 「確かにあのマイクスタンドの位置とか、ローディーのメンツを考えるとデランジェっぽいんだなあ。あのドラムセットの組み方はデッドエンドじゃないし」
とマニアックな観点から出演順を推測するアライちゃん。どんだけライブ行ってるんだ!?
 けどずっとかかっているSEはなんとなくデランジェのものというより、デッド・エンドっぽい。U2が流れたときには、トップバッターは絶対にデッド・エンドだと確信した。
 するとバッグには「Dead End」の文字が!
 
 やった~、当たったじゃん!

 ここでバンドの解説を駆け足でしよう。

 まずはデッド・エンド。84年(!)に結成。90年に解散。2009年にまさかの再結成。
 メンバーはMORRIE(モーリー、vo)、YOU(g)、CRAZY COOL JOE(b)、MINATO(ds)の4人。
 ハードロックを基調としながらもMORRIEの強烈なカリスマ性、独特な詞の世界、それを支えるJOEとMINATOのリズム隊、当時関西一といわれたYOUのギターとのコンビネーションが当時衝撃をもって受け入れられ、瞬く間に数々のインディーズ記録を塗り替える。

 実際80年代のこの人たちのいでたちは他のバンドと比べても異質で、なんだかとってもおしゃれだったのだ。
 私がデッド・エンドを知ったのは「BURRN JAPAN」の表紙を飾っていたMORRIEがめちゃくちゃカッコよく、高校生のときに好きだったDEAD OR ALIVEのピート・バーンズになんだか似てるよなあ~。バンド名もDEAD ENDだし、なんて思って同誌をジャケ写買いならぬ表紙買いしたのがきっかけだった。
 インタビューなんか読んでもなんだかMORRIEって知的で美意識に溢れていて、元々好きだったイギリスのニューロマ(←ニューロマンティックの略)系なんかにも通じるところがあって、すっかり気になる存在に。

 しかし! そのわりにはデッド・エンドのライブって見たことがなかったのだ。
80年代に近所の貸しレコード屋(!)で借りたレコードをカセットテープ(!)にダビングして、時々聞いてたけど、私が邦楽雑誌の仕事を始めたときにはもうデッド・エンドは解散して存在していなかった。

けどその後もMORRIEの影響を受けたヴォーカリスト、デッド・エンドのフォロアー的なバンドが続出して、いかにデッド・エンドが与えたインパクトがデカかったのか、後続のバンドを通して目の辺りにすることになる。

 そのデッド・エンドのまさかの再結成である。
 しかしdsのMINATOは不参加を表明しているらしく、いったいドラマーをどうするんだ?というのが、ファンにとって目下の最大の懸案事項で、2009年のツアーは元LUNA SEAの真矢がゲスト参加したらしい。
 さあ、今夜のドラマーはいったい誰?

 「SAKURA(元ラルクアンシエルのドラマー)が参加するのではという説もありますよ」
とアライちゃん。確かにそれもありえそうだ。

 そのアライちゃん。スクリーン上に「Dead End」の文字が浮かぶや否やステージ前方に向かって飛び出していく。
 さすが若いぜ、アライちゃん!

特別寄稿 鹿鳴館30周年記念ライブに行ってきた!①

 目黒の鹿鳴館というライブハウスがある。そこはハードロックバンドにとっての殿堂の場所で、ここから数々のバンドが育っていった。
 鹿鳴館出身のバンドで最も有名なのはX JAPANだろう。
 私もここには何度となく通い、もう「目黒といえば鹿鳴館」というのは「目黒といえばサンマ」とか「目黒といえば寄生虫館」という以上に、自明のことであった。

 その30周年記念イベント・ライブが水道橋のJCBホールで2日続けてあり、その2日目に「デッド・エンド」「デランジェ」「44マグナム」の3バンドが出ると教えてくれたのは、社内の友だち・アライちゃんだった。

 アライちゃんは違う部署の派遣さんでフロアーも違うので、普通は接点がなかなかない間柄のはずだが、ひょんなことからアライちゃんがロック好きだということがわかって仲良くなった。
 彼女はまだ26歳で私より16歳(!)も年下なのだが、彼女の好きなバンドはその世代にはまったく似つかわしくなく、かなりアラフォー的な、というよりメンバーもみんな40歳以上といったバンドばかりなのだ。
 しかもアライちゃんの好きなバンドは昔私が音楽雑誌の編集をしていたときに仕事をしたバンドが多く、どれも一般的に知名度のあるバンドとはいえないので、アライちゃんにしてみれば、ようやく社内でできた“話のわかる人”というのが、私だったわけだ。

 小学生(!)だったときにXにハマり、それ以来ヴィジュアル系といわれるバンドにどっぷり浸かったアライちゃんは、好きなバンドが影響を受けたバンドにも視野を広げていくうちに、好きなバンドの年齢層がどんどん上がってしまい、気づいたら同世代の友だちがいなくなっていたという気合いの入ったバンギャル(←バンドギャルの略)だ。

 そのアライちゃんに誘われて行ったのが、上記のイベントだったわけだ。
 ライブ三昧のアライちゃんとは違い、こっちとくりゃあ、2児の母である。いったい何年ぶりだったんだ、ライブ!?ってなやつである。
 友だちのバンドとか黒百合姉妹のライブ以外で行った最後のライブっていつだったっけ?
 あれをライブとカウントしていいのなら、家族で行った「おかあさんといっしょ」ファミリーコンサートがそれに当たるのかもというぐらい疎遠になっている。

 しかし! 44マグナムとデランジェとデット・エンドをいっぺんに見られるのである。
一度に3度おいしいとはこのことだ。
 普通、ないよ。こんな組み合わせ。
 うふ、時間のない主婦(←働いてるけど)の私にはぴったり。

 いやーん、いったい何着てこうかしら?

 アライちゃんはきっと若者らしくロックTにアーティストグッズで身を固めて気合いを入れてくるだろうけど、あいにくロックTとか持ってないし。ちょっとそういうのは自分のノリじゃないし、かといって私たち世代のライブハウスに行く格好は、いわゆるミュージシャンの女系で、そういうのもアライちゃんから「やっぱこいつはババアだせ」的に思われても悲しいし、散々迷ってダークグレーのワンピース(←体型隠れるヤツな)とブーツ、メタリックなアクセサリー、髪の毛は巻いてみましたという腰の引けた格好で出かけたのであった。
 しかも直前は娘の塾の体験レッスンに行っていたので、教育ママゴン臭を消すために愛用のシャネル5番を大量に振りかけたら、夫から「臭い」と言われ、へこむ。

 ぎゃふん!

2010年3月23日火曜日

G大附属T小学校、願書配布始まる!②

 きっちりとお受験スーツに身を包んだママや、仕事の合間といった風情のパパたちがビッシと一糸乱れず並んでいる。
 まだ初日の午前中だって言うのにこんなに人が来るんだもん。
 やっぱ競争率高いよな。

 なんだかこういうところにいると、どこのおうちもお金持ちそうに見えて、どこのおうちも万端に準備してるんだろうなと思えてくる。
 なんだかお母様方の気合いをビシバシと感じるのだ。

 待ちながら、そうだ今日は普通の日なんだと思う。
ここの生徒たちは当たり前だけど、受験生の親たちが外で行列を作っていても、通常通り授業をやっているわけで、時折校舎から声が聞こえてきたり、椅子や机なんかを運んでいる音が聞こえてくる。
100倍近い倍率を勝ち残って、ここで学んでいる子どもたちってすごいよなあと思う。
中庭には稲なんがが栽培されていて、ここで子どもたちがプチ農業体験をする様子なんかを想像してみたりして、ちょっとほのぼのとしてしまう。

そうこうしながら30分ほど経ったところで、順番が回ってくる。受付の先生方はにこやかで感じが良く、学校説明会で感じた排他的な雰囲気はなかった。
うふ、将来子どもたちの担任になるかもしれない先生なのよねと思うと、自然に宜しくお願いしますという気持ちで頭も下がってくる。
書類が全部揃っているかと確認したら、再び校門へ。

ギョギョ、さっきより行列が伸びてるじゃん!
校門のところの警備員さんが、「ご苦労様でした」と感じよく声をかけてくれ、「ありがとうございました」と答えると、
「今年は初日のわりには少ないほうですよ。最終日がやっぱりピークかな」
と愛想よく話しかけてくる。
げっ、マジ!? これで少ないの?

ちょっとゲンナリしながら表に出ると、やっぱいましたよ。お受験塾や問題集の案内をしている業者さんたちが。
一応すべてパンフレットを受け取り、行きとは違うルートで帰途へ。
すでにこれだけで大仕事をした気持ちに。

平日の午後ですもの。こういうときに電話をしたくなるのは、現在育休中の沙織(仮名)だ。
彼女と私は誕生日が1日違いで、14日が彼女の誕生日だ。
ここ25年近く(げっ、四半世紀!?)お互いの誕生日に「おめでとう」を言い合う仲だ。

「誕生日おめでとう。いやあ~、タイミングいいわ。今、赤ちゃん、ちょうど寝たところやってん」
「沙織もおめでとう。ところで行ってきたよ。願書取りに」
「おお~、ほんでほんで?」

ということでお受験を中心とした近況報告をする。
沙織が住んでいるのは、東京より熱海のほうが近いという神奈川でも静岡寄りのところなので、うちみたいな都心の子育て環境とはずいぶん違う。
「うちはまあ高校まで公立でええわ。大学は東大とか入ってくれればええけどな」
「東大!?」
「え、東大めざすんやなかったら、なんのためにみんなお受験すんの?」
と沙織は電話口で驚いている。

 東大かあ~。でっかくきたな。
 私も含めて周りのお受験ママたちは多分そこまで考えていない。目の前の小学校のことで手一杯なのだ。

 でもよくよく考えたら、学校はずっと続いていくのだ。
 先は長いよ。

G大附属T小学校、願書配布始まる!①

 国立小学校受験の第一歩が学校説明会だとしたら、その次に来るのは願書配布だ。
 この願書配布は学校によっては説明会のときにくれるところもあるが、それだけ単独でおこなうところもある。
 G大附属T小学校の場合は後者で、その日程は9月15~17日の午前と午後の決められた時間内というものであった。

 願書を取りに行くだけなので大した時間がかかるものでもないが、何やらそわそわしてしまい落ち着かないので、いっそのこと休んでしまえと、配布の初日9月15日は私の誕生日でもあるので、有給を取ることにした。

 元々私の誕生日は「敬老の日」だったので、休みの日で当然という意識で長らくいたのだが、いわゆるハッピーマンデーというやつで「敬老の日」とか「成人の日」とか「体育の日」とかといった別のその日じゃなくてもいいじゃん的な祝日は、3連休になるように設定されるようになって、私の誕生日はお休みの日ではなくなってしまった。
 そういうこともあって、未だに自分の誕生日に働くのに抵抗があるので、何かと理由をつけては休むようにしている。
 
 そして当日。
 願書を取りに行くなら決められた時間内のいつでもいいので、10時半ごろゆっくり家を出る。
 直通のバスが家の近くから出ているが本数が少ないので、時刻表はあらかじめプリントアウトしていつでも見られるようになっている。
 バスに揺られること15分。バスはG大附属T小学校の正面玄関のまん前に停車する。
 
 あ、ら、ま。
 やっぱり行列ですよ。行列。

2010年3月17日水曜日

こういうのもありだ②

 お酒を飲みながら、うち以外はみんな小学校にいっているお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるために、話題は小学校の話に移っていく。
 みんな地元の公立小学校に通っていて、それ以外の選択肢を誰も考えたこともないらしく、それで不自由を感じている風でもなく、なんだか大らかな感じだ。

 小学校生活のアドバイスもずばり、「何があっても動じるな」だ。
 って一体、何が起こるの? 小学校って・・・。

「まあ、弱肉強食だから。揉まれるよ~。子どもは」
「アハハハ、うちなんてしょっちゅう呼び出し喰らってるよ。クラス仕切ってるらしいからさ」
「うちなんか、この前女の子たちから“キモイ”って総スカン食らったらしくって、確かに我が息子ながらKYだからしょうがないよな」
「まあ基本的に知ってるうちの子だったら、何があってもなんとかなるもんだよ」

 あの~、お勉強のほうは?

「勉強? そんなもん、自分だってやってなかったもの、強制できないっちゅうの」
「むしろ、自分たちのときよりやってるから、エライって感じ」
「まあいざとなりゃ、家継ぎゃあいいんだし」

 おお~、新鮮な意見だ! 確かにそうよねえ~。
このところお受験ママとの付き合いが続いていたので、そこまでやらなきゃいけないのかと殺伐とした気分になったりもしたが、こういう話を聞くとほっとする。
地元にいて、いい学校とかいい会社に入らなくたって、仲間がいてみんなで助け合って生きていければ、充分豊かな生活ができるじゃないか。

豊かな生活は何も金銭的なことばかりじゃない。近所づきあいがちゃんとあって、困っている人がいれば助けてあげたり、助けられたり、子どもたちもノビノビしてるし、パパやママたちも昔はヤンキーだったみたいだけど、今では立派に働いてるし、心底悪かったわけではないみたいだし、なんかこういうのもいいよなあ。

なんだかお受験熱がすぅーと醒めていく(←って燃えてたのか? 私?)

「あんたんちは実家がふたりとも遠いみたいだから、実家代わりにいつでもここを使いなよ」
とこのうちのおばあちゃん。
 うん。ありがとう。

 都心にもまだ人情は生きているのだ。まだまだ捨てたもんじゃないよなあ~。

こういうのもありだ①

 前フリがかなり長くなってしまったが、そういうわけで(←どういうわけだ!?)河田家(仮名)で飲んでいる私たち。
 中華料理の店をやっている河田さんのところは現在、店舗兼自宅を近所で新築中(←こんな都心で甲斐性あるよなあ~)のため、パパの実家に居候中でなんと総勢14人家族になっているという!
 そのうちわけは河田家4人(礼恩くんには小学生のお兄ちゃんがいる)、おじいちゃん、おばあちゃん、パパのお兄ちゃん家族5人、弟&嫁、妹と賑やかなことこのうえない。
 ビバ、大家族スペシャル!

 しかもここは某宗教団体の教会になっているため、家がバカでかく神様がいるお部屋なんかはかる~く40畳ぐらいあるのでは。
 もう一歩足を踏み入れると、まじでここが東京のど真ん中だとは俄かには信じがたい。
 うちから歩いて3分のところにこんな秘境があったとは!
 なんとも田舎の親戚のうちに来たように懐かしく、また礼恩くんのおばあちゃんも気さくで、
「うちはいつでも飲み会やってるからよぅ、いつでも好きなときに来なっ!」
と下町のおばちゃん全開でいい感じ。

 玄関には鍵なんかかかっていなくて、いつも人が出入りしていて、いつのまによその子どもが入り込んでいて、TVなんか観ていたりする。
 いったい、いつの時代の風景なんだ!? 自分が子どもだったころに戻ったようなタイプスリップ感に襲われる。

 夕方6時半になると、「ちょいとお勤めするよ~」と突然礼恩くんのパパママ以外の家族が勢ぞろいして一斉にお経を読み始める。
 よその子たちは慣れているらしく、場の空気を読んでいるが、うちの子どもたちは珍しいのか、お経を読んでいる河田家の皆さんの周りを踊っている。なんかの音楽と勘違いしているようだ。
 こらこら、邪魔するなっていうの。

 30分ほどでお経の時間が終わると、「じゃあ、こっちに移動すっか」と神様のいる大広間にちゃぶ台を動かして、酒盛りが始まる。
 メンバーは14人家族の河田家を筆頭に、敦くん(仮名)とママ、亘くん(仮名)とお兄ちゃんとパパとママ、大樹くん(仮名)とママと私たち。
 子どもたちは食事もそこそこで遊びまわっている。
 
 中華料理屋さんの河田さんのところや、お蕎麦屋さんの武田さんのところと同様に、亘くんのところの大山さんちも近所で和菓子屋さんをやっていて、なんとその和菓子屋は有名になりすぎて午前中に商品が売切れてしまうという状況になっている。
 みんなジモティばかりで、河田さん夫婦は中学時代の同級生同士、挙句、武田さんちのパパとは中学の先輩後輩の仲で、昔いっしょにやんちゃした仲だという。

 聞くと河田さんのパパとママは21歳のときにでき婚をしたため、まだ30歳そこそこという若さ!
 っつーか、このメンバーで年くってるのって、うちだけじゃん!

2010年3月13日土曜日

息子のクラスメイト②

 ある春の日の日曜日。

 家族で近所に買い物に出かけたのだが、息子があまりにも言うことを聞かないので夫が腹を立てて、彼を連れて家に帰ってしまった。
 残された私と娘はユニクロで子ども用の下着を見ていたら、礼恩くん(仮名)とママも子ども服をチェックしていた。
 ちなみにここのユニクロでは必ずといっていいほど、クラスメイトの誰かと遭遇する。

「こんにちは」と声をかけると礼恩くんのママもにこやかに「こんにちは」と返してくれる。
 この河田家とはお迎えの時間がズレているので、なかなか遭遇することがなく、うちが恒例で開いている子どものお誕生日パーティーに誘っても返事すらくれなかったので、なかなか仲良くなる機会がなかった。

「あれ、今日Lくん(←うちの息子)は?」
と聞く礼恩くんママ。
実はこのとき、礼恩くんママと初めてマトモに口を利いたのだ。
「さっきまでいっしょだったけど、あんまり悪いことばかりやるから、パパが怒って連れて帰っちゃった」
と答えるや否や、

「Lって保育園でもすげぇ~、悪りぃーぜっ!」

と巻き舌口調の礼恩くん。
 「なぬ?」
 思わず口に出してしまう私。
 「だぁあからぁ~、あいつ、いつもすげぇ~、悪いことばっか、やってんだよっ!」
 「こら! 礼恩、黙れっ! 余計なこと言うなっちゅーの!」
と礼恩くんママはすごい勢いで礼恩くんを睨み、「すいませんねぇ~」と礼恩くんの耳を引っ張っていそいそとユニクロから去っていってしまった。

まったくお前が言うなっちゅうねん!
と言いたいところではあったが、晴天の霹靂とはこういうことか?
 甘えん坊でいつも「だっこしてぇ~」とくっついてくる我が息子。夜寝るときにはいまだにオムツをはいている(←あ~あ、かっこわる!)我が息子。
 クラスのお友だちがとっくにゴーオンジャーとか仮面ライダーとかの戦隊モノに夢中になっているのに、いまだにアンパンマンしか知らない我が息子。
 
 男の子はどうせ大きくなったら、もうマミィ~と可愛く寄ってくることはないだろう(←あったらキモイが)と思い、今のうちにいっぱいだっこして、いっぱいキスしまくっている。
 早く大きくなってしっかりしてもらいたいけど、今のままがいい。ずっとだっこしてチューしてたい。なかなか息子を持つ母親の心境というのは複雑だ。
 
 そんな息子が、クラスの悪ガキ(←あっ、言っちゃった・・・・)ナンバー2の礼恩くんから“ずげえ~悪い”とかって言われるとは!
 ホンマかいな。かなり衝撃。
でも言われてみればバレエのクラスのときの息子はまるで学級崩壊児のようにやりたい放題だ。
 うーん、ありえなくもないかも・・・・・。
 けどどう悪いというのだ? 特に息子が誰かをいじめただとか、手を出したという話は今まで一度も出ていないが・・・。
 う~ん、気になる。

 「Lって保育園で悪いことばかりやってるの? どうなの?」
と娘を問い詰めてみるが、「知らない」と言って私から目をそらす娘。
 なぜここで目をそらす? もしかして私の知らないダークなLが存在するのかしら?

 おぼこくてアホな息子だからこそ、よけいに愛おしいっていうのもあったんだけど・・・・。
 「うちの子に限って」という使い古された言葉があるが、まさにそんな感じ。
 有名なワルに限って知らぬは親ばかりという話をよく聞くが、もしかしてうちもそのパターン?
 それとも礼恩くんが私たちをからかってるとか?

 でもその日を境にして、保育園帰りの息子に“今日、誰と遊んだ?”と聞くと、今までは真っ先に大樹くん(仮名)の名前を挙げ、そのあと女の子やおとなしめの男の子の名前を挙げていたのに、
 「敦(仮名)と礼恩」
しかも呼び捨てで答えるようになったのだ。
 “何して遊んだの?”と聞くと、その日によってパズルだったり、積み木だったり、塗り絵だったりする。

 しかし男の子道ぶっちぎりの二人に息子はついていけてるのだろうか?
 そういえば3歳児クラスのときにこの二人が、
「Lはだめだよ。あいつわけわかんないから、ゲームについてこれねぇーしよぉ」
「まあ、まだ小せぇからよぉ。相手にはなんないな」
などと話しているのを偶然聞いてしまったことがあった。

 それから少しは二人の相手になるぐらい息子は成長したのだろうか。
 「Lくん、敦くんとか礼恩くんについていけてる?」
 そう尋ねる私に、「うん」と明るく頷く息子はまるで天使のように愛らしい。
 何がどうであれやっぱりうちの息子はラブリーだわ~。

 それでもなんとなくジャイアンやスネ夫にくっついていくのび太を思い出したのは気のせい?

 

2010年3月12日金曜日

息子のクラスメイトたち①

 アルゴクラブとお受験写真撮影から1週間後。
 保育園の親子遠足があり、ひょんなことからその後、息子のクラスメイトの礼恩(れおん・仮名)のおうちで飲むことに。
 メンバーは礼恩くんの家族・河田家(仮名)と、同じくクラスメイトの敦くん(仮名)の家族・武田家(仮名)と、亘くん(仮名)の家族・大山家(仮名)と、大樹くん(仮名)の家族・若山家(仮名)とうちの5家族。
 武田家からはママ、大山家は両親揃って、若山家はママと、それぞれのうちの子どもたちという内訳。
 このメンバーで飲むのは初めてで、特に河田家の人々とこれまでまったく接点がなく、お話しすること自体初めてだった。

 息子のクラスは19人中、男子13人、女子6人と男の子が多いクラスで、男女半々の娘のクラスとは雰囲気が違う。
 中でも早生まれの息子はこのクラスで一番幼く、体だけは大きいが、いつまで経っても甘えん坊で赤ちゃんっぽい。
 そのせいもあって、ちょっと前まで息子が遊ぶのは女の子たちとか、おとなしめの男の子たちのグループだった。
 そのせいか私も息子のクラスで付き合うのは、女の子の親たちとか、おとなしめの男の子の親たちばかりで、たぶんたまたまだろうけど、そうした親たちはパパにもママにもキャリアがあって、適度に教育熱心そうな人たちばかりであった。
 ひと言でいえば私にとってもっとも付き合いやすいタイプの人々である。

1年ほど前に大樹くんが転園してきてからは、息子と気が合うのかふたりでよくつるむようになった。
 大樹くんのママとも飲んだこともあり、人材育成の仕事をしている彼女は仕事柄か子どもの教育に対して彼女なりのこだわりを見せていた。
それはみっちゃん(仮名)や由美子さん(仮名)たちとは別のベクトルのこだわりで、子どもには泥んこ遊びや、好きなことを思いっきりさせて、大らかな気持ちで子どもの自主性に任せるというものだ。 
 まあ、タイプこそ違うものの、彼女もある意味で教育熱心なタイプといえよう。

 それとは別に息子のクラスには、いわゆる男の子らしい元気なグループがいて、これもたまたまなんだろうけど、なぜかこの子たちの親は自営業の人ばかりだ。
 クラスのリーダーは敦くん。家はお蕎麦屋さんで小2のお兄ちゃんと娘と同じクラスのお兄ちゃんと敦くんの3人兄弟。
 この武田3兄弟は“地元の亀田3兄弟”とも称されている。
 全員判を押したように同じ顔をしていて、体格もよく、運動神経が驚異的にすばらしい。運動会のときなど、この兄弟の独壇場である。
 ちなみにこの兄弟の次男坊も娘と同級生なのだが、やはり勢いはクラスでピカイチだ。もちろんこの兄弟の例外に漏れず体格もいいのだが、お兄ちゃんや敦くんがクラスでダントツに体も一番デカいのに対して、彼だけは唯一体格ではクラスで二番手に甘んじている。
 なぜなら、彼のクラスにはうちの娘というタテにも横にももっとデカい女の子がいるからだ。(トホホ)

 その敦くんとつるんでいるのが、礼恩くんでこのふたりが男の子道のレースを先頭きってぶっちぎっているのに対して、あとの男の子たちは大きく引き離されていて、次に走っているのが亘くんや大樹くん、それからまた大きく引き離されて他の男の子たち、そしてまた大きく引き離されて最後の最後がうちの息子というのが、私の認識だった。

 ところがその認識が大いにグラついた衝撃の出来事が春に起こったのだった。

2010年3月6日土曜日

お受験写真②

 何はともあれ、写真撮影ということでまずは陽太から。ちゃっちゃと撮影が終わり、うちの娘の番になったのだが、カメラマンから何度もダメだしをされている。
 パスポートセンターなんかで撮るような写真のときは、特に何か言われたことはないんだけど、ここでは姿勢が悪いと何度も注意されている。
 パソコンの画面からいいものを選ぶんだけど、すぐに決まった陽太を尻目に、娘のものはスタッフの人が全部ダメだという。
 確かにどれも真っ直ぐ前を向いていなくて、ちょっと小首を傾げていたり、比較的真っ直ぐなものは、表情がイマイチだったりするのだ。
 再度撮り直しても、取り立てていいショットはなく、何度言っても娘はまっすぐに座っていられない。

 なんでだろう? 今まで娘の姿勢とか気にしたことがなかったけど、やっぱり体ごと傾いてしまっている。
 それに比べて日頃はチャラチャラしているのに、いざというときはピシッとしている陽太。こういうのもお受験塾に行ってる行っていないの問題なんだろうか。

 それでも無理やり若干体が傾いているものの、表情はいいものを選ぶ。当たり前だけど近所のカメラ屋で撮った感じと全然違う。
 一応受験にも使うだろうからということで、パスポート写真の値段で撮ってもらってなんだか得した気分♪

 それにしてもお受験写真のパンフレットには家族写真っていうのもある。
 こちらはうんと高くて2枚で定価が10600円!
 みっちゃんが言うには、学校によっては家族全員で写っている写真だとか、親子で写っている写真が必要になってくるらしい。
 「陽太の受ける学校はどうなの?」
と聞くと、みっちゃんは福々しい笑顔を見せ、
 「うん。もうみんなで撮ったから、こっちはもうだいじょうぶよ」
と言う。まったくあの酒好きでお調子者のカズヒロ(仮名)が、どんな顔してお受験写真に納まっているのやら。

 ちなみに後日お受験写真の話を泰子(仮名・近所のママ友にしてお受験の達人。そして私と娘のピアノの先生)にしたところ、
「撮り直し、撮り直し!」
とにべもない。
「ダメだよ。写真、真っ直ぐじゃなきゃ。第一、美央さん、気合いなさすぎ! 本当に受験する気あるわけぇ?」
と手厳しい。
 
 しかし写真ひとつ撮るだけで私と娘はグッタリだ。お受験の道は険しいのぅ~。

2010年3月5日金曜日

お受験写真①

 アルゴクラブのあとは、お受験写真を撮りに池袋のフォトスタジオへゴー!
 なんでもホームページからプリントアウトすれば、ディスカウントしてくれるんだとか。
 うちはどのみちパスポートの写真を撮らなければいけなかったので、みっちゃん(仮名)と陽太(仮名)に同行することに。

「ちゃんと写真もお受験パックっていうのがあるのよ。やっぱりスタジオで願書の写真はちゃんと撮らないとね」
とみっちゃん。
 すごいな、お受験界。なんでも商売になるんだな。 

「そこはね、2枚組みで4600円のところディスカウントで3500円になるし、5枚組は5600円が4500円になるから、ずいぶんとお得よ」
4500円!? 高くないか!?
「多少の修正も利くみたいだし、焼き増しも1枚500円らしいからそうでもないわよ」
それにしてもなあ~。

 スタジオで陽太と娘はお受験仕様の洋服に着替え、撮影の準備に入る。娘は一応白いブラウスを着せ、髪の毛はおさげにした。
 「パスポートの写真もほしいんですけど、おいくらですか?」
とスタッフに聞くと、パスポートは2枚組で1900円だという。
 あれ!? お受験の写真と値段がずいぶん違うなあ。背景とかフォルムとか何か違うんですか?と突っ込んでみると、スタッフはしどろもどろになりながら、
「違いはありません・・・・」
と言う。
 え? なんで? お受験というだけで、そんな値をつけるわけ? 同じ2枚組でも1900円と4600円(実際は割引されて3500円)って全然値段が違うじゃん! これってぼったくり!?

 セコビッチの私は当然のことながら、
「じゃあ、パスポート写真ということで今日は写真を撮って、うちの場合は実際、願書で写真が必要になってくるのか、または必要になっても今、そのサイズがわからないわけだから、後日サイズをお伝えして1枚500円でもいいってことですよね!?」
と鼻息荒く聞く。
「まあ、それも可能だということです・・・」
と歯切れの悪いスタッフ。

「だって! みっちゃんはどうするの?」
「私は当初の予定通り、お受験パックの5枚組(5600円→4500円になるやつ)でいいわ」
 ええ!? なんで?
 私だったら1900円で撮っておいて、あとの3枚は焼き増しするぞ。そうすれば3400円で済むじゃん! 1100円分も違うなんて!

 これって何かい? 結婚式みたいなもの? めでたいことにお金は惜しむなっちゅうやつ? お受験みたいな子どもの将来がかかっているときに、セコイこと言うなってこと?
 なんだか納得がいかんよなあ。結婚式業界はゼクシーの登場で相場をみんなが把握するようになって、めでたいからといってバンバンお金を使う風潮を変えたって言われているらしいけど、受験業界におけるゼクシー的なものってまだ登場しないのかね?

2010年3月4日木曜日

アルゴクラブ

そうこうしているうちにアルゴクラブの時間が始まった。
なんと子どもたちはうちの娘を入れても4人しかいなくて、コーチと呼ばれる講師が3人もついている。
 手厚いなあ~。
 どうやらここでは子どもたちの競争心を適度に煽ることでやる気を引き出す方式らしく、よく出来た子どもにMVP賞を与えたり、態度が良かったらマナー王に選んだりして全員の前で褒め称えるようだ。
 元気にみんなであいさつをして、授業が始まる。授業は1時間半。
 うちの娘は陽太(仮名)と同じグループに入れてもらって、何が始まるんだろうと期待に胸を膨らませている様子だ。

 数字の記憶ゲームをやったり、パズルを組み合わせたりしていたのだが、後ろで見学している私とみっちゃん(仮名)に、
 「お母さん方もどうぞ」
とパズルを手渡される。3分間の間にいくつもの組み合わせを試すということらしいが、なんと私もみっちゃんも一回もできない。
 「あれ? 何これ?」
と大の大人がふたりであれこれ試している傍らで、何度も子どもたちの「できた!」という元気のいい声が上がる。

 多い子はなんと3分間に9通りも組み合わせてみせ、陽太も7通り作っていた。うちの娘は慣れていないものあるけど、それでも1通りはできていて、次々と積み木だとか、詰めアルゴだとかやらされ、どんどん出来る子どもたちとは対照的に、何を試しても私もみっちゃんも全敗という有様だった。

 「私、これでもちゃんと大学出てるんだからねっ!」
と小声で、でも思わずヒステリックに舌打ちする私。
 「私だって、中学から雙葉よっ。こうみえても管理職よっ!」
とみっちゃん。
 ダメだなあ~。大人って。ここまでできないとは。
 まあ私は元々超文系だからしょうがない気もするけど、なんとみっちゃんは数学科出身なんだとか! 
 全然ダメじゃん!

 けどアルゴクラブの子どもたちってすごい。きっと頭が柔らかいから先入観にとらわれず、パズルを組み合わせていくことができるんだろう。
 こう鮮やかに通っている結果を見せつけられると、行かせるしかないではないか!

 あとはクイズのようなことをやって、解答を導き出すための考え方を学んだり、論理的に考えるためのヒントを与えられたり、実に将来ためになりそうな“考える力”を養う基礎を学ぶ内容だったと思う。
 娘もマナー王をもらえてうれしそうで、授業が終わったときにはすっかり私もアルゴクラブのファンになっていた。
 ただ小学1年生になるまで待てば、最寄駅にアルゴクラブの講座を持っている別の進学塾があるため、それまで待つことにする。
 
 しかしそれまで親バカながら、うちの娘は何でも人よりできると考えていた(←息子は別ね~)。
 しゃべるのも歩くのも早かったし、しっかりしてるし、発想力もいいし。
 けどアルゴクラブに来ている子どもたちを見ていると上には上がいるというのか、早くからちゃんと系統だって訓練されている感じがするのだ。
 すでにこんなに差が開いているのか・・・。
  恐るべしアルゴクラブ!

みっちゃんみたいな教育熱心な人と付き合っていると、昨今言われている教育格差だとか、学力格差の問題って当然あるよなと思う。
 だってこういうところに通っている子どもたちと、DS三昧の子どもたちは当然出来が違って当たり前だ。
 それどころか虐待されてたり、育児放棄されてたり、そんな極端な例じゃなくたって、たいして子どもの教育に関心がなかったり、そんな余裕がなかったりする親だっているだろうから、親の経済状況とモチベーションで全然違ってくると思う。

 けどある一定以上の年齢の人になると、家が貧しくても親が無教養でも、東大とか出て、長じて立派な政治家になっただとか、学者になったなんて、偉い人のエピソードを聞くけど、今の貧しくて無教養な親とそのころの親って何かが違うんだろうか?
 今でも家が貧乏で親も教育されてなくても神童の誉れが高い子どもなんて存在するんだろうか?
 寡聞にしてそんな話あんまり聞かないよなあ~。

 つくづく考えさせられる今日このごろだ。

G大附属T小学校 募集公示始まる!

 学校説明会の翌日、衆院選があった。
 前日の夜、説明会から流れて池袋で飲んでいた私たちだったが、西口では民主党の鳩山党首が、東口では自民党の麻生総理が最後の舌戦を繰り広げていた。
 暑くて熱かった池袋の夜。
 結果は大方の予想通り、民主党の圧勝で政権交代が実現した。

 こうして民主党政権のスタートした9月だが、同時にG大附属T小学校の募集公示も始まった。
 公示内容がHP上にもアップされるというので、早速チェック。
 願書の配布日だとか、提出日、抽選の日付など、受験のスケジュールが掲載される。
 もちろん全ての日程を手帳にも、家に飾ってあるカレンダーにもすかさず記入。
 いよいよ始まるのだ。

 衆院選から一週間後の日曜日。
 陽太(仮名)ママことみっちゃん(仮名)と陽太が通っているアルゴクラブの見学に行くのと、お受験写真を撮りに行く約束をする。

 アルゴクラブというのは京都大学名誉教授 広中平祐先生と、数学者でありジャグラーとしても有名なピーター・フランクル氏がアルゴクラブ最高教室長として共同開発した小学校低学年向けの数理教育システムだそうで、パズルゲームや頭脳トレーニングなど、子どもたちが“遊び感覚”で楽しく取り込めるプログラムで、“算数センス”や“数学的思考力”を鍛え伸ばすということを売りにしているとのこと。
なんでもフランチャイズ方式で全国展開しているらしく、この講座を持っているのは全国区の有名進学塾だ。
小学1年生から3年生までを対象としている講座だが、年長クラスから講座をやっているところもあって、陽太は高田馬場にある有名進学塾で4月から通っているという。

「特にね、空間に対するセンスが養われるみたいなの。小学校になったらどうせ塾通いが始まるし、SG会の合間の寛ぎタイムというか、お遊び時間で息抜きになっているのよ。すっごくいいから、Aちゃん(うちの娘)も体験させてみない?」
とみっちゃんから言われて、行ってみることにしたのだ。

それにしても数理教育システムの講座が息抜きになっているというのが、すさまじい。
まあうちは私も夫も数学的センスがゼロなので、子どもたちにそういうものを期待するのも酷だろう。
 けどどこで何をするにしても今後必要になってくるのは、コミュニケーション能力と数学的センスだと私は考えている。
DNA的に数学的センスがなさそうならば、教育で補うしかないではないか。
だったらということで早速体験レッスンを受けてみることにしたのだ。

娘は陽太と電車に乗って出かけられるのがうれしいのか、ずっとはしゃいでいる。陽太も「俺が連れていってやるからよぉ」と張り切っている。
陽太がイキがって汚い言葉を使うたびに、みっちゃんが「これっ、面接でそんなんじゃ困るでしょ」と釘を刺している。

高田馬場にある有名進学塾の建物の中に入ると、中学受験の合格者の一覧がずら~と展示されていて圧巻だ。
小学校受験でどこにも入れなかったら、今度は中学受験なのか。
なんだか中学受験のほうが大変そうだ。
私は田舎者なので中学なんて近所の公立しか選べなくて、それが当たり前だと思っていたんだけど、中学受験で追い立てられても選択肢がたくさんあるほうがいいんだろうか。

私の場合は、中学生活が苦痛で苦痛で仕方がなかった。多分人生の中の一番の暗黒期は中学時代だと思う。
小学生のときとメンバーがまったく同じで、田舎の中学のくせに校内暴力全盛期だったこともあって、めちゃくちゃ荒れていた。
ヤンキーたちからいい子ぶりっこだと思われていた私なんぞはいい標的で、いやな目には散々あった。
毎日毎日、あいつら全員死ねばいいのにと退屈な授業のときなんぞは、ひとりひとり具体的にどうやったら一番苦しんで殺してやれるのかマジで考えていたし、突然地震でも災害でも起こって中学なんかなくなればいいと思っていた。

漫画なんかに出てくるヤンキーのいないナントカ学園なんて、いったいどこにあるんだろう。
もしそんな素敵な楽園みたいな中学があるのなら、行ってみたかった。
自分で行きたい中学が選べるのなら選んでみたかった。
そう考えると中学受験もありだな。
あ、でも小学受験で成功すれば中学受験もパスできるんだし。
でも入った小学校が合わなければ、そのまま中学に行けても苦痛だろうし。
こういうのって、考え出すとキリがない。

あ、でもうちは銀座の先生によると、小学校受験以降は大学受験まで受験しなくていいんだった!

それってホンマかいな。

2010年3月2日火曜日

学校説明会反省会!?③

SG会の送迎の段取りで、みっちゃん(仮名)とヒロキ(仮名)がいったん、焼き鳥やを出て、私とタケル(仮名)が残される。
うちも子どもたちを幼児教室(←お受験塾ではない。月謝はSG会の基本料金の10分の1!)に夫が連れて行っているので、終わり次第、子どもたちも連れて合流してもらうことになっている。

「学校説明会に行って、なんでそのまま飲みに流れるわけ!?」
電話口で夫が呆れている。そりゃそうだ。
それはタケルのところも同じらしく、妻の洋子(仮名)もメンツ的にこんなことになるだろうなと予想していたそうだ。

取り残された私たちはチビチビとビールを飲みながら、
「どうよ。タケル。毎晩マクドナルド」
「ねえさんこそ。月20万円っすよ。ああ~、俺、ぜってぇ、無理! 無理無理。そこまでやんなきゃいけないんだったら、いいやって感じっす」
「そうだねえ~」
などとしみじみしてしまう。

そうこうしているうちに、白いブラウスと紺のスカートやズボンといういわゆるお受験スタイルの雪美ちゃん(仮名)を連れたヒロキ(仮名)と、陽太(仮名)を連れたカズヒロ(仮名)が戻ってくる。
「なんだよ、こんな楽しいところで集まっちゃって。光子は帰したから、代わりに俺、来ちゃったよ」
と単なる酒好きのカズヒロ。飲みと聞くといつもめちゃくちゃ幸せそうな顔をする。

「どうよ、子どもたち。勉強は?」
 ジュース! ジュース!とはしゃいでいる陽太と雪美ちゃんに声をかけると、バッチリだよ、とか、楽勝だねという言葉が返ってくる。
 マジかよ。

 「ちょっとプリント見せてみ」
 とプリントを見ると、何やらパズルみたいなものとか、回転図形のようなものがぎっちり書かれている。
 酔っ払っているせいか、意味がよくわからない。
 「タケル、これわかる?」
 どれどれという動作をしたあと、プリントをチラッと眺め、
 「なんっすかね、これ?」
と“アイ・ドント・ノー”と外国人がやるジェスチャーをするタケル。
 ガーン! やばくない? 私たち。
 小学校受験の問題も解けないのか?
「はいはい、勉強は終わり終わり。飲む飲む飲む!」
と上機嫌でプリントを取り上げるカズヒロ。

「陽太くん! 雪美ちゃん!」
とそこでやってきたのが我が子たちと夫。
「まったく信じられないよ。なんで飲んでる? こんな時間から」
と呆れ顔の夫。

いわゆる幼児教室というところに通っているうちの子どもたちのプリントを見比べると、計算だったり文字の書き方だったり、小学校の予習的な意味合いのものばかりだ。
まあ、こっちはなるほどねぇという感じだ。
ちなみに小学校受験は子どもたちが文字を読んだり、書いたりできないという前提で行われるため(←いまどきそれはないだろっ!)、問題が読み上げられて該当するものに○をつけたり、記憶力を試すような内容が多いのだという。
つくづくお受験塾で習うものはちょっと特殊なんだと思う。
この特殊な問題を解く能力が高い子がお受験を制するのだろう。
ひゃあ~、それってどうなわけ?

勢い余ってそのまま池袋の西口から東口に抜けて、カラオケにでも行くかと夕方の雑踏を歩き出す。
外はビルの群れの谷間に見える大きなオレンジ色の太陽がゆっくりと傾き始めている。
石田衣良の人気シリーズでおなじみ「池袋ウェストゲートパーク」の舞台、西口公園はものすごい人だかりができている。
なんでも民主党の鳩山代表自ら、これからここで最後の応援演説を行うのだとか。

「政権変わるかね? 明日」
 誰ともなしに呟く。
「ここまできたら、そりゃそうでしょ」
「明日選挙行く?」
「今回は行くでしょ」
などと話をしながら、東口を出るとこれまたパルコと西武百貨店の前の交差点のところには日本の国旗がはためいていて、人、人、また人が溢れている。人数だけいったら、西口より多いかもしれない。
「こっちはなんだ?」
西口、東口ともものすごい熱気と戦いを前にした緊張感に包まれている。

「東口には麻生さんだって!」
「マジ!? 小池さんの応援?」
「ビッグだねえ~」
 そう言いながらカラオケに向かう私たち。

 私たちは自民党の選挙カーに背を向けて歩き出す。
 どこが政権をとっても子どもたちが生きやすい未来を作ってほしい。
ちゃんと教育のことを考えてほしい。それを政策に生かしてほしい。
教育政策に不満があるから、公教育を避ける保護者が出てくる。だからこそお受験がブームになる。
お受験に対する温度差はあっても、ここにいたメンバーはすべて子どもたちの未来に幸あれと祈るような気持ちで願っている。
お願いしますよっ! 政治家のみなさん!

学校説明会反省会!?②

ぷは~。うまい、うますぎるぜ。真夏のビール。しかも学校説明会あと。
 まだ説明会しか終わっていないのに、すっかりお疲れ様気分の私たち(←って私だけ!?)

「ちょっと由美子さん(仮名)に電話してもいいですかねぇ」
といそいそと妻に電話をかけるヒロキ(仮名)。
「あ、そうそう私もカズヒロくん(仮名)に電話しなきゃ」
とみっちゃん(仮名)。
なんでもヒロキのところの雪美ちゃん(仮名)もみっちゃんのところの陽太(仮名)も同じSG会というお受験塾に通っていて、毎週土日は全部塾通いに費やしているのだという。夫婦交替で送り迎えをしているので、その段取りの連絡をしているというわけだ。

「ヒロキ的にはどうなの? お受験。月20万ぐらい塾代に使ってるんでしょ?」
 私たちは最初のジョッキを恐ろしいスピードで空にし、2杯目もペースを落とすことなく飲みきり、店に入ってから20分もしないうちにすでに3杯目に突入している。
 ああ~、お天道様がこんなに明るいうちに、私たちったらどうなわけ!?
 でもおいしいのよ、真っ昼間のお酒は。背徳の味よねえ~。

「いやあ、私は由美子さんの言うことに従うだけですから。言われるまま、お金を出して、言われるまま送迎を手伝って、大して自分にはポリシーがないですからねえ。こういう場合、声の大きいものが強いですよ」
とポツリポツリと話す。この男、見た目はおとなしいが、実はものすごい酒豪である。ビールを速攻で飲み上げたあと、知らないうちに焼酎のボトルを抱えている。

「そうよね。由美子さん、しっかりしてるし、雪美ちゃんもものすごく頑張っているから、きっとお受験合格するわよ。だって夜の11時ごろまで毎晩勉強してるんでしょ?」
とみっちゃん。
 「夜の11時!?」
 同時に叫んだのは、私とタケル(仮名)40歳・スーツがまったく似合わない男である。
 
 タケルのところのカリンちゃんは完全に記念受験組で、特に塾に行っているわけでもなく、準備をしているわけではない。
 それは我が家とて同じこと。

 「ちょっとね、雪美が可哀相なのは、毎晩夕食がマクドナルドなんですよ」
 「マクドナルド!?」
 「由美子さんが時間がもったいないって言ってね。私はちなみに毎晩ホカ弁ですよ」
 「マジ!?」
 「うちも似たようなもんよ。うちは早朝5時起きで勉強してるけどね。けどね、頑張れば絶対に結果が出るから。今だけよ。頑張れるのは。それに親も一緒に戦ってあげられるのは、小学校受験だけだから」
 みっちゃんは菩薩のような柔和な笑みを浮かべながらも、闘志満々だ。

 すごい。そんなの子どもじゃなくて自分がもたないよな。
 お受験話に圧倒されているのか、タケルはジョッキを抱えたまま、固まっている。
 わかるよ、タケル。私も固まるよ。
 うちなんかは元々銀座の先生に言われるがまま、なんの準備もしないでお受験戦争に巻き込まれようとしてるんだから、気合いがみんなと違うよ。

 気合いだ! A(←うちの娘)、気合いだ!
 ・・・・アニマル浜口じゃあるまいし。
 まったくもって柄じゃない。

 はあ~。