2009年4月27日月曜日

数字の謎②

 また2列目以降の数字にもそれぞれ意味があるらしく、列を下るにつれその人の人生の晩年に近づいていくようだ。きっと銀座の先生は霊視に加え、数字を読み解きながらその人の人生を占うのだろう。
 「生年月日で運命を占うのは星の運行的な要素でわかるにしても、この一列目の左の数字って昭和の年号じゃないですか、それってそういうところだけ妙に日本的で笑えますよねえ」
と里美さん(仮名)。
うーん、確かにそうだ。盲点だった。そんなの今まで全然気がつかなかったぞ。里美さんはおっとりとした天然ボケキャラだが、なんとも鋭い視点の持ち主である。
「数字と言えば、私の友だちが全部0って出て、先生もそんな珍しい数字が全部そろうことなんてないって言われたって言ってたけど」
私は泰子(仮名)の話を持ち出す。
「でも美央さんのお友だちがいくら珍しい数字の持ち主だって言ったって、元が生年月日から算出してるんだったら、ふつうに考えて同じ日に生まれた人だったら全員すべて0って出るだろうし、その生年月日の人じゃなくても組み合わせによっては十分0がすべてそろうってこともありえるじゃない」
 莉奈ちゃん(仮名)ママこと佑子(仮名)がたたみかける。確かにそのとおりだ。さすが佑子さんはSEの仕事をしているだけあって理数的な発想をする。
 「けど銀座の先生しか見えない、私たちにはとうていわからないものがあるんだろうね。私、診てもらう日がとっても楽しみよ」
 そう佑子さんはにっこりと微笑んだ。

数字の謎①

 銀座の先生のところへ行くと、占ってもらう前に名前と生年月日を記入する。名前と生年月日の欄の横には、上半身だけの人のイラストが印刷されていて、先生が背後をチェックしたあとに見えたオーラとかをそのイラストに書き込んでいく。
 それから生年月日を元にして先生が数字を書き込んでいって最終的には逆3角形の形になって、3つの数字が導かれる。
 元来、数学的なセンスがゼロな私はその数字自体には興味がなく、どうやって導き出されたものかという過程にまったく関心がなかった。
「これって生年月日を元にしてるでしょ」
 数字を指差しながら、目で追う里美さん(仮名)。用紙を覗き込むバレエママたち。
「これって生年月日の数字をひとつひとつ足していって、最終的に一桁の数字にしてるんだね」
 即座に数式をはじき出す莉奈ちゃん(仮名)ママこと佑子さん(仮名)。それってよく雑誌の占いにも出てくる数式だよね。
 今まで気がつかなかったが、確かにそうだ。
 たとえば、私の場合。私は昭和42年9月15日生まれ。
 420915という数字の羅列がまずあって、数字の逆三角形は以下の通り。

  3  420915 0
     62906
      905
       95
        4

2列目以降からテレコで数字を足していっている。四角で囲った数字にそれぞれ意味があって、たとえば0なら人とのコミュニケーション能力のようなもの、3ならサポートを意味し、4は技術とかといったもの。
それぞれの数字はその人の資質を示すものらしく、すべての数字には裏表がある。どの数字があればいいという問題でもないそうなのだ。

2009年4月24日金曜日

里美さん(仮名)の場合②

「うふ、行ってきましたよ♪ 銀座へ」
 ある日曜日の朝、詩音ちゃん(仮名)ママこと里美さんがニコニコしながら切り出した。
 「おお~、どうだった、どうだった?」
 どよめくバレエママたち。実はこの時点で何人か先生のところに予約を入れていたママたちがいたのだが、里美さんが一番手で先生に実際診てもらったというわけだ。
「うーん、なんて言ったらいいんだろう? よくわからなかったっていうか・・・」
 みんな里美さんを凝視している。
 「いきなりね、引越しなんて言われちゃったんですよ」
 「引っ越す予定あるの?」
 「まさか、うち家買ったばかりなんですよ」
 「おお~、家持ちなんだ~」
 「しかもね、うち2軒目なんですよ」 
 「家が2軒! もしかして詩音ちゃんママのうちってお金持ち?」
 「すごいねえ、資産家だねえ~」
 占い結果よりもついつい里美さんが2軒も家を持っているほうにみんなの関心が流れてしまう。
 「そんなあ、たまたまですよ」
 「たまたまで2軒も家なんて買えないわよ!」
 「ほんとほんと」
 「まあそれはさておいてですね、さすがに3軒目になると銀行も貸してくれないだろうから、それはないと思うんですけどね、先生は3年後ぐらいにそういうのが見えているって言うの」
「へえ~、でもどうして引っ越すかって理由聞いた?」
「え? 理由?」
里美さんはきょとんと小首を傾げている。
「ああ~、私、引越しって聞いて動揺しちゃって理由なんて聞かなかった!」
「だめだよ、そういうのはちゃんと突っ込んで聞かなきゃ!」
ついつい説教する私。
「そうだよ、2万円でしょ。元を取らなきゃ」
莉奈ちゃん(仮名)ママこと佑子さん(仮名)も突っ込みを入れる。佑子さんはあと4日後に銀座の先生に診てもらっていることになっているので、里美さんの話に興味津々だ。
「あとは何を言われたの?」
「あとは子どものこととかダンナのこととか。うちの子、マイペースすぎてちょっとだいじょうぶかなあって心配なんだけど、まあ趣味とかで発散させればだいじょうぶでしょうって言われたこととか・・・、あとはダンナに関しては女々しいって言われちゃった」
「ダンナさん、女々しいの?」
「うーん、微妙。女々しいというか“俺さま”的というか。あ、離婚線とかは全然出てないって。どっちにしても離婚はオススメできませんって言われちゃった」
「ほかには何言われたの?」
「私の守護霊は男性だってことかな」
「ほかには?」
「ええ~、何言われたっけ? 忘れちゃったよ」
ポリポリと長いストレートの髪を掻きながら、えへっと笑う里美さん。
「ええ~!! 2万円も払ってせっかく占ってもらうこと忘れるかぁ?」
そんな里美さんの天然ボケ具合に驚愕するバレエママたち。
「だめだよ、帰ったらすぐに言われたことをメモしなきゃ。あと言われたことはその場で詳しく突っ込む!」
「そうだよ~、もったいない!」
「そうだね。今度からそうするわ。でもね、この数字はおもしろいと思って・・・」
と里美さんは先生に書いてもらったメモの写しを取り出した。

2009年4月22日水曜日

今回だけ脱線! 特別寄稿

緊急レポート! 執事カフェに行ってきた!

 小説第2弾は半自伝的要素の強い「エッサウィラ」から一転、100%フィクションで挑戦してみようと考えていた。
 大まかなプロットはロリーター的嗜好を持つ女子高生が池袋の執事カフェを舞台に繰り広げる青春小説といったもので、タイトルも「池袋乙女カフェ」と決めていた。
 だいたいの登場人物のキャラクターもなんとなくできていたのだけど、何ページか書いたところで、T書店の本田君(仮名)に見せたところ、反応がいまいちだったので、私の中でも気分が盛り下がり、そのままほったらかしたままだ。
 とはいえ、執事カフェを舞台にする小説を書くのなら、執事カフェといえばココ!というSを知らずしてなんとするである。
 一度男装の麗人が出てくる宝塚ちっくなカフェには行ったことがあるが、まあこんなもんかという感じであった。
執事カフェの王道中の王道Sは時間制をとっており、なんと1ヵ月半の予約待ちだという。
 フルタイムで仕事をして2人の子持ちの私はさすがにあいた時間にふらっと入れる場所ならいざしらず、予約が必要なところに行く時間はさすがにない。
 ずっと気にはなっていて、一度は絶対に行ってみたかったSである。

 ところが憧れ(笑)のSに行く機会は思いがけずにやってきた。
 午後3時からの娘の保育園の保護者懇談会があるために早退しなければならない日に、このところ調子の悪かった耳を診てもらいに耳鼻科に行く用事も入れたのだ。
 耳鼻科は昼の12時半に診断がすんでしまい、懇談会まで時間がぽっかり空いたのだ。
 耳鼻科のあと、前から気になっていた雑誌にもよく登場するラーメン屋に入り、ランチを食べたあと、なんとなくママチャリでふらふらしながらSの前まで何も期待しないで行ってみたのだ。
 そのとき時刻は13時10分。Sの予約表を見るとたった今の時間だけ空席がある!
 お、これはまさに千載一遇のチャンス! 
 何も考えず、ママチャリ(チャイルドシート付)をその辺にとめる。
 Sの扉の前まで行くと、燕尾服を着た若い男性が立っていた。イケメンである。
「予約も何もしていないんですけど、飛び込みでもだいじょうぶですか?」
 はやる気持ちで聞く私。
 「当館は時間制をとっています。すでにお時間が幾分過ぎていますがだいじょうぶですか?」
 「あ、いいです。いいです」
 「当館のホームページなどはご覧になったことがありますか?」
 「ないです」
 「ではシステムをご説明します」
 愛想も何もないが顔だけは妙に整った若いイケメンがあれこれと説明を始める。なんとなく丁寧なんだけど、何度も説明して飽きがきているようなちょっとしたうんざり感がこのイケメンからは漂ってきている。
 私もイケメンの説明を適当に「はいはい」と言いながら聞き流している。
 「それでは呼び名はいかがしましょうか? お嬢様か奥様かお選びいただいてますが」
 「ぶっ!」
 その時点でつい吹き出してしまった私である。
 まあ40歳すぎて「お嬢様」はないでしょう。
 「じゃあ奥様で」
 「かしこまりました」
 イケメンは無表情で答え、インターカムで、
「お客様一名入ります。奥様で宜しくお願いします」
と中のスタッフに連絡を入れている。

 「それでは中へどうぞ」
 木の重厚な扉が開かれる。中から眩しい光がこぼれてくる。
 何人かのタキシードを着た男性たちが扉の向こうに控えていて、
 「お嬢様、お帰りなさいませ」
 「奥様、お帰りなさいませ」
 と口々に声をかけてくる。おお~、これぞ執事カフェの醍醐味!
 しかし、「奥様」って伝えたんだから、呼び名は統一しておくれ。
 「奥様、この館の筆頭執事の林(仮名)でございます。本日はお帰りなさいませ」
 50歳すぎぐらいの小柄な上品そうなおじさんが物腰柔らかに出迎えてくれる。
 「本日奥様のお世話をさせていただく葵(仮名)でございます」
 私の担当執事くんは身長が180センチぐらいあるひょろっとしためがねをかけた知的系だった。
 葵くんは入ってそれほど経っていないのか、どこか動きがぎこちなく、手順を思い出すのに一生懸命という青臭さがある。

 葵くんに案内されて店内に入る。店内は広くゴージャスだった。口々に「お帰りなさいませ」と出迎えられて恐縮することしきりだ。
 ああ、こんなことならもっとおしゃれしてくるんだった。
 この懇談会仕様でご近所カジュアルはこの場には不釣合いだ。これじゃあ、どう考えても「奥様」じゃないよなあ。
 店内は平日の真昼間だというのに賑わっている。この日だってこの時間帯以外は全部予約で満席だったのだ。

 奥のテーブルに案内され、葵くんがメニューを持ってくる。Sのシステムは必ず食べ物のセットを頼まなければいけなくて、料金はだいたい2500円~3000円ぐらい。軽食かデザートセットである。
 「リア王」だの「ハムレット」だのいちいち名前がついたセットメニューとにらめっこする。
 うーん、困った。さっきラーメンを食べたばかりだ。軽食とはいえもう1食食べるのはきつい。かといって酒飲みの私は甘いものが結構苦手だ。
 しかもドリンクは一切アルコールなし。そのかわりやたらと紅茶の種類が多い。葵くんは一品一品説明してくれる。
 さんざん悩んだ挙句、ハムレット2500円なりを注文する。スコーンが2種類、スコーンにつけるソースが3種類、ミニサラダ、かぼちゃのムース、紅茶のセットだ。
 「こちらのカップはマイセンの#$5シリーズでございます」
 葵くんが紅茶を注いでくれる。ティーポットにはちゃんと保温のためのティーマットが載せられていて、スコーンにつけるソースの選択肢にちゃんとクロステッドクリームが入っている。
 ポソポソとスコーンを食べ始める。紅茶はおいしかったがミルクがつかないのは店のこだわりだろうか?
 イギリスではスコーンと紅茶のセットを「クリームティー」という。日本で食べるクリームティーのセットは本場よりも味も大きさも小ぶりで上品だ。
 うーん、おいしんだけど甘いものはなかなか減ってくれない。せっせと紅茶でケーキを流し込む。

 紅茶が減ったころを見計らって葵くんが継ぎ足してくれる。
 ざっと店内を見渡してみる。音量を絞ってバロックあたりの室内曲が流され、インテリアはもちろんロココな感じのヨーロピアン調だ。重厚な室内をきびきびと動くタキシード姿の執事くんたちがそれぞれの持ち場を受け持っている。
 執事くんは筆頭執事を除けば、みんな若者だ。小柄で可愛いタイプ、ちょっとワイルドなタイプ、笑顔がやさしいタイプ、ちょっとホストっぽいタイプ、各種お揃えしておりますという感じだ。みんなアルバイトとかなんだろうか。
 髪を後ろにひとつにまとめたちょっとしたベテランっぽい執事くんが、お嬢様方を案内している声が聞こえてくる。どうやらメニューの説明をしている。葵くんと比べて淀みない。
「当館は紅茶の種類が多ごさいますが、お嬢様方お恥ずかしがらないで、お召し上がりになるものについてお尋ねくださいませね」
うーん、すごい。そんな恥ずかしい台詞を吹き出さずに言えるところがベテランだ。葵くんにはまだ恥ずかしさが漂っているぞ。
私的にはちょっとスレた執事のほうがタイプだ。そっちのほうが気分も盛り上がりそうだ。あ、でもこれってキャバクラとかでどうせならいかにも水商売っぽいケバい子のほうがいいって言ってるオヤジみたい?
それにしてもみんなどんな気持ちで働いてるのかな。女ってバカだなあって思ってるのかな。
 だってキャバクラの女の子たちだって、きっとおじさん相手に男ってバカだなあって思ってるだろうから、おあいこかな。
 一度、この男の子たちにインタビューしてみたい。
「池袋乙女カフェ」の構想にはいまひとつノリ気じゃなかったT書店の本田くん(仮名)よ、それでもいつかそういう機会作っておくれ。

 執事くんたちからお嬢様、奥様方にフォーカスしてみる。いわゆる腐女子系が多いのだろうか? 見た目はロリーターファッション、OL系、オタク系と様々だ。みんな20代、30代、40代といったところだろうか。中には着物姿の奥様までいる。だいたいが1人か2人、せいぜい4人ぐらいまでのグループだ。
 うーん、私も着物とまではいわないが、もうちょっとおしゃれしたほうが気後れせずにすんだんだろうなあ。
 それにしても甘いものは全然減らないよ~。
 
 天井からはゴージャスはシャンデリアが飾られているが、惜しむらくは地下のためか天井自体が低いことだ。これで天井さえ高ければもっと気分が出ただろう。
 それでもさすがにSは非日常世界だ。多くの女性はヨーロッパ的なものに憧れを抱いている。子どもの頃にお姫様に憧れたり、王子さまとの出会いに胸膨らませたりと、その頃の感覚を未だに引きずっていたりする。
 けど大人になってみれば、辛いこともいっぱいの生活臭にまみれるのだ。そして何よりも自分はお姫様のような特別な存在でも何でもなく、この現実生活から救い出してくれる王子さまが現れることもない。そのことにイヤと言うほど直面してしまう。
 だからこそちょっとバカバカしいけどこんなごっこ遊びのような、けどゴージャスなSに女たちは集うのだろう。
 なんだか、そんな女たちの気持ちがよーくわかるぞ。
 それにしても甘いものは胃にどっしりとくる。
 
 よし、ここでトイレチェック! 葵くんに案内されてお手洗いに。
 むむ、問題発覚。トイレが臭い。
 中は掃除が行き届いて、雰囲気も店内の延長線上でゴージャスな作りになっているが、建物自体が古く、たぶん配管の問題だろう。長年貯まった腐臭が漏れだしている。
 こういうのが盲点なんだよなあ。かなりいい線いってただけに、惜しい、惜しすぎる!
 これで気分がかなり盛り下がり、再度テーブルへ。

 しかしひとりでぼっーとずっとお茶をするのも大変だ。甘いものはとても食べ切れそうもないし、本でも読むか。
 たまたま携帯していた本は渡部昇一とその息子でチェロリストの玄一の共著で「知的生活のすすめ・音楽編」だ。
 基本的な内容はクラッシク音楽の楽しみ方で、バロック音楽の誕生に至るまでの時代背景などの解説にまさに知的興奮を呼び覚まされる好著だ。
 とりあえずこの場で読んでいて違和感のない本なので、安心して読み始める。
 今朝、持ち歩く本について、こちらにしようか、唐沢俊一&村崎百郎共著の「社会派くんがゆく! 2008年度版」にしようか迷ったが、こっちで正解だった。
 さすがにSで鬼畜系ライターの村崎百郎の本はあるまい(←内容は抜群におもしろいけど)。

 そうこうしているうちにそろそろ制限時間も迫ってきた。テーブルで葵くんにお勘定を渡し、そろそろ退店することに。
 ところが葵くんはよそのお嬢様方の対応に追われて、なかなか戻ってきてくれない。
 別の執事くんに「もう帰ります」と告げると、慌ててやってきた葵くん。
「奥様、もうご出発されたいということですが」
 そうか、来たときは「お帰りなさいませ」、だから帰るときは「ご出発」なんだ。
 「奥様、お出かけでごさいます!」
 そういう葵くんに、
 「いってらっしゃいませ! 奥様!」
 次々反応する執事くんたち。
再度、これ以上ないほど恭しく案内される。
 「奥様、もうお出かけでいらっしゃいますか」
 ここで登場したのが筆頭執事の林(仮名)。
 「奥様は今日、何をお召し上がりになったんですか?」
 あくまでも朗らかに気分を盛り上げる林。いいなあ、この熟練した感じ。やっぱりこういう重厚な人がいないと締まらないよね、こういう場は。
 扉まで林と葵くんがお見送りしてくれて、ドアを開ける直前に、
 「そうだ、奥様、よろしかったらアートイベントがありますので、行ってらっしゃいませ」
 と何やらチラシと割引券を手渡される。
 「銀座の松屋で開催されているドイツの絵本作家ミヒャエル・ゾーヴァ展のご案内でございます」
 ああ、展覧会の案内なのね。
 「奥様もご存知のとおり、ミヒャエル・ゾーヴァは当館の主でいらっしゃる大旦那さまと古い友人同士なんですよ。ですからぜひ行ってらっしゃいませ」
 どひゃー!! 大旦那さまですか!!
 さすがは筆頭執事、こんな台詞もまったく気負わずさらっと言ってのける。
 わたしゃあ、あんたのプロ根性に頭が下がるよ。まったくすごい、すごすぎる。今日一番のヒットだ。
 「それでは奥様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 重厚な扉の向こうには醒めた顔をした門番のイケメンくんが立っていた。
 「奥様、いってらっしゃいませ」
 丁寧だけど、やっぱりどこか投げやりだ。 
 「ああ、どうもどうも」
 近所ルックのためどうも卑屈な私。その角を曲がると私のママチャリ(チャイルドシート付)が置いてある。
 ああ、もうお腹いっぱい。
 これから子どもの懇談会だ。
 次回またSを訪れる日が来るのなら今度こそは執事カフェ王道の「お嬢様」って呼んでもらおう。その日が来るのかどうかは疑問だが・・・。

報告おわり!

2009年4月20日月曜日

里美さん(仮名)の場合①

うちの娘は3歳からバレエを始めて、毎週日曜日の朝、近所の教室に通っている。
レッスンを見学できるのは月1回だけで、あとは母子分離なので子どもたちがバレエを習っている間は、気の合うママ同士でロビーのソファーに陣取りくっちゃべりながら時間を過ごす。
バレエのママ友たちは年齢層がバラバラだけど、土日に子どもの習い事をさせているということは、ママは平日働いているということなので、働くママさんばかりだ。
しかもきれいにしているママが多いので、目の保養になって楽しい。
保育園のママ友もそうだが、ある程度自分が働いているママたちは「夫の職業、年収、学歴」および「子どもの学校」「実家の財力」などといった自分以外のところで勝負するところが100%といっていいほどないので、私としてはつき合いやすい。
詩音ちゃん(仮名)ママこと里美さん(仮名)もそのうちのひとりだ。
医学系の翻訳を手掛けている彼女は、そのお堅い職業とは裏腹に永遠の不思議少女系のキャラでいつも可愛らしい感じのお洋服でまとめている。
レッスンの待ち時間の間のおしゃべりで例によって私が銀座の先生の話をすると、何人かのママたちが興味津々で、
「何それ、行きたい行きたい! 電話番号教えてよ」
という話になり銀座の先生の連絡先を教えた。
 そのときに教えたうちのママのひとりが里美さん(仮名)だった。

2009年4月19日日曜日

泰子(仮名)の場合⑥

「で、あとは何言われたの?」
「あとはねえ、うちの両親のことを聞いたり、真美ちゃんの将来のことを聞いたりしたんだけど、まあ特に問題はなくて、それよりも先生、なんか数字をいろいろ書いてあなたの数字は何と何みたいに出してくれるじゃん」
「ああ、そうだったね。確かうちはみんな0の数字を持ってるから和が保たれるようなこと言われたよ。で、4が技術で、9が真心とかそんなんだったよね」
「そうそう、あれって3つ数字を最終的に出してくれるじゃん、その数字が私、全部0だったんだよ」
「へえ~」
「先生がびっくりしちゃって、全部0なんてこんな人見たことないって言うんだよね。で、こういう人は特殊能力とかがあるはずだから、何か霊が見えたりとか、何か心当たりがありますか?って聞かれてさ」
「え、泰子ってそっち系の能力がある人だったの?」
「うーん、わかんないんだよね。なんかいろいろ感じることはあるんだけど、いちいち感じてたらめんどくさいじゃん。で、日頃あんまり考えないようにしてるから。けど先生曰く、こういう人っていうのは変わってるらしいよ」
「うん、泰子相当変わってるよ。だって熱烈強烈お受験ママだもん」
「もう! 本当のお受験ママはもっとすごいの!」
そう泰子は笑いながら、
「でも銀座の先生は本物だと思う」
と呟いた。

泰子(仮名)の場合⑤

「え? でもそれで?」
「ところが蓋を開けたら真美ちゃん、私立は全滅だったんだけど、O女だけが受かってたんだよ! だから私信じられなくて!」
「え? ってことはO女が受かっていた? おめでとう! よかったねえ~」
「うん、信じられないぐらいうれしいよ。まあ幼稚園のうちは倍率30倍ぐらいですむからね」
「何それ、すごすぎ!」
「何言ってるのよ! 小学校受験で200倍なんだから! 幼稚園受験のうちに受かっておくようが楽なのよ!」
「200倍!!」
「けどこれで小学校も中学も高校も、それでたいていのパターンでは大学まで行けちゃうんだから」
「ふーん! でもそこまでしてなんで泰子はそういうのにこだわるの? 真美ちゃんにどういうふうに育ってほしいの?」
そう、私がいつも不思議なのは、受験ママたちは自分たちの子どもにどうあってほしいのかというビジョンがあまり見えないのことだ。
いい大学を出て、いい会社に入って・・・そこまではみんな共通なんだろうけど、いい大学を出て、いい会社に入ったら一生安泰って時代じゃもうないのに、どうしていつまで学校のブランドにこだわるんだろう。
しかも日本の大学のブランド力は海外では通用しないのに。
「うちはシンプルだよ。真美ちゃんを音楽で食べていけるようにするんだから。区立とか行ってたら勉強や受験が合間合間に入ってくるじゃない。一貫校だったらその分、音楽に集中させられるから、それだけのことだよ」
「それだったら泰子みたいに中学から音大付属に行かせればいいじゃん」
「それで結局音楽で食べてる人なんてほとんどいないからね」
そう泰子(仮名)は言った。なるほどねえ、いまいち納得はできないけど、そういうのだったらよっぽどただ何となく一流と呼ばれるところに子どもを行かせたいだけの親とは違うような気がする。
「そうか、やっぱり銀座の先生、すごいね」
「うん、ただO女だとは言われなくて、幼稚園受験はどうなるかちょっとわからないって言われたんだけど、小学校からはこの制服ですからって言われたから、それってO女ですよ、クジですからって言ったんだけど、先生はこの制服のところに行くからって言ってたんだよね。それで受かってましたって電話で報告したら、ほらそう言ったでしょって先生言ってた」
「うむうむ」

泰子(仮名)の場合④

「でその、O女だけどね、まずは国立っていうのはクジなのよ。最初のクジでバッサバッサ落とされるわけ。で、そのあとテストなのよ」
「ってことはクジでそんなにバッサバッサ落とされたら、試験勉強とかしたってしょうがないじゃん。そこまでいく保障もないんだからさ」
そういう私に泰子は心底呆れたという表情を見せて、たたみかける。
「美央さん、知らなさすぎ! みんなね、クジが通ってしまったら、試験で落とされるのが悔しいから受けられるかどうかわからない試験の勉強を死にもの狂いでさせるんだよ。ちなみに(娘の)身長はいくつ?」
「今は110センチぐらいかな」
「じゃあ問題集を積み上げていって110センチ超えないとどこ受験しても受からないって意味だからね」
「何それ? うちはいいんだよ。近所の区立でいいんだから」
「けど(娘)は受験向きなタイプだよ。ちゃんとやらせれば結構どこだって受かるタイプだと思うけど」
「いいよ。うちは。自分がやらなかったことを子供たちに強要するのもいやだし。それよりもクジでバッサバッサ落とされて、その中でも残った子はテストしてどうなるの?」
「で、テストでも結構落とされて残った子たちは、最後にもう一回クジを引くわけ」
「何、それって実力よりもほとんどクジ運じゃん! なんか宝くじを当てるみたいな話じゃん」
「そうだよ、だって国立はコネも関係ないし、両親がどうこうってのも関係ない。クジで結構決まるっていうのはその分、公平ってことなんだよ」
「つまり・・・」
「だから真美ちゃんはかなり受験勉強もさせてきたし、塾や幼児教室も行かせてたんだよ。それでいくら使ったと思ってるのよ! テツのことがあったにしろ、私立なら受かる可能性はかなりあったんだけど、銀座の先生はO女の制服を言うわけ! O女なんて運なんだから、カウントできないわけ!」

泰子(仮名)の場合③

「銀座の先生のところにね、真美ちゃんも連れてったわけ。だってさ、肝心な受験のときにテツがいないんだよ。特に私立なんてさ、面接のときに両親が揃ってないと話になんないのに、テツったら出ていったきりで、主人は今日、どうしても仕事が抜けられなくってって言ったところで私立はそんなのアウトなんだよ。テツなんていつでも離婚してやるけど、するなら受験のあとだよ」
「へえ~、そういうもんなんだ。でも先生に受験のことを聞いたんでしょ?」
「そうだよ。正直言ってテツのことなんてどうでもいいもん。メインは受験だよ。それでね、先生が真美ちゃんが制服を着ているのが見えるって言うのね。で、制服の絵を描いてもらったんだよ。けどね、その制服のところはかなりありえないわけ」
「ありえなくても心当たりはある?」
「うん。でね、その制服のところはありえないって言ったわけ。けど先生はその制服が見えるって言い張るんだよ」
「で、なんで心当たりはあってあり得ないのよ?」
私はわけがわからずちょっといらいらとした声を出してしまう。
その声のトーンに泰子も反応してしまったのか、彼女は一呼吸おいて言う。
「だってその制服ってどう考えてもO女のなんだよ!」
と泰子は国立の付属幼稚園の名前を挙げた。
そう言われてもピンとこない私だ。
「それって大した意味があるの?」
「もう! 美央さんって信じられない。本当に受験のこと何も知らないんだね!」
「だって私にとっては泰子ちゃんがお受験ママ№1なんだから!」
私の言葉に泰子はものすごく整った顔を一瞬ゆがめ、
「あのね、世の中のお受験ママっていうのはこんなもんじゃすまないの。すごい人は受験のために年間何百万とかけるんだから。夏期合宿とか模擬試験とかあるの知ってる?」
と私を憐れむように尋ねる。
そんなもん、知るわけねーよ! なんだよ、幼児のうちからそんなもの。

泰子(仮名)の場合②

泰子(仮名)は私のママ友の中で一番熱心なお受験ママで、娘の幼稚園受験にせっせと励んでいた。
 地方出身者の私は幼稚園受験だとか小学校受験だとかそういったものにずーっと無縁でいて、東京のどこの幼稚園や学校が人気があるのだとかむつかしいのだとかまったく無頓着で無知だ。
 3年保育のときにも私立国立を受けていた泰子(仮名)の受験話をあれこれ聞いていて、ずいぶん前の話だけど「音羽お受験殺人事件」を思い出してしまった。
 あの事件があった当時は独身でましてや子供がいる人なんて周りにあまりいなかったこともあって、まったく別世界の冗談みたいな話だと思ってたが、泰子や泰子の周りのお受験ママたちの話を聞くと、まったくありえない話ではないと思えてしまう。
 結局去年は残念ながら真美ちゃん(仮名)は希望したところがどこも受からず、近所の私立幼稚園に通うことになった。
 それですっかり泰子(仮名)の幼稚園の受験は終わったものだと思い込んでいたが、ところがどっこい、泰子いわく2年目のリベンジがあるのだという。
 確かに幼稚園は3年保育だとは限らず2年保育を選択する親もいる。そこで泰子は2年保育での再受験を試みることにしたのだ。
 私立の安くない入学金や授業料を払い、制服など全部揃えて、またわざわざ違うところへ通わせるなんて、なんだか大学受験における仮面浪人のような気がしないでもないが、泰子は本気だった。
 そして今年は2年目保育の受験の年でもあったのだ。

泰子(仮名)の場合①

泰子(仮名)は近所のママ友でもあり、私と娘のピアノの先生だ。
 彼女は私より4歳年下で、お互い妊娠しているときに共通の友人の結婚式で偶然、隣のテーブルに座っていた。
ひょんなことから私たちの家が歩いて数十秒しか離れていないことに気づき、それ以来の付き合いだ。
実家が資産家の彼女は中学から某有名音大の付属に通っていて、音大を卒業してからはピアノの先生になり、外で働いたことがない。
私の周りには今までひとりもいなかったタイプだ。
前の会社は意外とお嬢様、お坊ちゃまが多かった。けど同じお嬢様でも実家がいかにお金持ちで由緒正しかろうが上昇志向と独立心とキャリア志向の強いお嬢様ばかりだった。
それに引き換え泰子(仮名)やその音大時代の友人たちは、お金は親やダンナが稼ぐものという感じで誰も就職していない。知的好奇心も独立心もなく、口を開けばブランドものやお金の話ばかりしている。
本来だったら私の苦手なタイプのはずだか、あまりにも今まで周りにいなくて珍しいのか、かえって新鮮でピアノを習っていることもあって私と泰子(仮名)は結構仲良しだ。
泰子(仮名)にとっても正社員で働いている女性の友だちは私が初めてだという。
そんな泰子(仮名)が悩んでいた。それはダンナのテツ(仮名)のことだった。
ふたりにはうちの娘と同い年の女の子がひとりいるが、彼と彼女の実家の両親とソリが合わず、彼の仕事などをめぐって大ゲンカになり、テツ(仮名)がぷっつり切れて「離婚してやる!」と捨て台詞を残して出て行ってしまったのだ。
私たちはレッスンのあとにいつもしばらく世間話をするのだが、銀座の先生のところに行った話は以前彼女にもしていた。彼女はすぐに食いつき、お友だちで離婚したがっている人がいるから紹介してほしいと言われて、紹介したことがあった。
泰子(仮名)によるとそのお友だちも「すごく当たってた!」と喜んでいたという。それから少ししてから、
「銀座さあ、私も行ってきたよ」
泰子は弾んだ声で言う。
「テツのこと、診てもらったんだ? どうだった?」
「うん、前に美央さんの会社のお友だちが離婚線を入れてもらった話してたでしょ? もし私とテツの間もこじれるようならすっきり離婚線でも入れてもらおうと思ってたんだけどさあ、いきなり先生ったら紙に“離婚決定!”って書くんだよ」
「決定なんだ?」
「うん、全然OKなんだって。あとは何十年後かにパートナー的な男性が現れるけど、結婚はしないって」
「へえ~。あとは何を言われたの?」
「あとうちの真美ちゃん(仮名)、受験じゃん」
「ああ、そうだよね。あ! もうどっか決まったんじゃないの?」
「そうなんだよ。実はさあ」
 このあとの話が驚きだった。

2009年4月16日木曜日

本田君(仮名)の反応

2月のOB会以来、T書店の本田君(仮名)と某出版社社長の同期の森田(仮名)に書いたものを見せるという当座の目標というか、約束事ができたこともあり、私の執筆のペースはアップしていた。
おおよそ5万字ほど書いたことろで本田君(仮名)と森田(仮名)に送ってみた。もちろんその前にHANAちゃんにも読んでもらい、さんざん「おもろい!」と褒めてもらって意を決して送ってみたのだ。
HANAちゃんに読んでもらうまで、推敲に推敲を重ねたというと聞こえがいいが、書いても書いても思い切りがつかず、少し書いては書き直し、全然進まなかった。ましてやプロの編集者に読んでもらおうだなんてとんでもないことだった。
けどHANAちゃんに、
「これでいいです。これがおもろいんですよ。このままいってください」
と背中を押し続けてもらって、ようやく弾みがついて書くことが楽しくなってきたのだ。
 ふたりに原稿をメールして2時間ほど経ったころ、本田君(仮名)から携帯に電話が入った。ちょうど外を歩いている時だった。3月中旬の柔らかい空気が心地よく私を包んでいた。
「やっと原稿送ってくれましたね。全部読みましたよ。それで電話したんです」
 うわ~、なんて言われるんだろう。
しばらく待たされてこの程度かよ、ちぇ!
なんて言われたら立ち直れないよなあ。さすがに後輩の本田君(仮名)はストレートにそんな失礼なことは言わないと思うけど、ドキドキと心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
何か言われる前からあれこれと思い浮かぶ。そのすべてが言いわけだ
時間がないから。書ける環境にないから。まだ考えがまとまっていないから・・・・。
ああ、送るのまだ早かったのかなあ。もっと推敲してもっと練ってから送ったほうがよかったんじゃないか。
しかし本田君(仮名)の第一声は意外なものだった。
「清永さん、あれいいですよ。めっちゃおもろい。これ絶対に最後まで書いてくださいよ」
「え、ほんと?」
「これほかの編集者にも見せます。もしかしたら携帯小説とかそういうのにしたほうがいいかもしれない。うちの会社に携帯小説でけっこうヒット飛ばしているヤツがいて、彼とは仲が良いんで彼にも回しますよ。これいけますよ。けど清永さんにこういう才能があるとは意外だったな。この短い文体がいいですよ。独特なリズムになってるし」
うわ! これって褒められてるの?
「これマジでいけるかもしれない。書いたらドンドン送ってきてください。しかし清永さん、ここまでよく書きましたね」
「よく書いたとは?」
「その他にもつきあっていた男のことですよ」
「ああ、そのへんは小説ですから」
「またまた~。まあ、小説だということにしておきます。もっとまとまれば営業とも話をしますけど、何か売れる手立てを考えないとね。普通の小説っていうんじゃなくてさっきも言ってた携帯小説とか何か売りがないと」
 え、営業とも話をするっていうのは本当に出版とか考えてくれてるんだ! その後も本田君(仮名)はあれこれと細かい描写にも触れ、基本的には褒めてくれていた。
私も編集者だったことがあるから営業を説き伏せて本を出版するむつかしさは身にしみてわかっている。
ましてや著者が無名の新人だったらなおさらのことだ。おりしも数年前から吹き荒れている出版不況である。
どこの出版社も青息吐息で、倒産する出版社だって出てきている状況だ。
そんな中で本田君(仮名)が出版化を視野に入れて考えてくれているのはとってもうれしいことだけど、何よりも彼がちゃんと私が書いたものを読んでくれていて、おもしろいと褒めてくれたことが励みであり喜びだった。
本田君(仮名)との電話を切ったあと、私はかなりルンルンとした気分で過ごした。
このままの調子で書き続ければいいんだ。私の頭の中では小説に出てくる人物が鮮やかに動き出した。
「すごいやないですか! そんなプロの編集の人に褒めてもらえるなんて! いったいいつ出版されるんですか?」
本田君(仮名)から言われたことを翌日HANAちゃんに話すと彼女は大興奮し、すごいすごいと連発していた。
「まだ完成もしてへんのやから。出版なんてできへんって。それにそういう話はそうすんなりといかんもんなんやから。とりあえずこのまま書いて完成させて、それからどうなることやらって感じになると思うよ」
「そんなもんなんですかね? ああ~、清永さんの本が出版されたらめっちゃええわ。私も歌頑張ろうって励みになるもん。じゃあこのままガンガン書き続けるしかないですね。とにかく続きが出来たら真っ先に読むのは私ですからね!」
そういってHANAちゃんはひまわりのような明るい笑顔を見せた。

2009年4月12日日曜日

マスコミOB会②

森田(仮名)は学部こそ違うが私と同学年で、しかも最初の会社で同期だった。20代のころはさんざんふたりで飲みまくり、なんど夜を共に明かしたかわからない。
30代すぎてからは付き合いが薄くなってしまったが、20代のころはまちがいなく男女の仲を超えた親友同士といってよく、うちのおかんも弟もヤツにはぞっこんだった。
今では若くして私が最初に配属された音楽系の出版社の社長になっている。同期の中でもこのOB会の中でもまちがいなく出世頭と呼んでいいだろう。
「ああ森田さん、いやあね、清永さんね、小説書いてるらしいんですよ。なんかおもしろそうだから早く見せてくださいって話しててね」
とT書店の本田君(仮名)。
「小説? それ、なんの小説やねん?」
森田(仮名)は一瞬獲物を狙うハイエナのような鋭い目つきをする。森田(仮名)の見た目はいかにもやり手の業界人といった感じで、独特な貫禄がある。
「小説っていうか、前にモロッコに行ってたやろ。そんときの話がまとめられへんかなって思って」
「おお、例のベルベル人のけ? おもろいやん。それ絶対に書いたれや。それ書いたらおれにも絶対に見せろや」
「おお~、書いたら出版してくれるの?」
「おれが決裁権もっとるからなあ。けどお前もようしっとるとおり、うちの会社はエロ、グロ、暴露もの、ドキュメンタリーはご法度やからな」
そうなのだ。森田(仮名)が社長をつとめる出版社は某世界企業の子会社の子会社である。要は企業イメージを損ねるような出版物は発行できないのだ。
出版でエロ、グロ、暴露もの、ドキュメンタリーといった要は一番売れるものをはずして利益を出すというのは至難の業だ。
森田(仮名)はそのタスクを淡々とこなし、今の立場を築いたのだ。
「どうせお前が書くものやからエロが入っとってエグイものになってるのに決まってるやろ。うちからは絶対に無理やと思うけど、とりあえず見せてくれよ」
「じゃあ区切りがついたところで、送る送る。送るからにはちゃんと読んでな」
「おう、わかったわかった。楽しみにしてるワ」
こうしてふたりの編集者に作品を送ることになったのだ。

マスコミOB会①

私の出身大学にマスコミOB会というのがある。
地方の大学を出た私たちは東京の大学を卒業した人々とは違い、東京在住者同士は異国の地でともに戦う有志といった感覚がある。
それゆえに結束が強い。
最初に入った会社が音楽業界だったこともあって、ずっとこの会には出入りしていて、今の仕事はマスコミの仕事とはいえないが、今でも何かあれば呼んでもらっている。
毎年2月の初めに新年会をやるというしきたりがあり、その場には錚々たる立場にある先輩方、同期、後輩たちが一堂に集まる。
 新聞社、出版社、広告代理店、レコード会社、その他エンターテインメント業界で活躍される華やかな面々が、その場では「同じ大学の出身者」というだけのベタなくくりで、利害関係を忘れて集う。
 社会人になってから利害関係の絡まない人間関係を築くのはむつかしい。
この集いのいいところは、利害関係を絡ませようと思ったらいくらでも絡ませられるメンバーが揃っているのに、あえてそれをせず、まあ何かあればと鷹揚に構えているところだ。
 特にこの会ではタブーがあるわけではないが、強いていえばその場を楽しく過ごせて、使える人脈はないかとギラギラとしないということか。
 私はこの会に顔を出して以来、20年近い歳月が流れようとしていた。
 私自身、前の会社でも今の会社でも何の実績もなく、ずーっとペーペーで、とてもこの会のお歴々にとっておいしい使える人脈にはなっていないが、女性が少ないということもあってかそれなりにこの会の重鎮たちから大切にはされている。
 T書店の本田君(仮名)もこの会のメンバーだ。
 程よく酔っ払ったころに本田君(仮名)がグラスを持って私の席近くにやって来る。
「清永さん、前言ってた旅行記どうなったんですか? 待ってるのに、ちっとも送ってこないんだから」
「書いてるよ。けどもうちょっと進めてからのほうがいいかなって思って」
「だからあんまり深くそういうのは考えちゃだめなんですよ。10行もあれば俺やったら使える文章かどうかぐらい判断つくから」
「自分らなんの話してんねん?」
 そこへ割り込んできたのが森田(仮名)だ。

2009年4月8日水曜日

HANAちゃんに見せてみた!②

ところがである! 
 どうやら全部読んでくれたらしいHANAちゃんは後日、
「清永さん!!!」
とヴォイス・トレーニングで鍛えたパンチの利いた声で叫び、
「読みましたよ! 一気に!!!」
と付け加えた。
「めっちゃ! おもろいやないですか!!!!!」
「ほんま?」
「ほんまです! おもろいです。続き読みたいです。はよ書いてください!」
 HANAちゃんは鼻の穴をぷっとふくらませ、詳細にわたってどこがおもしろかったか、続きが知りたいポイントはどこかを熱く語ってくれた。
「2パターンあったやん。1人称と3人称のやつ。どっちが好き?」
「ほら、1人称のほうですよ。絶対にあっちで進めてください」
確かにHANAちゃんが勧める1人称のパターンのほうが私的にも書きやすかった。
 「私ね、なんでも気にいったものがあったら、キモいぐらいしつこいんですよお。だから今後も清永さんがドン引きするぐらいしつこくいろいろ言いますから、覚悟してくださいね」
ああ、すばらしいぜ、HANAちゃん!
マジでHANAちゃん、編集者になればいいのに、と思った。
編集者もいろいろなタイプがいるんだろうけど、絶対に彼女は作家をのせてのせて、いい気分にして書かせてくれる編集者になるだろう。
 私はすっかりHANAちゃんにいい気分にしてもらい、よーし! 続きを書くぞ!と浮かれるのであった。

HANAちゃんに見せてみた!①

 年が明け2008年になった。銀座の先生は2008年の1月から4月にかけて興味が起こるものが私の将来の教えるほうの仕事になるといった。
けど年が明けたからといって急に興味の持てる対象がうまれるわけではない。
 以前から書き始めていた小説だがおおよそ8000字ほど書いたあたりで、急に自分自身の文体に飽きてしまい、3人称で書いていたのを1人称に直し、もっと砕けた文章に変えてみた。
ただひとりでずっと書いていると煮詰まるので、8000字ほどまとまったところで、3人称で硬いバージョンと1人称で柔らかいバージョンのふたつをHANAちゃんに読んでもらった。
元はといえば誰に見せるつもりでもなく、なんとなく自分の中のクリエイティビティを発揮したいがために書き出したものだった。完成するかどうかすらわからなかった。
けどひょんなことからT書店の本田君(仮名)からまとまったら読みたいと言われて、せっかく読んでくれる人がいるんだったら、ちゃんと書いてみよう。完成するまで書き上げようと思うに至った。
本田君(仮名)は後輩とはいえ、編集のプロだ。手探りで書いているものをさすがにいきなりは見せられない。
その点、HANAちゃんだったら気楽だ。HANAちゃんが読んでおもしろいか、おもしろくないかだからだ。しかもHANAちゃんは歌を歌っている人だから、表現者としての何かも分かち合えるような気がしていた。
小説のタイトルも決まっていた。
「エッサウィラ」というものだ。エッサウィラとはモロッコの町の名前で私が例のベルベル人の彼と出会い、別れた思い出の場所だ。
 今でも「エッサウィラ」という言葉の響きだけで、せつなくってホロっとくる。
 HANAちゃんに見せるときはドキドキした。彼女は仕事で知り合ったとはいえ、今ではいい友人だ。けど私小説といっていいものを読ませるというのは、何やら手の内を全部さらけ出すというのか、それよりもどちらかといえばお尻まで見せてしまうようなこそばゆさがある。
 決してHANAちゃんは「おもろなかった」とバッサリ切って捨てるようなことは彼女の人柄からしないだろうけど、あからさまに反応に困る表情を見せられたり、「ええんちゃいますかねえ」などとあしらわれたら、激しく傷つくだろう。

2009年4月7日火曜日

息子の異変②

しかしそれはある日、突然起こった。
 うちにはパソコンやビアノとか本棚とか置いてある部屋があるのだが、その部屋の方角を指し、
「このお部屋、怖い!」
と息子が火のついたように泣きだしたのだ。
「このお部屋、怖い」などとしっかりとした言葉を話したのも初めてだ。
日頃指ばかりしゃぶっていて、「あー」とか「うー」とかしか言わない息子だ。
「このお部屋がどうしたの?」
「このお部屋、いやだ!」
「なんでいやなの?」
 息子は大きな瞳に涙をいっぱいためている。
「だっておばけがいるから・・・・」
 どひゃー! やめてくれよ!!!
「おばけなんているわけないじゃない。だいじょうぶだよ」
「でもいるの! ふえええーん! 怖いよお~」
 こ、これはもしや銀座の先生が言っていた「息子は霊感が強く、そのうち霊などを見るようになる」というやつなのか!?
 おお! 当たっている・・・。って感心している場合か!
 でも先生は否定もせず、肯定もせず、ふうんと軽く受け流せと言っていた。
霊とかっているかいないかわからないけど、世の中には「見える」という人がたくさんいるのだ。「見える」人にとって確実に霊は存在するのだろう。
そう考えると息子が「いる」って言っているものをわざわざムキになって否定する必要もないのだ。
「ふうん、そうなんだ。けどだいじょうぶだよ」
 何がだいじょうぶなのか自分でもさっぱりわからないけど、こういう反応が「軽く受け流す」ということではないか。
それ以来、毎日のように息子はパソコンの置いてある部屋を指さしては「この部屋怖い!」と言っていたが、2ヵ月ほどしたら飽きたのか滅多に「おばけがいる」とは言わなくなった。
言わなくなったら言わなくなったでつまんないなあ。
「で、最近おばけ見ないの?」
そっと息子に耳打ちする。
「うふ、(おばけより)ぼくのほうが怖いんだよ」
息子は不気味に笑った。

息子の異変①

うちの息子は言葉を話し始めるのが遅く、「ママ」とか「ワンワン」といった片言すらずっと出てこなかった。かといって私たちが話していることをわかっていないかといえばそうでもなく、日本語でも英語でもたとえば「そのボール持ってきて」とか言えば、そのように行動はする。
 赤ちゃんのころなどはほとんど泣かず、手間がまったくかからなかった。よく行っていた児童館の元保育士の職員の方から「こんなにお母さんが楽をできる子なんていませんよ」とよく言われたものだった。
さすがに3歳も近くなってくるとぼちぼちと何やら主張しだし、通常は2歳ごろから始まるといわれるイヤイヤ期の萌芽らしきものも感じられてきた。
けど早生まれの息子は保育園のクラスの中で一番年下だということもあるのか、ひとりだけ場違いなほど赤ちゃんっぽく、懇談会のたびによその子と比べては、「いいのか、息子!  このクラスにいて?」と肩身が狭い思いをしている。
この子が天才? そんなアホなである。
天才なら娘のほうであるべきだ。実は娘がお腹にいるときにカッパブックから出ている「胎児は天才だ!」を熟読し、その本に書いてある胎教のノウハウを100%とはいわないが、20%ぐらい(←あかんやん!)を実行したのである。詳しいノウハウは別の機会に譲るとして、そのおかげか、娘はなんと生後10日で声を上げて笑い、うちのおかんをびびらせたのだ。
そして息子である。二人目も「胎児は天才だ!」のノウハウを実践しようとしたが、上の娘がまだ赤ちゃんで手がかかっていたのと、私自体がもう飽きていて、「まあ来週からでいいか」と思っているうちに息子は生まれてしまった。
だからこそハキハキしている娘に比べて、ぼや~とした息子を見るたびに「すまんかったなあ。胎児のときに手を抜いて」とよそかに心の中で詫びでいたのだ。

2009年4月6日月曜日

四柱推命2

 それから3日後。
「おかんに聞いておきましたワ」
にんまりと笑いながら切り出すHANAちゃん。
「おお~、どうやった?」
「清永さん、めっちゃ、ええですヨ。なんか来年以降から運気あがるらしいですヨ。おかんの占いからも好きなことやったほうがええって出てましたワ。やっぱ来年以降、興味持ったもんがええって」
「もう11月もけっこうすぎてるやろ? 来年なんてすぐやん。急に興味が出てくるようなことなんって、なんかあるんかいな? まさかフラメンコとか?」
ちなみに私はこの年の4月からフラメンコを習い始めていた。ただ元来運動神経とか反射神経とかがよろしくない私はクラスの落ちこぼれだ。先生からも人一倍怒号を飛ばされる。まさか実は私には隠れた才能があって、「エースをねらえ!」の岡ひろみのように先生から怒られまくっているのは、先生が宗像コーチのように私の才能に気がついたから? そして才能が花開きいつしか日本を代表するフラメンコダンサーのように。
そう、小松原庸子先生の後継者はこの私なのよ!(←完全妄想状態)
「いや、おかんいわく、清永さん、体を使うことって全然あかんらしいですワ」
ああ、やっぱり。あるわけないか、フラメンコの才能なんて・・・(妄想崩壊中)。くう~、占いにまで私の運動ウンチぶりがあらわれているとは!
 「あとお金に困ることもないっていうてましたワ。それとね、ダンナさんにめっちゃ恵まれるんですって! それは当たってるでしょ。ダンナさん、めっちゃええ人ですもんね」
 ああ、まただ。それって配偶者運がいいということか。それは絶対にうれしい。
何よりも残りの人生を共に過ごしていく相手なのだ。子どもを育てるという人生最大の共同プロジェクト作業もある。
 その相手に恵まれているというのは大いに感謝すべきだ。

2009年4月3日金曜日

四柱推命

「そうそう、そういえばうちっとこのおかん、四柱推命を習ってて、最近、周りの人のこともぼちぼち診てるんですよ。昨日おかんから電話かかってきたときに、清永さんのところでようご飯食べさせてもらってんねんって話になったときに、その人のことも診てあげるから、生年月日聞いてこいって言うんですワ。どうしはります?」
ふたりで会議室にテイクアウトのお弁当を持ち込んでランチしているときに、唐突にHANAちゃんが切り出してきた。
「HANAちゃんとこのお母さん、すごいやん。そんなん診れるの? それやったらぜひ診てもらいたいワ」
「もちろんプロちゃいますよ。けど参考までにどうですか? 銀座の先生のようなわけにはいかんけど、当たってることもあるんですよ」
そして私は生年月日を書いて彼女に渡した。HANAちゃんはその紙をしばらくじっと見ながら、
「中森明菜って・・・」
とつぶやいた。
「なんやなんや、なんでいきなり中森明菜なん?」
「中森明菜ってホンマに昔人気あったんですか?」
「人の生年月日見たあとになんちゅうこと聞くねん。あたりまえやん。私らが高校生のころは、明菜がチャート1位をとったら、翌週は聖子、その次にまた明菜が奪い返して、またそのあとに聖子が1位に輝くっちゅうんが相場やったんやから。まあ私は圧倒的に聖子派やったけどな」
我ながら思う。
「なに、御三家っていったら僕らの時代は、橋幸夫、舟木和夫、西郷輝彦だよ。決まってるじゃないか。なにぃ? 新・新・御三家? ああ~。そういうのもあったよな。城みちる、あいざき進也、豊川誕(←誰だよ?)だろ。そっちはちょっと世代的に違うな」
などと言いがちなオヤジとまったく大差ないじゃないか!
ああ~、年なんか取りたくないものだ。
「私が物心ついたころの明菜のヒット曲は“二人静”でしたからねぇ」
「なにぃ? そんなんめっちゃ最近の曲やん!」
「最近ってそれ私が子どものころの歌ですヨ」
「もうええわ! なんでもええから、おかんの四柱推命頼むワ」

小説を書き始めてみた

私が生まれて初めてつきあった外国人はモロッコ人だった。仕事でモロッコにしばらく滞在し、現地で彼と出会った。
外国にも外国人にもまったく免疫のなかった私がいきなり恋に落ちたのは、モロッコ人の中でもベルベル人と呼ばれる先住民を母に持つ濃ゆーい男で、しょっぱなから難易度がウルトラC級に高い国際恋愛だった。
あれに比べると夫は外国人とはいえ、イギリス人なのでほとんどカルチャー・ショックはなく、まあ私的にはふつうだ。
ベルベル人との彼と過ごした日々は強烈だったが、日に日に思い出は薄れていく。数ある過去の恋愛の中でもこんな貴重な体験は忘れたらもったいない。
そこで小説という形態をとり、ディテールなどを変え、少しずつ文章にして書きためていた。もちろん完成には程遠いが書き始めると楽しかったりする。

今から4ヶ月ほど前、まだ前の部署にいたときに、大学の後輩で某中堅出版社T書店の本田くん(仮名)とふたりで飲んだときに「旅行記」の話になり、
「いやあ、女の作家の書く旅行記っておもしろいんですけど、なんかこうどっか物足りないんですよね。あれって何なんだろう?」
「うーん、私も最近幻冬舎から出ている“モロッコでラマダン”って本を読んで、めっちゃおもろいし、なつかしいし、文章もいいやけど、思うにHないじゃん。だいたい女の人の旅行記で現地の男とやったみたいな話ってでてこないし。あとあるのは外人と結婚して横文字の名前になった人が、相手の国に住んでそこでの生活を語るっていうのはあるけど。もしくはマーカス寿子系の“この国ではこう、でもわが祖国日本では”っていう斎藤美奈子の言うところの出羽の守系」
「あー、言われてみればそうだ。確かに旅行記では女はHしてませんもんね」
と本田くん(仮名)の行きつけの護国寺の串揚げやでほろ酔い加減になりながら、盛り上がる。
「そうだ。モロッコで思い出したけど、清永さん、確かモロッコって行ってませんでしたっけ?」
「うん、行ってたよ」
「で、現地の男とやったっすか?」
「あたりまえじゃん」
「それいいですよ。清永さん、それ書いたら?」
「いや、実はボチボチ書いていて」
「なんだ! 書いてるんだ。できたら見せてくださいよ」
「まだまだ全然完成しないよ」
「ある程度まとまった段階で見せてくださいよ。それだけでだいたい内容わかりますから」
「そうだね」
「絶対ですよ。飲んでる時だけの話にしないで、必ず見せてくださいよ」

あれからバタバタしていてほとんど進んでいなかった。
HANAちゃんにも相談してみる。
「へえ~。清永さん、小説とか書くんや。私、あんまり本とか読まへんけど、モロッコの話とかおもしろそうやから、読んでみたいわ。絶対に書いてくださいよ」
こうして私の執筆活動(?)は始まった。