緊急レポート! 執事カフェに行ってきた!
小説第2弾は半自伝的要素の強い「エッサウィラ」から一転、100%フィクションで挑戦してみようと考えていた。
大まかなプロットはロリーター的嗜好を持つ女子高生が池袋の執事カフェを舞台に繰り広げる青春小説といったもので、タイトルも「池袋乙女カフェ」と決めていた。
だいたいの登場人物のキャラクターもなんとなくできていたのだけど、何ページか書いたところで、T書店の本田君(仮名)に見せたところ、反応がいまいちだったので、私の中でも気分が盛り下がり、そのままほったらかしたままだ。
とはいえ、執事カフェを舞台にする小説を書くのなら、執事カフェといえばココ!というSを知らずしてなんとするである。
一度男装の麗人が出てくる宝塚ちっくなカフェには行ったことがあるが、まあこんなもんかという感じであった。
執事カフェの王道中の王道Sは時間制をとっており、なんと1ヵ月半の予約待ちだという。
フルタイムで仕事をして2人の子持ちの私はさすがにあいた時間にふらっと入れる場所ならいざしらず、予約が必要なところに行く時間はさすがにない。
ずっと気にはなっていて、一度は絶対に行ってみたかったSである。
ところが憧れ(笑)のSに行く機会は思いがけずにやってきた。
午後3時からの娘の保育園の保護者懇談会があるために早退しなければならない日に、このところ調子の悪かった耳を診てもらいに耳鼻科に行く用事も入れたのだ。
耳鼻科は昼の12時半に診断がすんでしまい、懇談会まで時間がぽっかり空いたのだ。
耳鼻科のあと、前から気になっていた雑誌にもよく登場するラーメン屋に入り、ランチを食べたあと、なんとなくママチャリでふらふらしながらSの前まで何も期待しないで行ってみたのだ。
そのとき時刻は13時10分。Sの予約表を見るとたった今の時間だけ空席がある!
お、これはまさに千載一遇のチャンス!
何も考えず、ママチャリ(チャイルドシート付)をその辺にとめる。
Sの扉の前まで行くと、燕尾服を着た若い男性が立っていた。イケメンである。
「予約も何もしていないんですけど、飛び込みでもだいじょうぶですか?」
はやる気持ちで聞く私。
「当館は時間制をとっています。すでにお時間が幾分過ぎていますがだいじょうぶですか?」
「あ、いいです。いいです」
「当館のホームページなどはご覧になったことがありますか?」
「ないです」
「ではシステムをご説明します」
愛想も何もないが顔だけは妙に整った若いイケメンがあれこれと説明を始める。なんとなく丁寧なんだけど、何度も説明して飽きがきているようなちょっとしたうんざり感がこのイケメンからは漂ってきている。
私もイケメンの説明を適当に「はいはい」と言いながら聞き流している。
「それでは呼び名はいかがしましょうか? お嬢様か奥様かお選びいただいてますが」
「ぶっ!」
その時点でつい吹き出してしまった私である。
まあ40歳すぎて「お嬢様」はないでしょう。
「じゃあ奥様で」
「かしこまりました」
イケメンは無表情で答え、インターカムで、
「お客様一名入ります。奥様で宜しくお願いします」
と中のスタッフに連絡を入れている。
「それでは中へどうぞ」
木の重厚な扉が開かれる。中から眩しい光がこぼれてくる。
何人かのタキシードを着た男性たちが扉の向こうに控えていて、
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「奥様、お帰りなさいませ」
と口々に声をかけてくる。おお~、これぞ執事カフェの醍醐味!
しかし、「奥様」って伝えたんだから、呼び名は統一しておくれ。
「奥様、この館の筆頭執事の林(仮名)でございます。本日はお帰りなさいませ」
50歳すぎぐらいの小柄な上品そうなおじさんが物腰柔らかに出迎えてくれる。
「本日奥様のお世話をさせていただく葵(仮名)でございます」
私の担当執事くんは身長が180センチぐらいあるひょろっとしためがねをかけた知的系だった。
葵くんは入ってそれほど経っていないのか、どこか動きがぎこちなく、手順を思い出すのに一生懸命という青臭さがある。
葵くんに案内されて店内に入る。店内は広くゴージャスだった。口々に「お帰りなさいませ」と出迎えられて恐縮することしきりだ。
ああ、こんなことならもっとおしゃれしてくるんだった。
この懇談会仕様でご近所カジュアルはこの場には不釣合いだ。これじゃあ、どう考えても「奥様」じゃないよなあ。
店内は平日の真昼間だというのに賑わっている。この日だってこの時間帯以外は全部予約で満席だったのだ。
奥のテーブルに案内され、葵くんがメニューを持ってくる。Sのシステムは必ず食べ物のセットを頼まなければいけなくて、料金はだいたい2500円~3000円ぐらい。軽食かデザートセットである。
「リア王」だの「ハムレット」だのいちいち名前がついたセットメニューとにらめっこする。
うーん、困った。さっきラーメンを食べたばかりだ。軽食とはいえもう1食食べるのはきつい。かといって酒飲みの私は甘いものが結構苦手だ。
しかもドリンクは一切アルコールなし。そのかわりやたらと紅茶の種類が多い。葵くんは一品一品説明してくれる。
さんざん悩んだ挙句、ハムレット2500円なりを注文する。スコーンが2種類、スコーンにつけるソースが3種類、ミニサラダ、かぼちゃのムース、紅茶のセットだ。
「こちらのカップはマイセンの#$5シリーズでございます」
葵くんが紅茶を注いでくれる。ティーポットにはちゃんと保温のためのティーマットが載せられていて、スコーンにつけるソースの選択肢にちゃんとクロステッドクリームが入っている。
ポソポソとスコーンを食べ始める。紅茶はおいしかったがミルクがつかないのは店のこだわりだろうか?
イギリスではスコーンと紅茶のセットを「クリームティー」という。日本で食べるクリームティーのセットは本場よりも味も大きさも小ぶりで上品だ。
うーん、おいしんだけど甘いものはなかなか減ってくれない。せっせと紅茶でケーキを流し込む。
紅茶が減ったころを見計らって葵くんが継ぎ足してくれる。
ざっと店内を見渡してみる。音量を絞ってバロックあたりの室内曲が流され、インテリアはもちろんロココな感じのヨーロピアン調だ。重厚な室内をきびきびと動くタキシード姿の執事くんたちがそれぞれの持ち場を受け持っている。
執事くんは筆頭執事を除けば、みんな若者だ。小柄で可愛いタイプ、ちょっとワイルドなタイプ、笑顔がやさしいタイプ、ちょっとホストっぽいタイプ、各種お揃えしておりますという感じだ。みんなアルバイトとかなんだろうか。
髪を後ろにひとつにまとめたちょっとしたベテランっぽい執事くんが、お嬢様方を案内している声が聞こえてくる。どうやらメニューの説明をしている。葵くんと比べて淀みない。
「当館は紅茶の種類が多ごさいますが、お嬢様方お恥ずかしがらないで、お召し上がりになるものについてお尋ねくださいませね」
うーん、すごい。そんな恥ずかしい台詞を吹き出さずに言えるところがベテランだ。葵くんにはまだ恥ずかしさが漂っているぞ。
私的にはちょっとスレた執事のほうがタイプだ。そっちのほうが気分も盛り上がりそうだ。あ、でもこれってキャバクラとかでどうせならいかにも水商売っぽいケバい子のほうがいいって言ってるオヤジみたい?
それにしてもみんなどんな気持ちで働いてるのかな。女ってバカだなあって思ってるのかな。
だってキャバクラの女の子たちだって、きっとおじさん相手に男ってバカだなあって思ってるだろうから、おあいこかな。
一度、この男の子たちにインタビューしてみたい。
「池袋乙女カフェ」の構想にはいまひとつノリ気じゃなかったT書店の本田くん(仮名)よ、それでもいつかそういう機会作っておくれ。
執事くんたちからお嬢様、奥様方にフォーカスしてみる。いわゆる腐女子系が多いのだろうか? 見た目はロリーターファッション、OL系、オタク系と様々だ。みんな20代、30代、40代といったところだろうか。中には着物姿の奥様までいる。だいたいが1人か2人、せいぜい4人ぐらいまでのグループだ。
うーん、私も着物とまではいわないが、もうちょっとおしゃれしたほうが気後れせずにすんだんだろうなあ。
それにしても甘いものは全然減らないよ~。
天井からはゴージャスはシャンデリアが飾られているが、惜しむらくは地下のためか天井自体が低いことだ。これで天井さえ高ければもっと気分が出ただろう。
それでもさすがにSは非日常世界だ。多くの女性はヨーロッパ的なものに憧れを抱いている。子どもの頃にお姫様に憧れたり、王子さまとの出会いに胸膨らませたりと、その頃の感覚を未だに引きずっていたりする。
けど大人になってみれば、辛いこともいっぱいの生活臭にまみれるのだ。そして何よりも自分はお姫様のような特別な存在でも何でもなく、この現実生活から救い出してくれる王子さまが現れることもない。そのことにイヤと言うほど直面してしまう。
だからこそちょっとバカバカしいけどこんなごっこ遊びのような、けどゴージャスなSに女たちは集うのだろう。
なんだか、そんな女たちの気持ちがよーくわかるぞ。
それにしても甘いものは胃にどっしりとくる。
よし、ここでトイレチェック! 葵くんに案内されてお手洗いに。
むむ、問題発覚。トイレが臭い。
中は掃除が行き届いて、雰囲気も店内の延長線上でゴージャスな作りになっているが、建物自体が古く、たぶん配管の問題だろう。長年貯まった腐臭が漏れだしている。
こういうのが盲点なんだよなあ。かなりいい線いってただけに、惜しい、惜しすぎる!
これで気分がかなり盛り下がり、再度テーブルへ。
しかしひとりでぼっーとずっとお茶をするのも大変だ。甘いものはとても食べ切れそうもないし、本でも読むか。
たまたま携帯していた本は渡部昇一とその息子でチェロリストの玄一の共著で「知的生活のすすめ・音楽編」だ。
基本的な内容はクラッシク音楽の楽しみ方で、バロック音楽の誕生に至るまでの時代背景などの解説にまさに知的興奮を呼び覚まされる好著だ。
とりあえずこの場で読んでいて違和感のない本なので、安心して読み始める。
今朝、持ち歩く本について、こちらにしようか、唐沢俊一&村崎百郎共著の「社会派くんがゆく! 2008年度版」にしようか迷ったが、こっちで正解だった。
さすがにSで鬼畜系ライターの村崎百郎の本はあるまい(←内容は抜群におもしろいけど)。
そうこうしているうちにそろそろ制限時間も迫ってきた。テーブルで葵くんにお勘定を渡し、そろそろ退店することに。
ところが葵くんはよそのお嬢様方の対応に追われて、なかなか戻ってきてくれない。
別の執事くんに「もう帰ります」と告げると、慌ててやってきた葵くん。
「奥様、もうご出発されたいということですが」
そうか、来たときは「お帰りなさいませ」、だから帰るときは「ご出発」なんだ。
「奥様、お出かけでごさいます!」
そういう葵くんに、
「いってらっしゃいませ! 奥様!」
次々反応する執事くんたち。
再度、これ以上ないほど恭しく案内される。
「奥様、もうお出かけでいらっしゃいますか」
ここで登場したのが筆頭執事の林(仮名)。
「奥様は今日、何をお召し上がりになったんですか?」
あくまでも朗らかに気分を盛り上げる林。いいなあ、この熟練した感じ。やっぱりこういう重厚な人がいないと締まらないよね、こういう場は。
扉まで林と葵くんがお見送りしてくれて、ドアを開ける直前に、
「そうだ、奥様、よろしかったらアートイベントがありますので、行ってらっしゃいませ」
と何やらチラシと割引券を手渡される。
「銀座の松屋で開催されているドイツの絵本作家ミヒャエル・ゾーヴァ展のご案内でございます」
ああ、展覧会の案内なのね。
「奥様もご存知のとおり、ミヒャエル・ゾーヴァは当館の主でいらっしゃる大旦那さまと古い友人同士なんですよ。ですからぜひ行ってらっしゃいませ」
どひゃー!! 大旦那さまですか!!
さすがは筆頭執事、こんな台詞もまったく気負わずさらっと言ってのける。
わたしゃあ、あんたのプロ根性に頭が下がるよ。まったくすごい、すごすぎる。今日一番のヒットだ。
「それでは奥様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
重厚な扉の向こうには醒めた顔をした門番のイケメンくんが立っていた。
「奥様、いってらっしゃいませ」
丁寧だけど、やっぱりどこか投げやりだ。
「ああ、どうもどうも」
近所ルックのためどうも卑屈な私。その角を曲がると私のママチャリ(チャイルドシート付)が置いてある。
ああ、もうお腹いっぱい。
これから子どもの懇談会だ。
次回またSを訪れる日が来るのなら今度こそは執事カフェ王道の「お嬢様」って呼んでもらおう。その日が来るのかどうかは疑問だが・・・。
報告おわり!
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