森田(仮名)は学部こそ違うが私と同学年で、しかも最初の会社で同期だった。20代のころはさんざんふたりで飲みまくり、なんど夜を共に明かしたかわからない。
30代すぎてからは付き合いが薄くなってしまったが、20代のころはまちがいなく男女の仲を超えた親友同士といってよく、うちのおかんも弟もヤツにはぞっこんだった。
今では若くして私が最初に配属された音楽系の出版社の社長になっている。同期の中でもこのOB会の中でもまちがいなく出世頭と呼んでいいだろう。
「ああ森田さん、いやあね、清永さんね、小説書いてるらしいんですよ。なんかおもしろそうだから早く見せてくださいって話しててね」
とT書店の本田君(仮名)。
「小説? それ、なんの小説やねん?」
森田(仮名)は一瞬獲物を狙うハイエナのような鋭い目つきをする。森田(仮名)の見た目はいかにもやり手の業界人といった感じで、独特な貫禄がある。
「小説っていうか、前にモロッコに行ってたやろ。そんときの話がまとめられへんかなって思って」
「おお、例のベルベル人のけ? おもろいやん。それ絶対に書いたれや。それ書いたらおれにも絶対に見せろや」
「おお~、書いたら出版してくれるの?」
「おれが決裁権もっとるからなあ。けどお前もようしっとるとおり、うちの会社はエロ、グロ、暴露もの、ドキュメンタリーはご法度やからな」
そうなのだ。森田(仮名)が社長をつとめる出版社は某世界企業の子会社の子会社である。要は企業イメージを損ねるような出版物は発行できないのだ。
出版でエロ、グロ、暴露もの、ドキュメンタリーといった要は一番売れるものをはずして利益を出すというのは至難の業だ。
森田(仮名)はそのタスクを淡々とこなし、今の立場を築いたのだ。
「どうせお前が書くものやからエロが入っとってエグイものになってるのに決まってるやろ。うちからは絶対に無理やと思うけど、とりあえず見せてくれよ」
「じゃあ区切りがついたところで、送る送る。送るからにはちゃんと読んでな」
「おう、わかったわかった。楽しみにしてるワ」
こうしてふたりの編集者に作品を送ることになったのだ。
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